第17話 魔王と仔犬

一難去ってまた一難"


それは、一つの災難を乗り越えても、また直ぐに新たな災難が襲い掛かって来る、と言う"ことわざ"の一つです。


もし"騒ぎ"を一難と例えるなら、これもまたしかり。


お騒がせな二人のサキュバスを静め、更に下らない桃馬と京骨の"騒ぎ"を静めると、そこへ新たな"騒ぎをもたらす"元気な声が徐々に迫って来るのであった。


ギール「このバカシャル!待ちやがれ!」


シャル「にしし、ほれほれ余を捕まえて見るがよい、お・に・い・ちゃ・ん~♪」


ギール「調子に乗りやがって……、どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ!」


シャル「ずっとじゃずっと~♪あるいは、お兄ちゃんが余を越えるまでなのだ~♪」


周囲を気にせず縦横無尽に駆け回るシャルに、ギールとディノは必死で追いかけていた。


ディノ「シャル様!危ないですから前を見てください!」


シャル「大丈夫、大丈夫♪ほらほら、先に余が部室とやらに着いてしまうぞ?」


ディノの注意も聞き流し、もはや誰にも止められないと言わんばかりの勢いで暴走していた。


だがしかし、その暴走もあっけなく終わる事になる。


吉田「はいストープッ!廊下を縦横無尽に走るな!」


シャル「ふげっ!?」


ちょうど部室へ向かっていた吉田先生と鉢合わせになったシャルは、呆気なく首根っこを捕まれ御用となった。


ギール「はぁはぁ、先生ありがとうございます。さぁ、観念しろシャル!」


シャル「うわぁ〜ん、はなせぇ~!?」


吉田「離さないよ?それより、編入初日から派手に目立ってる様じゃないか?」


シャル「よ、余は魔王だぞ!目立つのは当然なのだ!」


吉田「まあ、目立ちたい気持ちは分かるけど、"悪目立ち"はだめだぞ?特に今みたいに、廊下をよそ見しながら縦横無尽に走るなど、怪我の素だからな?」


シャル「よ、余は怪我などせんぞ?」


吉田「シャルが怪我をしなくても、他の生徒とぶつかった際に、その生徒が怪我をするかもしれないだろ?」


シャル「あっ……、うぅ。」


ギール「先生、もっと強く叱ってやってください。その程度で言う事を聞く様な奴じゃないですから。」


吉田先生の注意が優しすぎると思ったのか、ギールは更なる説教を求めた。


だがしかし、シャルもまたギールの思惑通りにさせまいと、直ぐに行動に移る。


シャル「うぅ、ご、ごめんなのだ。よ、余はお兄ちゃんを…からかい過ぎてしまっていたのだ…。で、でも余は、お兄ちゃんに遊んでほしくて…つい…うぅ。。」


先程の威勢とは真逆に、シャルは寂しそうにうつむき始めた。


吉田「お兄ちゃん?なんだギール、シャルからそんな風に言われてるのか?」


ギール「か、勝手に言ってるだけですよ。」


ディノ「に、兄さん…、もしかして本当は"兄さん"って呼ばれるの嫌でしたか?」


ギール「っ、あ、いや、ディノに言われるのは別に嫌じゃないよ。」


シャル「な、なんでディノはいいのだ!?」


吉田「おぉ、戻った……。」


ギール「ど、どうしてもだ。強いて言えば、呼び方に腹が立つくらいだ。」


シャル「ほう、なら兄さん……、ぬわぁ~!何か違うのだ~!」


ディノの"兄さん"呼びが許されている事から、シャルも同様に"兄さん"呼びをして見るも、直ぐに違和感を感じて"兄さん"呼びを否定した。


吉田「ま、まあ、呼び方は人それぞれだからな。にしても、たった一日でこんなに仲良くなるなんて、一体何が合ったんだ?」


ギール「うぅ、実は昨日、母さんに気に入れられたんですよ。それで当分、うちで暮らす事になって…、そのま、シャルとディノを兄妹の様に接しろと……。」


吉田「あー、だから"お兄ちゃん"と"兄さん"って訳か。なるほどな、ギールも大変だな。」


ギール「……シャルみたいな妹は欲しくないですよ。」


シャル「な、なんだと!?むぅ、えいっ!」


つい心の声を漏らしてしまったギールに、矛先を向けられ怒ったシャルは、いつも通りギールに飛びかかった。


ギール「こ、こら、シャル!?またお前って奴は…って、登って来んじゃねぇよ!?くっ、どうせ狙いは耳……ってうわっ!?こら!?」


シャルの狙いを読んでいたギールであったが、残念な事にすばしっこいシャルを捕まえる事が出来ず、不覚にも肩までの登頂を許してしまった。


シャル「むぅ、はぐっ!」


ギール「いたたっ!?やめろ!?」


ディノ「あ、あぁ〜、ど、どうしよう。またこの様な事に……。」


何とも絵になっている三兄妹に、吉田先生は高らかに笑った。


吉田「あはは!ほんと仲が良いな。三人を見ていると、不思議と安心しするよ。」


ギール「いたたっ!?ど、どこに安心してるのですか!?見てないで助けてくださいよ〜!」


吉田「ふっ、教師が兄妹のスキンシップを邪魔するのは、流石に野暮だろ?あっ、そうだ。ギールが噛まれるのが嫌なら"舐められる"か"あま噛み"されるってのはどうだ?」


ギール「な、ななっ、なんて事を!?」


シャル「ほう……ぺろっ、はむっ。」


ギール「きゃふっ!?」


シャル「っ、おぉ~♪噛むより良い反応だ!」


吉田「だろ?よしそれじゃ、俺は先に部室で待ってる。三人も早く来いよ?」


ギール「くぅ、それなら剥がしてくれよぉ!それでもあんた教師かよ〜!?」


ギールの悲痛な声も虚しく、完全にシャル側に付いた吉田先生は、"傷口を広げるのではなく、塩を塗り込む"と言う、地味な嫌がらせをしたのであった。


結局ギールは、シャルに大切な耳を"甘噛みされたり、舐められたり"と、一瞬意識が飛びそうになりながらも、部室へと向かうのであった。



異種交流会部室


ギールたちが着いた時には、一人を除く部員たちが既に揃っていた。


部室に着いたと言うのに、ギールの肩から降り様としないシャルは、そのままギールの耳を弄んでいた。


桃馬「朝からギールとシャルは仲がいいな?」


憲明「凄く気に入られてるな……ふっふくく……。」


桜華「か、可愛い……。」


時奈「うむ、ギールはロリコンだったのか。」


京骨「……魔王に手を出すとは、やるなギール。」


ルシア「ふふっ、ギールのは太いと思うから、シャルちゃんのアソコは大丈夫かしら?」


リフィル「うーん、無理矢理ねじ込む展開もありですね♪」



桜華を除く女子たちの卑猥な意見は無視するとして、部員たちは、シャルとギールの密接な関係に微笑んでいた。


ギール「見せものじゃ……っ、ねぇぞ。」


口上での抵抗も弱く、表情的にも明らかに感じている様な表情に続いて、素直な尻尾が無意識に左右にブンブン振っていた。


シャル「はむっ♪ぷはぁ〜、そう言うでないギールよ♪お主に取っても、今の状況は満更でもないだろう♪」


ギール「くっ……。(好き放題言いやがって……、お前の見たいな乱暴的なモフりに感じるほど、俺は単純じゃ……ない。)」


心の陥落が近いのか、シャルの卑劣なテクニックに屈服しかけているギールは、心までも感じ始めていた。


このままでは、桃馬たちの前で完全に屈服した姿を晒してしまう事から、ギールは奥の手として、この場にまだ来ていないジェルドの名前を出して気分を誤魔化そうと考えた。


ギール「そ、それより、きょ、今日はギルドの申請なんだろ?それなのにジェルドの奴が、まだ来ていない様だけど、何してるんだ?」


リフィル「あぁ〜♪ジェルドならエルゼちゃんを迎えに行ってるわよ♪」


ギール「……そ、そうか、あいつもシスコンだな。」


ジェルド「誰がシスコンだって、ギ〜ル〜?」


ギール「っ!?」


ジェルドの低い声に、その場にいる部員全員が部室の入口に視線を送ると、白くて"ふわふわ"なエルゼをおんぶしているジェルドが立っていた。


正直、今のジェルドの姿は、今のギールと大して変わりはなかった。強いて言えば、耳を責めているか、責めていないかである。


ギール「ジェルド、今の俺たち似た者同士だな。」


ジェルド「どこが似た者同士だ一緒にするな。エルゼは極度の人見知りなんだから仕方がないだろ?それに比べギール、お前はシャルを肩に乗せては、大切な耳を噛ませて気持ち悪いプレイをしてるじゃないか?この時点で一緒じゃねぇよ。」


ギールの「うっ、ぐぬぬ。」


シャル「…ほう、人見知りとな。」


初めエルゼと会うシャルは、ジェルドからの極度の人見知りと言う言葉に反応してか、ギールの肩から降りると、ジェルドの背中にしがみついているエルゼに近寄った。


ギール「お、おいシャル、何をする気だ?」


ジェルド「……エルゼに変な事する気ならやめてくれよ?」


シャル「案ずるな、その子に危害を加え様などとは思っておらぬ。ただ余は、少しその子と話がしたいのだ。」


ジェルドの威嚇とも言える注意の呼び掛けであったが、シャルは一切動じる事は無く、エルゼに危害を加えないと約束した。


シャル「エルゼとやら、兄の背中に隠れてないで余と話そうではないか?」


絶賛警戒中のエルゼは、"ふわふわ"なケモ耳を"へにゅっ"と折りたたみ、可愛い顔をジェルドの背中に隠していた。


シャル「ふむぅ、なら、特別に余の自慢の角を触らせてやろう♪」


シャルの呼び掛けに応じてくれないエルゼに、シャルは"魔族"に取って大切な角を触らせてあげようとした。


魔族に取って角とは、心を許した者以外に、決して触れられたくない神聖なものであり、触り方一つで意味合いが変わるデリケートな所でもあった。


自らの角を相手に触らせてあげる時は、友好の証であり。


既に心を許した者に触られる時は、親交を現し。


心も許さず勝手に触れたり、触れられた時は、侮辱と無礼、下手をしたら屈辱と宣戦布告を意味しています。


しかし今回シャルは、自らの角を出してるので、友好の証を見せていた。シャルの体は小さいと言えども、体に見合った立派な二本角を持っていた。


ギール「何してるんだシャル、とうとう頭でもおかしくなったか?」


シャル「お兄ちゃんは"黙っていなさい"。」


ギール「えっ、えっと、あ、あぁ……。」


さっきまでの挑発的な"お兄ちゃん"発言とは違い。


今のシャルは、少し大人びた口調でギールに一喝した。


おそらく、可愛らしいエルゼとのアプローチを邪魔された事に怒ったのだろう。いつも語尾に付けていた子供らしい"〇〇なのだ"が、入っていなかった。



桃馬「へぇ〜、あのお転婆なシャルでも、あんな風に"大人"みたいに話せるんだな。」


桜華「きっと、真面目モードって奴でしょうね。」


リフィル「という事は、普段は敢えて子供っぽく振舞ってるのかな?」


憲明「いやいや、あれはどう見ても素だろ?きっと、感情的にならないと魔王としての威厳が出せないとかじゃないか?」


小頼「ふむふむ、つまりギールが求める"妹"にするためには、日常的にシャルちゃんを怒らせないとダメって事になるね。」


シャルの意外な大人びた一面に、一部の部員内で感心が広がる中、その一方では、思わず心配いする声もあった。



京骨「日常的に怒らせる…か…。そうなると、ギールは毎日、大切な耳と尻尾をかじられ悲鳴を上げる訳か。うぅ、明日からうるさくなりそう。」


ルシア「ふふっ、授業中に噛まれでもしたら大変ね〜♪もしかしたら、授業妨害とかで停学になるかも♪」


ギール「うぅ、有り得そうな事を言うなよ〜。」


時奈「安心しろギール、その時は私が生徒会長として、シャルに注意するからな。」


ギール「うぅ、は、はい、ありがとうございます…。(時奈先輩の安心しろは、あまり信用出来ないんだよな…、シャルに流されて丸め込まれなきゃいいけど……。)」


全生徒の模範である生徒会長の言葉とは言え。


正直、ギールは不安であった。


そもそも、そんな自傷染みた事をしてまで、シャルを"理想の妹"にするのは、嫌な話であった。




一方その頃。


エルゼと仲良くしようとしてるシャルは、粘り強く声をかけながらアプローチをかけていた。


これにエルゼは少し気になり始めたのか、恐る恐るシャルの立派な角をチラチラと見始めていた。


この様子に見兼ねたジェルドは、エルゼの警戒心を解こうと優しく声をかける。


ジェルド「エルゼ?ほら、シャルは心を許してるよ?」


エルゼ「……わ、わふぅ……で、でも…。」


シャル「ほれほれ~♪魔王の角に触れるチャンスだぞ?」


陽キャと陰キャの平和的なやり取りに、ようやくエルゼが、ジェルドの背中から可愛らしい顔を出し始めると、シャルはこの機に新たな策に出る。


シャル「ふむぅ、よし。えーっと、桜華、リフィル?一つ頼みがあるのだが良いか?」


桜華「ふぇ?わ、私ですか?」


リフィル「いいよ〜♪それで何するのかな?」


シャル「うむ、エルゼの前で余の角に触れるのだ。」


桜華「ふぇ!?いいのですか?」


リフィル「あぁ~♪なるほどね、わかったよ♪」


二人はシャルの言葉通り、エルゼの前で角に触れ始めた。


シャル「あぅ…っ、こ、こほん。ほ、ほら、余の角は触っても大丈夫であるぞ♪」


桜華「こ、これが、シャルちゃんの角。」


リフィル「ふむふむ、一角獣より質が良いわね。」


硬くて滑らかな肌触りに続いて、ザラザラ感も全く感じない優しい角であった。


桜華とリフィルが満足そうにシャルの角を触る姿に、エルゼも触ってみたい感情が無意識に出てしまい、ジェルドの背中の上から手を伸ばした。


シャル「うむうむ、これで怖くないだろ?」


エルゼ「う、うん……。」


シャル「うむ、そうとなれば降りて来るのだ。」


ジェルド「…大丈夫か、エルゼ?」


エルゼ「う、うん、大丈夫……。」


弱々しく心細い声と共に、白く"モコモコ"としたエルゼが、自らの意思でジェルドの背中から降りた。


エルゼ「…あ、あの……、わ、私、エルゼ・ヴラントと言います……、え、えっと、よ、よろひくおねがいひまふ……はぅ///。」


可愛いらしい自己紹介に、ギールを除く男子部員たちは思わず失神し、女子たちは心を奪われた。



自己紹介で噛んでしまったエルゼは、赤面して俯いているが、そこへシャル、桜華、リフィルの三人が励ましていた。


ジェルド「エルゼが、自分から挨拶を……うぅ。」


兄のジェルドは、妹の成長に感動していた。


するとそこへ、時奈が歩み寄って来た。


時奈「ジェルド、君がここに妹を連れて来たと言う事は、異種交流会に入れる気なのだな?」


ジェルド「そ、それ何ですけど、実は見ての通り人見知りもあって、まだ部活も決めてないんです。それでちょっと、人慣れさせるために、ここに仮入部させようと思いまして……。」


時奈「そうか、うーん、吉田先生には、ギルド申請のために先に行ってしまったし、現地で追加できるか聞いてみようか。」


ジェルド「あ、ありがとうございます!」


時奈「うむ、よーし、全員揃った事だ。早速準備して部活を開始するぞ。」


こうして、可愛らしい騒ぎは幕を閉じた。


いよいよ待ちに待った部活の時間。


無限の可能性とイベントが広がる異世界へ。


本日も変わらず向かうのであった。



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