第13話 母に狙われた桜華様

日は登り

雀鳴く鳴く

清き日に

寝過ごす子らに

起こし来る母


朝日が街を照らす午前七時。


澄んだ外の空気は心地良く、今日も素晴らしい朝であった。


その頃、色々あって佐渡家に居候する事になった桜華は、夜中の三時にようやく眠れた桃馬を抱き枕にしながら気持ち良さそうに眠っていた。



景勝「はぁ、遅いと思って来てみれば……。」


雪穂「あらあら、朝から仲睦まじいわね♪」


景勝「微笑んでる場合じゃないよ?ほら、桃馬、桜華様、起きてください。」


桃馬「んんっ、ん?親父トト……?」


雪穂「おはよう桃馬♪早く顔を洗って朝ご飯食べなさい。もう七時だから学校に遅れるわよ?」


桃馬「う〜ん、わかったよ母さん……。」


寝ぼけているのか、桃馬は多少力が抜けた桜華の腕を解くと、そのまま洗面所の方へ"フラフラ"しながら歩いて行った。


上手く桜華様から息子を引き剥がした雪穂は、目を光らせながら桜華様を凝視していた。


景勝「さてと、あとは桜華様だな、おはようござんんっ!?」


桃馬が離れても未だに寝ている桜華様に、景勝が起こそうとすると、背後から桜華様の寝顔をもっと観察していたい雪穂が、景勝の口元を塞いで起こす行為を阻止した。


景勝「んはっ、な、何するんだよ?」


雪穂「何って、もう少しだけ観察させなさいよ?」


景勝「か、観察って、早く起こさないと学校に遅れるぞ?」


雪穂「まあまあ、少しだけだから~♪んんっ〜!ふにふに~♪」


雪穂は、眠っている桜華様の頬をツンツンと触り始めた。


桜華「ふへぇ〜、と〜うみゃ〜♪」


雪穂「っ!」


夢の中で桃馬と一緒に居るのだろうか。


何とも微笑ましい寝顔を見せながら寝言を言う桜華様に、雪穂の心に雷が落ちた。


雪穂「ごくり、す、少しだ……そ、そう、少しだけ……くっ、〜〜っ///」


己の理性を抑えられなくなった雪穂は、桜華様の両頬に手を置き軽く引っ張り始めた。


これには景勝も、慌てて止めに入る。


景勝「ちょ、ちょちょ、何してるんだ雪穂!?」


雪穂「あぁ〜ん、何するのよあなた〜?どうせ桜華ちゃんは、私たちの娘になるんだから別に何をしても良いでしょ?」


景勝「良い訳があるかよ。例え未来の娘でも、まだ桜華様のご両親とも会ってないし、下手な事は出来ないよ。」


雪穂「もう硬いわね~、はぁ、わかったわ。桜華ちゃ…こほん、桜華様?起きてください、朝ですよ?」


景勝「…………。(うぅ、耳元でモーニングコールとは、相当気に入ってるな。)」


せっかくのお楽しみタイムにも関わらず、真面目な景勝に水を差されてしまい、雪穂は渋々と受けれ、最後に桜華様の耳元でモーニングコールをかけた。


桜華「んんっ、はへぇ、ここは……。」


雪穂「ふふっ、おはようございます桜華様♪」


雪穂と目を会わせた桜華は、目の前に居る知らない女性に小首を傾げた。


昨日の桜華は、特別多忙な一日を過ごした事で疲れていたのか、夕飯も食べずに寝てしまい、桃馬の母である雪穂に会っていなかったのだ。


そのため桜華は、目の前にいる女性が、桃馬の母とは知らずに、"きょとん"とした表情で雪穂を見つめた。


これには雪穂も堪らず理性の限界を迎えてしまい、尊くも愛おしい愛娘に抱きついた。


雪穂「あぁ~ん♪かわいい~♪」


桜華「ふにゅっ!?」


見た目はクールなのに、可愛いものには目がない雪穂は、朝から大胆に愛娘と体を密着させ、その豊かな胸を桜華の顔に押し当てた。


景勝「こ、ここ、こら雪穂!?何してるんだ!?」


肝を冷やす様な雪穂の行為に、景勝が身を呈して雪穂を引き剥がそうとするも、雪穂のかろやかな回し蹴りが腹部を捉え、そのまま廊下へ蹴り飛ばされた。


この騒動により、寝ぼけて洗面所に向かった桃馬は我に帰り急いで部屋に戻った。


桃馬「と、親父トト!?な、何してるんだ!?」


景勝「いっつつ、すまん桃馬、二人が起きて来ないから雪穂と一緒に起こしに来たら、雪穂が暴走した。」


桃馬「えっ?うげっ、まじかよ…。兄貴もいないし、引き剥がすのは大変だよ。」


景勝「うぅ、時間も時間だからな。早く朝飯食って学校にいかないと遅れてしまうぞ。」


桃馬「えっ?今何時?」


景勝「あぁ、えっーと、七時十五分。」


その時間は、いつも家を出る二十分前に差し掛かっていた。


一応それでも、間に合わない事はないが、桃馬はもしもの事に備えて余裕のある登校をしていた。


しかし、母の雪穂がこの暴走モードに入ってしまうと話は別だ。


ほぼ確定で、遅刻の危険性が高まってしまうため、多少のリスクがあっても、二人を強引に引き剥がしては、更に母を止めなければならない。


しかし母は、"異世界出身にして、とある某国の元騎士"だ。


そう簡単に、どうこう出来る相手ではない。


下手に前に出ては親父トトの様に返り討ちに合うため、今は無理せずに、母の様子を伺いながら話しかける事にした。


桃馬「母さん!桜華に何してるんだよ!?」


雪穂「あら、桃馬♪見ての通りのスキンシップよ?」


桃馬「スキンシップって、全然そうには見えないけど?」


雪穂の豊かな胸に顔を押し込まれた桜華は、両手をバタバタとさせながら苦しそうにしていた。雪穂は桜華を逃がさないためか、それとも無意識なのか、桜華の後頭部辺りに両腕を回し、しっかり抱き寄せていた。


桃馬「と、とにかく抱き寄せるのストップ!苦しがってるから!」


雪穂「えっ?あ、ご、ごめんなさい桜華ちゃん!?」


桜華「ぷはぁ、はぁはぁ、はぁはぁ。」


どうやら無意識で抱き寄せていた様だ。


桃馬の指摘のお陰で助けられた桜華は、少し酸欠のせいか顔を真っ赤に染めていた。


雪穂「本当にごめんなさい。どこか痛めてない?」


桜華「だ、大丈夫ですよ、はぁはぁ、お陰で目が覚めました。」


雪穂「そ、そう?」


桜華「は、はい♪そ、それより、えっと、あなたは桃馬の"お姉さん"ですか?」


雪穂「え、あっ、お姉さんだ何て嬉しいわ♪でもね、実は私、桃馬のお姉さんじゃなくて、桃馬のお母さんなのよ♪」


まさかの母親ではなく、"お姉さん"と間違われた雪穂は、一瞬戸惑いを見せたが、直ぐに素直な桜華にメロメロになった。


一方、後ろで見ていた二人の男たちは、軽くお互いを叩き合いながらクスクスと笑い始めていた。



桜華「ふぇ!?お、お義母様!?えっと、その、お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。わ、私、柿崎桜華と言います。そ、それと……んっ。」




目の前に居る女性が、桃馬の母親である事に驚きを隠せず取り乱す桜華に、雪穂は全てを見透かした様な顔で桜華の口元を人差し指を当てた。



雪穂「ふふっ、大丈夫よ♪昨夜の内に夫から聞いているから♪。」


桜華「ふぇ……?」


雪穂「ふふっ、もうこの家は桜華ちゃんの家よ♪遠慮なく泊まっていきなさい♪」


桜華「お義母様、よろしいのですか?」


雪穂「もちろんよ♪これからも桃馬の事をよろしくね♪」


桜華「は、はい♪こちらこそ、よろしくお願いします♪」


雪穂「桜華ちゃんはいい子ね~♪桃馬には勿体ないわ♪」


桃馬「おい、母親……。」


雪穂「もう、そんな怖い顔しないの?ほら、早く朝ご飯食べて学校に行きなさい。」


桃馬「い、言われなくても分かってるよ。行こうか桜華。」


桜華「う、うん♪」


桃馬は、桜華の手を引き洗面所へと再び向かった。


二人の後ろ姿に、景勝と雪穂は少し懐かしく感じていた。


景勝「二人を見ていると、何だか懐かしいな。」


雪穂「えぇ、本当に懐かしいわね♪」


景勝「俺が雪穂と初めて会った時、桃馬たちより酷かったな。」


雪穂「まだ覚えているの?」


景勝「あぁ〜、庭を眺めてたら見知らぬ女騎士様が倒れてるのは衝撃的だったぞ?しかも、慌てて助けたら、いきなり斬りかかって来るんだからな。」


雪穂「当たり前よ、気が付いたら鎧を脱がせてるんだから。」


景勝「あはは、あの時はタイミングが悪かったもんな。傷が無いかって心配して、外し方の分からない鎧を一つずつ外してたな。えっ〜と、確か、胸部の鎧だったか、腰部の鎧を外してる時に、雪穂が起きたんだよな。」


雪穂「確か腰部の鎧よ。胸部の方は、あなたが途中で諦めて中途半端に外してたんじゃない。」


景勝「うーん、言われて見ればそうだな。確かあの時は、一時間以上も"美女"を寝室に置いて鎧を外すのに苦戦してたっけな。」


雪穂「っ、そ、そうそう、とにかく初めての出会いは、シチュエーションが酷かったわ。下半身に違和感を感じて目を開けて見れば、見知らぬ狭い部屋に続いて、見知らぬ"かっこいい"あなたが、私の腰に手を当てて鎧を外そうとしていたんだからね。あの時は、本当に犯されるかと思ったわ。」


景勝「うぅ、改めて聞くと、あの後直ぐに斬りかかって来た気持ちが分かるな。」


雪穂「全くよ。あの時、胸部の鎧が中途半端に外れていたお陰で、太刀筋が外れて"あなた"を斬らずに済んだけど、もし、中途半端に外れてなかったら確実に斬ってしまっていたわよ。うぅ、思い出すだけでも怖いわ。」


景勝「い、意外と俺たち、危険な綱渡りをしてたんだな。」


雪穂「ほんとよ、でも、今思えば可笑しな話よね。腰部の鎧と言っても、スカートの上から保護している様な物だったから、犯すなら外す必要は無いのにね。」


景勝「あ〜、確かに、あの時の雪穂はスカートを履いていたな。それで鎧を外す際は、覗いちゃダメだ、覗いちゃダメだって、自分に言い聞かせながら外していたな。まあ結局、誘惑に負けて一度チラッと見ては予想通りの白だったから、それ以上は見なかったけど。」



雪穂「へぇ〜、やっぱり見たんだ〜。」


景勝「っ、やばっ。」


雪穂「ふふっ、今更隠さなくても良いわよ。それに、私たちが付き合い始めてからは、下着を見られるよりも恥ずかしい事を散々して来たじゃない。」


景勝「……確かに。」


雪穂「でも、下着を覗く下心はあったのに、よく犯さなかったわね?当時の"カルガナ"の治安だったら犯し放題なのにね。」


景勝「生憎、当時はそう言う思想は持ち合わせていなかったものでね。」


雪穂「クスッ、それでも下着を覗きたい願望はあったのにね〜。いや〜、あなたが覗きの常習犯にならなくて良かったわ〜。」


景勝「そ、そりゃそうだよ。雪穂より下着が似合う女性はこの世に居ないと思ってたからな。」


雪穂「っ///へ、へぇ〜、そうなの〜、ふふっ♪やっぱり、あの時助けてくれたのが"景勝"で本当に良かったわ。」


景勝「っ、あ、改めてそう言われると照れるな。俺も雪穂、いや、"イグリア"と出会えて本当に良かったよ。」


雪穂「クスッ、このタイミングで私の旧名を出す何て、相変わらず卑怯ね。」


景勝「お互い様だろ?」


二人は頬を赤くさせながら照れ臭そうに話した。


本来なら決して出会う事は無い二人。


今思えば、異世界交流文化の時代を導くための、小さな架け橋になっていたのかも知れないと思うのであった。


景勝「さてと、俺はそろそろ仕事行くか。」


雪穂「ちょっと、待ちなさいよ"あなた"?」


景勝「っ、ど、どうした雪穂?」


雪穂「ふふっ、ねぇ、あなた?仕事に行く前に、ちょっと寝室で二人っきりにならない?」


話のキリも良く、景勝が仕事へ行こうとすると、雪穂が引き止めるかの様に景勝の肩を掴み、艶やかな声で耳元にささやいた。


景勝「えっ?っ、なっ、ななっ、何を言っているんだ朝から!?そ、それにまだ、桜華様と桃馬が家に居るんだぞ!?」


雪穂「ふふっ、何を勘違いしてるのかしら?それは今夜するとして…、でも今は……。」


景勝「…っ、ごくり。」


艶やかな声で語りかけて来る雪穂に、思わず景勝は、桃馬と桜華様が家に居るにも関わらず、朝から寝室で背徳羞恥プレイでもする気なのかと思っていた。


そのため動揺しながらの静止を促すも、単に景勝の誤解というオチであった。その代わりに今夜は、久々に寝かせてくれないご様子で、それはそれで嬉しいと思う景勝であった。


しかし、嬉しい期待も束の間。


直ぐに絶望と恐怖に陥れられてしまう。


雪穂「ふふっ、さっき桜華ちゃんが私の事を桃馬のお姉さんって間違えたでしょ?その時、あなたと桃馬は…、どうして笑っていたのかな?」


景勝「っ!?」


艶やかで淫靡な声が逆に恐ろしく、景勝は石化したかの様に固まった。


その後景勝は、雪穂に首根っこを掴まれ、二人の寝室へと連れて行かれた。その後、景勝の身に何が起きたのかは、雪穂と被害者の景勝にしか分からないのであった。




一方その頃、身支度を整えた桃馬と桜華は、雪穂特製の朝食が用意されている茶の間にいた。


だが、一点気になる事があった。


テーブルの上には、"桃馬"と"桜華ちゃん"と書かれた紙が置かれていた。


"さすが母さん、既に分けているとは抜かりがない"と思った矢先、桃馬が自分の名前が書かれた紙をひっくり返すと、そこに"あーんし合って食べてね♪"と書かれていた。


桃馬は母からのメッセージを読むと、直ぐ紙を丸めてゴミ箱の中に入れた。


その後、何事も無かったかの様に、いつも通り朝食を済ませた。


雪穂特性の朝食に大絶賛した桜華は、早くも胃袋を握られてしまった。


桜華「んんっ~♪お義母様の料理美味しかったです♪」


桃馬「まあ、母さんの取り柄の一つだからね。でも、親父の話だと昔は酷かったらしいけど。」


桜華「と言う事は、必死に努力なされたのですね♪」


桃馬「かもな。さてと、のんびりしてる暇はないよ?あと十分過ぎたら走る事になるからね。」


桜華「わかりました〜♪」


時間ギリギリの中で朝食を済ませた二人。


今日もドタバタとした学園生活が始まるのであった。


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