第12話 誤解とスケベの境界線

怪しさ全開ではあったが、何とか桜華を客間に残して自分の部屋へ駆け込んだ桃馬は、早々に秘蔵の私物を掻き集めて、そのまま押し入れの奥へと封印した。


しかし、厄介な私物を封印したのも束の間、次に少々散らかった自分の部屋と向き合い始め、どこから片付け様かと考え始めた。


床とテーブルに積み重ねられた漫画本、敷きっぱなしの布団と脱ぎっぱなしの服、これを見られるのは流石にまずい。



ざっと掃除の時間も入れて、十分から二十分くらいで片付くだろうか。


桃馬は早速、布団と服を片付け始めた。


すると背後から、扉が開く音と共に聞き覚えのある声が聞こえた。



桜華「へぇ〜、ここが桃馬のお部屋ですか?」


桃馬「あぁ、少し掃除するから兄貴の部屋に……んっ、えっ?」


一瞬聞き流してしまったが、突如として聞こえた桜華の声に、まさかと思いながら後ろを振り向くと、そこには、既に桃馬の部屋に入り込んだ桜華が立っていた。


桃馬の表情は徐々にひきつり始め動揺する。


更に桜華が、部屋を見渡そうとすると、桃馬は阻むかの様に体を張って前に出た。


桜華「な、何してるの?」


桃馬「ち、散らかってるからあまり見せたくないんだよ!?」


桜華「私は構わないですよ♪」


桃馬「そんな明るい顔をしてもだめですよ。悪いけど兄の部屋に……。」


桜華「これが桃馬のお布団……。」


桃馬「なっ、いつの間に!?」


桃馬が一瞬だけ目を閉じた隙を突いた桜華は、いとも簡単に脆弱なセキュリティーを突破。


その後、桃馬の布団の上に座り込んだ。


桃馬「な、何してるのですか?」


桜華「こ、これが桃馬のお布団…すぅ…はぁ〜。」


桃馬「ちょちょ!何してるんだ!?」


桜華の予想外過ぎる奇行に慌てた桃馬は、急いで掛け布団を取り上げ様とするが、桜華はしがみついて抵抗する。


桃馬「うぐぐ、抵抗しないでください!」


桜華「も、もう少しだけ、少しだけですから、このまま堪能させてください!そ、それより、既にお部屋を見られてるのですから良いじゃないですか!?」


桃馬「そんな事を言っても、男にだって恥ずかしい事はあるんですよ。それに、初めて出来た彼女をこんな汚い部屋で寝かせるなんて出来ないですよ。」


桜華「それにはご心配なく、知り合いの部屋より綺麗ですから。」


桃馬「桜華は良くても、こっちが心配だよ!?」


完全に動かないと悟った桃馬は、最終手段として強引に掛け布団を引っ張るも、桜華を剥がす事はできなかった。


これに諦めた桃馬は、恥ずかしい思いを押し殺しながら、本の整理と衣服の片付け始めた。


すると桜華は、桃馬の掛け布団にくるまるとゴロゴロと部屋を物色し始めた。


一応、こうなる展開を予想していた桃馬は、仕方なく放置するも、押し入れの警戒だけは厳重にしていた。


桜華「男性のお部屋って、"自由"って感じがしていいですね♪」


桃馬「んっ?ま、まあ女の子の部屋と比べたらそうかもな。」


桜華「うんうん、このちょっとした散らかった感じと、敷きっぱなしの布団……それと……、すぅ〜、はぁ〜♪…。」



再び布団に意識を向けてしまった桜華は、モゾモゾと包まった掛け布団に潜り込んだ。



ふと嫌な予感を感じた桃馬は、桜華が包まる掛け布団を剥がすと、そこには、桃馬の服を抱きしめ"スーハー、スーハー"している桜華がいた。


しかし、桃馬は無理に取り上げる事はなく、ため息をつきながら桜華を簀巻すまきにした。


桃馬「ふぅ。(はぁ、俺の服をあんな風に"くんかくんか"されるのは嫌だけど、気を取られている内に早く掃除を終わらせよう。)」



二十分後……。


取り敢えず、目立つ所の掃除は終わった。


現在桜華は、俺の掛け布団で簀巻きにされてまま眠っている。それにしても、初めて入る男の部屋で、よく警戒せずに寝られるものだ。


とは言え、今日は色々な事があり過ぎて疲れてしまった。


学園生活初日の桜華は、もっと疲れた事だろう。


桃馬「うっ、んん〜。ふぅ、俺も少し寝るか。」


掃除も終えて一段落つく桃馬は、押し入れから予備の布団を取り出し、掃除で空いたスペースに広げた。


桃馬は仮眠のつもりであったが、気づけばそのまま眠りについた。


それから時間は経ち、佐渡家に集まった酒盛り衆たちは解散、泥酔状態の栄角は景勝に引きずられながらタクシーに放り込まれ佐渡家を後にした。


タクシーが見えなくなると景勝は早々に家に入った。


すると玄関には、微笑みながら景勝を迎える妻の雪穂せつほが立っていた。


黒髪ポニーテールで、見た目クールな妻である。


しかし、本当にクールだったの昔の話。


今では性格が大きく変わってしまっていた。


雪穂「ねぇねぇ、早く桜華様に会いに行きしょうよ!」


景勝「ま、待て待て、こう言うのはタイミングが大事だ。えーっと、あれから三時間は経っているか。うーん、もしかしたらお楽しみかもしれないな?」


雪穂「桃馬にそんな根性ないわ♪きっと、布団を譲って寝てるわよ♪」


景勝「おい母親……。」


桃馬の性格を知り尽くしている雪穂は、容赦なく息子をディスり、早く桜華様に会いたい模様であった。


あまりにも笑顔で息子の桃馬をディスので、景勝は思わずツッコんだ。


景勝「こほん、まあ取り敢えず、こっそり様子を見てからな?」


雪穂「もちろんよ♪さっ、いくわ!」


雪穂は景勝の片腕を掴むと、こっそり所か、かなり大胆に桃馬の部屋へと向かった。



桃馬の部屋の前まで来た両親。


二人は、恐る恐る扉に耳を当てて様子を伺った。


しかし、話し声はおろか、いとなみの声すら聞こえなかった。


雪穂「うーん、もしかして寝てるのかしら?」


景勝「…よ、よし、次はこっそり部屋を覗くぞ。」


寝てる可能性を感じた景勝は、ドアノブに手を置くと数センチ程の隙間を開けた。


雪穂「どう?二人は何してる?」


景勝「……。」


景勝は硬直した。


ちょうど目の前には、抱き合って寝ている二人が見えた。


雪穂「あなたどうしたの?」


景勝「……たぶん事後だ。」


雪穂「っ!」


思わず声が漏れそうになると、雪穂は口を押さえて部屋を覗く。


景勝「今日できたばかりだと言うのに、気持ちを暴走させるほど嬉しかったんだな。」


扉から離れた景勝は、目を閉じながら腕を組んだ。


しかし雪穂は、じっと二人を観察をしていた。


雪穂「じーー。」


景勝「こらこら雪穂、これ以上は親の出る幕じゃないよ?会うのは明日にして、俺たちも寝ようさ、…ん、雪穂?」


息子の部屋を覗き込む雪穂に対して、景勝は出直しを提案しながら桃馬の部屋を離れた。


しかし、興奮した雪穂が言う事を聞くはずもなく、寝室に向かう景勝を無視して桃馬の部屋へ侵入した。


そのため、雪穂が付いて来ていない事に無意識に振り返った景勝は、先程まで扉の前で覗いていた雪穂の姿がなく、桃馬の部屋の扉が全開している光景に、一瞬脳内が停止した。


我に返った景勝は、慌てて桃馬の部屋に戻って中を伺うと、案の定、"まじまじ"と桜華様を見つめる雪穂が居た。


(小声)

景勝「あ、雪穂!何してるんだ戻ってこい!」


雪穂「うーん、ふむふむ。」


二人の寝顔を観察した雪穂は、次に布団の中を物色し始めた。


景勝「おいおい、こらこら、何してるんだ!?」


雪穂「なるほど、つまらないわね。」


焦る景勝の気持ちは何のその。


雪穂は、期待していた展開じゃなかった事に、少し残念そうにしながら景勝の元へ戻った。


景勝「雪穂、何してるんだよ。バレたら大変だぞ!」


雪穂「はぁ、バレるも何も二人は何もしてなかったわよ?」


景勝「えっ、してない?いやいや、まさか〜、あれだけ仲良さそうに寝てるのに?」


雪穂「そっ、寝てるだけよ。全く、桃馬はあなたと比べて本当に奥手ね。」


景勝「お、俺を引き合いに出すなよ。」


雪穂「クスっ、付き合って三日目で襲ったくせに~。」


景勝「あ、あれは、挑発して来た雪穂が悪いだろう。」


雪穂「だって、男なのに"もじもじ"してるからさ~♪」


懐かしい惚気話をしながら、雪穂は楽しそうに景勝の肩を指で突っついた。


四十路よそじ手前とは言え、見た目は若い二人。


夫婦熱が冷める気配は、全く感じられない光景であった。


景勝「そ、それより、桜華様はどうだった?」


雪穂「とても可愛い子じゃない♪桃馬には勿体ないわ♪」


景勝「蒼紫あおしにも勿体ないくらいか?」


雪穂「クスッ、蒼紫にはシノンちゃんがいるから充分よ♪」


景勝「…ほんと獣人族好きだな?」


雪穂「あなたも好きでしょ?」


景勝「ま、まあな、それよりジェルドくんとギールくんの線はこれでなくなったな?」


雪穂「ふふっ、禁断の不倫関係もありかもね。」


景勝「いや、ここまで来たら、ねぇだろ?」


雪穂「クスッ、わからないよ~。さっ、私たちも寝ようかしら。」


景勝「そうだな、俺も明日仕事だしな。」


こうして桃馬の安泰に安堵した二人は、意気揚々と部屋を後にした。



その後、桃馬の部屋では……。


桃馬「はぁ、聞こえてるっての……。」


二人が去ってから桃馬は目を開けると、油断も隙もない親の行動に呆れていた。



まさか桜華の方から抱きついて来るとは思わなかった。


それほど、俺に安心感と信頼があるのだろうか。


それにしても無防備にも程があるぞ桜華様!!


理性が壊れる前に早く剥がしたい所だが、意外にも桜華の力は強く、更にはガッチリとホールドされているため、桃馬は動こうにも動けないでいた。


上手くからんだ脚と、程良く育った胸を押し当てられ、ある意味危険な状態であった。本当なら喜ばしい展開ではあるが、耐性がない桃馬に取っては、今にも理性が崩壊しそうである。


そのため桃馬は、早く眠りにつこうと目を閉じて無心になった。


が、しかし‥。


桜華様はそれを読んでいたかの様に、桃馬の体を触り始めた。


桃馬「なっ、ちょっ!?」


桜華は寝ぼけているのか。

嫌らしく桃馬の上半身を触る。


このままでは、下半身に手を伸ばすのも時間の問題である。


そのため桃馬は作戦を変更。


シンプルに桜華を起こす事にした。


桃馬「桜華、桜華、寝ぼけてないで起きてくれ!?」


桃馬の一回目のコールは不発に終わるも、桃馬は理性を保つために必死でコールを続けた。


エロゲーの主人公なら問答無用で押し倒す展開であるが、桃馬はそんなクズキャラには、なりたくないと思っていた。


と言うより、手足を動かせない時点で、そもそも押し倒す事すら不可能である。


それに相手は、予測不能の眠れる森の聖霊様‥。


最悪の場合は、一睡いっすいも出来ずに寝不足のまま登校する事もあり得る。


このまま寝れば、知らぬ間のラッキースケベ展開。


抵抗すれば寝不足展開。


どれが幸せかは、目に見えていた。


結局桃馬は、無駄な抵抗を諦めて"そっと"目を閉じた。

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