第14話 犬にも兄弟
新学期が始まって間もない朝。
空を見上げれば雲なき晴天。
河川敷の桜は見事に咲いているこの頃。
遅刻に追われて爆走する桃馬と桜華の姿があった。
桃馬「はぁはぁ、この時間で河川敷まで走れば…はぁはぁ、なんとか間に合うな。」
桜華「うーん、これが遅刻に追われる感覚ですか。うんうん、新鮮ですね♪」
全速疾走の末、息切れをしている桃馬とは違い、聖霊である桜華は、疲れた様子も無く新しい感覚に感動していた。
桃馬「はぁはぁ、桜華は大丈夫なのか?
桜華「えっ?何がですか?」
桃馬「はぁはぁ、いや、家からずっと全速疾走だったから、はぁはぁ、疲れてないのかなって。」
桜華「あぁ~♪このくらい大丈夫ですよ♪」
桃馬「はぁはぁ、そ、そうかスタミナあるな…、う〜ん、ん?あれは……。」
折れた姿勢を息を切らしながら正すと、少し離れた所にギールと楽しそうに登校している元魔王のシャルと、スライムのディノの姿があった。
何やらギールは、背中に乗っているシャルを振り落とそうとしている様で、一方のディノは"あわあわ"としながら対処に困っている様子であった。
ギール「このっ!降りろバカシャル!」
シャル「あはは♪良いではないか、良いではないか〜♪ギールの母上からは、ギールの事をよろしく頼むと言われておるのでな~♪」
ギール「くそぉ、母さんの前でヘコヘコしやがってからに……。」
シャル「そう言うでないぞ?お・に・い・ちゃ・ん♪」
ギール「ぐぐっ!お兄ちゃんって言うな!」
シャル「あはは♪よいぞよいぞ~♪」
ディノ「あわわ!?シャル様、に、兄さん……あわわ、ど、どうしよう。」
この様にギールたちは、家に出てから終始こんな状態で投稿していた。
桃馬「何してるんだ、あの三人……。」
桜華「……シャルちゃん。」
桃馬「ふぅ、桜華、三人の所に行ってみようか。」
桜華「ふぇ、あ、う、うん。」
楽しげに登校している三人に、桃馬は好奇心を膨らませながら、桜華と共にそっと接近し始めた。
しかし桜華は、少し不安な表情をしていた。
昨夜、中田栄角から聞いた"亜種族"の一件で、シャルが亜種族時代の魔王である事を聞いてしまい、強い警戒心を抱いてしまっていた。
一方の桃馬はと言うと、父である景勝との口論後、客間から自室へと向かってしまったため、シャルが亜種族である事に全く危機感を持っていなかった。
そのため、仲良さそうにしている三人の光景に、何ら警戒もなく声をかけた。
桃馬「おはようさん、朝から仲睦まじいな三人とも?」
ギール「あっ、桃馬!?ちょうど良い所に、シャルを剥がすの手伝ってくれ!」
シャル「いやじゃ~、ここは余の特等席なのだ。桃馬よ、邪魔するでないぞ!」
桃馬「別に剥がさないから安心しろ。」
ギール「なっ、と、桃馬!?ど、どうしてシャルの味方をするんだ!?」
桃馬「元魔王様にこんなにも懐かれてるんだ。邪魔したら後が怖いからな。」
ギール「うぐぐ、桃馬め……、あっ、この際桜華でもいいや、頼むシャルを剥がしてくれ!」
桜華「えっ、わ、私ですか!?」
頼みの綱である桃馬に見放されたギールは、次に偶然目が合った桜華に頼み込んだ。
シャル「桜華よ、これは兄妹の戯れ事、見逃してくれ!」
ギール「何が兄妹だ!俺は認めてないぞ!」
桃馬&桜華「兄妹?」
突然の兄妹宣言に二人は呆然とする。
ディノ「こ、こほん、説明は私がします。ですが、今は時間もありません。歩きながら説明しますね。」
桃馬と桜華が、三人の急速な進展に驚く中、
ディノは、歩きながら昨日に起きた話を始めた。
シャルとディノを一時的に預かる事になったギールは、普段歩いている"コロッケ屋"の通りを避け、寄り道する事なく二人を連れて自宅へ向かっていた。
そして歩く事に疲れたシャルは、小さい姿を良い事に、人前で無邪気に駄々をこねながらギールの背中を所望した。
周囲の視線を集める中、ギールは堪らず見え透いたシャルのわがままを受け入れ、小さな魔王を"おんぶ"した。
渋々ながらも言う事を聞いた事に味を占めたシャルは、次にギールの敏感な耳を気安く触り始めていた。
ギール「…おい、シャル……何をしてる。」
シャル「ほほぅ〜、このふわふわな耳…、うむうむ、最高であるな♪」
ギール「っ、主でもないお前が勝手に俺の耳を触るな!?」
シャル「そう怒るでないギールよ♪魔王である余に"もふ"られてるのだぞ?少しは喜んだらどうじゃ~?」
ギール「自称魔王が何を言ってやがる……。そもそも、俺を"もふ"っていいのは桃馬だけだ!」
シャル「っ、むぅ、そんなに桃馬がいいのか?」
ギール「当たり前だ。それとディノ、
ディノ「っ、す、すみません、珍しい生き物だったものでつい、……え、えっと……。」
シャル「おい、ディノ、邪魔をしたら分かるよな?」
ディノ「ひっ!?」
ギール「構うなディノ!どうせ魔力も使えない"中二病"の幼女だ。ガツンと言ってやれ!」
シャル「なっ、ちゅ、"ちゅうにびょう"だと?よ、よく分からぬが、そ、それより、余を幼女だと抜かすか!?」
ギール「どう見ても幼女だろうが!それとも、お転婆わがまま娘の方がお好みか?」
シャル「むぅ!はぐっ!」
自業自得とは言え、言いたい放題言われたシャルは、思わずギールの"ふわふわ"とした耳に噛み付いた。
ギール「うぐっ!?うぎゃぁぁ〜っ!?」
尻尾に続いて敏感な耳を噛まれたギールは、街中で悲痛な声を響かせた。
ディノ「あわわっ!?お止めくださいシャル様!?や、やりすぎですよ!?」
もはや笑えない状況に、ディノは慌ててスライム状の腕を伸ばすと、シャルの手足を始め、全身に
後は、"ひょい"っと引き剥がすだけであったが、シャルの抵抗は予想以上に強く、ギールの耳に噛みついたまま離そうとしなかった。
つまり、ディノがシャルを引っ張る度に、ギールの敏感な耳にダメージが入り続けていた。
ギール「いたたっ、ディ、ディノ!?下手に引っ張るな〜!?み、耳が、ち、ちぎれる〜!?」
ディノ「っ、ごめんなさい!…っ、あっ!?」
悲痛に叫ぶギールの声に反応したディノは、思わずシャルの全身に
すると、重心を前に踏ん張っていたギールは、そのまま勢いよく前に踏み込んでしまい、ギールの背中に乗っていたシャルは、まるで
シャル「ぬわぁぁ!!?」
ディノ「シャル様!?ふっ!」
ディノは急いでスライム状の腕を伸ばすが、シャルが飛ばされるスピードに追いつけず、見事に空振ってしまった。
そして、シャルに取って大きな危機が訪れた。
なんと飛ばされた先には、ギャグ漫画ではお馴染みの、電柱が立ちはだかっていた。
シャル「ぬわ〜っ!?ぶ、ぶつかれるのだ〜!?」
ディノ「シャ、シャル様〜!?」
二人が諦めかけたその時、突如として現れた黒い影によって、シャルが電柱にぶつかる寸前の所で救い出された。
シャル「んんっ……んっ?はっ!?な、何ともない?」
?「ふぅ~、危なかったわね。」
シャル「ほぇ?」
聞き覚えのない女性の声に、シャルは誰かと思いながら顔を上げた。
するとそこには、背中まで伸びた"
シャル「……お、お主は誰じゃ?」
?「おやおや、助けてくれた人に対して、"ありがとう"よりも先に、何者かと訪ねるとは面白い子だな?」
シャル「あぅ、そ、それは、すまないのだ。た、助けてくれてありがとうなのだ。」
?「よろしい、それで怪我はないか?」
シャル「う、うむ、大事はないぞ。」
?「そうか、それはよかった。」
女性に両手で抱えられ、お姫様抱っこの様な体勢になっているシャルは、助けてくれた女性に対して、偉そうに威張り散らす事も無くそのまま下ろされた。
するとそこへ、血相を変えた走って来たディノが、シャルの元に駆け寄るなり、その場で土下座をした。
ディノ「シャル様、申し訳ありません!私が手を離したばかりに!」
シャル「あぅ、ディ、ディノ…、うぅ、ま、全く、まさかギールの味方をするとは呆れたものなのだ。ギールの家に着いたら、直ぐにお仕置をしてやるから覚悟するのだ。」
ディノ「は、はい……。」
?「ん、ギール?そう言えば二人とも息子と同じ制服だね?」
シャル「えっ?そうなのか?」
ディノ「あの、シャル様を助けてくださり、ありがとうございます。」
?「あはは、礼には及ばないよ。それより君は〜、ふむっ、見たところ、その子の付き人の様だね?頭も良さそうだし、うちの息子の手本にさせたいよ。」
ディノ「うぅ〜///」
黒髪の女性は、上機嫌にディノの頭を撫でた。
童顔で見た目は中学生くらいのディノだが、実際は五百歳を余裕で超えている不老長寿な……少年のため、目の前にいる女性は間違いなくディノより歳下である。
しかし、大人の女性に褒められた事の無いディノは、思わず赤面しながら童貞臭い反応を見せてしまった。
このディノの反応に、心を刺激された凛々しい女性は、少し舌なめずりをしながら、ディノの両肩に手を置いた。
するとそこへ、大切な耳にダメージを負わされながらも、シャルを何とか引き剥がしたギールが、半ギレ状態で迫って来る。
ギール「いってて、おいシャル!さっきはよくもやって……。」
もう許さないと言わんばかりの怒りを込めた声に、シャルを捕まえてその場で仕返しをしようとしていた。
しかし、シャルの後ろに立っている"漆黒髪"の女性を見るなり、ギールは色んな意味で固まった。
?「へぇ〜、ギ〜ル〜?まさか"あんた"……、また弱い者虐めをしているのかい??」
か弱そうなシャルに対して、乱暴を働こうとしているギールの姿を見た女性は、"漆黒の長髪"を逆立てながら重苦しい空気を漂わせた。
ギール「きゃふっ!?か、かか、母さん!?ち、ちが、これには訳が‥。」
シャル「むっ?母とな?」
ディノ「ふぇ?母さん?」
突如として明かされた女性の正体が、ギールの母親であった事に、予想打にもしていなかったシャルとディノは、驚くどころか、あまりにも斜め上を行く展開過ぎて、逆に反応が薄かった。
ギール母「ほう、訳ねぇ〜。なら、聞かせてもらおうか……。」
歯切れの悪いギールに、何かを察したギールの母は、指の関節をボキボキと鳴らしながら、じりじりとギールに近寄った。
するとここで、ギールの母の後ろ姿を見たシャルとディノは、ようやくギールの母に生えている、立派な獣耳と尻尾に気づいた。
ギール「か、母さん話を聞いてくれ!?し、信じてもらえないと思うけど、あの幼女は魔王を名乗る痛い子なんだよ。今日の部活で色々あって、数日だけ"うち"で預かる事になって……。」
ギール母「魔王?ふ〜ん、なるほどね。それで続きは?」
ギール「あっ、えっと…そ、それで、学校の帰り道で、シャルの奴に耳を触られたり、噛まれたりして……。」
ギール母の細かい尋問は、何と言っても圧が強く、安い嘘をついて
ギール母「なるほどね、確かに、ギールの言い分は筋が通っているわね。」
ギール「そ、そうだろ!そ、それじゃあ、俺はシャルを仕返しに……うげっ!?」
ギール母「だとしても、小さい子に対して暴力は許さんぞ?」
何食わぬ顔でシャルの所へ向かおうとするギールに、ギールの母は、腕を伸ばして制服の首根っこを深々と掴んだ。
ギール「うぐぐっ、し、しまっへる!?」
ギール母「こうでもしないと大人しくしないだろ?」
ギール「わ、わがっだ……、わがっだがら、は、なじてくれよ!」
ギール母「よし、わかった。」
ギール「はぁはぁ、全く…、少しは手加減してくれよな。」
ギール母「お前に手加減をしたら直ぐに逃げるだろう?それより、数日うちで預かると言っていたが、この子達とは今日出会ったのか?」
ギール「あ、あぁ、今日の部活で故郷の世界に行った時に知り合ったんだよ。それで幼女の方は昔の魔王って言うし、ディノは、スライムの一族で……。」
ギール母「へぇ~♪二人とも泊まるところがないんだってね♪」
ギール「なっ、まだ話は途中だよ!?」
ギールの話を途中で切り上げたギールの母は、早速二人のところへ行くなり話しかけていた。
ディノ「え、えっと、はい。で、でも、明日の内に色々な手続きをすれば、三日後に学園の寮と言う所に入れると聞いていますので…、えっと、その、三日だけでも泊めて貰えないでしょうか。」
ギール母「ふふっ、じゅる。そうか〜、寮か~。寮も良いけど、もし良かったら"うち"にホームステイしたらどうかしら?」
ギール「はっ?」
シャル「えっ?」
ディノ「ほ、ほーむ?」
ギール母「あ、ごめんね。今日から"うち"で暮らさない?」
シャル「ぬわっ!い、良いのか!?」
ディノ「ふぇ、し、しかし……。」
ギール「ま、待て待て母さん!?父さんとの相談無しで、二人も"うち"に住まわせて良いのかよ。」
ギール母「それは私が何とかするわ。でもまあ、どうせ"あの人"の事だから良いって言うでしょうけどね。」
ギール「母さんが力技で訴えなければね……。」
ギール母「なら決まりだな。これからは、二人の事を妹、弟だと思って仲良くしなさい。」
ギール「っ、妹に弟……。」
ギール母「そんな顔しないの、"今"のギールは、"一人っ子"だけど、時期に"兄妹"の生活に慣れて来るわよ。」
ギール「っ、だからって。」
ディノ「ギールさんが、兄さん。」
シャル「ふぅ~ん、ギールがお兄ちゃん…ね~♪」
ギール「…はぁ、ディノは良いとして、シャルに言われると腹が立つな。」
シャル「何だギールよ〜♪もしかして照れておるのか~♪よっ、お・に・い・ちゃ・ん~♪」
ギール「があぁぁっ!!やめろ〜、シャルに言われるとバカにされてる気分だ〜!」
シャル「うわぁ~♪お兄ちゃんが怒ったのだ~♪」
ギール「…なっ、待て、このバカシャル!」
ギール母「何だかんだ言って、結構仲良いじゃないか♪」
ディノ「あ、あのお母様、本当によろしいのですか?」
ギール母「えぇ、もちろんよ♪でも、シャルちゃんと同じ部屋になっちゃうけど良いかしら?」
ディノ「は、はい、それは全然大丈夫ですよ。あ、ありがとうございます!」
ギール母「ふふっ、じゅる…、これからよろしくね♪」
その後、ギールを除く三人は、意気揚々と自宅へ向かうのであった。
ディノ「と、こんなやり取りがありまして。」
桃馬「なるほどな、道理で仲が言い訳だ。」
桜華「昔の魔王でも受け入れてくれるなんて、すごいですね。」
ディノの話を聞いて関心を持った桃馬と桜華は、ふと、後ろを振り向き、仲の良いシャルとギールの光景に、思わず微笑みを浮かべた。
桃馬「おーい、二人とも〜、そんなに仲良くしてたら遅れるぞ?」
ギール「わ、わかってるよ!このちょこまかと!」
シャル「ほらほら、とろいぞお兄ちゃん♪」
この時に見せたシャルの表情は、曇り一つもない純粋な笑顔であった。もしシャルが、凶悪な亜種族の魔王であったのなら、こんなにほのぼのしい表情をするだろうか。
もしかしたら、亜種族の中にも真っ当な心を持つ者が居るのかもしれない。そう思った桜華は、シャルに対して危険な存在だと少しでも疑った事を恥じるのであった。
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