第7話 眠れるダンジョンの魔王

八代目魔王シャル・イヴェルアは、異界史にも乗っている魔王である。今から五百年前に突如姿を消した魔王として十二代続いた魔王の中でも有名であった。


日本史で例えるなら"本能寺の変"くらい有名である。


そして現在。


その行方不明の魔王であると名乗る少女が、時奈たちの目の前に現れていた。


桃馬「なるほど‥五百年間ここで眠り続けたせいで誰にも見つけてもらえず行方不明になったと。」


シャル「五百年だと!?嘘を言うな!余は五時間だけの仮眠を取っていたのだ!そ、そうか~、魔王である余を恐れて苦し紛れに言っておるのだな~、その手には乗らんのだ!」


桃馬「本当だよ?今は共存共栄の時代、魔王様はいるけど、暴虐非道の魔王は稀なくらいだ。」


シャル「ほう~、共存共栄とは反吐が出る話だな。まあ、よい、早速余の配下を呼び出して血祭りにしてやろう。」


時奈「ま、まぁまぁ、そんな事言わないで話を‥。」


シャル「問答無用!余の恐ろしさを見せてやる!はぁぁ!!」


魔王シャルは、右腕を上げて何かを解き放とうとしたが、魔法陣が出るどころか、何も出てこなかった。


ただ、シャルの声だけが廃ダンジョン内を響かせた。


完全に滑った空気に、五秒ほど時が止まった。


これに桃馬たちは、不思議とほのぼのしく可愛い魔王に注目した。


シャルは、腕を下ろしてゆっくり隠し扉(寝床)へと戻った。


そして数秒後。


シャル「ギョエェェー!?」


魂の叫びが木霊した。


その後、目覚ましだろうか。

それらしき物を持って暗い表情で帰って来た。


桃馬「あ、あの‥大丈夫ですか?」


シャル「うぅ、ひっく‥よ、余は何てことを‥。」


先程までの余裕に満ちた元気はなく、半泣き状態であった。


憲明「これって‥よくある"あれ"かな?」


桃馬「設定ミスか‥壊したか。」


シャル「うぅ、動かんのじゃ‥。」


桃馬「そりゃ、五百年も経てばな。」


ギール「ちょっと、それ貸してくれ。」


シャル「うん‥。」


ギールの何気ない要求に、シャルは大人しく目覚ましを渡した。


ギールは目覚ましをくまなく観察する。


ギール「‥ふーん、やっぱり、俺の大婆ちゃんが持ってたのと同じやつだな。あ‥これじゃあ、ならないな。」


シャル「ど、どうしてだ?」


ギール「魔光石が入ってないし、目覚ましの設定が五年になってる。」


ジェルド「全部駄目じゃないか!?」


シャル「あ、あわわ!?」


電池の役割を果たすはずの魔光石を入れ忘れ、更には設定すらも間違えている事実に、シャルはその場にへなへなと腰を下ろした。


桜華「か、かわいい‥。」


シャル「だ、だれじゃ!?可愛いと言った奴は!?焼くぞ!」


桜華「あ、ごめんなさい。」


桃馬「ま、まぁまぁ‥魔王様そう怒らないで下さい。そ、そうだ!この事は他言無用にしますから、このまま再度おやすみに‥。」


シャル「これを聞いて寝れるわけないだろうが!?」


憲明「‥っ。(このキレのあるツッコミ…。これは、桃馬を越えてるな。)」


小頼「魔王様?泣いたって過ぎたのもは戻らないですし、諦めて今の時代を行きましょうよ?」


リフィル「そ、そうです!きっと今の方が楽しいですよ♪」


シャル「うぅ、ひっく‥うるひゃい‥うっく、余の力がないと言うことは‥うぐっ、魔王の地位はもうないのだ‥もう好き放題出来ぬ‥楽しくない‥。」


再び悲しい表情になるシャルの姿に、ここで時奈がとある提案を漏らす。


時奈「ふむぅ、仕方ない‥この際学園に連れていこう。」


部員一同「えっ!?」


時奈の提案に部員たちは一斉に向いた。


時奈「ふっふっ、学園に行方不明だった魔王様が入学したとなれば前代未聞だろうな。」


桜華「さ、さすがに危険な気がしますけど。」


時奈「安心しろ‥対策はある。」


時奈はゆっくりとシャルに近寄る。


シャル「な‥なんじゃ‥余を‥なぶるのか。」


時奈「いいや、そんな事はしない。それより私たちと共に学園に来てもらいたい。」


シャル「"ガクエン"とな‥‥?だが…よ、余は魔王だぞ‥。」


時奈「わかっている。私はただ、この平和な時代を生きてほしいと思っただけよ。」


時奈は、そっとシャルに手を伸ばした。


シャル「‥‥"ガクエン"と言ったな‥そこは‥楽しいのか?」


時奈「あぁ、楽しいぞ♪」


時奈の答えに先程まで暗かったシャルの表情に笑みがこぼれた。


シャル「ま、まあ‥どうしてもって言うなら行ってもよいぞ♪」


魔王らしく素直じゃないシャルは、ちょっとした嬉しさを隠しながら時奈の手を取った。


京骨「なら、来なくても痛たっ!?」


空気を読めなかった京骨に対して、四人の男たちは、どこかで取り出したハリセンを片手に、一斉に京骨の頭を叩いた。


ルシア「もう、急にどうしたの?」


京骨「い、いや、なんでも‥お前ら‥。」


京骨が四人を睨むと、対して四人の男たちもジト目をしながら口を開いた。


桃馬「空気を読めよ‥。」


憲明「鬼畜‥。」


ジェルド「冷徹‥。」


ギール「‥‥変態。」


京骨「おい、ちょっと待て、一人おかしいぞ。」


ギール「あっ、間違えた。このド変態。」


京骨「お前だけこの件からズレてないか?それと、どこに変態要素があったんだよ。」


時奈「はいはい、男子諸君、喧嘩はそこまでだ。先生が戻り次第直ぐにここから出るぞ?」


京骨「っ、くっ、わかりました。」


時奈の仲裁により、下らない争いはすぐに幕を閉じた。


するとその時、嗅覚と聴覚に特化したジェルドとギールの耳に吉田先生の声がかすかに入って来た。吉田先生の声が徐々に大きくなるに連れて、二匹のけも耳がピコピコと動かし始める。


"‥‥げ‥‥‥ろ‥ぉぉ‥"


ギール「おいジェルド、今の聞こえたか?吉田の奴が、"げろぉぉ"だってよ。酒でも見つけて飲んだのかな♪」


ジェルド「何を言ってるんだ、酒に弱い先生が飲む訳ないだろ?」


ギール「っ、そんなのわかってるよ。冗談だよ、冗談。はぁ、つれねぇな。」


桃馬「それでギール。本当にそう聞こえたのは?」


実際どう聞こえたのか気になった桃馬は、再度ギールに問いただして見ると、ギールは目を閉じながら腕を組みかっこ良さげに答えた。


ギール「‥うーん、実際は"逃げろ"だな。」


桃馬「逃げろ?」


京骨「かっこつけて言うことかよ。」


桜華「あっ、そうだ、シャル様は向こうの隠し通路の事は知っていましたか?」


シャル「知らないのだ。そもそもこんな通路を見るのは初めてなのだ。」


シャルの答えに場の空気は一気に重くなった。


長年眠り続けていたシャルでさえも知らないと言うことは、つまり十中八九、目の前の隠し通路が、ガチの隠しダンジョンであると証明されてしまったのだ。


すると間もなくして、隠しダンジョンの奥から、徐々に吉田先生の魂の叫び声が鮮明に聞こえてくる。


吉田「みんな逃げろぉぉっ!スライムだぁぁっ!!」


薄暗い隠しダンジョンで、漸く吉田先生の姿を確認すると、その後ろには巨大なスライムが迫っていた。


見るからにも危険と悟った男子たちは、慌てて女子達を担ぎ上げると、早々に廃ダンジョンからの脱出を図った。


道中、頼りになるドーフ族のマドルの姿はなく、一行と別れてからそのまま帰った様であった。


幸い、スライムの足が遅かったこともあり、一行は無事脱出すると、男たちは早々にダンジョンの入り口を破壊して塞いだ。


桃馬「はぁはぁ‥吉田先生‥何してるのですか‥はぁはぁ。」


吉田「す、すまん‥、探索してたら突然壁が崩れてな。"封印"されてたスライムが出てくるものだから‥。」


憲明「だ、だけど‥はぁはぁ‥なんで、スライムが‥はぁはぁ。」


ギール「きっと、誰かが隠したのだろうな。」


シャル「うむ、ご苦労だギールとやら。」


ギール「いつまで、しがみついてるんだ早く離れろ!」


シャル「いやなのじゃ、余はこの"モフモフ"が気に入ったのだ。」


シャルはギールに抱きついたまま離れようとしなかった。



桃馬「おっ、ギールにモテ期か?しかも相手が魔王様とはやるねぇ~。」


ジェルド「このまま、結ばれてずっとそうしてほしいけどな。」


ギール「お、お前ら感心してないで助けろよ!?」


シャル「そう嫌がるでないギールよ?余は別に、お主に恋をしたわけではない。余は、このモフモフとした毛並みに惚れたのだ。」


ギール「なっ、おれは由緒ある黒狼族こくろうぞくだぞ!た、例え相手が魔王であっても気安く触られるのはごめんだ!」


シャル「ふっふっ♪強気な獣人はいつもそう言って否定するが、実際そう言う奴ほど激しく触られたら直ぐに落ちるものなのだ。」


ギール「っ、ナメるなよ。俺は心を許した桃馬にしか靡かないぞ。」


シャル「ほう、ならその小生意気な強気がどこまで持つから実に楽しみなのだ。」


シャルはギールの急所である首元に腕を伸ばすと、"ワシャワシャ"ともふり始めた。


ギール「きゃふっ!?」


シャル「おぉ~、ここか?ここが良いのか??」


ギール「わふぅ~、ひゃめえ~。」


即落ちの上、情けない声を上げるギールの姿に、小頼を始めリフィルとジェルドが一斉に写真を撮り始める。


小頼は、ニヤニヤとよだれを滴しながら写真を撮り。


リフィルは、純粋に二人のほのぼのしい光景を撮り。


ジェルド至っては、ギールの弱味を握った事に歓喜し、ニヤニヤしながら写真を撮っていた。


三人が堂々と写真を撮る中で、ギールの"飼い主"である桃馬は、こっそりとギールの情けくも可愛い駄犬姿を収めていた。


憲明「なんか、凄く仲良くなったな?」


桃馬「そうだな。相手が魔王様とは言え、小さい子にここまで懐かれるのは珍しいな。」


普段から無駄にプライドが高く、例え子供相手でも冷たい態度を取っては懐かれない様にしていたギールに、今あるほのぼのしい光景はかなり珍しい事であった。



即落ちしたギールにシャルが懐いている最中、ここで吉田から退避指示が促される。


吉田「よ、よ~し、みんなそろそろ学園に戻るぞ?もしかしたら、スライムが無理やり出てくるかもしれないからな。」


時奈「それもそうですね。ですが、このままにしても良いのでしょうか?」


吉田「大丈夫だ。確かあのスライムは湿気を好む種類だ。今の時期、外に出ることはまずな…。」


"ドゴーーンッ!!"


安堵しているのも束の間、苦労して手早く塞いだダンジョンの出入り口が、意図も簡単に破壊された。


土ぼこりが舞う中、何ともプルプルとした大きな"水まんじゅう"が姿を現した。


桜華「‥あの先生?さっき湿気を好むって。」


吉田「う、うん。あの種類だと確か湿気を好むはずなんだけど‥な、何でだ。」


スライムとは言っても、その種類は数多く、そのため"メタルスライム"、"ポイズンスライム"と言った、特徴ある種類を除くスライムたちは、一括ひとくくりに"スライム"として一般的に総称されている。


ちなみに、目の前にいる巨大なスライムは、見立てが正しければ、湿気の場所を好む"ジメスライム"のはずなのだが、実際は、勢い良く外へ出てしまっている。


となると、上位種の可能性が出てくる訳で…。


桃馬「先生、これはまずいですよ。」


吉田「うーん、まずいかもな。この大きさを考えるとこの辺りの生態系が間違いなく壊れる。」


憲明「そう言えば、"封印"されてたとか言ってましたよね。その時点で普通のスライムじゃないですよね。」


吉田「た、確かに、よく考えれば普通じゃないな。」


時奈「こらそこ!悠長な事言ってないで討伐しますよ。」


京骨「ですね、あの程度の大きさなら"がしゃどくろ"の姿で簡単に押さえつけられます。その隙に一斉攻撃を…。」


京骨が妖気を解放しようとした時、突如シャルが声を上げた。


シャル「おぉ!よく見たらお主、"ディル"ではないか~♪」


京骨「っ、なんだ、知り合いだったのか?」


シャル「うむ!余の配下の一人だ。」


吉田「おぉ!よく分からんが、知り合いなら止めるように頼んでくれないか!?」


シャル「ふっふっ、さてどうしようかな?」


ギール「わぅ…はっ!?おいこら、このロリ魔王!すべこべ言ってねぇで、早く説得しろ!」


シャル「っ!口の悪い犬なのだ‥。なら、条件なのだ。今日からお主は余の配下になれ!」


ギール「な、なんだと!?」


シャル「ほらほら、早くしないと手遅れになるぞ?」


桃馬「ギール、諦めろ。あんなのが野に放たれたら大変なことになるぞ。」


ジェルド「ぷくく。魔王の配下だなんて名誉あることだな♪羨ましいぞ~♪」


ギール「な、なら代わるか?」


ジェルド「いや、結構だ♪」


ジェルドは、勝ち誇った笑みを浮かべながら返した。


ギール「ジェルド‥てめぇ‥。」


吉田「ギール、頼む!この世界のためだ!」


時奈「私からも頼む。」


部員全員にお願いされたギールは、かなり困惑していた。


自分の主は桃馬だけなのに、ここへ来て何の進展もないまま、今日会ったばかりの自称魔王を名乗る小娘に仕えるなど、ギールに取っては酷な事であった。


しかし、断ろうにも断れない状況。


ギールは下唇を噛みしめ‥決断に至る。


ギール「くっ‥わ、わかった‥配下に‥なるから‥何とかしてくれ‥。」


シャル「うむ!契約成立だ‥よっと、おいディル!」


不平等な契約を結ばせたシャルは、恐らくディルであろう巨大なスライムに近寄り声をかけた。


だがしかし、スライムの進行は止まらず、むしろ声をかけたシャルに向けて迫って来る。


シャル「お、おいこら!?余を忘れたのか!?八代目魔王シャル・イヴェルアだぞ!」


ギール「な、何してるんだ!?早く止めろ!」


シャル「う、うるさい!お、おい!ディル!ふざけてないで止まるのだ!?」


シャルの命令も虚しく、一向に止まる気配がないスライムに対して、異種交流会一行らは武器を取って戦闘の構えを見せた。


京骨「もうタイムリミットだ。桃馬、憲明、俺がスライムを押さえ込んだら、側面から魔弾を打ち込んでくれ!」


桃馬&憲明「おうよ!」


もはや限界と感じた京骨が、桃馬と憲明に指示を出して、巨大なスライムに仕掛けようとする。


しかしその時、突如桜華が前に飛び出した。


京骨「っ!?」


憲明「なっ!?」


桃馬「っ、桜華!?」


吉田「こ、こら柿崎!?どこへ行くんだ!?」


単身飛び出した桜華は、説得を続けるシャルに近寄ると、自らスライムに語りかけた。


シャル「な、なんじゃお主は!?」


桜華「止まりなさい!もしあなたが、シャルさんの仲間であるなら素直に言うことを聞きなさい!」


桜華も渾身の声を上げるも、言葉が分からないのか、それとも聞こえていないのか、巨大なスライムの動きは止まらなかった。



すると、桜華は目を閉じた。


スライムとの距離まで二十メートル。


この危険な距離間に、桃馬たちが慌てて助けに走り出す中、遠距離支援型のリフィルとルシアは、魔力を込めた弓矢を構えてスライムを食い止め様とした。



するとその時、暖かな風と共にどこからか桜の花弁がヒラヒラと舞い始めた。


桜華「とーまーりーなーさーいー!」


閉じた目を開眼させると、渾身の思いを叫びながら花柄の刀を抜き、見事な一閃を見舞った。


余程の腕がなければ低級なスライムでさえ斬れない相手に、桜華はたった一太刀で、巨大なスライムを横に真っ二つにした。


シャル「ディル!?」


桃馬「桜華早く逃げろ!スライムは斬られても再生するぞ!」


桜華「ふぇ?さ、再生!?」


桃馬の話に慌てて前を見ると、巨大なスライムは横に真っ二つになったまま止まっていた。



シャル「あ‥ぁぁ‥ディル‥。」


シャルは動かないスライムの前に膝をつく。


シャル「うぅ、‥よ、余のこと‥忘れたの‥。」


桃馬「ま、まあ‥五百年も経てば…ね。」


シャルの容姿が、当時からこのままだったのかは不明だが、普通に考えて五百年も音信不通になっていれば、忘れられてしまうのも無理もない話である。


とは言っても、そもそも目の前にいるスライムが、シャルが言う"ディル"と言うスライムなのか怪しいところである。


ギール「それより、本当にこのスライムは"ディル"って奴なのか?」


シャル「う、うむぅ、この大きさならきっと‥。」


吉田「ふーん、他に特徴は?」


シャル「‥擬人化してくれれば分かるけど。」


吉田「‥擬人化か。」


憲明「うーん、スライムですし、死んではないと思うけど。」


桜華「あ、あの~。もしかして私、まずいことしちゃいましたか?」


桃馬「うぅん、大丈夫だよ。桜華は正しいことをしたよ。それに、スライムはそう簡単には死なないから。」


憲明「と、桃馬!スライムが戻ろうとしてるぞ。」


桃馬「ほらな、スライムはこう言う生き物なんだよ。普通の物理攻撃では、いくら斬ろうともダメージは皆無だ。」


桜華「で、では不死身ですか!?」


桃馬「いや、弱点はある。だけど、少し様子見だな。本当にこのスライムがシャルの知り合いかどうか確かめないと。」


※この世界のスライムを倒す方法

対象のスライムによって異なるが、大半のスライムには魔力を込めた攻撃が有効である。しかし、その対象のスライムの致死量分の魔力を込めないと意味がない。


ちなみに、メタルスライムの場合。

物凄く固いが普通の物理でも効くようになり、その代わり魔力干渉のある攻撃は皆無となる。





桜華の華やかな一閃によって、真っ二つになったスライムが一つに集まり再生すると、徐々に人の姿に変わっていく。


この場の全員固唾を飲むと、まだ諦めていないシャルは期待の眼差しで笑顔で待ち受ける。



がしかし、顔立ちと風貌が明らかになると、徐々にシャルの表情が暗くなる。


シャル「お、お主、誰だ?」


シャルに取って、衝撃的な事実が判明した。


目の前のスライムの正体が、配下のディルではなかったのだ。


スライム「お、お許しください!?別に私は、皆さんに危害を加えようと思って近寄ったわけではないんです!」


擬人化したスライムは、直ぐに土下座をして許しを乞う。


ギール「‥おい、シャル‥。」


シャル「ま、魔物間違いであった様だな。ま、まあ、ま、間違いは誰にでも‥ひっ!?」


苦し紛れの言い逃れをするシャルであったが、不平等な契約を結ばされたギールに取っては、ぶちギレものであった。


そのため、"モフモフ"とした毛を逆立て、目を赤く光らせながらシャルを睨んでいた。


ギール「‥契約は破棄だよな?」


シャル「ひっ!?あ、それは‥‥はい。」


さすがの魔王であっても、ギールの圧に逆らえず簡単に折れてしまった。これに桃馬はシャルを庇うため反対意見を唱えた。


桃馬「‥ちょっ、何言ってるんだ!?魔王の配下だぞ?黒狼族なら光栄だろ!」


ギール「俺の主人はお前だ!例え、魔王であろうが、国王であろうが、誰が何と言おうとも、これだけは譲らない!」


桃馬「っ、こ、こいつ…。」


シャルの登場によって、主人のケツを狙う様な駄犬が、一匹退場してくれると思った桃馬であったが、光輝いた契約は意図も簡単に解消されてしまい、再び欲情した駄犬にケツを狙われる日々に戻された。


※桃馬のケツを狙う犬は二匹。

ジェルドとギールである。



憲明「ドンマイ桃馬。」


桃馬「ドンマイで済むかよ。この後ギールが何してくるか…。」


憲明「まあ、気にするなって、一度受け入れてしまえば意外と楽かもしれないぞ?」


桃馬「憲明…それ本気で言ってるのか?そんな事を許して見ろ。隙を見て写真と動画を取られ、それを揺すりに毎日朝昼晩、好きな時に呼び出されて慰み物だ。」


憲明「んで、ジェルドも参戦か?」


桃馬「最悪な…。」


ギールへの警戒が強まる中、桃馬は大最悪とも言える展開を想像しながら身構えていた。


これもイケメンけも耳男子(駄犬)に目をつけられた末路である。



時奈「先生、どうやらこのスライムは、普通のスライムより知的見たいですし、一度学園に連れて行って見てはどうでしょうか?」


吉田「うーん、そうだな。新潟あらがたの言う通り、この子は知力が高そうだ。封印されてたのも何か理由があっての事だろう。下手に野に放って問題になるよりは、一度保護した方がいいだろう。」


時奈「はい、では、えっと、スライムの君、名前はあるのか?」


ディノ「は、はい、ディノと申します。えっと、ちなみに、シャル様が仰っていた"ディル"の孫です。」


シャル「‥ま、孫!?そ、それならなぜ止まらなかった!?」


シャルに続いて、話を聞いていた異種交流会の一行も驚いた。


ディノ「ご、ごめんなさい。久しぶりに外に出られたもので、つい舞い上がってしまって…。」


時奈「ふむぅ、取り込み中すまないがディノくんよ。一つ聞いても良いか?」


ディノ「は、はい、何でしょうか。」


時奈「どうしてこのダンジョンに封印されていたんだ?」


ディノ「え、えっと…、それは…。」


時奈の質問にディノは、体を"もじもじ"とさせシャルの方を"チラチラ"と見ながら言いづらそうにしていた。


時奈「言いにくいことなのか?」


ディノ「あ、いえ…その…。」


シャル「えぇーい、じれったいのだ!早く答えよ!」


ディノ「は、はひっ!?じ、実はお爺ちゃんにシャル様が目覚めるまで、ここで寝ていろと言われました!」


シャル「っ、何だと!?」


吉田「なるほどな。そうなると、そのディルって言うスライムは、シャルの寝床を知っていたってわけか。」


シャル「そ、そう言えば、余が寝る前に最後に会ったのはディルであったな…。確か、うるさい魔王城で眠れないからディルに頼んでここに来たのだ。」


時奈「つまり、ディノくんはシャルが眠りについた後に、お祖父様に封印されたわけだな。」


ディノ「そ、そうなりますね。」


時奈「でも妙だな。それならどうして五百年経ってもお祖父様は、起こしに来なかったのだろうか。」


シャル「おぉ、そうなのだ!さすがに一日二日も経てば、起こしに来るはずなのだ。」


話の詳細を聞く度、徐々にディルの黒幕説が浮き彫りになる中、ディノは慌てて誤解を解こうとする。


ディノ「えっと、それなんですけど…。」


シャル「何だディノよ?何か心当たりがあるのか?」


ディノ「じ、実は…、お爺ちゃん、僕を封印した後、力を使い果たして消滅してしまったのです。」


シャル「な、ななっ、何だと~!!?」


ディノ「あの時お爺ちゃんは、久しぶりの魔力解放に張り切っていたみたいで…その…、そのまま力尽きて消滅しました。」



黒幕説から一転、何とも笑えない証言に、その場の空気は一瞬にして気まずくなった。確かに、ディノが話したくない訳である。



結果、ディルによる意図的な目覚まし時計の操作はなく、五時間の設定を五百年になっていたのは、結局シャルのミスだと判明。一方、ディノにかけられていた封印は、シャルが寝ている部屋と連動しており、シャルが内側から出ればすぐに封印が解かれる仕組みであった。


わざわざ五時間の仮眠に、なぜディノを封印したのかは、当事者のディルが既に亡くなられているため、真相は謎である。


これはあくまで推測だが、当時のディルは、シャルを寝かしつけた後に、何かしらの用事があったのだろう。そのため、少しの間だけ見張り役と称して孫のディノに頼んだのであろう。


しかし、年端のいかないディノをたった一人で、ダンジョン奥に置くのは危険であると思ったディルは、一動作いちどうさ解除式かいじょしきの簡単な封印で孫の安全を確保しようとしたのであろう。


シャルが起きればディノの封印は解かれ、一時的にシャルを任せられるし、ディノに取っても何より安全である。もし万が一、先にディノが封印を解いてしまっても、封印されていた通路に、シャルの寝床を開くためのボタンを用意していた。


今回は、たまたま吉田先生がボタンを押す事になり、眠れるダンジョンの魔王と未熟なスライムを解放した訳である。



もし、異種交流会がこの廃ダンジョンに来なかったら、二人は今でも眠り続けていた事であろう。



そして最後の推測だが、ディルの呆気ない死因についてだ。


仮にも魔王に仕えていた程の傑物が、どうして封印の施し程度で力尽きてしまったのか。ディノの話しによれば、久しぶりの魔力解放に張り切っていたと言っていたが、実際は、何かしらの用事に余程の楽しみがあったのだろう。そのため、変に力を暴発させてしまい、そのまま燃え尽きてしまったと思われる。


そのためディノは、結局、五百年間も亡きお爺ちゃんによって封印されてしまい、一人孤独に閉じ込められてしまった。と言うのが大まかな推測である。




ディノ「えっと、これから私はどうすれば良いのでしょうか。」


吉田「そうだな。話をまとめると、君はシャル様と同様、孤児に該当するな。」


ディノ「こ、孤児…ですか?」


吉田「うん、とは言っても、現実世界に来るか、異世界に残って過ごすかで、また状況は変わるけどな。」


ディノ「うーん…。」


シャル「えぇーい、れったいのだ。この際何かの縁なのだ。このまま余に仕えるのだ!」


ディノ「ふぇ!?良いのですか?」


シャル「うむ、もちろんなのだ。実は丁度、信頼できる臣下を求めていたのだ。何なら余の弟にしてやっても良いぞ?」


ディノ「~っ。シャル様がお姉ちゃん…。」


シャル自身もまた、身寄りの無い孤児にも関わらず、ディノを召し抱え様としている。


これに異種交流会の中で、一番魔界情勢に詳しいルシアが、恐る恐るシャルに声をかけた。


ルシア「えっと、シャルちゃん?ディノくんを召し抱えるのは良いけど、その後はどうするの??」


シャル「むっ?それは決まってるのだ。魔王城に帰るのだ。」


ルシア「や、やっぱりそう来たわね。残念だけどシャルちゃんが帰れる魔王城は無いわよ?」


シャル「なっ、それはどういう意味なのだ!?」


ルシア「シャルちゃんが五百年前の魔王なら、おそらく魔王城は、歴代魔王が住んでいた"バイオリンス"城かしら。」


シャル「そ、そうなのだ。」


ルシア「やっぱり、それならもう跡地になって観光スポットになっているわよ。」


シャル「あ、跡地…かんこう…スポット…とな?」


ルシア「えぇ、城の"し"の字も無い程、きれいさっぱりにね。」


シャル「う、嘘を言うでない、あの魔王城は難攻不落で落とせるわけ…。」


ルシア「それが二百年前くらい前に、一人の賢者を中心とする共存共栄派に落とされたのよ。」


シャル「そ、そんな…、信じられないのだ。」


ルシア「ふーん。仕方ないわこれが証拠よ。」


真実を認めないシャルに対して、ルシアはスマホを取り出すと、半年くらい前に京骨と一緒に取った写真を見せた。


シャル「っ、な、何なのだそれは!?」


ディノ「す、すごい、小さな箱にお姉さんとお兄さんが写って固まってます。ど、どうなっているのでしょうか。」


さすが、現実世界の文化に触れていない者の反応である。


スマホと言う活気的なアイテムに、シャルとディノは写真の内容をそっちのけで釘付けになっていた。


ルシア「こほん、スマホよりも写真を見なさいよ。えっと、私と京骨が写っている後ろにあるのが、バイオリンス城の跡地よ。」


シャル「っ、こ、この溶岩の川…、見覚えがあるのだ。」


ディノ「はわわ!?は、橋はあるのに、お、お城が失くなっている!?」


ルシア「これで分かったかしら?」


ようやく帰るところがなく、孤児になった事を自覚したシャルは、その場に崩れ落ちた。



桃馬「…なんか、可愛そうだな。」


憲明「そうだな。いわば二人は五百年前の時代からやってきた、タイムスリップ者みたいなものだからな。今の時代を生きるのにも色々と大変だろうな。」


京骨「うんうん、今の魔界は一国統制(いっこくとうせい)時代から統制力を分散させた十国統制時代になっているからな。」


桃馬「十国と言っても、都道府県見たいなもん何だろ?」


京骨「まあ、確かにそうだな。でも、十国から代表を集めても魔界全土の方針を決めるだけで、基本的には会議でまとまった方針に習って各国が治めるって感じかな。」



ここで小話。

十国統制とは、現実世界で言う都道府県見たいなものであり、毎年一国から三十人の代表が選別され、計三百人の魔族で魔界全土の方針を会議で決めている。そのため、魔界全土の内閣は存在せず、京骨の言う通り、まとまった方針に習って各国が治める仕組みである。




桃馬「うーん、二人が今の時代を生きるためには、身近なサポートが必要だな。ん?ちょっと待てよ、ディノくんがディルさんの孫なら…、シャルと結んだ契約って…。」


"ふと"あることを思い出した桃馬は、チラリとギールの方に顔を向けた。


ギール「な、なんだよ桃馬。‥まさか、親族だから契約成立って言いたいのか?」


桃馬「孫であれば、ギリギリ仕方ないよな?」


桜華「確かに、親族なら的外れではありませんね。」


憲明「まあ、配下じゃなくても、今の時代を生きるためにサポートくらいしてやってもいいだろ?」


ギール「さ、サポートか‥。うっ、うーん。そ、それくらいならいいか。」


桃馬「先生聞きましたね?言質取りましたよ。」


吉田「ああ、聞いた。」


ギール「しまっ‥‥はぁ、まあいいや。」


リフィル「シャルちゃん、ディノくん、よかったね♪ギールが"一生"面倒みてくれるって♪」


ギール「はっ?」


シャル「ふぇっ?」


ディノ「えっ?」


予想だにもしないリフィルの発言に、ギールを始め、シャルとディノが一斉にリフィルの方を向いた。


ギール「お、おい、リフィル…、今なんて。」


リフィル「えっ?ギールが面倒をみてくれる?」


ギール「おい、何か抜けてなかったか?確か、面倒を見るって言う前に、"一生"って聞こえた気がするけど?」


リフィル「クスッ、気のせいだよ♪」


ギール「その嘘臭い笑み…、相変わらず嘘をつくのが下手だな。」


明らかに悪意のあるリフィルの否定に、ギールは"じとぉ~っ"とした目で見つめた。


するとそこへ、別の意味で面倒な小頼が拍車をかける。


小頼「あはは、ギールなら意外と二人の面倒見れるかもしれないね。」


ギール「み、見れる分けないだろ!?」


小頼「ささっ、シャルちゃんにディノくん?急変した世界に戸惑う事は多いと思うけど、このギールに任せておけば何とかなるよ♪」


ギール「なっ、小頼おまっ…んんっ!?」


ギールが二人の面倒を見る事に大賛成な桃馬は、ギールが駄々をこねる前に背後から羽交い締めにしては口を塞ぎ、身動きを封じた。


シャル「そ、そうなのか。」


ディノ「で、でもご迷惑では…。」


リフィル「気にしなくてもいいよ♪どうせ普段から、桃馬のお尻を狙うことしか頭にないから。」


小頼「そうそう、少しは人助けの思いを持たせないとね。」


桜華「ふ、二人とも、かなりギールさんに辛辣ですね。」


桃馬「ま、まあ、リフィルにナンパしたり、普段から無愛想だからな。」


ジェルド「そうそう、しかも、暇さえあれば桃馬を狙ってるからな。」


桃馬「お前が言うな。」


ギール「んんっ~!」



時奈「はいはい、諸君たち。取り敢えず二人の事もあるから、すぐに学園に戻ろう。」


吉田「そうだな。二人の意思次第で手続きもあるからな。」


こうして、初日の桜華の学園生活は、波瀾万丈な一日として終わり、シャルとディノは異種交流会と共に学園に赴くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る