第7話 眠れるダンジョンの魔王

八代目魔王"シャル・イヴェルア"とは……。


今から約五百年以上前の動乱期に、魔界史上初となる"女帝"として魔界を治めていた魔王である。


また、"十二代"続いた魔王の中で唯一の"女帝"であり、その強さは歴代の中でも最強格であったとうたわれている。


当時、七代目魔王の幹部として仕えていた"シャル・イヴェルア"は、数々の戦場で大敗を繰り返し、一部の領土を奪われてもなお、悪政を働き続ける"七代目魔王"を抹殺まっさつ


その後、八代目魔王の座にシャル・イヴェルアが即位すると、瞬く間に劣勢であった戦線が次々と好転し、わずか半年足らずで魔界に乗り込んで来た"敵"を追い払った。



それから五十年。


八代目魔王"シャル・イヴェルア"は、下手な侵攻は行わず、魔界の防衛と国力の回復に力を注いだ。


その間にも"勇者"と名乗る一行が、時を刻んで三組程現れたが、桁違いの力を持つ"シャル・イヴェルア"によって壊滅。


男勇者と若い男性たちは、サキュバスの繁殖要員として毎日の様に搾取され、一方の女勇者と若い女性たちは、サキュバスの淫毒によって淫魔系の半人半魔に変えられ、次々と素質のある魔族に嫁入りしていった。


一方で、繁殖要因として役に立たない者に関しては、そのまま負け犬のレッテルを貼られた状態で解放され、耐え難い敗北感と劣等感を植え付けられた。


※ちなみに、地獄の快楽を毎日与えられている男たちに対して、淫魔に変えられてしまった女たちは、意外にも幸せな生活を送っていたという。




純血にこだわらず、有能な力を有した魔族を求められた交配は、予想以上に中級以上の力を持つ魔族が多く生まれた。


これにより衰退していた魔界の国力は、たった五十年で飛躍的な回復を見せた。


魔族の出生率は三倍になり、魔界全土に夫婦円満と言う純愛思想が広まった。


そのため、一日でも早く争いを終わらせ、"平穏な生活を送りたい"と言う魔族が急増したのであった。


これに対して、八代目魔王シャル・イヴェルアは、長きに渡る争いを確実に終わらせるため、二十年後の吉日きちじつにて、異世界へ向けて大規模な侵攻を行うと宣言した。


これに対して、多くの魔族からは、この長きに渡る争いを終わらせられるのは、八代目魔王"シャル・イヴェルア"であると確信していた。



しかし、それから十七年後の事……。


魔界全土を震撼させる程の大事件が起こる。


そう……。


八代目魔王"シャル・イヴェルア"の失踪である。



異世界への大侵攻まで、あと三年……。


突如として姿を消した八代目魔王"シャル・イヴェルア"の失踪は、魔界全土に大混乱をもたらした。


何とも受け入れ難い現実に、多くの魔族たちが落胆のあまりショックを受ける中、そこへ一人の魔王軍の幹部が、その場しのぎの魔王と称して"九代目魔王"に即位するのであった。



それから三年後。


多くの魔族たちによる懸命な捜索努力も虚しく。


八代目魔王"シャル・イヴェルア"が見つかるどころか、異世界への大侵攻を定めた年を過ぎても、再び姿を現す事は無かった。


その後、しれっと魔界の実権を握った"九代目魔王"の統治のもと、再び欲にまみれた悪政が始まった。


魔界各地では、今まで八代目魔王"シャル・イヴェルア"によって"抑圧されて来た魔族たち"が、次々と"九代目魔王"にり立てられ、立場の弱い魔族たちを虐げ始めていた。


特に、身分の低い魔族を始め、純血ではない魔族、あるいは半人半魔などへの差別は酷いものであった。



しかしこれは、平和を願っていた多くの魔族たちから反感を買う事になり、次第に魔界全土で"九代目魔王"の悪評が広まった。


更に、"九代目魔王"の卑劣な手によって、八代目魔王"シャル・イヴェルア"が暗殺されたと言う噂が広がると、瞬く間に魔界全土で暴動が勃発した。


最終的に"九代目魔王"は、呆気なく寝込みを襲われ暗殺され、新たな十代目魔王には、元女勇者の息子が即位した。


十代目以降からは、純血にこだわる魔族と混血の魔族との内乱が勃発。


北は混血、南は純血に分かれ、魔界は南北朝の様な時代を迎えた。更に魔界の情勢は、時が経つに連れて悪化し、平和とは程遠い群雄割拠へと突入して行くのである。



ちなみに、異世界と魔界の歴史における、この八代目魔王の失踪事件は、全世界の未来を大きく左右される分岐点としてかなり有名である。


現実世界の歴史で例えるなら、織田信長が明智光秀に討たれた"本能寺の変"……。あるいは、坂本龍馬が暗殺された"近江屋おうみや事件"……。レベルである。



そして現在至り……。


とある廃ダンジョンの探索におもむいて桃馬たちは、あらゆる偶然が重なった事により、謎の失踪を遂げた八代目魔王"シャル・イヴェルア"と名乗る少女と出会っていた。


桃馬「な、なるほど……。こんな所で"五百年"近く眠っていたせいで、誰にも見つけてもらえず失踪扱いになったと……。」


シャル「ご、"五百年"近くだと!?そ、それはあり得ないのだ!よ、余は、"五時間"程度の眠りについていたはずだぞ!?」


桃馬「五時間と五百年って……、かなりの寝坊ですね?」


シャル「うぐっ!?そ、そうか〜、お主は魔王である余に恐れて嘘を言っているのだな?その手には乗らぬのだ。」


桃馬「いやいや、嘘じゃないですよ?現に今は、多くの種族たちと共に共存し合う時代ですからね?」


シャル「ほう~?多くの種族が共に共存し合う時代とな?ふん、何とも甘っちょろい話なのだ……。まあよい、早速余の配下を呼び出して、ここで貴様らを血祭りに上げてやろう。」


時奈「ま、まあまあ、そんな物騒な事を言わないで少し話を……。」


シャル「問答無用!余の恐ろしさを見せてやるのだ!はぁぁっ!!」


桃馬の言う事を一切信じていない"自称"魔王様は、右腕を掲げて何かを解き放とうとするが、魔法陣が浮き上がるどころか、配下すらも現れなかった。


何とも痛々しい光景に桃馬たちは、少し気まずそうな表情を浮かべながら"自称"魔王様を見つめていた。


すると"自称"魔王様は、掲げた右腕をゆっくり下ろすと、何事も無かったかの様に隠し通路(寝床)へと戻って行った。


そして数十秒後。


シャル「ギョエェェー!?」


突然、隠し通路の奥から魂の叫び声が木霊こだました。


これには桃馬たちも一瞬驚いたが、ようやく現実を知った様な反応にしばらく様子を伺っていた。


すると、隠し通路の奥から"目覚まし時計"の様な物を持ったシャルが、暗い表情をしながら戻って来た。


桃馬「あ、あの〜、大丈夫ですか?」


シャル「うぅ、よ、余はなんて事を……。」


隠し通路の奥で何かを知ってしまったシャルは、半泣きの状態で膝から崩れ落ちた。


憲明「と、桃馬?もしかしてこれって……。」


桃馬「あ、あぁ、どうやら目覚ましの設定をミスってしまった様だな。」


シャル「っ、そ、そんなはずはないのだ!?あの時余は、確かに"目覚まし時計"の設定をしてから眠りについたのだ!」


桃馬「そ、そうなのですか?うーん、そうなると、寝ている途中で時計が止まったかもしれませんね。」


シャル「っ!?そ、そうなのだ!目覚まし時計を見たら、ちょうど"三十分"の辺りで止まっていたのだ!」


桃馬の推測に"そうだと言わんばかり"に声を上げたシャルは、右手に持った目覚まし時計を突き出した。


桃馬「お、おう……、これはこれは。」


憲明「うーん、これが五百年前の目覚まし時計か……。意外と普通の形をしているんだな。」


小頼「ふむふむ……、なるほどね〜。時計の針が十二時半を指しているって事は、本来なら"五時"に音が鳴るはずだったのかな?」


シャル「う、うむ、そうなのだ……。」


何とも旧式ならではの単純な代物に、桃馬たちは少し興味を持ちながら五百年前の目覚まし時計を観察していた。



するとそこへ、シャルが持っている目覚まし時計に見覚えのあるギールが、途中で止まってしまった原因も含めて、時計の構造を調べようとする。


ギール「うーん、ちょうど"三十分"で止まったか…。うーん、悪いけどちょっとその時計を貸してもらえるかな?」


シャル「う、うむ、いいぞ。」


ギールの何気ない要求に、シャルは大人しく目覚まし時計を渡した。


すると、ギールは目覚まし時計を"くまなく"観察する。


ギール「ふーん、やっぱり、俺の大婆ちゃんが持っていた目覚まし時計と全く同じやつだな。という事は……、あ、やっぱりな、これじゃあ、ちょうど三十分で止まる訳だよ。」



シャル「っ、ど、どうして止まると分かるのだ!?」


ギール「どうしてって、ほら、動力源の魔光石が入って無いだろ?」


シャル「っ、魔光石が入っていないじゃと!?し、しかしそれなら、どうして三十分も動いたのだ!?」


ギール「うーん、そうだな。これを動かす前に魔力をそそいだりしなかったか?」


シャル「っ、う、うむ。た、確かに、魔光石の魔力を補充するために、直接魔力を流し込んだ気がするのだ。」


ギール「…やっぱりそうか。」


シャル「そ、それと何が関係しているのだ?」


ギール「あぁ、実は昔の目覚まし時計って、魔光石が無くても、ある程度の魔力をそそげば三十分くらいは動かせるんだよ。」



シャル「っ、そうなのか!?」


ギール「そうそう。だけど、魔力を込められる点から、魔力を注ぎ過ぎて爆発したり、魔力爆弾として悪用する者が出たせいで、随分前に出回らなくなった見たいだけどな。」



部員一同「へぇ〜。」


ギールの豆知識にシャルが驚く中、異種交流会の全員も、思わず"へぇ〜"っと声を上げた。



ギール「それにしても、よくこんな所で五百年も眠り続けられたものだな?正直、封印されていない限り、脱水症状か栄養失調のどちからで死ぬかと思うけど……。」


シャル「よ、余をあなどるでない。余の膨大な魔力を持ってすれば、数百年くらい何も口にしなくても生命維持は容易たやすいのだ。」


ギール「うーん。魔力を消費しての生命維持か……。となると、その"幼い姿"は生命維持で使う魔力を減らすための工夫なのか?」


シャル「"幼い姿"だと?」


ギール「んっ?なんだ気づいていなかったのか?今の君は幼い子供の姿だぞ?」


シャル「なっ、そ、そんなはずはないのだ……って、えっ、ふぇっ??……ふえぇ〜っ!?」


ギールからの指摘を受けて、すぐに立ち上がったシャルであったが、改めて見るギールとの身長差に続いて、何とも可愛らしい"少女の姿"に思わず驚愕した。



シャル「こ、ここ、これはどうなっているのだ!?」


ギール「な、なんだ?工夫じゃなかったか?」


時奈「ふむぅ、おそらくだが、長年の魔力消費のせいで、本来あるべき姿をたもてなくなってしまったのかもしれないな。」


ギール「そう言えば、一定量の魔力が無くなった魔族は、自然と"幼い姿になるんでしたね。」


時奈「そうだ。当然個体差もあるとは思うが、大半の魔族は、個々が持っている魔力が、一割を下回ってしまうと、自然に"幼い姿"になると言われているな。」


シャル「なっ!?」


桃馬「あー、それなら納得ですね。現に召喚魔法を失敗していましたからね。」


小頼「うーん、つまりそれって、魔力が枯渇こかつして死にかけているんじゃないですか?」


シャル「っ!?」


ルシア「まさにその通りね。正直、この子の魔力は殆どゼロに等しいわ。おそらく、早い段階で魔力を使い果たした後、このダンジョンの魔力を無意識に吸い取りながら延命していた可能性が高いわね。」



リフィル「おぉ〜、流石ルシアちゃん♪そう言う考察なら色々と辻褄つじつまが合うね〜♪」


異種交流会の間で、かなり物騒な考察が飛び交う中、再びシャルは膝から崩れ落ちた。


シャル「うぅ……、な、なんと言う事なのだ。こ、この余が、知らぬ間に死にかけていたと言うのか……。」


時奈「う、うーん、気の毒だとは思うが……、その幼い姿と魔法が使えない様子を見ると、恐らく瀕死ひんしになっている可能性は高いと思うぞ。」



シャル「うぅ、そ、そんな……。魔王として君臨していた余が、休息の睡眠で全てを失う事になるとは……。うぅ、ひっく、魔王としての魔力も無ければ、地位と名誉も無い……。これから余はどうすればいいのだ……。」


受けれ難い現実を知らされ、とうとう泣き出してしまったシャルに対して、少し気の毒に感じたギールは絶えず話し掛ける。


ギール「そ、そもそも、五百年間も眠り続けておいて、一度くらい起きなかったのか?」


シャル「うぅん、ひっく、一度もないのだ。」


ギール「ま、まじかよ……。」


桃馬「うーん、そうなると、誰かに毒を盛られた可能性があるかもな。」


ギール「っ、そ、そうか。それなら起きなかった理由も納得できるな。」


シャル「……ひっく、うぅ、すまぬ。ひっく、色々な話を聞き過ぎて……うっく、寝る前の記憶が思い出せないのだ。」


ギール「っ、そ、そうか……。」


時奈「まあ、混乱する様な話を立て続けにしているからな。上手く思い出せないのも仕方がないさ。」


シャル「うぅ、ひっく。」


無防備にも泣いているシャルに対して、不謹慎ふきんしんにも好機と見た時奈は、何とも人畜無害な表情を浮かべながらシャルに近寄るなり、どさくさに紛れてシャルの頭を撫で始めた。


時奈「よしよし、焦らなくてもいいぞ?まずは、ゆっくり心を落ち着かせる事が肝心だ。(ふふっ、流石は女帝と呼ばれた魔王だ……。この滑らかな髪質……実に最高だ。)」


シャル「うぅ……。」


優しい言葉を語り掛けながら、ひたすらシャルの頭を撫で回している時奈に対して、普段の時奈を知っている男子たちは、冷やかな視線を送りながらボソッと呟き始める。


桃馬「うわぁ〜。時奈先輩のセクハラが、ま〜た始まったよ……。」


憲明「うーん、これはまずいな……。あの流れだと、ほぼ間違い無く連れて帰ろうとするだろうな。」


ジェルド「っ、ま、まさか時奈先輩……。あの魔王を手懐けようとしているんじゃ……。」


憲明「ま、まあ、その可能性は十分に有り得る。現に時奈先輩は、あの子に対してあからさまな"妹"扱いをしている訳だしな。」


ギール「……"妹"…か。」


桃馬、憲明、ジェルドの三人が、この後の展開に警戒する中で、一方のギールだけは、元気の無いシャルをじっと見つめながら、心の中に眠る"誰か"と重ねていた。




するとそこへ、時奈の本性を全く知らない桜華が、身寄りの無さそうなシャルを案じて、お楽しみ中の時奈に話しかけてしまう。



桜華「あ、あの〜、時奈先輩?」


時奈「ん、どうした桜華さん?」


桜華「え、え〜っと、こ、これは私のお節介かもしれないのですが、これから"その方"はどうなるのでしょうか?」


時奈「あはは、そんなの決まっているだろ♪現実世界に連れ帰って、春桜学園に編入させるんだよ♪」


桜華「ふぇ!?へ、編入ですか!?」


時奈「そうそう、今回の様な身寄りの無い少年少女を助けるのも、異種交流会の大切な活動だからね〜♪」


桜華「な、なるほど……。」


何ともスケールの大きい活動内容に、思わず桜華は驚きの表情を浮かべていた。



時奈「ふふっ。それにしても、謎の失踪を遂げた魔王様が、急に春桜学園に編入したとなれば、世間は大騒ぎになるだろうな〜♪」


桜華「さ、流石に正体を明かすのは、危険ではありませんか?」


時奈「あはは、そう心配しなくても大丈夫だよ。私には、こう場面で役に立つ秘策があるからな。」


シャル「っ、な、何じゃお主……。力の無い余を"なぶっ"て、どこかへ売り飛ばす気か……。」


時奈と桜華の話を間近で聞いていたシャルは、少し不安そうな表情を浮かべながら時奈に質問を投げ掛けた。


時奈「あはは、そんな事はしないよ。それより、私たちと共に"新しい時代"を歩む気はありませんか?」


シャル「あ、新しい時代とな?」


時奈「えぇ、厳密に言えば、私たちが通っている"異世界の学園"に編入して、"平和な時代"を過ごして見る気はないでしょうか?」


シャル「い、異世界の学園……、平和な時代?」


話の趣旨しゅしが分からないシャルは、小首を傾げながら気になるワードを繰り返した。


時奈「ふふっ、少しくどいかもしれませんが、既に今の時代は、長きに渡る争いは終わり、多くの種族たちが、互いの文化を共有し合いながら共存している時代ですからね。」


シャル「っ、う、うむ……、に、にわかに信じ難い話だが、いがみ合っていないお主たちを見る限り……、ほ、本当に争いが終わったのだな。」


先程まで"甘っちょろい"などと言っていたシャルであったが、時奈に優しくなぐさめられた事で、次第に信憑性しんぴょうせいを感じ始めていた。


時奈「ふふっ、ようやく納得してくれたみたいですね♪」


シャル「う、うむ……。だがしかし、一つ気になる事があるのだ。」


時奈「ん、何でしょうか?」


シャル「お主が言っていた"異世界の学園"とは一体何なのだ?」


時奈「うーん、そうですね。簡単に言えば、"魔界"でも"カルガナ"でもない、"別世界"にある学園と言えば良いでしょうか?」


シャル「っ、"別世界"とな!?」


"異世界"と言う"言葉の概念"を持っていなかったシャルは、"別世界"と言う単純なワードを聞くなり思わず驚愕した。


時奈「あはは、期待を裏切らない反応を見せてくれますね〜♪ちなみに私を含めて、この場に居る半数近くが別世界の出身者ですよ?」


シャル「っ、そ、そうなのか!?で、では、残りの半分は……、っ、ま、まさか、カルガナと魔界の出身者たちなのか!?」


時奈「えぇ♪獣人族の二人とエルフ族のリフィルは"カルガナ"の出身ですし、一方のサキュバス族のルシアは魔界出身ですからね。」


シャル「〜っ、と、という事はつまり、他にも多くの者たちが、別世界とやらにおもむいているのだな!?」


時奈「ふふっ、そうですよ♪今では私たちが暮らしている国を中心に、多くの種族の皆さんが暮らしていますからね♪」


シャル「な、なんと……。今までいがみ合っていた多くの種族たちが、まさか世界を越えて共存し合っているとは……、ち、ちなみに、その別世界とやらは、いつ頃この世界と繋がったのだ?」


時奈「ふふっ、ちょうど十年程前ですよ♪」


シャル「じゅ、十年前だと!?」


何とも信じられない話に、再びシャルは驚愕した。


シャル「し、信じられぬ……。たった十年で多くの種族と文化を受け入れ、互いに共存を深め合うなど……、あ、有り得ぬのだ。」


時奈「うーん、普通に考えたら有り得ない話ですよね。でも、私たちの世界…、いや、私たちが住んでいる"国"では、"カルガナと魔界"の様な異世界ファンタジーに"憧れ"を持つ人たちが多くいるんですよ。」


シャル「い、異世界ふぁんたじー?よ、よく分からぬが……、そ、それより、お主たちの"国"では、あの様な血腥ちなまぐさい世界に憧れているのか!?」


時奈「うーん。確かに、そう言った愚かな憧れを持つ人も居るとは思いますけど……、それでも大半の人たちは、異世界での冒険を始め、エロラブな恋愛、中二病心をくすぐらせる技を習得したい、のんびりとした異世界生活を送ってみたい、などの憧れですよ?」


シャル「う、うーん、途中でよく分からない言葉があったが……。要するに、甘い考えが逆に功を奏して今の時代が築き上げれた様だな……。」


何とも恐れを知らぬ歩み寄り方に、流石のシャルでも引いてしまう程であった。


時奈「ま、まあ、"多様性"に慣れた人々の"探求心"と言えば、少し聞こえは良いですね。……さてと、ある程度の事は答えたと思いますが、まだ聞きたい事はありますか?」


シャル「っ、そ、そうだな……。うーん、その別世界の学園とは面白い所なのか?」


時奈「えぇ♪少なくとも、争いが絶えない血腥ちなまぐさい時代何かよりは、何万倍も楽しいと思いますよ?」


シャル「っ、そ、そうなのか……。うーん、あ、あと、食事と寝床はあるのか?」


時奈「ふふっ、その件についてもご安心ください。学生寮の申請を行えば食事と寝床は用意されます。」


シャル「おぉ〜!そうなのか!それなら安心なのだ!」


時奈「しかし、学生寮が用意されるのは、申請日から早くて三日後です。そのため、学生寮の用意が整うまでの間は、学園内にある仮宿かりやどで生活するか、"誰かの家"に泊まってもらう事になります。」


シャル「そ、そうなのか?うーん……、でもまあ、不便のない生活を送れるのなら、それでも構わないのだ!」


時奈「あはは、ご理解に感謝します。あと、学生寮に入った場合は、必ず学園に通ってください。もちろん、風邪や怪我などで、学園に通えない時は無理はしないでください。」


シャル「うむ、分かったのだ。取り敢えず、野宿にならなければ、余はそれで良いのだ。」


時奈「ふふっ、決まりですね。それじゃあ、早速先生を呼び戻して学園に戻りましょうか。」


こうして、魔王としての力を失い、更には幼い少女の姿になった八代目魔王"シャル・イヴェルア"を保護した時奈は、早速学園に戻るため、未だに隠し通路から戻って来ない吉田先生を呼び戻そうとした。




するとその時、吉田先生が入った隠し通路から微かに声が響いた。


"‥‥げ‥‥‥ろ‥ぉぉ‥"


ギール「おい、今の聞こえたか?吉田のやつが、"げろぉぉ"だってよ。変な酒でも見つけて飲んだのかな?」


ジェルド「何を言ってるんだ?そもそも、酒に弱い先生が飲む訳ないだろ?」


ギール「そ、それもそうか……。」


リフィル「うーん、声が響いて聞き取れないな……。もう少し音が響かなければ良いんだけど……。」


時奈「ふむぅ、ならばこちらから声を掛けて見るか。吉田先生〜、どうしてのですか〜?そろそろ学園に戻りますよ〜。」


時奈の呼び掛けから数秒後。


次第に隠し通路の奥から、吉田先生の声が鮮明に聞こえ始める。


吉田「みんな逃げろぉぉっ!巨大スライムだぁぁっ!!」


薄暗い隠し通路に、ようやく吉田先生の姿が現れると、その背後には巨大なスライムが迫って来ていた。


男子一同「なっ!?」


時奈「ま、まずい!?急いで出口まで走れ!?」


ジェルド「お、おう!って、お前はまだ寝てるのかよ京骨!?」


京骨「ぅぅ〜。」


時奈の号令で部員たちが一斉に走り出す中、一方のシャルは、咄嗟にギールの尻尾にしがみつきながら脱出を図った。


幸い、スライムの足が遅かった事もあり、異種交流会の一行は、何とか無事に廃ダンジョンから脱出。


道中でドワーフ族のマドルと遭遇しなかった事から、男子たちは急いで廃ダンジョンの入り口を破壊した。



桃馬「はぁはぁ、吉田先生……。あなたは一体……はぁはぁ、何をしてるのですか。」


吉田「はぁはぁ、す、すまん……。探索していたら突然壁が崩れて……、"封印"されてたスライムが出て来るものだから……はぁはぁ。」


憲明「だ、だとしても、何でスライムが壁の中にいたのですか。」


吉田「も、もしかしたら、トラップ部屋だったかもなしれないな……。」


ジェルド「トラップって……、"モンスターボックス"よりタチが悪いじゃないですか……。」


廃ダンジョンの入口付近で男子たちがヘトヘトになっている中、廃ダンジョンからの脱出で、大切な尻尾をシャルにしがみつかれていたギールは、未だに離そうとしないシャルを必死に振りほどこうとしていた。



ギール「こ、このっ!?い、いつまでしがみついていやがるんだ!?は、早く離れろ!?」


シャル「い、いやなのじゃ〜!余はこの"モフモフ"が気に入ったのだ〜!」


完全にギールの毛並みに魅了されてしまったシャルは、ギールの尻尾に抱きついたまま離れようとしなかった。



桃馬「おっ、何だギール?魔王様に気に入られたのか?」


憲明「ひゅ〜、いいね〜♪」


ジェルド「ふっ、そのまま魔王様の所有物になってくれたら、こっちとしても楽なんだけどな〜。」


ギール「お、お前らな……。感心していないで助けろよ!?」


シャル「むぅ、そう嫌がるでないギールよ?別に余は、このモフモフとした毛並みを気に入っただけであって、お主に対して恋情を抱いた訳ではないのだぞ?」


ギール「っ、そ、そんな事くらい分かってるよ!?そもそも俺は、由緒ある誇り高い黒狼族こくろうぞくだ!た、例え相手が魔王であったとしても、気安くふれられるのはごめんだ!」


シャル「ふっふっ♪強気な獣人はいつもそう言って否定するが、実際そう言う奴ほど、激しくモフられたら直ぐに落ちるのだ。」


ギール「っ、な、ナメるなよ。俺は、唯一ゆいいつ心を許した桃馬にしかなびかないからな!」


シャル「ほほう〜。それなら、その小生意気な意思がどこまで持つのか……、試してやろうか?」


小生意気にも忠犬アピールをするギールに対して、両手を"にぎにぎ"とさせるシャルは、早速ギールの急所である首元に手を伸ばすなり、"ワシャワシャ"とモフり始めた。


ギール「きゃふっ!?」


シャル「おぉ~、ここか?ここが良いのか??」


ギール「わふぅ~、ひゃめえ~。」


即落ちに続いて、情けない声を上げるギールの姿に、小頼を始めリフィルとジェルドが、一斉に写真を撮り始める。


小頼は、ニヤニヤとよだれを滴しながら写真を撮り。


リフィル関しては、純粋にほのぼのしい二人の光景を撮り。


最後のジェルドに至っては、ギールの弱味を握った言わんばかりの表情をしながら写真を撮っていた。


一方、ギールの"飼い主"である桃馬は、周囲に悟られない様に、こっそりスマホを構えるなり、ギールの情けない姿を盗撮していた。


桃馬「……ふむふむ。(相変わらず情けない顔をしやがって……。それにしても、あのギールを意図も簡単にとすなんて……、あの魔王様もやるな。)」


憲明「いやはや、あの二人の相性は凄いものだな?まさかあのギールが、桃馬以外の手で堕とされるなんて思わなかったよ。」


桃馬「うーん、そうだな。少しくやしい気もするけど、あのテクニックを見たら納得する他ないよな。」


憲明「そ、そうなのか?」


桃馬「あぁ、少し強引にモフっている様に見えるけど、実は的確に弱点をらしながらモフっているんだよ。」


憲明「えっ、焦らしって、そのまま弱点をモフらないのか?」


桃馬「普通ならそのやり方でも良いんだけど、手懐けたり、分からせたりする際は、弱点を焦らした方が一番良いんだよ。」


憲明「へぇ〜、つまり不完全燃焼の状態を維持するって事か?」


桃馬「そういう事だ。そうすれば、長時間モフられていても相手は飽きないし、自然と"抵抗"する意欲も削がれていくからな。」


憲明「な、なるほど……。ちなみに、桃馬はできるのか?」


桃馬「いや、俺はそこまで上手くできないよ。まあ、強いて言えば、耳と尻尾をもてあそぶ事に特化しているかな?」


憲明「……変態だな。」


桃馬「うるせぇ。」


地味なモフり講座を終えた二人は、再び情けない姿をさらすギールの方へ視線を向けるのであった。




それから二分後。


ようやく息を整えた吉田先生が、今更ながら退避指示を促し始めた。


吉田「よ、よ~し、そろそろ学園に戻るぞ?もしかしたら、あのスライムが無理やり出て来るかもしれないからな。」


時奈「しかし、吉田先生?あの様な巨大スライムを放置しても良いのでしょうか?」


吉田「うーん、そうだな。あれから数分経っても出て来ないって事は、やはり廃ダンジョンを住処すみかにして……。」


"ドゴーーンッ!!"


何とも間が悪い事に、せっかく塞いだ廃ダンジョンの入口が、急な爆発音と共にこじ開けられてしまった。


あまりの威力に土ぼこりが舞う中、徐々にプルプルとした大きな"水まんじゅう"が姿を現した。


憲明「あ、あの〜、先生?な、何だかこのスライム、さっきより大きくなっていませんか?」


吉田「あ、あぁ、そうだな……。ごくり、てっきり湿気を好む"ジメスライム"かと思ったが、これは明らかに違うな……。」


桃馬「せ、先生!?こ、これってまさか、上位種のギングスライムじゃないですか!?」


吉田「い、いや〜。この大きさは、どう見ても"キングスライム"を超えているだろう?」


桃馬「っ、き、"キングスライム"を超えているって……、そ、それじゃあ、あのスライムは一体何なのですか!?」


吉田「うーん、分からない……。それより、このまま廃ダンジョンに戻らなかったら、この辺りの生態系は、ほぼ間違いなく崩壊するかもな。」


桃馬「そ、それって、かなりまずいじゃないですか!?」


吉田「うーん、そうだな……。はっきり言って、まずいどころの騒ぎじゃないな。」


憲明「そ、そもそも、壁の中に"封印"されていた時点で、普通のスライムじゃないですよね?」


吉田「っ、た、確かに、言われて見ればそうだな……。」


時奈「吉田先生?呑気に納得している場合ではないですよ?目の前にいる巨大スライムが、本当に生態系をおびやかす相手なら、一刻も早く討伐しなければなりません……。」


規格外な巨大スライムを前にしても尚、悠長な姿勢を崩さない吉田先生に対して、少し呆れ気味の時奈は、左腰に差している刀に手を掛けた。


するとそこへ、ギールをモフり倒していたシャルが、満面な笑みを浮かべながら巨大スライムに駆け寄り始めた。


シャル「おぉ〜!やはりお主は、"ディル"ではないか!」


時奈「なっ!?」


部員一同「っ!?」


何とも知り合い感が溢れるシャルの呼び掛けに、その場にいた部員たちは驚いた。


時奈「っ、しゃ、"シャル" くん?そのスライムと知り合いなのか?」


シャル「うむ!こやつは余に仕えていた渾沌こんとんスライムの"ディル"なのだ。」


吉田「こ、渾沌スライム?よ、よく分からないが……、この際、話し合いで済むなら誰でも良い。すまないが、今すぐにあのスライムを止めてくれないか!?」


シャル「……ふっふっ、さ〜て、どうしようかな〜?」


ギール「っ、おいこらロリ魔王!?すべこべ言ってねぇで早く説得しろよ!?」


シャル「っ!な、何じゃ、余の責め苦を受けでも尚、まだ正気を保っていたのか?ふむぅ、それならお主に対して一つ条件があるのだ。」


ギール「っ、条件だと?」


シャル「うむ。今日からお主が、余の配下として仕えるのなら、今すぐに"ディル"を止めてやってもよいのだ!」


ギール「っ、な、何だと!?」


何とも受け入れ難い自己犠牲型の条件に、ギールは納得いかいない表情を浮かべていた。


シャル「ほらほら、早くしないと手遅れになるぞ?」


ギール「だ、誰がそんな条件を呑むかよ……。」


桃馬「っ、あ、諦めろギール!?あんなスライムを野に放って見ろ!?ここら辺の生態系は愚か、色々な問題が起きるぞ!?」


吉田「桃馬の言う通りだ。ここは穏便に済ませるためにも、ここは受け入れてくれ!」


ギール「っ、い、いやいや!?それなら普通に倒した方が良いでしょ!?てか、吉田先生?穏便と言いつつ他人事たにんごとの様に俺を売ろうとしないでください!」


吉田「っ、す、すまない……。」


偽善臭漂う吉田先生の発言を指摘したギールは、すぐに刀を抜くなり巨大スライムにいどもうとする。



しかしそこへ、先程まで好戦的であったはずの時奈が止めに入る。


時奈「待てギール。流石に八代目魔王の配下と戦うのは、あまりにも危険過ぎるぞ?」


ギール「わ、分かっています。それでも俺は、誇り高い黒狼族として、一度決めた主人は絶対に変えたくはありません。」


桃馬「っ、ぎ、ギール……お前。」


時奈「うーん、気持ちは分かるが……。下手に戦闘を仕掛けて怒らせでもしたら、"最愛の桃馬"が巻き込まれて死ぬかもしれないだろ?…それに最悪、桃馬がスライムの触手に蹂躙され、腸内環境を綺麗にする代わりに、大量のスライムを産ませられるかもしれないぞ?」


桃馬「えっ、なんで俺が被害者なのですか!?」


ギール「っ、くっ……。わ、分かりました。」


桃馬「お、おいおい!?俺の危機を聞いた途端折れるのかよ!?」


ギールに取って桃馬という存在は、唯一無二のあるじにして、誇り高い黒狼族としての生き甲斐でもある。


それなのに、今日出会ったばかりの"ロリ魔王"に脅され、半ば強引に主を乗り越えるのは、ギールに取って屈辱的な事であった。


しかし、自分のわがままで桃馬が傷つくのは、死よりもつらい事のため、ギールは渋々シャルの条件を呑む他なかった。


ギール「くっ、不本意だが……、これも桃馬のためだ……。お前の条件を呑むよ……。」


シャル「うむ、契約成立なのだ!お〜い、ディルよ!」


ギールに不平等な契約を結ばせたシャルは、早速"ディル"と思われる巨大スライムに呼び掛けた。


しかし、スライムの鈍足な進行は止まらず、むしろ声を掛けたシャルの方へ向けて迫って来る。


シャル「お、おいこら!?止まるのだディルよ!?も、もしや余の事を忘れたのか!?」


ギール「な、何してるんだ!?早く止めろよ!?」


シャル「う、うるさいのだ!お、おい"ディル"よ!ふざけていないで止まるのだ!?」


シャルの命令もむなしく、一向に止まる気配がないスライムに対して、異種交流会の一行らは武器を手にして戦闘の構えを見せた。


もはや、多少の被害はやむを得ない状況下の中で、何と先に駆け出したのは、桜の様な美しいピンク髪を靡《なび)かせた桜華であった。


憲明「なっ、はやっ!?」


桃馬「っ、えっ、桜華さん!?」


吉田「っ!?」


シャル「な、なんじゃお主は!?」


流石は聖霊と言った所だろうか。目にも止まらぬ速さで、シャルの目の前に立ちはだかった桜華は、早速スライムに語り掛ける。


桜華「止まってください!もしあなたが、シャルさんの知り合いであるのなら、素直に言う事を聞いてください!」


ズズズズ!ズズズズ!


桜華の言葉が通じていないのか、それとも聞こえていないのか……。理由は何であれ、巨大スライムの動きが止まる事はなかった。


そして、巨大スライムとの距離間が、二十メートルを切ったその時。


桜華は、静かに目を閉じて抜刀の構えを見せた。


これに対して桃馬たちは、急いで桜華とシャルの援護に動き出していた。



遠距離支援型の小頼とリフィルは、魔力を込めた弓矢で巨大スライムの進行を遅らせようとするも効果は全く無く。



また、こういう時に役に立つであろう。大妖怪"がしゃどくろ"の末裔である京骨は、未だに力尽きたまま、恋人のルシアに魔力を分け与えられていた。


※ちなみに、その分け与え方とは……。

ハート型の尻尾から飛び出た針を京骨の首筋にぶっ刺し、そのまま高濃度の魔力を注ぎ込んでいた。(簡単に言えば、お注射である。)


一方、近接型の桃馬たちが、慌てて桜華とシャルのもとへ向けて走っていると、突如背後から暖かい風が追い風となって吹き始めた。


すると、抜刀の構えをしたまま目を閉じていた桜華が、この追い風を合図に仕掛け始める。


桜華「とーまーりーなーさーいー!」


閉じていた目を開眼させた桜華は、渾身の思いを叫びながら花柄の刀を抜き、強力な一閃を巨大スライムに見舞った。


シャル「なっ!?ディル!?」


桃馬「っ!桜華さん早く逃げろ!スライムは斬られても再生するぞ!」


桜華「ふぇ?さ、再生!?」


桃馬からの指摘を受けた桜華は、慌てて斬り倒した巨大スライムから少し距離を取った。


しかし、横に真っ二つとなった巨大スライムは、再生するどころかピクリとも動かなかった。



シャル「あ、ぁぁ…、ディルよ……。どうしてなのだ……。よもや余の事を忘れたのか……。」


動かない巨大スライムを前にしたシャルは、呆気あっけに取られながら両膝をついた。


シャル「……うぅ、そうであろうな。肝心な時に魔界を離れた挙句、五百年近く帰らなかった余に対して、失望してしまうのも当然か……。」


桜華「シャ、シャルさん……。」


配下に襲われ掛けたショックから、悲観的になり始めるシャルに対して、近くで話を聞いていた桜華は、はげまそうにも適切な言葉が見つからなかった。


するとそこへ、桃馬たち近接組が駆けつけた。


桃馬「二人とも怪我はないですか!?」


桜華「う、うん、私は大丈夫ですけど、シャルさんが……。」


桃馬「……な、なるほど、メンタル面でやられましたか。」


ギール「ふぅ、魔王でも精神的なダメージが入るんだな?」


桃馬「っ、こ、こらギール?今はそんな事を言っちゃだめだろ?」


ギール「っ、だ、だってよ……、うぅ、すまない。」


桃馬の注意に少し反論しようとしたギールであったが、直ぐに桃馬の圧に押されるや否や素直に謝った。



その一方で、真っ二つになった巨大スライムに警戒している時奈たちは、少し巨大スライムの生態について観察していた。



時奈「ふーん、それにしても見事なスライムだな。」


憲明「ふむふむ……おぉ〜、このプニプニ感は、他のスライムよりも上質ですね。」


ジェルド「そ、そうなのか?ど、どれどれ……おぉ〜、これは凄い!しかも"ひんやり"しているから、夏の暑い日にはうってつけだな。」


吉田「こらこら、無闇矢鱈に触るなよ?下手したら取り込まれてしまうからな?」


憲明&ジェルド「っ!?」


吉田先生の指摘に危機感を感じた憲明とジェルドは、瞬時に巨大スライムから離れた。


桃馬「はぁ、あの二人は何をやってるのやら……。それより、どうしてこのスライムは、シャルさんの言う事を聞かなかったのかな?」


ギール「うーん、単にスライム違いか……。それとも本当に忘れていたか……。あるいは、幼い姿をしているから認識されていなかったか……。考えるだけでもキリがないな。」


桃馬「た、確かにそうだな。うーん、小さな手がかりでもあれば、結論を絞りやすいんだけどな。」


謎に満ちた巨大スライムを前にして、桃馬とギールが頭を悩ませる中、ここで桜華からシャルに質問を投げ掛けた。


桜華「えっと、シャルさん?あのスライムは、本当にシャルさんが言っていた"ディル"さんなのですよね?」


シャル「う、うむぅ、この大きさなら間違いないと思うのだ……。」


桜華「うーん、他に特徴はありますか?」


シャル「う、うーん、擬人化してくれれば分かると思うのだ。」


桜華「擬人化ですか?」


シャル「うむ、もしこのスライムが、ディルであるのなら、擬人化くらいは容易たやすく出来るはずなのだ。……でも、今の状態では無理かもしれないのだ。」



桜華「ふぇ?」


何とも一番手っ取り早い見分け方をシャルから聞いた桜華であったが、真っ二つになったスライムを見つめるシャルの表情を見るなり、桜華は次第に青ざめ始める


桜華「ど、どど、どうしましょう!?と、咄嗟の事とは言え、ディルさんを亡き者にしてしまいました!?」


シャル「お、落ち着くのだ!?余に仕えていたディルは、この様な事で死ぬ程弱くはないのだ。」


桜華「で、ですが、再生もしない上に、ピクリとも動かないじゃないですか!?」


シャル「そ、それは……、お、おそらく再生に時間が掛かっているだけなのだ。現にお主の仕掛けた一閃は、魔力とは違う力を感じたからな。」


桜華「そ、そうなのですか?」


シャルの言葉に少し冷静になった桜華は、再び真っ二つになった巨大スライムに視線を送った。


すると、シャルと桜華の声が聞こえたのか。


真っ二つになった巨大スライムが、"ぷるぷる"と激しく動き始めた。



吉田「っ、みんな離れろ!スライムが再生しようとしているぞ!」


危機感を感じさせる吉田先生の退避指示に、桃馬たちは急いで距離を取った。


真っ二つになったスライムの体は、次第に一つの塊になると、見る見る内に可愛らしい少年の姿へと変わり始めた。



シャル「っ、お、お主……、一体誰なのだ?」


見知らぬ少年の登場に"ポカン"とかせたシャルは、思わず心の声を漏らした。


すると擬人化したスライムは、直ぐに土下座をするなり謝罪を始めた。


スライム「も、もも、申し訳ございません!?わ、私のせいで、ご、ごご、ご迷惑をおかけ致しました!」


何とも律儀な少年スライムに対して、もっと白い髭を生やした"ロマンスグレー"が出て来るかと思っていた桃馬たちは、予想外の結果にキョトンとしていた。


ギール「お、おい、"シャル"……。この子は、ディルとかいうスライムじゃ……ないよな?」


シャル「う、うむ……。ど、どうやらスライム違いであった様だな。ま、まあ、間違いは誰にでも……ひっ!?」


苦し紛れの言い訳をしようとするシャルであったが、不平等な契約を結ばされたギールに取っては、ぶちギレものであった。


そのためギールは、眼光を鋭くしながらシャルを睨みつけていた。


ギール「……契約は破棄でいいよな?」


シャル「ひっ!?そ、それは〜、うぅ……、はい。」


流石の魔王であっても、ギールの重圧に逆らう事ができずに折れてしまうと、これに同情してしまった桃馬が、思わずシャルの肩を持とうとする。


桃馬「な、何を言ってるんだギール!?せっかく魔王の配下になれるってのに、こうも簡単に破棄してもいいのかよ!?」


ギール「うるせぇ!俺の主人は桃馬だけだ!例え、魔王からの誘いであっても、神様からの誘いであっても、これだけは絶対に譲る気はないからな!」


桃馬「っ、こ、こいつ…。」


シャルの不平等な契約で、ようやく主人のケツを狙う駄犬が、一匹いなくなると思っていた桃馬であった。


しかし結果は、スライム違いと言う結果に、意図も簡単に契約が解消されてしまった。


そのため桃馬は、再び二匹の駄犬から狙われる状態に戻ってしまった。


憲明「まあ、ドンマイとしか言えないな。」


桃馬「ドンマイで済むかよ。明日から更に積極的になるじゃないか……。」


憲明「まあまあ、そう気にするなって、もういっその事、二人の思いを受け入れてしまえば、意外と楽かもしれないぞ?」


桃馬「……おい憲明、それ本気で言ってるのか?そんな事を一度でも許して見ろ……。間違いなく、優越感に浸る様な写真と動画を撮られ……。そして俺は、それを揺すりに毎日呼び出され……、最終的には、駄犬専用のなぐさみ物になるんだぞ?」


ギール「わふぅ!?し、心外だ!?」


ジェルド「そ、そんな!?」


憲明「さ、流石にそれは〜、考え過ぎかと思うけど……。」


桃馬「いいや、この二人なら間違いなくやる……。特にジェルドは記念と称してやりかねないからな。」


ジェルド「なっ!?何で俺だけ!?」


男子たちの間で、何とも下らないやり取りが行われる中、一方の時奈と吉田先生は、魔王シャルと少年スライムの処遇について話し合われていた。



吉田「うーん、にわかに信じ難い話だが、まさか目の前にいる少女が、五百年以上前に謎の失踪を遂げたとされる…、八代目魔王"シャル・イヴェルア"とはな……。いやはや、世の中は狭いものだな。」


事の次第を時奈から聞いた吉田先生は、幼い姿をしているシャルを見るなり、半信半疑な思いで驚いていた。


時奈「それでどうでしょうか?私としては、二人の保護を名目に、このまま春桜学園に編入してもらおうかと思っているのですが……、吉田先生はどうでしょうか?」


吉田「うーん、そうだな……。大昔に失踪したはずの"魔王様"が、いきなり春桜学園に編入して来たとなれば、間違いなく学園内だけに留まらず、全世界に衝撃を与えるかもな。」


時奈「や、やはり、編入の件は難しいでしょうか?」


一種の懸念けねんにも受け取れる吉田先生の推測は、至極最もであった。


この平穏な時代に、大昔に失踪してしまった魔王様が、突如前触れも無く姿を現したとなれば、間違いなく世の中を騒がせてしまう元凶になるだろう。


……だがしかし、実際に吉田先生が抱いていた懸念けねんとは、あくまでも魔王シャルが、全盛期の頃と変わらぬ姿で、春桜学園に編入してしまった場合の話である。


吉田「あはは、そう心配するな。さいわい今の"魔王様"は、魔力が枯渇こかつしているお陰で、"魔法が一切使う事ができない少女"の姿になっているからな。」


時奈「え、えぇ、確かにそうですけど…、それのどこがさいわいなのですか?」


吉田「あはは。これは一つのとらえようだけど、もしも今の魔王…こほん、もとい"シャルくん"が、無邪気な笑みを浮かべながら『余は八代目魔王、シャル・イヴェルアなのだ〜!』っと、手当り次第に名乗りを上げていたら、時奈はどう思う?」


時奈「ど、どうって、それは単純に…、あ、あれ?」


吉田先生からの問いに、当然の様に答えようとする時奈であったが、突然脳裏にもう一つの答えが浮かび上がった。


吉田「おいおい、どうした時奈よ?もしかして、"可愛い"シャルくんのイメージでも湧いたのか?」



時奈「っ、は、はい…。確かに、シャルくんの"可愛い"イメージが湧きました。」


吉田「あはは、そうだろう?まあ、教師の俺がこんな事を言うのはあれだが、今の"シャルくん"は、"魔王としてのイメージ"よりも、"最強の魔王にあこがれている少女"のイメージが強く出ているからな。」


洞察力に長けている吉田先生は、鋭い観察眼を駆使して情報を集め、高校の頃につちった想像力を掻き立たせながら話を進めていた。



時奈「な、なるほど……。魔王としての要素が薄いせいで、例え八代目魔王を名乗ったとしても、簡単に表のイメージで塗り固められてしまう訳ですね。」


吉田「その通り。もし見抜けるとすれば、鋭い慧眼の持ち主か……。シャルくんが痛恨の墓穴を掘るかだな。」


時奈「っ、な、なるほど…。そうなると、少しシャルくんに取っては酷かもしれませんが……、その代わりに、当たり障りのない私生活が送れそうですね?」


吉田「そうだな。結局どの世界に行っても、魔王として認識されず、ただただ"ひもじい"思いをするくらいなら、人並みの生活が出来る春桜学園に編入して来た方が、全然マシだからな。」


時奈「確かにそうですね。ここ最近の異世界には、数多くの野盗がのさばり、更には凶暴な魔物が数多く生息していますからね。」


吉田「そうそう…。さてと、二人の編入に関しては、恐らく心配ないとは思うけど……、問題は授業について来られるかだな……。」


時奈「あ〜、そうでしたね。確か、異世界から来た編入生は、基本的に筆記試験が免除になる事から、学力が測れないんでしたね。」



吉田「そうそう…。でもまあ、今まで異世界から来た編入生たちは、地道な努力で切り抜けて来たけど……、今度の相手は魔王様だからな〜。」


時奈「と、取り敢えず、しばらく様子を見ましょう。対処についてはそれからです。」


吉田「……まあ、それが無難だな。」


時奈「それでは、その手筈てはずで行きましょう。」


ある程度の要件を吉田先生に話した時奈は、次に終始"ソワソワ"としているスライムくんの下に歩み寄った。



時奈「えっと、スライムくん?」


スライム「は、はひっ!?」


時奈「ふふっ、そう緊張しなくてもいいですよ?えっと、君の名前は何て言うのかな?」


ディノ「っ、も、申し遅れてすみません!わ、私はディノと申します。えっと、こ、渾沌スライム"ディル"の孫です!」


シャル「っ、ディルの孫だと!?そ、それならどうして、余の静止を無視したのだ!?」


ディノ「ご、ごめんなさいシャル様!?じ、実は私……、シャル様が"おやすみ"になられてから起きるまでの間、ずっとあのダンジョンの中に封印されていまして……。」


シャル「っ、な、なんじゃと!?するとお主も、五百年近くあのダンジョンにおったと言うのか!?」


ディノ「え、えぇ、そうなりますね。」


時奈「ふむぅ、なるほどな……。つまりディノくんは、久しぶりの自由を得た嬉しさから、つい暴走してしまった訳だな?」


ディノ「は、はい……。正直あの時、目を覚ます様な一閃をもらわなければ、今頃取り返しのつかない事をしていました。」


シャル「全くなのだ。危うく死ぬ所であったぞ?」


ディノ「っ、うぅ、申し訳ございません。」


下手をすれば大惨事になっていたかもしれない事態に、生真面目なディノは終始ペコペコと謝り続けた。




徐々に謎めく真相が見え始める中、続けて時奈からディノに対して質問を投げ掛けた。


時奈「さて、ディノくん?君は五百年近くあの廃ダンジョンに封印されていた様だけど、どう言った理由で封印されていたのか覚えているかな?」


ディノ「え、えっと…、それは…。」


時奈からの質問に対して、少し言いづらそうにしているディノは、体を"もじもじ"と揺らしながら、シャルの方を見つめていた。



時奈「ふむぅ、どうやら言い難い様だね?」


ディノ「っ、い、いえ…、その…。」


シャル「えぇーい、れったいのだ!早く答えよ!」


ディノ「は、はひっ!?じ、実はお爺様からのめいで、シャル様が"目覚めるまで"の間、あのダンジョンに封印されていました!」


痺れを切らしたシャルからの一喝に、思わず取り乱してしまったディノのは、勢いに任せて封印されていた理由を告げた。


シャル「っ、な、何だと!?……あ、いや、待てよ。そ、そう言えば、最後に会ったのはディルであったな……。た、確かあの時……、連日の激務で眠れず、ディルの勧めであのダンジョンに来たのだ……。」


時奈「ふむぅ…。シャルくんが"目覚めるまで"の間、か……。その言い方だと、最初からシャルくんを長期間眠らせるつもりだった見たいだな?」



シャル「た、確かにそうなのだ!お、おいディノよ!他にディルから聞いてないのか!」


ディノ「……えっと、それは……。」


シャル「っ、えぇーい!このに及んでまだ隠し通す気なのか!?この際、何もとがめたりしないから言ってみるのだ!」


何とも分かりやすいディノの素振りに、再び苛立ち始めたシャルは、この世で最も信用性してはならない言葉を並べながら、一気に事情を聞き出そうとした。


するとディノは、再び土下座をし始めた。


ディノ「じ、実は……。」


ディノ曰く。


当時、魔王シャルに仕えていた"ディル"は、不眠不休で政務に励むシャルの身を案じ、叱責覚悟で一週間近く休んでもらおうと企てていたそうな。


そのためディルは、お疲れのシャルに対して、あらかじめ用意していた"寝室用のダンジョン"をすすめると、"今日まて"眠っていた"寝室"に案内してしまったのだと言う。


その後、直ぐに眠りについてしまったシャルを見計らったディルは、早速"目覚まし時計"に入っていた魔光石を引き抜き、ダメ押しの睡眠魔法まで施したそうだ。


更にディルは、精神修行の一環と称して孫のディノをシャルの近くで封印し、一週間後にシャルを起こさせ様とする、何とも無責任な任務を与えたのであった。


しかしここで、天罰か、それとも不幸か……。


致命的な大事故が起きてしまう。


孫のディノを封印するため、ディルが渾身の魔力を込めたその瞬間。突如、ディルの魔力が暴走してしまい、"ディノに施した封印"が、"眠っているシャル"の魔力と結びついてしまい、シャルが目覚めないと、決して封印が解けない仕掛けになってしまったのである。


更に不幸な事に、魔力の暴走によって生命力まで使い果たしてしまったディルは瞬く間に消滅。


こうしてディノは、意識を保ったまま、五百年以上も封印されるのであった。



時奈「なるほど……、良かれと思った事が、逆に最悪な展開をもたらした訳だな。」


シャル「……。」


ディノ「も、申し訳ございません!お爺様の余計なお節介のせいで、決して許されない失態を犯してしまいました……。お、お爺様の罪は私の罪でもあります。も、もし、シャル様が望まれるのなら、この命を持って償います。」


祖父が招いた失態に、責任を感じているディノは、自らの命を持って償おうとしていた。


しかしシャルは、そんなディノに対して、強くとがめようとしなかった。



シャル「……よい。言ったであろう。お主にとがめたりはしないと。」


ディノ「ふえっ?」


シャル「ふぅ…、全く孫に責任を押し付けて勝手に死ぬとは、ディルの奴は大馬鹿者なのだ。…すまぬディノよ。余が不甲斐ないばかりに、辛い思いをさせてしまったのだ。」


ディノ「そ、そんな……。元あと言えばお爺様が勝手に招いた事です。それより、シャル様の方が……。」


シャル「…よい、過ぎた事を振り返っても仕方がないのだ。どの道、"魔王城"に帰ったとしても余の居場所はどこにも無いと思うのだ。…それならこの際、余はこの者たちと共に、別世界とやらにおもむいて再起を図ろうと思うのだ。」


ディノ「シャル様……。っ、そ、それなら私も、シャル様の従者としてお供させてください!」


シャル「っ、ほう、余と共に来るか?」


ディノ「は、はい!微力ながら、再びシャル様が立派な魔王として返り咲ける様に、精一杯協力させて頂きます!」


シャル「…ふふっ、それは実に面白いのだ!よーし、これも何かの縁なのだ!今日からディノは余の弟として仕えるが良い!」


ディノ「っ!シャ、シャル様が、わ、私のお姉ちゃん……はわわ///」


二人の間で淡々と話が進む中、一部を除く部員たちは、何とも微笑ましい光景に和んでいた。


するとそこへ、部員の中でも一番魔界の情勢に詳しいサキュバスのルシアが、今の魔界を全く知らないシャルとディノに対して、今の魔界について話そうとする。



ルシア「こほん、二人ともちょっといいかしら?」


ディノ「っ、は、はい!」


シャル「むっ?どうしたのだ?」


ルシア「えっと、気を落とさないで聞いて欲しいのだけど…、今の時代、"魔王の地位"は存在しないのよ?」


シャル「ふえっ?」


ディノ「えっ?」


衝撃的な情報に思わずポカンとする二人に対して、ルシアは"まあ、そうでしょうね"っと、言わんばかりの表情を浮かべた。


シャル「ま、待つのだ!?ま、"魔王の地位"が存在しないとは、一体どういう事なのだ!?」


ディノ「ま、まさか魔界は滅ぼされたのですか!?」


ルシア「いいえ、魔界は滅んでいないわよ。ただ、今から二百年前に"長きに渡る争い"が終結した際に、魔界は一人の魔王が治める"一国統制時代"から、十人の王が魔界を治める"十国統制時代"に変わったのよ。」



ここで小話。


一国統制とは、"魔王の権限"によって魔界全土を一つの国として治める統制である。


一方の十国統制とは、"魔王の地位"をはいして、広大な魔界を十の国に分けて治める統制である。※ちなみに国を治める各国の王は、旧大公爵家である。


また、十国統制の特徴として、毎年一国から三十人の国民が選別され、各国から計三百人にもなる国民たちが、その年に十三回以上開かれる魔界中央会議に招集される。


招集された三百人の国民たちは、十ヶ国の王侯貴族おうこうきぞくたちと共に、魔界全土の政治的方針について対等に話し合う事ができる。



シャル「じゅ、じゅこく……とうせい?」


ディノ「え、え〜っと、要するに魔界が十の国に分かれたという事ですね?」


ルシア「ふふっ、そういう事よ♪」


シャル「っ、ま、魔界が分かれただと!?そ、それじゃあ、ま、魔王城はどうなったのだ!?」


ルシア「魔王城って、もしかして"バイオリンス"城の事かしら?」


シャル「そ、そうなのだ。」


ルシア「ふふっ、歴代の魔王が住んでいた"バイオリンス"城なら、今は跡地になって観光スポットになっているわよ?」


シャル「あ、跡地?か、かんこう…すぽっと?」


ルシア「えぇ、城の"し"の字も無いくらい、きれいさっぱり無くなっているわよ♪」


シャル「う、嘘を言うでない!?あの魔王城は難攻不落の城だぞ!?落とせるわけがない…。」


ルシア「確かに、"バイオリンス"城は難攻不落と言われた魔王城よ?でも、二百年前の終戦で、魔界最後の魔王である十二代目が、新たな時代を切り開くために、魔王の象徴である"バイオリンス"城を自ら手で破壊したのですよ?」


シャル「っ、魔王が自ら破壊しただと!?そ、そんな……、信じられぬのだ。」


ルシア「ふーん。仕方ないわね。これが証拠よ。」


真実を受け止められないシャルに対して、少し困った様な表情を浮かべたルシアは、最終兵器のスマホを取り出すなり、半年くらい前に京骨と一緒に取った写真を見せた。


シャル「っ、な、何なのだこれは!?」


ディノ「っ、ち、小さな箱の中にお姉さんと……、た、沢山の種族の方々が楽しそうに固まっていますよ!?こ、これはどうなっているのですか!?」


流石は、現実世界の文化に触れていない者たちの反応である。


スマホと言う活気的なアイテムを初めて見たシャルとディノは、"写真の内容"をそっちのけで釘付けになっていた。


ルシア「こほん、スマホよりも今映っている写真を見なさいよ?……えっと、私と京骨が写っている後ろにあるのが、バイオリンス城の跡地よ。」


シャル「っ、こ、この溶岩の川…、見覚えがあるのだ。」


ディノ「っ、この橋って、お城へ入る時の橋ですよね!?はわわ!?ほ、本当に、お城が失くなっている!?」


ルシア「これで分かったかしら?」


シャル「う、うむ……。」


ディノ「あぅ、な、何だか…、色々と混乱してきました。」


魔王城の消失に続いて、現実世界のアイテムを見せられたシャルとディノは、脳内処理が追いつかずに混乱していた。



そんな二人の様子を見ていた桃馬と憲明は、少し心配そうに見つめていた。


桃馬「うーん、あの二人が今の時代を生きるためには、身近なサポートが必要みたいだな。」


憲明「そ、その様だな…。下手をしたら色々なトラブルに、巻き込まれてしまうかもしれないな。」


桃馬「うーん、そうなると、どこかに二人のサポートをしてくれる……、"偉い良犬"はいないものかな〜。」


身近な不安を呟く桃馬と憲明は、現在一番の適任と思われるギールに視線を向けた。


ギール「な、なんだよ桃馬?まさかだけど、二人のサポートを頼むって言わないよな?」


桃馬「えっ、やってくれないのか?あんなに仲良さそうだったのに?」


ギール「いやいや、あれのどこに仲良し要素があった?一方的にモフられただけ何だが?」


桃馬「でもよ〜、何だかんだ言って、一番距離が近いのはギールだぞ?」


ギール「それを言うなら時奈先輩も同じ事だろ?」


桃馬「あぁ〜、ダメダメ。時奈先輩にあの二人を渡すのは絶対にダメ。間違いなく、プチ犯罪を犯すと思うからな。」


憲明「そうそう、特にあのディノくんに関しては、穢れのない少年で居て欲しいからな。」


ギール「っ、た、確かにそうだけど……って、いやいや、だとしても何で俺ばっかり面倒事を引き受けなきゃいけないんだよ!?」


あちらこちらで騒々しい会話イベントが発生している中、これに対して時奈は、手を二回叩きながら制止をうながした。


時奈「はいはい、各自で盛り上がっているところすまないが、少し私の話を聞いてもらおうか。」


時奈の制止を聞いた部員たちは、一斉に時奈の方に注目した。


時奈「こほん。取り敢えず、本日の活動はここまでにしますが、各自部室に戻った後、すぐに校長室へ向かう準備をしてください。」



部員「はーい。」


こうして異種交流会の一行は、とある廃ダンジョンで出会ったシャルとディノと共に春桜学園に戻るのであった。



プチ話。


これは春桜学園に着くまでの出来事……。


ギールの毛並みに触れてから、すこぶる気に入ってしまったシャルは、帰りの道中でもギールの尻尾にしがみつくなり、露骨に嫌がるギールを困らせていました。


これにより、ギールとシャルの親密度は"ググーン"と飛躍したのか…、気が付けば、お互いの名前を堂々と呼び捨てで呼び合う仲になっていた。



一方、廃ダンジョンについてから終始力尽きていた京骨はと言うと、少し先に桃馬たちが部室に向けて移動する中、ルシアの懸命な"回復処置"によって何とか復活。


その後、今日の部活で全く役に立たなかった京骨は、律儀に回復させてくれたルシアを"おんぶ"するなり、急いで桃馬たちの後を追い掛けた。


しかし、あの"京骨ラブ"のルシアが、大人しく京骨の背中にしがみついている訳もなく……、京骨の耳元で優しく罵倒したり……、わざとらしく密着した上半身を上下左右に動かしたり……など。


未だにクズ属性を持ち合わせていない京骨に対して、ルシアは楽しそうに淫らな挑発を繰り返していた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る