第3話 聖霊様の目的

一限目が終わり休憩時間に入ると、桜華用の机椅子と教材が運び込まれた。桃馬はこれで一限の恥ずかしい授業スタイルからようやく開放されると思っていた。


しかし桜華は、他の女子の隣に行くともなく、

なんと桃馬の席にくっつけてきた。


桃馬「あの‥柿崎さん?また何してるのですか?」


桜華「えっ?だめですか?」


桃馬の質問に、桜かは"何を言ってるの?"

見たいな表情から悲しい表情へと変わる。


桃馬「えっ、いや、別に嫌って訳じゃないんだけど、間隔を開けるのが普通かと。」


憲明「桃馬、ここは受け入れろよ。」


桃馬「だ、だけどよ。他の先生に何言われるか。」


ジェルド「桃馬の言う通りだ。授業中は離れた方がいい。」


憲明「今日のジェルドは、やけに桃馬に味方するな?」


ジェルド「ふ、ふん。気のせいだろう。」


ジェルドは少し頬を赤らめ窓の方を向く。


桜華「わ、わかりました。ここは我慢してもとに戻します。」


残念そうに戻すその姿は、

何だか後ろめたくなる感じであった。


桃馬「そ、それより、柿崎さんは何者なのですか?どうして俺を知ってるの?」


桜華「えっ‥あ、そうですね。実は私‥。」


どさくさに紛れて重要な質問を切り出すも、

肝心の所で授業開始のチャイムが鳴った。


桃馬「あっ、間が悪いな。」


桜華「‥続きはまた後ですね。」


憲明「それなら昼休みの時に話せばいいだろ?」


桃馬「そうだな。気になるけど休憩時間だけじゃ、全部聞けないかもしれないからな。」



チャイムが鳴り止んで数秒後、

数学教師の吉田先生が教室に入ってきた。



吉田「よーし、みんな席につけ~。」



数学教師の名は、吉田鷹幸よしだたかゆき

大きな特徴もなく、黒髪短髪のどこにでもいる一般的な見た目な先生である。強いて特徴を言えば、言葉に一切のトゲがないことくらいだろうか。



授業は普段と変わらず淡々と進み、

残り十分の頃。


桃馬はチラッと桜華の席を見た。


すると、桃馬は目を疑った。


失礼にも、からかうだけの変人かと思っていたが、教科書とノートを開いて真剣に授業を受けていたのだ。



その後も桜華は、三限、四限、と真面目に授業をこなし、待望の昼休みの時間が来た。


四限の終了のチャイムと共に、各クラスから腹を空かせた生徒たちが、一斉に購買部へ向けて走りだして行った。


桜華「み、皆さん急に急いでどこに行かれたのですか?」


桃馬「購買部ですよ。あそこは昼飯を安価で済ませようとする生徒たちがこぞって集まりますから、あまり近づかない方が良いですよ。」


憲明「おい桃馬、出遅れたぞ!急がねぇと食う物なくなるぞ!」


桃馬「わかった後で追い付く。桜華さんは食べるものあるの?」


桜華「そ、そう言えば、ありませんね。」


ぐぅぅ~。


とたんに空腹を意識した桜華がお腹をさすると、そのまま、お腹の虫も鳴り始めた。


桜華「あ、こ、これはその!?き、聞きました?」


桃馬「まあ、聞こえたな。」


思わず赤面しながら取り乱す桜華に、

桃馬は少し微笑みながら答えた。


桜華「あ、あぅ//。」


聞かれたのが、余程恥ずかしかったのだろう。


赤面しながら目に涙を溜めていた。

なんて可愛らしい事だろうか。


桃馬「よければ、買ってきましょうか?」


桜華「い、良いのですか?」


桃馬「まあ、転入祝いってことでね。小頼?柿崎さんを頼むよ。」


小頼「はーい、もしあんパンがあったら買ってきてね~♪」


どさくさに紛れてパシられた桃馬は、

憲明の後を急いで追った。


桜華「えっと、小頼さん?」


小頼「小頼でいいよ~♪桜華ちゃん♪」


桜華「こ、小頼ちゃん。えっと、ジェルドさんも購買に行ったのですか?」


小頼「うぅん、ジェルドは妹のエルゼちゃんの所だね♪」


桜華「な、なるほど、妹さんを大切にしてるのですね。」


小頼「見た目によらずジェルドは優しいからね~♪」


桜華「‥クスッ、微笑ましい兄妹愛ですね♪(人間の皆さんが、ここまで異種族の皆さんと共存できているとは驚きね。)」


小頼「そうだ、フライングになるけど、先に桜華ちゃんについて知りたいな~♪」


女子生徒「あぁ~♪私も桜華ちゃんについて知りたい~♪」


小頼に続いて周囲の女子生徒たちが桜華を中心に集まり始める。ちなみに男子生徒は、全員購買部へ行っているため不在である。


小頼「こほん、では、ここからは私が仕切らせてもらうわ♪では、桜華さんは人間?それとも魔族?亜人?」


早速、主導権を握った小頼が仕切り始めると、

みんなが一番に気になるポイントを切り出した。


桜華「どちらも違いますよ♪私は桜の聖霊です♪」


女子一同「おぉ~。」


小頼「なるほど、だから綺麗なピンク髪なんだね~♪」


桜華の答えに、女子一同は拍手しながら称賛した。更に、聖霊ということもあって好感度が上昇する。


桜華「お、大袈裟すぎますよ~。」


自己紹介の様な答えにも関わらず、予想以上の盛り上がりに、桜華は思わず恥ずかしがる。


しかし、その様子に女子たちは更に盛り上がる。


女子生徒「恥ずかしがる桜華ちゃん可愛い!」


女子生徒「も、もはや、"ちゃん"や"さん"ではありません!これは桜華さまです~♪」


桜華は種族問わず大人気となった。


小頼「はーい、みんな静粛に。さて、ここから本題よ。」


盛り上がった女子生徒たちを静めると、

小頼は静かに息を吸った。


緊張の瞬間、誰もが気になった質問を投げ掛ける。



小頼「桃馬とはどういう関係ですか?」


大胆に踏み込んだ小頼の問いに、

女子生徒たちの視線は桜華へと向けられた。


桜華「…そうですね。桃馬さんは知らないと思うけど、私は小さい頃から知っています。毎年、あの河川敷に桜が咲く頃、決まった場所に桃馬さんと家族の方々が眺めていました。」


女子生徒たちが固唾を飲みながら経緯を聞いていると、桜華の一方的な片想いを匂わす展開を認識するが、肝心の桃馬の彼女になったきっかけが分からなかった。


小頼「え、えっと‥それだと、桃馬の彼女になった経緯がわからないのだけど?」


女子生徒「も、もしかして、あの桃馬に、ひ、秘密を握られて‥。」


女子生徒「うぅ、初対面の演技をしてまで‥。」


女子生徒「強引に学園に連れ込まれたのね‥うぅ。」


女子生徒「桜華様、安心してください!秘密を握られているのなら、私たちが"あの糞男"から守ってあげるからね!」


一人の妄想から始まった勝手なイメージに、

無慈悲にも桃馬の印象は、くずの中のくずに染まる。


桜華「えっ、あっちょっと!?桃馬さんはそんなことしてないですよ!?」


小頼「そうそう、桜華ちゃんの言う通りだよ。勝手な妄想で桃馬のイメージを悪くしちゃダメだよ。」


女子生徒「で、ですが‥。」


小頼「それによく考えてみなよ。相手はあの桃馬だよ?秘密を握って酷いことをする様な根性は持っていないよ。それに、できたとしても"あの二人"だけだよ。」


女子学生「っ、た、確かに…。」


女子生徒「…そ、そうよね。桃馬は…女の子より…ね。」


小頼の意味深な説得により、桃馬に対して敵意を見せた女子生徒たちは、大人しく錬成した武器を下ろした。


話が落ち着くと、桜華は再び話を始める。


桜華「えっと、桃馬さんとは対面したことはありませんが、去年から毎日の様に見かけようになって、元気だった桃馬さんが日を重ねる度に、元気を失くして行くのがとても心配でした。実際、私も学園に興味があったこともあり、昔から桜を見ていてくれた恩返しのためにも、ここは彼女として、その‥お側に居たいなって‥思ったのです//」


最後の辺りは"もじもじ"しながら話すも、

桜華の話に全女子生徒は感動した。


小頼「桃馬のために聖霊様がここまで‥感動です!」


女子生徒「桜華様‥なんてお優しい。」


女子生徒「桃馬さんが羨ましいです!」


桜華「か、感動するところでしょうか?」


小頼「感動ものだよ~♪桃馬とは幼馴染みだけど、ここまで想ってくれる人がいるなんて私も嬉しいよ♪」


桜華「えっと‥幼馴染みの線を簡単に越えても良いのですか?」


小頼「それは関係ないよ♪彼女ならそれを越えてこそ意味があるからね♪‥でも‥恋人ごっこならやめてほしいな~。」


にこやかに話していた小頼だったが、

体を前に倒すと目を開き低い声でささやく。


桜華「っ、」


急に豹変した小頼に、桜華は背筋を凍らせた。


だが、自分が言ったことと、小頼が言った恋人ごっこ。改めて考えると、自分がしている事は、単なる偽善でしかない恋人ごっこではないかと思った。


可哀想だから恋人になる?

学園生活をしたいから恋人になる?


改めて考えれば、私は桃馬の事が好きなのか?

恋の感情とは、一体どんなものなのだろうか?


根本的な事を知らなかった桜華は更に考えた。


恋人の本懐はなんだろう?

将来夫婦になる事なのか?


それとも、たわむれるだけの恋人ごっこなのか?


分からない…。私は、学園に通いたいために、

浅はかな考えで桃馬を利用してるだけなのかもしれない。


でも、昔から桃馬を見ていると…、

どうしてこんなにも胸騒ぎがするのだろう。


現に、初めて対面した時、膝の上に座った時、隣で授業を受けた時は、いつもの倍は以上の胸騒ぎをした。


それに、小頼ちゃんに恋人ごっこって言われた時は、凄くモヤモヤして…悔しかった。


など、桜華の脳内では、大変な会議か開かれていた。


ちょっと、きつめな事を言ってしまった小頼は、

数秒間だけ固まる桜華を心配していた。


小頼「おーい、桜華さん?大丈夫?(もしかして、さっきの効いたのかな?)」


桜華「っ、ふぇ?え、えぇ大丈夫ですよ♪」


女子生徒「初日だからお疲れなのですね。」


女子生徒「た、大変です!?すぐに休まないと!?」


桜華「わ、私は大丈夫ですよ♪ただ考え事をしていただけですから♪」


女子生徒「そうですか‥無理はしないようにね?」


桜華「えぇ、ありがとう♪」


小頼「よーし、そろそろ男子も帰って来るだろうし、女子会はここまでにしようか。」



主導権を握った小頼が女子会を閉幕させると、

そこへちょうど良く、購買部での戦いを終えた男子生徒たちが、ボロボロの状態で帰還して来た。


桃馬「いってて、三組の奏太かなため‥。手こずらせやがって。」


憲明「今日は桃馬の白星か~、いいね~♪」


桃馬「今日は負けられないからな。あ、柿崎さんお待たせ♪購買のだけどよかったらどうぞ。」


ボロボロの桃馬が、無傷な憲明と共に帰ってくると、桃馬はすぐに視界に桜華を入れると、手を振りながら駆け寄った。


桜華「ふえっ、ど、どうしたのです桃馬さん!?ボロボロじゃないですか!?」


桃馬「あ、あぁ、これか。大丈夫だよ。こんなの日常茶飯事だから。」


桜華「で、でも、大きな怪我をされては…。」


桃馬「あはは、大丈夫だよ。こんな光景すぐに慣れるよ。それより小頼?まさか重大なお話は終わった系か?」


小頼「えへへ~♪ごめんね♪」


桃馬「やっぱりな。…んで、どんな話だった?」


小頼「それはね、本人から聞いた方がいいわよ♪」


桜華「はうっ//」


憲明「二度手間だな。」


桃馬「まあまあ、ゆっくり食べながら話せばいいさ。」


桃馬が席に着くと、激闘を制して手に入れたカレーパン二つと、何パンか分からないパンを四つ、最後に牛乳パックを四つ並べた。


桃馬「さっ、食べてくれ柿崎さん♪」


憲明「桃馬の奴、珍しく奮闘したんだよ。」


桜華「私のためにそこまで‥。」


小頼「じゃあ、私は、あんぱん~って、あれ?あんぱん‥は?」


桃馬「す、すまん‥奏太に取られた‥。」


小頼「な、なんと!?」


桃馬「で、でもカレーパンはあるぞ?」


小頼「むぅ…、仕方ないな。我慢しよう…。」


少し不満がありそうではあるが、小頼はカレーパンを取ると、美味しそうに口にする。


桃馬「すまんな小頼。今度は買ってくるからな。」


小頼「うんうん、きたいひまふぅ。」


憲明「……ぷっ…くく…。(相変わらず小生意気感がこの上ない煽りだな。いつもなら桃馬もそれなりの態度を見せるのに、柿崎さんがいる手前、我慢するしかないみたいだな。)」


小生意気に振る舞う小頼に対して、一切ツッコまずにスルーする桃馬に、憲明は思わず吹きそうになった。



桜華「えっと‥わ、私もカレーパンを。」


美味しそうに口にする小頼に釣られ、

桜華もカレーパンに手を伸ばして口にした。


桜華「はふっ♪おいひぃ~♪」


桃馬「そうか、喜んでくれてよかった。」


憲明「やったな、桃馬!」


桃馬「うん、買って来た甲斐があったよ。」


桜華の笑顔に無意識に喜ぶ桃馬であった。


桃馬「それで、柿崎さんは何者なんだい?昔会ったことあるのかな?」


桜華「っ、えっ、えっと、私は桜の聖霊です。桃馬さんとは会ったことないけど、私は桜の木の上からいつも桃馬を見ていました。」


桃馬「さ、桜って、まさか‥河川敷の?」


桜華「はい♪」


その話を聞いて桃馬は徐々に赤くなり取り乱す。


桃馬「あ、あえーっと。その‥もしかして、朝の出来事や‥下校の時も?」


桜華「はい、たまに歌う短歌とか。」


桃馬「あがぁぁ!?」


聞かれたくないことを聞かれてしまっていた桃馬は、恥ずかしさのあまり、両手を耳に当てうずくまった。


小頼「おやおや?桃馬ったら、そんなことしてたのかい??」


憲明「これはこれは、今まで一人の時、何をしているのか気になるな?」


桃馬「や、やめろ!?恥ずかしくて死にそうだ。」


桜華「クスッ♪桃馬さんは面白いです♪」


憲明「ふっふっ、おい、桃馬。これからは秘密を握られながら生きて行くんだよ?ねぇ、どんな気分だ?」


桃馬「うるせぇ‥複雑な気分だよ。」


憲明「なるほど、嫌と言うわけではないと?」


桃馬「‥嬉しいって言うと誤解されるけど、構ってもらえる分‥いいかな。」


小頼「おぉ~、構ってもらえると嬉しいんだ~♪」


何か良からぬ事を考えたのか小頼は、

スカートの裾をチラッと桃馬に見せる。


桃馬「ば、ばか!?何してるんだ!?」


小頼「何って喜ばせてるんだよ~♪」


桃馬「逆セクハラするな!?早く戻せ!」


小頼「いやいや~、男ならこういうの好きでしょ?」


桃馬「俺はそんな人為的な行為に興味はない。それに、どうせスパッツだろ?」


小頼「へぇ~、そんな事言うんだ??じゃあ、見てみる?」


桃馬「だからやめろ!?全く小頼の羞恥心はどうなってるんだ‥。」


憲明「あはは、小頼も相変わらずだな。」


桜華「くすっ、あははっ♪」


二人の楽しそうにしている光景に桜華も微笑んだ。


突然過ぎた出会いであったが、この昼休みを境に四人の距離間は一気に縮んだのであった。



そう、廊下から四人を睨む黒い獣に気づかずに‥。


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