第16話 エピソード3 姫とメイドの禁呪探訪(5)
「う……あぁ……」
そちらを見ると、生気の抜けた魔道士風の男がふらふらとこちらにやってきた。
男は私を見ると、ふらふらと近づいてくる。
「うな……れ……ばく……え……」
これは呪文!?
考えるより先に体が動いた。
私は男の顎をかすめるように殴りつつ、その回転の勢いをころさぬまま、関節を極めて組み伏せた。
「う……う……ぁ……」
気絶しない!?
あれだけ綺麗に顎に入れば、どんな大男でも気絶させるはず!
男は細い体からは信じられないほどの力で、私の拘束を逃れようとする。
「そんな力で動いたら折れ――」
――ゴキン。
男は自分の関節が外れるのも構わず、暴れ続けている。
「うな……れ……ばく……え……ん……」
それでもなお、呪文を唱えようとする。
私は男の顔を地面に叩きつけ黙らせる。
鼻の骨が折れ、血が石畳に広がっていく。
そこで私は、男の体が急速に冷たくなっていくことに気がついた。
これって死んでるんじゃない!?
しかも、死にたてほやほやだ。
私の様子がおかしいのを気にしてか、近づいて来たリレイアが男を調べ始めた。
「生きたままアンデッド化させられてる」
即席ゾンビってこと?
「それにこれ……魔石だわ……」
ゾンビの体表面をよく見ると、赤く輝く小さな宝石の粒が、体の内側から生えている。
「リレイア様……もしかしてこれ、禁呪の効果でしょうか」
「おそらくね。対象は一定距離……ではないわね。ランダム? いいえ……もしかして……ユキ!」
「は、はい!?」
「急いで街の様子を確認して!」
「はい!」
私は近くの壁を蹴り、木、屋根と伝って一番見晴らしの良い場所に昇った。
街はさながら、ゾンビ映画の様相を呈していた。
死体が蠢き、あちこちから火の手があがっている。
ここから見える範囲で数百体というところだろうか。
ゾンビが魔法で火を放っている……?
さらに、ゾンビ達は目につく人を襲いながら、一方向に向かっている。
街の外に出て行く……?
あちらはたしか、ウェイラ領だ。
私は屋根から降りると、その様子をリレイアに報告した。
「なるほど……あの禁呪、使い手のマグナリアが事前に魔力を埋め込んだ人間をアンデッド化するみたいね。しかも、術者が死んでも命令が活きていると……」
「アンデッドが魔法を使えるなんてことがあるのですか?」
ゾンビといえば、せいぜいうめき声を上げるのがせいぜいというイメージだけど。
「ヴァンパイアみたいに高位のアンデッドならともかく、低位なものが魔法を使うというのは初めて見るわ……」
リレイアがそうだと、よほど珍しいのだろう。
「アンデッド達にウェイラ領を攻め込ませて、戦争を起こそうってことでしょうか?」
「おそらくね。洗脳で兵士にしあげるなんて、普通の魔法ではそうそう上手く行かないだろうと思ってたけど、まさかこんな方法を使ってくるなんて……」
リレイアは拳を握りしめ、眉間にしわを寄せた。
「リレイア様、あのアンデッドに噛まれた人間もまた、アンデッドになったりはしないのでしょうか?」
ゾンビ映画なんかで、ある意味一番怖いのが周囲の人間がどんどんゾンビ化していくことだ。
なんせ、味方が減るだけではなく敵が増えるのだから。
「どこから出て来た発想よそれ。聞いたこともないわ。魔力で体を強制的に動かしているだけなんだから、そんなわけな……いえ、注入された魔力を口から分配していけば可能かも……? ユキは時々、面白いことを言うのね」
面白くはないけどね?
とりあえず、これ以上数が増えないというのは、不幸中の幸いだ。
「それにしても、魔法を使う低位のアンデッドって……どうなっているのかしら……。禁呪発動の際に注入された魔力にプログラムされてる……? 。体表面の魔石はアンデッド本人から無理矢理生成してる……? でもそれだと……」
「リレイア様、それよりどうします?」
思考モードに入りそうになるリレイアを引き戻す。
「そうね、このままアンデッド軍団を放っておくわけにはいかないわ。ウェイラ領と無理やり開戦するためのしかけだったのだろうし」
「やはり魔族のゲームでしょうか」
「そうね、どちらの領地を増やそうとしていたかはわからないけれど」
こちらの領地から攻めさせたからといって、こちらに勝たせたかったとは限らない。
あの魔族が、ウェイラ領側からのスパイという可能性もある。
「真実はどうあれ、開戦させないことが重要だわ」
リレイアの言う通り、魔族の最後っ屁に付き合ってやる義理はない。
「姫様! オレは……あ、いや……私は禁呪がそんな効果だと知らず……もちろん、ウェイラ領に攻め込むつもりなどなく!」
ゲインツは慌てふためき、リレイアにすがりつくように懇願する。
悲しいおっさんの姿だが、これが階級社会というものだ。
「わかっていますわ」
リレイアは少しだけめんどくさそうに答えつつ、思考を巡らせている。
「そう、魔族! あの魔族にそそのかされたのです! 姫様もご覧になったでしょう!?」
そんな空気など読む余裕のないゲインツは、保身のための懇願を続ける。
「少しだまって頂けます? この領地も、隣のウェイラ領も私がなんとかしますわ」
「本当ですか!?」
「ただし、領主とは結果に責任を負うものだということを肝に命じておきなさい」
「そ、それは……私の罪は重いということでしょうか……」
「この期に及んでそのようなことをおっしゃるのであれば、そうなるでしょうね。少しでも領民の避難でもさせたらいかがかしら?」
「はっ……はいっ! 直ちに!」
リレイアの迫力に負けたのか、自分の仕事を思い出したのかは知らないが、ゲインツはどこかへ駆け出して行った。
「さーて、腕がなるわねー」
だからこの笑顔は不安しかないんだってば。
その後、私は街中を走り回るハメになった。
まずはそこらの家から鍋などの金物を借り馬に引かせる。
ゾンビが音に反応するというのはこちらの世界でも同じらしく、彼らは馬を追いかけてきた。
リレイアはゾンビではなく『低位のアンデッド』と呼んでいたけど、めんどくさいから心の中ではゾンビと訳しておこう。
そして、馬を駆るメイド……絵になる!
乗馬と言えば知的なお嬢様キャラ。キャラのカラーなら青系が多いイメージだけど、メイドに馬っていうのもなかなかじゃない?
街中から集めたゾンビを引き連れながら、先行して街を出たゾンビたちに合流する。
難関ポイントはここだ。
追いかけるのに夢中な連中は呪文を上手く詠唱できず、魔法を放てないらしい。
しかし、この先のゾンビは私を迎え撃つ格好になるのだ。
なんせ金物を引きずってけたたましい音を立てているので、そりゃあ気付かれる。
振り向いた何体かのゾンビは、既に呪文を唱え始めている。
幸いなのは、唱える速度が遅いこと。
動作も緩慢なので、撃つ気配がよくわかる。
「うな……れ……ばく……え……ん……ばーすと……ぼむ」
使ってきた魔法はリレイアから聞いていた通りのものだ。
一定以上の硬度を持つ物体に衝突すると、爆発する火球を撃ち出す魔法である。
領主の屋敷でゾンビが使いかけた呪文から、リレイアが予想したのである。
また彼女は、「魔法を複数使うよう命令がだせるとは思えない」「他の街や城を攻めるなら、爆発炎上系だろう」とも言っていた。
大正解。さすがリレイアだ。
飛び来る火球を、私はナイフを投げて爆発させる。
その音がさらにゾンビ達の注目を集める。
次々に飛来する火球をナイフで打ち落としながら、私は大きく円を描くように馬を走らせた。
いいよ! 着いてきて!
街の傍を大量のゾンビを引き連れたメイドがぐるぐる走り回る様子は、子供が見たら悪夢にうなされそうである。
でもそんなことは言っていられない。
ゾンビの魔法を爆発させたのは、身を守るためでもあり、リレイアへの狼煙(のろし)でもある。
彼女はこの状況まで読み切っていて、この爆発を合図に『準備』を始めているはず。
このままグルグルしていては、私が巻き込まれる。
私は馬を街の外へ向けて走らせると、その背に立ち上がった。
カッコイイポーズ!
……がしたいわけではもちろんない。
そのまま背後を振り返り、ゾンビの群に向かって跳んだ。
まずは華麗にゾンビの顔面に着地をキメる。
もちろん、このままライブハウスよろしくゾンビにダイブするつもりはない。
彼らの頭や肩を蹴りつつ、群れの進行方向とは真逆、つまり街の方へと走る。
頭上の私を追おうとするゾンビもいたが、数百体の群れが作る勢いには逆らえず、流されていく。
ゾンビの頭上を駆け抜けた私は、群れの最後尾に着地。
そのまま全力で街へと駆ける。
群れの最後尾から五千メートルほど離れたところで、街の一番高い建物である物見櫓に視線を送る。
そこには、輝く紋章とともに、リレイアの姿があった。
私は全力疾走を続ける。
これだけ離れてもなお、安全とは言いがたい。
「みなさん! 街の入口とは逆に逃げてください!」
ゾンビを引き連れて街を出た時と同様のセリフを叫びながら、私は街の大通りを走る。
やがて紋章が強く輝いたかと思うと、上空へ赤い光が伸び、雲を割いた。
リレイアが禁呪を発動させたのだ。
必殺技バンクを見逃した……などと言っている場合ではない!
どこか隠れられそうな場所は!?
一瞬の間があった後、上空から赤い光がゾンビの大群の中心へと落ち――
ドーム状の大爆発が起こった。
光に続いて、爆風と爆音が街を襲う。
樽が発泡スチロールのように飛び、石畳がめくれる。
なんとか丈夫そうな建物の影に隠れたものの、砂嵐のせいで目を開けていられない。
やがて風がおさまった後、街の外を見ると、そこには巨大なクレーターができていた。
クレーターの内側は赤熱し、高熱でガラス化した部分があるのか、一部がキラキラ輝いている。
数百体いたゾンビ達の姿は全く見あたらない。
一匹残らず蒸発したのだろう。
相変わらずとんでもない威力だ。
おっと、驚いてる場合じゃなかった。
今頃リレイアはまた幼女化しているはず。
私はリレイアがいた物見櫓に駆け上った。
そこには、シーツにくるまり、幼女化したリレイアがいた。
普段の彼女なら、ハイテンションでしたり顔をしていそうなものだが、今度ばかりは違った。
物憂げな表情でクレーターを見つめている。
既にゾンビになっていた……つまり、死んでいたとはいえ、数百人をまとめて吹き飛ばしたのだ。
まともな人間なら、一生夢に見てもおかしくない出来事だ。
「生きている人間が優先だわ……」
爆心地をしばらく見つめた後、ぎゅっと口を引き結んだリレイアは自分に言い聞かせるように呟くと、私にだっこを求めてきた。
「魔族の死体のところに連れて行って。やることが残ってる。禁呪はまだ死体の中にあるはず」
私が抱きかかえると、リレイアは耳元でそう言った。
禁呪が中に?
いまいち理解できなかったが、考えるよりも先に、私の体は物見櫓から隣の屋根へとすでに跳んでいた。
そのまま屋根を伝い、ゲインツの屋敷へと戻る。
爆発の余波がここまで来たのだろう。
魔族の死体は壁際に転がっていた。
私の腕から降りたリレイアが、その死体を調べている。
「ユキ、ちょっと魔力を借りるわね」
リレイアが私の手を掴むと、全身から急速に力が抜けていくのを感じた。
「儀式には少量だけど魔力が必要だから」
私自身に魔力が少ないせいなのか、リレイアの言う『少し』が魔道士以外からみれば膨大なのかはわからない。
たしかなことは、今にも気絶しそうなほどふらふらになっているということだ。
白んでいく視界を、気力で必死に保たせる。
魔族の額に触れたリレイアは、なにやら呪文を唱えている。
これまで見てきた魔法は、詩的でこそあるものの、言語はこちらの世界のものだった。
しかし、今リレイアが唱えているのは、聞いたこともない音とリズムである。
初めて聞く外国語が、なにやらもにゃもにゃ言っているようにしか聞こえない感覚に近いだろうか。
やがて、魔族の額から闇色に輝く拳大の球体が出て来た。
それが物質でないことは私にもわかる。
きっと、とても濃密な魔力の塊。
そうとしか表現できない何かだった。
リレイアは緊張した面持ちでごくりとつばを飲み込むと、自分の額をその光に近づけた。
こんなに緊張している彼女、初めて見る。
闇色の光が、ゆっくりリレイアの額に吸い込まれていく。
「くっ……」
リレイアが私の手をぎゅっと力強く握ってくる。
私はふらつく自分の体をなんとか立たせ、彼女の手を握り返す。
「はぁ……はぁ……っ。大丈夫……この禁呪とも……相性が……いいみた……い……」
光が全てリレイアの額に吸い込まれると同時に、彼女は気を失った。
あの禁呪を継承したってこと?
リレイアが持っていた爆発する禁呪よりも、ある意味危険で邪悪なものだ。
あれをリレイアに使ってほしくはないけど、他の誰かが持っているよりはずっといい。
そう思えるほどには、私はリレイアを信頼しているのだ。
ただ、初めて禁呪の継承を見て、疑問に思ったことがある。
彼女はかつて、最初の禁呪を王宮の禁書庫で見つけたと言った。
では、禁呪の継承自体は、いつ誰からしたのだろうか?
◇ ◆ ◇
ゲインツの屋敷のベッドを借りて、リレイアを休ませることまる一日。
日が昇ってから一時間といったところだろうか。
「ん……」
リレイアが目を覚ました。
「翌朝?」
ベッドで目をこする幼女かわいい。
「はい」
禁呪を使ったあとは、幼女化に加えて眠くなるリレイアだが、今回はいつもより睡眠が長かった。
幼女化から戻ってすぐにまた使ったのが影響しているのだろうか。
「今回もお疲れ様でした」
私は桶に用意していた水と布で、リレイアの顔を拭き、髪を櫛でとかす。
「ドアの外で領主のゲインツ様がお待ちですが、いかがいたしましょう?」
彼は夜通し待っていたようだ。
自分の命がかかっているのだし、これくらいの誠意を見せようとするのは当然の心理だろう。
それをリレイアが考慮するかは別問題だけど。
「通してちょうだい」
リレイアの指示に従い、私は櫛を置き、ドアを開けた。
「失礼します……」
入室したゲインツは、入口でひざまずいたまま小さく震えている。
「表を上げなさい」
「はっ……」
ベッドに腰掛けたリレイアを見上げるゲインツの顔は真っ青だ。
ただの寝室が、王宮の謁見の間であるかのように感じるのは、リレイアの纏うオーラによるものだろう。
普段から接している私ですら、全身がピリつくのを感じる。
「ゲインツよ、今一度問う。魔族の策謀によるものとはいえ、禁呪をエサに民衆を洗脳し、兵士としたこと、相違ないな?」
「はっ……ございません……ただ、そうしなげれば、財政的にも苦しい我が領地は、傭兵を十分に雇うこともできず……」
それは本当だ。この領地の財政については、調査済みである。
「それが、数百人を洗脳する理由になると?」
「騙したわけではございません! 禁呪継承の儀式を受ける契約時に、説明をしております。それが洗脳魔法の条件でしたし……」
この世界の常識でいえば、どんな無茶な契約だとしても、結ぶものが悪いとされる。
禁呪というエサに釣られたのであればなおさら自業自得と言われるだろう。
だけど、それで国が悪くなるなら、リレイアは良しとしない。
「なるほど。事情はわかりましたわ」
「本当ですか!?」
安堵の顔を見せるゲインツ。
「けれど、人の意思を奪って兵士とすることは認められません」
ほらね?
「そんな……」
「本来なら、私を捕縛したことだけでも極刑です。が……自分の領地を外敵から護るためであったことは考慮しましょう。私利私欲のためでなかったことは調べがついています」
この領主、貴族にしてはだが、比較的質素な生活をしている。
税もむちゃな取り方はしていないらしい。
「条件を与えましょう」
リレイアの『タメ』に、ゲインツはごくりとつばを飲んだ。
「まずは、今後軍備が必要になった場合は、正規の金額で人を雇うこと」
「へ……?」
ゲインツがマヌケ面を晒すのも無理はない。
命がないと思ったところから、まるで領主を続けられるかのような物言いだからだ。
「聞いてますの?」
「は、はぃっ!」
「もしお金が足りない場合は、王宮を頼りなさい。助けるかはわかりませんが」
「はっ……」
おー、困ってる困ってる。
話がうますぎるもんね。
「それともう一つ。この街を救ったのはリレイア姫だと、それとなく噂を流すこと。私がこの街を去った三日後にね」
「三日後……ですか? すぐに宴を開くこともできますが……」
「いいえ、三日後です」
「はっ、承知しました」
その方がかっこいいから、とか思ってそう。
「最後にもう一つ。もし私が困っていたら、命を捨てて助けに来ること。これらが護られる限り、貴方への罪は問わないものとします。ただし、破れば即刻命はないものを思いなさい。以上ですわ」
「寛大なご処分、感謝いたします。一生姫におちゅかえするしょじょん……」
安堵のためか、涙でぐしゃぐしゃになったゲインツの言葉は、後半よく聞き取れないものだった。
端的に言うと、「自分の味方になれば命を助けてやる」と脅されているに等しいのだけど、上手い演出をするものだ。
これでまた一人、リレイアの味方が増えたね。
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