第15話 エピソード3 姫とメイドの禁呪探訪(4)
◇ ユキ ◇
リレイアの気配を見つけたのは、屋敷の隠し部屋だった。
領主の部屋にある本を押し込むと、本棚を動かせるしかけだ。
なんでこういう手のこんだ物を作りたがるんだろうか。
少しだけ動かした本棚の隙間から中を覗くと、短い通路の先から話し声が聞こえる。
「ゲインツさん、領地を護るためとはいえ、民衆を洗脳するなんていけないことだと思いますわ」
「な、なにっ!?」
リレイアの穏やかだが圧のある声に続いたのは、図星をつかれた男性のものだ。
どういう状況?
捕まったリレイアが、領主を糾弾してるってこと?
言わんこっちゃない!
やっぱりトラブルに巻き込まれてるじゃない!
様子を見に来てよかったよ!
今すぐにでも飛び込んで行きたいが、少しだけ我慢だ。
リレイアはきっと領主から情報を引き出そうとしている。
それが終わるのを待つのである。
もちろん、彼女に危険が及びそうになったらすぐにでも飛び込むけど。
「でもそれ以上に問題なのは、領主をそそのかす魔族の存在ですけどね」
「魔族……だと……?」
「すぐ隣にいらっしゃるじゃない。領地を護るためとそそのかして魔道士を集め、彼らを使って隣の領地と戦を始めようとしている魔族が」
「マグナリアが魔族? バカも休み休み言うんだな。所詮は子供の妄想だったか」
ゲインツは鼻で笑い飛ばしたが、私は通路の先にいる三人目の持つ気配が大きく膨らんだのを感じた。
本当に魔族かどうかの判断は、私にはできない。
だが、ヤバイ相手であることは確かだ。
「ほうら、やっぱり普通じゃない」
リレイアの挑発的な言動に、マグナリアの気配がさらに膨らむ。
「お、お前……いったい……」
鈍そうなゲインツも声が震えている。さすがに彼女から放たれる異様な雰囲気に気付いたらしい。
「この子供、殺しておいた方がいいわ。子供の姿をしていても、ゲインツ様の領地に災いをもたらすでしょう。ウェイラ領が戦の準備を始めている今、災いの種はつんでおくべき」
マグナリアが冷たくそう言い放った。
ウェイラ領といえば、この領地の隣に位置する場所だ。
私が調べた範囲では、確かに軍備増強をしているらしい。
だが、比較的仲の良かった2つの領地間に不穏な空気が流れ出したのは、ここ数年だ。
魔族がまた『ゲーム』のために、戦を起こそうとしているだとしたら――
「し、しかし……」
ゲインツは迷っている。
そりゃあ、いきなり子供を殺せといわれてすぐ首を縦に振れるのは、それなり以上のゲスか悪党だ。
「図星を刺されて焦っているのかしら? 二つの領地の急な軍備増強。諍いになる原因となった、宿場町での小さな小競り合い。全て貴方の仕業でしょう?」
このあたりは、私が昨晩調べてリレイアに報告したことだ。
「何を言っているのかわからないな」
「まあ、とぼけるでしょうね。でも、私の言葉をゲインツさんは信じざるをえませんわ」
「どういうことだ?」
ゲインツが不思議がるのも無理はない。
「私がもうすぐもとに戻るからですわ」
禁呪を使ってからちょうど三日だけど……もうそんな時間!?
やばい!
なにがやばいって――ええと……とりあえずシーツ!
私はベッドからシーツをはぎ取ると、本棚と壁の隙間に体を滑り込ませ……こませ……ああもう! 胸がつかえる!
もう少しだけ広げた隙間に体を滑り込ませた。
隠し部屋に乱入すると、リレイアの体から魔力の輝きが溢れ、その体が六歳から十五歳に戻ろうとしていた。
「リレイア様! これを!」
私はスカートの中から取りだしたナイフでリレイアを縛っていた縄を切ると、シーツで彼女の体をくるんだ。
視線で領主と魔族をけん制することも忘れない。
せ、せーふ……。
危うく王族の裸体を男性領主に見せるところだった。
「最高のタイミングでしたわ。さすがね、ユキ」
「もう! 私が助けに来なかったらどうするつもりだったんですか」
「来るとわかっていたし、信じてもいたわ」
「来るなと言ったくせに、ずいぶん都合がいいですね」
「主の都合に合わせて動いてくれるメイドがいることに感謝しますわ」
そんなことを言われたら、つい許してしまう。
私が助けに行くって信じてくれてたことも、やっぱり嬉しかったしね。
なんだかんだで、私もチョロいなあ。
「リレイア様……? まさか本当にリレイア姫!?」
一方、顔面蒼白なのは、領主のゲインツだ。
そりゃそうだろう。
王族を捕縛したなど、その場で首を斬られても文句は言えない。
「ふふ……紋章を見せるまでもなさそうですわね」
わーお、リレイア楽しそう。
こりゃあ、微笑まれてる方は怖いだろうなあ。
「さてと……ゲインツさんはこちらに着くことになりますが、まだ正体を隠す意味があって?」
そう言いながら、リレイアが足下の魔法陣を踏みつけると、パリンと乾いた音をたてて、魔法陣は光の粒子となって消えた。
「私の封魔陣を……っ! 邪魔者を排除するつもりが、王族だと? だが、ここで殺せば同じこと!」
そう言ったマグナリアの耳はエルフのように尖り、ローブの下で身長が伸びていくのがわかる。
膝下だったローブはミニワンピのようになり、瞳が赤く輝いた。
さらに、ローブを撥ね除けるように背中には黒い翼が生え、頭上には輝くリングが浮いている。
やはり魔族!
「こ、これが魔族!?」
ゲインツは魔族の姿に戻ったマグナリアを見て、脚をガクガク震わせている。
魔族を前にして、命を刈り取られるプレッシャーを感じるのはよくわかる。
「せっかくこの姿に戻ったのだ。暴れさせて貰うぞ! お前達を殺せば、あとはなんとでもなる!」
マグナリアが掌をゲインツに向けた。
「魔を妨げよ! アンチマジックウォール!」
リレイアが唱えていた魔法を解き放つと、彼女の前に光の壁ができた。
魔法を弾く壁だ。
炎などの物理現象となった魔法には効果が薄いが、魔族が好んで使う『魔力をそのまま撃ち出す』術に効果が高い。
それなら!
私はゲインツの襟首をひっつかみ、後ろに引き倒した。
同時に自分も伏せる。
直後――
背後の壁が爆発を起こし、大人二人が並んで通れるほどの大穴ができた。
狭い部屋では分が悪い。
私はゲインツを壁にあいた穴から投げ捨てつつ、マグナリアにけん制でナイフを投げる。
ここは二階だが、受け身を取ってくれることを期待しよう。
今後のことを考えると生きていてほしいが、これ以上面倒は見られない。
さらにナイフを投げつつ、リレイアを抱えた私は穴から飛び出す。
なお、ナイフはマグナリアにあっさり避けられている。
「刃に光を……シャープエッジ」
私の腕の中で呪文を唱えていたリレイアは、着地と同時に私が構えたナイフに魔法をかけてくれた。
刃物の切れ味をアップさせる魔法だ。
「時間をかせいで!」
「承知しました」
私は主に優雅な一礼をすると、翼をはためかせながら降りてくるマグナリアを睨んだ。
言葉のやりとりは必要ない。
一気に距離をつめ、左手にかまえたナイフできりつけた。
マグナリアはその一撃を、掌で受け止める。
さすが魔族。
集中されれば、岩をも切り裂くこの体での一撃も、僅かな切り傷を残すのみ。
「ほう、私の体に傷をつけるか」
だけど、その余裕が命取り!
左はフェイント!
右のナイフがリレイアの魔法付きだ。
マグナリアの拳を避けつつ、右のナイフを振るう。
拳から放たれた魔力が、背後の木をなぎ倒したのを感じつつ、私のナイフは彼女の掌から肘までを切り裂いた。
エプロンドレスが汚れないよう、返り血をふわりと避ける。
「がああああ! なんだそのナイフは!」
苦しみもがくマグナリア。
私はその隙を逃さず、追撃をかける。
しかし相手は翼を持つ魔族。
上空へと逃げられてしまう。
屋根よりも高い位置に陣取り、マグナリアは腕の傷を魔法で治している。
しかし、その行動が本当の命取りだ。
「落ちよ雷! ライトニングストライク!」
リレイアが魔法を放つと、マグナリアの体を落雷が貫いた。
対魔族との戦いは、だまし討ちと短期決戦がキモだ。
生物としての身体能力も魔力もあちらが上なのだから、まともに立ち会ってはいけない。
黒焦げになって落ちてきたマグナリアに、油断なく近づく。
うつぶせになって死んでいるようにも見えるが、急に襲いかかってくることもありえる。
「ユキ! 下がって!」
マグナリアまであと数歩というところまで近づくと、リレイアの悲鳴にも似た叫び声が私の足を止めた。
私は反射的にリレイアの隣まで跳び下がる。
その瞬間、マグナリアの体から紫色の強大な魔力が上空へと立ち上った。
闇の柱となった魔力は、無数の流れ星になって別れ、町中に散って行く。
「何をしたの!?」
リレイアは唱えていた呪文を中断し、首だけをこちらに向けるマグナリアに問う。
「お前達人間が……『禁呪』と呼んでいたものを……使ったのさ……。まさか……人間に敗れるとは……思わなかったが……、お前達にこの『行進』が止められるかな……?」
そう言い残したマグナリアの体から、急速に生気が失われていく。
「禁呪を使った反動に耐えられなかったのね」
リレイアもまた、警戒は解いていない。
「幼女化に耐えられなかったということでしょうか?」
「禁呪の副作用は術によって異なるらしいから、幼女化ではない何かがあったんだと思うわ。それに体が耐えきれなかったのね」
このままではどうせ殺されるから、最後に一撃を放っておこうということだろうか。
「ということは、術の発動自体はしたということですか?」
「そのはずなんだけど……何もおきないわね……」
マグナリアが何も感じないのだとすると、即効性のある魔法ではないということ?
がさり――
敷地に植えられた茂みから物音がした。
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