第14話 エピソード3 姫とメイドの禁呪探訪(3)

 翌日、リレイアは再び屋敷へと向かった。

「ついてきてはだめよ」

 リレイアはそう言ったが、彼女を一人で屋敷に行かせるわけにはいかない。

 幼女姿ではまた追い返されるはずだが、彼女には何か考えがあるのだろう。

 私は昨日のうちに調べておいた、屋敷に『通いで』働いているメイドの家へと向かった。

 狙うのはメイドが家を出てきたところである。

 私は周囲に人がいないところで、メイドの口を背後から塞ぎ、静かに気絶させた。

 昨日と同じように、メイド服を交換する。

 二日連続はさすがに罪悪感があるよね……。

 毎日じゃなけりゃいいってもんでもないのだけど。


「キリアが病欠? それで代わりに来たって?」

 そうして私は、屋敷におしかけたのだ。

 対応してくれているのはメイド長である。

「はい。針子の仕事があったのですが、そちらは今日は暇らしく、友人の頼みとあれば……」

「随分お人好しだねえ」

「今日の分のお給金はキリアからもらえることになってますから。針子の仕事より実入りがいいんです」

「仕事ができるならかまわないけどね。デキが悪かったらお金はだせないよ」

「ご心配なく。これでも針子になる前は、長いことメイドをしていました」

 午前中、私はバリバリ働いた。

 久しぶりのお屋敷でのメイド仕事!

 楽しい!

 別に掃除が好きというわけではないのだが、メイド服を着て高い調度品を磨いていると、「ああ……メイドだなあ……」とわくわくするのだ。

 これがリレイアみたいな、仕え甲斐のある主人の屋敷だったら、なおよかったんだけどね。


「あんたすごいね……毎日でも来てほしいくらいだよ」

 半日でメイド長からガチのお褒めの言葉を頂いた。

「私が毎日来たら、みなさんのお仕事がなくなってしまいます」

「はっはっは。冗談に聞こえないからすごいね」

 ふふーん、見たか!

 これがライゼの記憶と、現代お掃除技術の知識を合わせた、ユキ流メイド術よ!

 なかなか落ちない頑固な汚れもぴっかぴかである。

. さてと。

 久々のメイド仕事を楽しむのはここまでね。

 さっき窓からリレイアが入って来るのが見えたからだ。

 私は昨日と同じ方法で地下室の前でリレイアを見守り、何かあったら飛び込むつもり……だった。

 しかし、屋敷に入ったはずのリレイアは、いつまでも例の地下へと案内されることはなかった。

 やがて、リレイアの後ろに並んでいた魔道士が地下へと連れて行かれた。

 どういうこと?

 昨日のように追い返されたわけではなさそうだ。

 もしかして……見失った?

 私の顔から、さっと血の気が引いていくのがわかった。





◇ リレイア ◇


 さて、相手が優秀だったおかげで、ここまでは想定通りね。

 私はイスに後ろ手で縛られていた。

 足下には魔力の流れを阻害する魔法陣が展開されている。

 常人ならほぼ魔法が使えない状態になるだろう。

 かなり高度な術だ。

 使い手は国内に何人いるだろうか。

 地方領主が抱える魔道士に使えるような魔法ではない。

「この娘が私の周りを嗅ぎ回っていたと?」

 そして今、私の前にいるのがこの屋敷の主だ。

 このあたりの領主であるゲインツという中年男性である。

 特徴らしい特徴といえば、年齢にしては引き締まった体くらいだろう。

 街の様子とは裏腹に、強がってはいるものの、ややおどおどした印象を受ける。

「いいえ、嗅ぎ回っていたのはメイドの方ね」

 ゲインツの質問に不遜な態度で答えたのは、魔道士用のローブを身につけた二十歳くらいの女性だった。

 切れ長の目に、ぼさぼさの赤毛を横で無造作にまとめている。

 顔立ちは美しくはあるのだが、近づきがたい雰囲気がある。

「なぜオレを調べる? どこの手の者だ?」

 ゲインツが私を見下ろして言う。

 やはり昨日のユキの潜入はバレていたようだ。

 潜入者とユキが同一人物という確証はないけれど、念のためといったところか。

 昨日のユキの話によると、顔は見られていないはずなのに、ここまで断定できるというのは解せないが……かまかけだろうか?

 それにしては、魔道士の方は特に確信を持っているようだ。

 その『解せない』ということ自体が、大きなヒントなのですけどね。

「こんな幼女を縛り付けて、ここの領主様はド変態かしら?」

「子供だから痛い目を見ないと思ったら大間違いだぞ」

「子供に必死にすごんで恥ずかしくないのかしら?」

 子供じゃないけどね!

「生意気なガキだ。昔、一度だけリレイア姫に謁見したことがあるが、尊大さだけは姫を思わせるな。歳も違うし、こんなところに姫がいるはずもないが」

 あらあら、なかなかいい勘してますわね。

「嗅ぎ回ってると思うということは、何かやましいことでもあるのかしら?」

「何の話だ?」

 ここで表情を変えないのは、なかなかの役者ですわね。

「たとえば、禁呪継承の挑戦料を借金させ、失敗したらその借金のカタに魔術で洗脳。自分の部下……いいえ、奴隷にしているといったところかしら?」

「貴様……何者だ?」

【なぜ――ウェイラ領の――兵力がたりな――魔法――護らねば――】

 私の頭に、ゲインツの思考が声となって響く。

 これが私の特別な能力だ。

 他人の思考が声となって流れ込んでくる。

 情報は断片的だし、制御もできない。

 欲しい時に発動するとは限らないし、聞きたくないことが聞こえてしまうこともある。

 わかっているのは、感情の高ぶった相手の思考は聞こえることが多いということくらいだ。

 この能力については、誰にも――ライゼやユキにすら言っていない。

 ライゼにはいずれ話すつもりだったが、その機会が訪れないまま、彼女は逝ってしまった。

 私はこの能力があったおかげで王宮を生き抜いてこられた。

 逆に、人は信じられないものだということも、小さい頃に学んでしまったけれど。

 信じられると思った人も、ちょっとしたきっかけで裏切ることもある。

 だから私は、信じると決めた人を信じ抜くことにした。

 たとえ、この能力で何を聞いたとしてもだ。

 逆にそう決めたらからこそ、私はこれまでまともに生きてこられた。

 一方、ゲインツの思考は、隣のウェイラ領から攻め込まれるのではないかという疑心暗鬼にとらわれていた。

 この領地は金銭的にも訪れる傭兵の数的にも、兵士を雇いにくい状況にある。

 だから、禁呪をエサに魔道士を集めた。

 儀式料ということで一時的に借金をさせ、それをきっかけに洗脳魔法をかけていたというのは、私の予想通りだった。

 となると、もう少ししゃべらせたら自由に動きたいところね。

 ユキには、そろそろここを見つけてくれるはずだけど……。

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