第13話 エピソード3 姫とメイドの禁呪探訪(2)
そんなこんなで、列に並んで三時間ほど。
リレイアの番がやってきた。
屋敷に入ると、執事風の青年が受付をしていた。
「今度はメイドか……」
青年はややうんざりしたように、私を見た。
気持ちはわからなくもないけど、いい気分はしない。
「いいえ、継承をするのはこちらの方です」
「この子供が……?」
「子供じゃありませんわ」
ぷりぷり怒るリレイアだが、その仕草が子供そのものである。
「はいはい。悪いけど、十五歳以上からなんだ」
「ならちょうどいいわ。私は十五歳よ」
「背伸びしたい年頃かな?」
執事は疲れた顔に少しだけ人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「違いますわよ! いいから、継承の儀を受けさせてくださらない?」
本当に背伸びをして、少しでも大きく見せようとするリレイアちゃんかわいい。
「悪いけど規則なんだよ」
「私の魔法を見てもそれが言えて?」
呪文を唱え、手のひらを前に出すリレイア。
そこから放たれたのは……
――ぷすん。
僅かな蒸気だった。
目元を引つらせるリレイアである。
禁呪の副作用中は体内の魔力が枯渇しているため、魔法を使えないことを忘れていたらしい。
魔石を持っていても、それを扱う魔力がないとダメだとか。
「小さいのにすごいじゃないか!」
一方、執事は大いに驚いていた。
たとえ効果はしょぼくても、この歳で魔法を使えるという事実だけで、天才扱いされるのが普通だ。
リレイアが本当に六歳だった頃は、もっと色々できたらしいけどね。
本物の天才だ。
「手品ができるんだね」
一方執事は、生暖かい視線をリレイアに向けている。
「本物の魔法と手品の区別もつきませんの!?」
「はいはい。あと二年したら結婚相手に考えてあげてもいいから、今日はお帰り」
それって、今の六歳基準でいくと八歳なんだけど!?
こちらの世界だと十代前半の結婚も珍しくないけど、さすがにこれは完全なるロリコンでは?
駐在兵に突きだしておいた方がいいかな?
「ちょっとユキ! この執事をやっておしまい!」
「完全にセリフが悪役ですよ」
「だってぇ!」
六歳児の体になると、言動まで少し幼くなるから不思議だ。
「はいはい。ここは大人しく帰りますよ」
私は手を引いて屋敷を出た。
「きんじゅー! きんじゅー!」
おもちゃ屋さんで暴れる子供をあやす親の気分だ。
子供なんて育てたことないけど。
宿をとった私達は作戦会議を開いた。
リレイアはベッドに腰掛け、私はその正面に立つ。
夜は並んて寝ることもある私達だが、こういう時のケジメは大切である。
メイドとしてね。
「あの屋敷怪しいわ! 調べてきて!」
なお、肝心のリレイアはこの調子である。
お姫様はたいそうご立腹だ。
「それってただの腹いせでは……?」
「きっかけは腹いせでも、それで悪が暴ければ良しよ!」
「怪しいのは確かですけどね……」
「でしょでしょ?」
禁呪の後継者を探すにしたって、あれほど広く募集する必要はないはずだ。
面接をするだけでも手間だろう。
一応、年齢という最低限の条件はあるようだけど、あまりに条件が緩い。
お抱えの魔道士にするならなおさら、誰かの紹介などが普通だろう。
領主になるくらいだから、人脈はあるだろうし。
「それじゃあちょっと行ってきますね。あまり高いものを食べないでくださいよ」
「浪費癖のある箱入りお姫様じゃないから!」
「ストレスがたまっている時のリレイア様は、たまにやらかしますからね」
「う……大丈夫よ」
「ちゃんとお土産買ってきますから」
「子供扱いしないでってば!」
「お土産は大人にも買ってくるものですよ。そういう反応が子供ですねぇ」
「もー! 早く行ってきて!」
「はーい。行って参ります」
幼女のリレイアをからかうのは楽しいなあ。
夕日が山の向こうに消えようとした時間になっても、屋敷の前にはまだ列ができていた。
「今並んでいる皆さんで今日はおしまいです」
執事がそんな案内をしていた。
さて、どうやって調べたものか……。
屋敷にメイドとして潜り込むのが一番いいのだけど、時間がかかりすぎる。
やっぱり、忍び込んで盗み聞きかなあ。
問題は、どうやって忍び込むかだね。
できれば禁呪継承の儀式を直接見たいところである。
今日の儀式が全て終わる前に、忍び込まねば。
私はできるだけ屋敷全体を見渡せるよう、近くの家の屋根に登る。
しばらく様子を見ていると、裏口から木箱を抱えたメイドが出て来た。
メイドはそれを地面に置くと、木箱に座って一息ついている。
主人に見つかれば叱られるだろうが、こういった時しか休憩を取れないのがメイドだ。
悪いけど利用させてもらおう。
私は屋根を蹴ってメイドの傍にある木に着地。
そのまま音も無く地面に降りた。
「え――?」
驚くメイドを当て身一発で気絶させ、素早くそのメイド服を脱がす。
メイド服を交換した女性は、目立たないところにそっと転がしておく。
手には一枚の銀貨を握らせた。迷惑料である。
この屋敷のメイドは、全員同じデザインのメイド服を着用しているようだったので、しかたなくである。
できれば帰りにもう一度交換しておきたいろこではある。
王宮のメイド服はやはり作りが違うし、お気に入りなのだ。
広い屋敷だけあって、多くのメイドが働いていた。
夕食前のため、メイド達はそちらの準備に手を取られているようだ。
これなら、周囲の気配を探っていれば、鉢合わせる確率はぐっと減らせるね。
屋敷の人に出会っても、せいぜい「見ない顔ね」と言われる程度だ。
さて……儀式が行われいる部屋はどこかなと……。
だいたいの方角から、屋敷の入口へと向かう。
儀式の間へ案内される応募者の後をつけるためだ。
そっとドアからエントランスをみると、二十歳くらいの痩せた青年が受付をしているところだった。
格好からすると、ちゃんと修行をした魔道士だろう。
受付の執事から青年を引き継いだメイドが、彼を案内する。
私はそっとその後をつけた。
向かう先は地下室だ。
階段の先はおそらく一本道。
このままついて行っては、もしメイドがすぐ戻って来た場合、鉢合わせてしまう。
私は背中を壁につけ、下の様子を窺う。
やがて、地下で重たい扉が開き、すぐに閉じる音がした。
戻ってくる足音は一つ。
メイドのものだ。
柱の陰に隠れてその足音をやり過ごしつつ、そばにあった水差しを手に取った。
足音が十分に離れたのを確認すると、地下へと続く階段に足を踏み出した。
階段を二階分ほど下ると、そこには鉄扉があった。
目の高さに格子がはまっているが、そこから覗き込むわけにもいかない。
私の顔を知っている相手が中にいるかもしれないからだ。
腰をかがめ、鉄扉に耳を当てて息を殺す。
『それでは始めますよ』
聞こえてきたのは若い女性の声。
この声の主が、今の禁呪の所有者だろうか。
女性は長い呪文を唱えている。
なんだろう……上手く聞き取れない。
鉄扉を挟んでいるにしても、ライゼの耳なら問題ないはずなのだが……。
女性が呪文を唱え終わると、扉の格子から強い光が漏れてきた。
『ひっひ……』
気味の悪い笑い声は青年のものだ。
おそらく、先程部屋に入って行った彼だろう。
『これからは私の言うことを聞くのよ』
『ひっひ……』
この笑い声、どこかで聞いたような……。
そうだ。
私達に情報を売ろうとしてきた女性と同じだ。
ということは、継承時に無理をした?
魔法に疎い私だが、そんな感じはしなかったけど……。
リレイアに報告し、判断を仰ぎたいところだ。
儀式も終わったようだし、長居は無用ね。
私が階段に足をかけたその時――
『誰?』
扉の中から声をかけられた。
バレた!? なんで!?
足下を見ると、ぼんやり光る魔法陣が展開していた。
いつの間に!?
ここに来たときはなかったはず。
ここで逃げれば怪しすぎる。
私は扉をノックした。
「執事様に言われてお水をお持ちしました」
こんな時のために持ってきた水差しだ。
備えあれば憂いなしである。
『そう、いらないわ』
「失礼しました」
扉の中を見たかったが、格子を覗けば向こうからも見えてしまう。
私は大人しく屋敷を出た。
ちゃんと自分のメイド服も回収してね。
宿に戻った私は、屋敷で見てきた内容をリレイアに報告した。
「ふーん、なるほどね。魔法の発動にかかった時間なんかも間違いないのね? それは……うーん……」
ベッドに腰掛けて話を聞いていたリレイアは、難しい顔で唸っている。
そのままリレイアはベッドにあぐらをかくと、目の前に王家の紋章を投影した。
これだけの情報で『整える』ことができるものなのだろうか?
「禁呪……継承……儀式の魔法……継承者の症状……」
………………。
…………。
深い思考に入ったリレイアを待つことしばし。
「整ったわ」
紋章を消したリレイアがニカッと笑う。
「ちょっと急がないとやばそうだけど……問題は、ここの領主がどこまで絡んでいるかってことね」
「どう調べます?」
「そうねえ……調べる必要なんてないかもよ?」
完全に悪の幹部がする笑顔だこれ! 不安しかないよ!
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