第12話 エピソード3 姫とメイドの禁呪探訪(1)


 私とリレイアは、今日も街道を歩いていた。

 どこを見ても、開けた草原の広がっている。

 良く言えば開放感のある、悪く言えば代わり映えのしない風景だ。

「次の街までどれくらい?」

 リレイアが「完全に飽きました」という口調で聞いてくる。

「明日にはつきますよ」

「えー? 今日も野宿ぅ?」

 すでに昨晩も野宿をしている。

 前の村からは、本来なら徒歩でも一泊の野宿で行ける距離なため、宿場もない。

 うんざりするのもわかるのだが……。

「リレイア様が前の村で禁呪をぶっ放すからですよ」

 今、リレイアは禁呪の副作用で六歳児くらいの体になっている。

 彼女に無理をさせないペースで歩くと、どうしても時間がかかってしまうのだ。

「だってあいつら、村ぐるみで旅人の追い剥ぎなんてしてたんだよ!?」

 腰に手を当ててぷんすか怒る六歳児、かわいい。

「そりゃあ、あの村はクズばかりでしたけどね。だからと言って、近くの森をごっそり吹っ飛ばす必要はなかったのでは?」

 環境破壊だよ。

「あんなに見晴らしの悪いところ籠もってるから、悪いことをするんだよ」

 全世界の谷育ちの人に謝れ。

 あれはあれで絶景とも言えるでしょ。

「それに最近、派手な魔法を使ってなかったからストレスが……」

 そっちが本音だよねぇ!?

「いやほら、禁呪が手に入るかもって思ったらさ……ね?」

「ね? じゃありませんよ、まったく。ガセの可能性が高いんですから、あまり期待しないでくださいよ」

 紅龍邸のご主人が、これから向かう街に禁呪の継承先を探している人がいるという噂を教えてくれたのだ。

 魔法大好きっ子のリレイアは、もちろんそれに飛びついた。

 あてのある旅じゃないからいいんだけどね。

「なーに言ってんの。めいっばい期待するわよ」

「ガセネタだった時にがっかりしますよ?」

「その時はめいっぱいがっかりすればいいのよ。最初から何も期待しないより、その方が楽しいじゃない」

「ふふっ……」

 実に彼女らしいせりふに、私は思わず吹き出してしまう。

「何がおかしいの?」

「いいえ、私も見習わなきゃと思っただけですよ」

「でしょー?」

 鼻息荒く、ぺったんこな胸を反らせる幼女である。

 こんなことを言うリレイアだから、一緒に旅をしていて楽しいのだ。

「禁呪探しも旅の大事な目的だしね」

 思わせぶりに言うが、その理由は教えてくれないんだよね。

 純粋に集めたいという以外に何かありそうなんだけど……。

 もしかすると、そう思わせておいて実はなんにもないなんてこともありそうなのがリレイアだ。

 必要があればいずれ知ることになるだろう。


◇ ◆ ◇


「さあて、禁呪を探すわよー!」

 リレイアは街の入口で、拳を高く突き上げた。

 その様子を道行く人々が温かく見守っている。

 完全にただの元気な幼女だからね。

 しかたないね。

「どこから探しましょうか。やはりまずは酒場ですかね?」

 徒歩で何日もかかる温泉街まで噂が届くくらいだ。

 酒場に行けば簡単に情報も集まるだろう。

 まだ日は高いが、食堂として営業しているかもしれない。

「んー、ゆっくり街を見ながら酒場に向かいましょうか」

「いつもなら魔法に一直線なのに、珍しいですね」

「そこそこ賑わってる街みたいだし、ちょっと見て回りたいのよね」

「ふーん?」

「な、なによその疑わしそうな顔は」

「そんなことありませんよ」

「ならいいわ」

「他にも理由があるんだろうなと思っただけです」

「うっ……ライゼと違って、そこはつっこんで来るのよね……」

「ライゼさんほどリレイア様の思考を予測できませんからね。気になることは聞いてみるのです」

「嘘ばっかり。わかってて聞いてるでしょ」

「えー、そんなことありませんよー」

「うわっ、わざとらしい!」

 こんなくだらない会話も楽しいと思えるほどには、リレイアとは打ち解けられたと思っている。

 ただ……リレイアが寄り道したがる理由は本当にわからないんだよね。

 ちょっと悔しいから、わからないフリをしていると誤解させてみたけど。

「では参りましょうか」

 私は心の内を決して表情には出さず、しれっとリレイアの手を握る。

 幼女を連れて歩く時は、ちゃんと手を繋がないとね。

 特にこの街、身なりからして金持ちな連中と、スラムに住んでいそうな住民がごちゃまぜに歩いている。

 区画整理がされていないのか、最近急に街が大きくなったのか……。

 いずれにせよ、私も街の様子は気になるところだ。

 ライゼの記憶にない街は、私がリレイアの安全を確保しないといけないからね。


「やっぱりこの街、ちょっとおかしいわ……」

 三十分ほど街をぶらついただろうか。

 リレイアがそんなことを言った。

「何がです?」

「戦の臭いがする」

 くんくん。

 なんとなく臭いを嗅いでみるも、屋台が焼く肉や、近くを通りかかった物乞いの悪臭が漂って来たくらいだ。

「火薬の臭いはしませんね」

「バカね。そういう意味じゃなくて。街の雰囲気というか、そういったものよ」

 ライゼならわかったのかもしれないが、私はそういう勘は働かない。

 知識はあるが、経験と結びついていないのだ。

 だが、リレイアがそう言うのなら、そうなのだろう。

 彼女の勘は、ライゼも信頼していたようだし。

「領主どうしの領土争いでしょうか?」

 この街はエトスバイン王国の中でも、国境から離れた位置にある。

 となれば、国内の領地争いと考えるのが普通だ。

「領主どうしの戦は禁止してるはずなんだけどね……」

 おー、これは怒っとる。

「国内で疲弊してもいいことないですしね」

「そもそも、領地は国王から与えられた物なのよ。それを力で奪い取るなんてね……。大義名分を立てられるなら、ある程度おとがめなしって伝統はあるとはいえ……」

 実に面白くなさそうだ。

 エトスバイン王国は、ここのところ他国との大きな戦争こそないものの、内戦は各地でおきている。

 日本の戦国時代ほどではないが、大名を領主に置き換えてみるとイメージ的には近いところだろう。

 領土争いを完全に封じてしまうと、それぞれの事情で領土を増やしたい領主達が爆発する場合がある。

 だから、『上手くやった』場合はおとがめなしだ。

 それをリレイアは苦々しく思っている。

 そうした無益な争いを国から無くすことも、彼女が女王となってやりたいことの一つだ。

 リレイアが酒場に直行しなかったのは、街の入口で異変を感じたからだろうか。

 だとしたら流石である。

 さらにしばらく街を見て回っていると、背後から杖をついた女性が近づいてきた。

 街の入口から着いてきていたのには気付いていたが、害はなさそうだっので放っておいたのだけど。

「お嬢ちゃん達、禁呪に興味があるのかい? ひっひっひ」

 女性は声と肌こそ中年だが、雰囲気は老婆のそれだった。

 右手と左足が義手と義足で、折れ曲がった腰を杖で支えている。

 老婆のフリをしている?

 そんな意味があるとは思えないけど……。

 彼女は衣服もボロボロだが、道行く人は女性のことを大して気にしている風でもない。

 似たような人が多い街なので、慣れっこなのだろう。

 一番気になるのは、貼り付けたようなニヤケ顔なのだが……。

「禁呪について何かご存知なのですか?」

 こういう相手にもフラットに接することができるのが、リレイアの魅力だ。

 彼女に言わせれば、「身につけている物が高いか安いかだけで、汚さは王宮の人間も同じ」ということらしい。

 十五歳のセリフとは思えないよね。

 今は幼女だけど。

「ひっひっひ……」

 女性は手のひらを上に向けると、手招きのような仕草をした。

 情報が欲しければ金をだせということらしい。

「私が欲しい情報は簡単に手に入りそうなのですよね。酒場のミルクを飲んで得られる以上の情報を貴女はお持ちなのですか?」

「実体験があるさ。ひっひっひ。ここで小銭を惜しんで痛い目を見るか、自分で考えるんだね」

「禁呪の継承に失敗したその体のことを言っているんですの?」

「ひっひ……あんた、見た目通りの歳じゃないね? 百年生きた魔女だろう」

「失礼な! まだ十五ですわ!」

「十五には見えないねえ……ひっひっひ……」

 女性はリレイアが適当にはぐらかしたと思ったのだろう。

 リレイアのことを見抜いたつもりになって、得意げにくすんだ歯を見せた。

 只者でないのは確かだけど、本当に十五歳なんだよね。

「そこまで体に負荷が出るってことは、継承適性がなかったのに無理をしたということでしょう?」

「ひっひ……? 詳しいね……」

 女性のニヤケ面が初めて消えた。

「んー、貴女から聞ける情報はなさそうね。行くわよ、ユキ」

 私は女性に小さく会釈すると、リレイアと共にその場を後にした。

 女性はつけてくるのを諦めたようだ。

「いつもなら情報屋にお金が払うことが多いのに、あっさり断りましたね」

 特に、お金に困ってそうな人に対しては、何かと理由をつけて報酬を払うリレイアだ。

 もちろん、大した金額ではないけれど。

「さっきの女性は、あることないこと煽って、すこしでもお金をせしめようって感じだったからね。そういう人はお断りってわけ」

 私が見てもうさんくさい人だったしね。

「……リレイア様は、禁呪の継承で無理なんてしませんよね?」

 禁呪についての知識は、ユキもあまり持っていないようだ。

 普通の魔法と違い、習得するためには、今の使い手から『継承』する必要があるらしいのだけど……。

 失敗するとああなるなんて聞いていない。

「当たり前でしょ。適性がなければ、無理をして継承できるものではないってわかってるんだし。あの女性は、無理だとわかっても引き返さなかったのね」

「リレイア様はそれでも突っ込むことがありますから……」

「人をバカみたいに言わないでくれる!?」

「わかってますよ。バカみたいに突進しますが、引き際は華麗ですものね」

「やっぱりバカみたいって言ってるじゃない!?」

「褒めてるんですよ」

「そう言っておけばいいと思ってない!?」

 くっ……学習されてしまった。

 もうちょっとからかいたいのに。

 そんなこんなで、酒場で昼食を取るついでにマスターに話を聞くと、禁呪についての情報はあっさり得られた。

 領主が禁呪の継承先を探しているらしい。

 なんでも、領主おかかえの魔道士が禁呪を使えるのだが、難病にかかったらしく、誰かに禁呪を継承させたいとのこと。

 遠くの街まで噂がながれていた理由がわかった。

 継承できる人間を探すため、あえて噂をばらまいていたのだ。

 この街から離れるにしたがって、細かい情報は抜け落ちていったみたいだけど。

 そうして領主の屋敷までやってきた私とリレイアである。

 屋敷の前には行列ができていた。

 男女合わせて二十人ほどだ。

 魔道士の希少さと、受付が今日に限られているわけではないことを考えると、異常に多いように感じる。

 というか、どう見ても魔道士とは思えない一般人がほとんどだ。

 どゆこと?

 禁呪って、魔法を学んでいなくても継承できるの?

 しばらく観察していると、中に入ってすぐ出てくる人と、戻ってこない人がいることに気付く。

 入口で足切り面接でもしているのだろうか。

「禁呪の継承希望者って、こんなに集まるものなんですか?」

 私は隣でその列を興味深そうに眺めているリレイアに訊いた。

「普通は眉唾だと思うからねえ……。王都でならともかく、辺境の街なら、多くても数日に一人来ればいい方だと思うけど……」

 そこまで言ったリレイアは、屋敷の前にある看板に目をやった。

 ――禁呪を継承できた者を、領主直属魔道士とする――

 看板にはそう書かれていた。

「ええと……魔道士でもなんでもないけど、ワンチャン貧乏から抜け出せるかもってことですかね?」

「その『ワンチャン』ってのがなんなのかわからないけど、たぶんそれよ」

「やたらとうろついてたボロボロの格好をした人達も、さっきの女性みたいに継承に失敗した人だけではなさそうね」

 近くの町や村からも、人生一発逆転狙いが集まってきているのだろう。

 この街としては、あまり良いことではないと思うのだが、どうなんだろう……?

 よそから人がやってくるだけでも、街の活性化には繋がるから、アリなのかな?

「リレイア様なら身分を明かせば融通してもらえると思いますが……」

「しないってわかってて聞いてるでしょ」

 まあね。

「身分を明かすことで逆にとぼけられる可能性があるのと、平民への生の反応を見たい。ですね?」

「そういうこと。禁呪継承を王族にして、もし失敗なんかしたら首が飛ぶじゃすまないもの。断られるわ」

 そんな禁呪を使えるリレイアは何なのかということになるが、それはまた語る機会もあるかな。

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