第6話 エピソード1 姫とメイドの騎士訓練(5)

 訓練学校の朝食は当番制で、全員そろって食べる。

 これは新米騎士が部隊配属後に食事係をやらされるかららしい。

 今のうちに慣れておこうということだ。

「うまっ!? なにこれ!?」「カレー? どこの国の食べ物だ?」「この辛さ、クセになる!」

 私の作ったカレーは好評だった。

 香辛料が安く手に入る地域だったのが幸いした。

 日本風カレーのルーはさすがに手に入らなかったので、インド風カレーだ。

 ナンかライスがほしいところだが、パンで我慢してもらう。

 これでもメイド喫茶時代は店舗で唯一、手作り風レンチンカレーではなく、正真正銘手作りカレーを作れる唯一のスタッフだったのだ。

 メニューには『ユキちゃん手作りカレー』なんて、名前まで入っていたものである。

 他のスタッフからのやっかみはすごかったけど……。

「すごいなあユキさん。強くてこんなにおいしい料理も作れるなんて」

「でしょう?」

 そういう女子生徒のセリフを聞いて、リレイアはちょっと得意げだ。

 私はちょっとこそばゆくなりつつも、主が自分を自慢に思ってくれているというのは、メイド冥利につきるなと思うのだ。

「リレイアさんもお料理は得意なの?」

「もちろんですわ」

 もう当番はまわってこないからと、サラリとウソをつくリレイアである。

 そこで見栄を張る必要あったかなあ?

 一方私はというと、ゆっくり『覚悟を決めて』カレーを口に運んでいた。

 もちろん、周囲に内心を悟られないよう、極めて平静を装ってだけど。

 はぁ……本当に大丈夫かなあ……。


 その日の訓練はつつがなく進み、夜を迎えた。

 私はベッドに横になり、枕元に腰掛けたリレイアの顔を見上げる。

「あとはお願いしますね」

「どーんとまかせといて」

 リレイアはそっと私の手を握り、ニカッと笑みを見せた。

 あぁ……ひどく眠い。

 朝のカレーに入れた遅効性の毒が効いてきたのだ。

 ライゼの知識で作った毒である。

 即効性だど、朝食当番の私が真っ先に疑われてしまうので、効果は夜に出るよう調整した。

 このまま眠ると、朝が来ても目覚めない。

 鼓動がゆっくりになっていくのを感じる。

「おやすみ……なさいませ……」

 私が目を閉じる瞬間、リレイアが一瞬、心配そうな顔をした。

 主にそんな顔させるなてメイド失格だけど、ちょっと嬉しいと思ってしまう自分がいた。

 転生前は、そんな顔をしてくれる人、いなか……った……か……ら……。


◇ ◆ ◇


 目を覚ますと、花の匂いが鼻孔をくすぐった。

 まだ少し痺れる体のまわりには花弁がしきつめれている。

 周囲が見渡せないことから、ここは柩の中だろう。

 フタは閉じられておらず、天井のステンドグラスが見える。

 ということは、ここは教会か。

 よかった……。

 目を覚ますことができたらしい。

 私がリレイアに言われて朝食に盛ったのは、一定時間仮死状態にするものだ。

 こちらの世界の医学では、死んでいるようにしか見えない。

 この体は毒に耐性があるので、他の人達より早く目が覚めた。

「そう! つまり校長! あなたはこの学校を潰すつもりなのですわ!」

 柩の外ではリレイアの声が朗々と響いている。

 どうやら校長をおびき出すのに成功したらしい。

 いくら手がないからって、寮の朝食に毒を盛るとか、ほんとどうかと思う。

 実行犯は私だけど。

「何を言っているのだ。ワシほど学校のことを考えている者はおらんぞ」

 様子をみたいところだが、今顔をだすわけにはいかない。

 大騒ぎになってしまう。

「ならばなぜ、赤字経営に陥りそうなほど、お金をばらまいているのです?」

 リレイアの一言に、教会内がざわついた。

 柩から顔は出せないが、ステンドグラスの窓枠が金属でだきているため、狭い視界ながらも状況を見ることができた。

 教会に並べられた柩は十三。

 毒を盛った人数と同じだ。

 参列者は教員や学生達。

 父母らしき者もいる。

 リレイアと対峙している、初老に筋肉質な男が校長だろう。

「そんなことはしておらん。ワシはこの学校のことを……ひいては国のことを考えて、立派な騎士を育成できる環境を整えておる!」

「人気のあるゴリアス先生を脅して操り、裏から学校を支配することが?」

「なんのことだ」

「今から十年前、校長先生と出会う前のゴリアス先生は、あまりパワーのないタイプの騎士だったそうね」

 ゴリアスの顔が曇る。

「当時のゴリアス先生を知る人からすると、あまりにも急激に強くなったとか。まるで、常に強化魔法でもかけられているかのように」

「そんなものに耐えられる人間などおらん。それに、ゴリアス君の努力をそんな風に言うのは感心せんな」

「では校長先生、あなたここ一年で随分性格が変わったようね」

「生きていれば人は変わる」

「趣味をかねて自ら行っていた学校の中庭の手入れを他人に任せるようになったり、学生を見ていたいといつも学校にいたのに出張を増やすようになったのも? 街の子供達と遊ぶこともなくなったそうね」

 このあたりの情報は私が昼間にこっそり集めておいたものだ。

 メイドは見た、といったところだろうか。

「忙しくなったのだ」

「そうかもしれませんわね。ではこれは?」

 リレイアが取り出したのは、学校の帳簿の写しだ。

 亡くなった学生への賠償金以外にも、異様に支出が多い。

 後先を考えない使い方だ。

 それも、私腹を肥やすのではなく、無駄に傭兵を雇って国境付近を調査させたりと、およそ学校とは思えない使い方である。

「この学校、経営破綻寸前ね。国がお金を出しているとはいえ、こんな使い方をしていては、今年の後半はやっていけないのではなくて?」

「どこで手に入れたか知らぬが、その帳簿は写しであろう? そんなものはいくらでもねつ造できる」

「では本物を見せてくださる?」

「先程からなんなのだ! 一介の学生が偉そうに!」

 ついに校長が怒鳴った。

 まあ、彼が犯人であろうが、そうでなかろうが気持ちはわかる。

「リレイアさん! 学生の集団死亡の原因がわかると言ったので時間を与えましたが、これ以上は許可できませんよ!」

 別の教員がうろたえるのもさもありなん。

「まともな証拠もなしに、好き放題言いおって! だいたい、平民が集めた証拠は無効だ。知らんわけではあるまい!」

「あら、私が平民でなければよろしいんですね?」

「なに?」

「これを出す前に罪を認めればよかったものを……」

 そう言ったリレイアが手を高くかざすと、空中に王家の紋章が浮かび上がった。

「あ、あれは……王家の紋章!?」

 声を上げたのはゴリアスだ。

「リレイアちゃんが王族!?」「やっべ、オレ王族をデートに誘っちゃったよ」「王族なのになんか身近な人だよな」「同じ名前だとは思ってたけど、まさか本物なんて……」

 学生達がざわつきだす。

「こちらは、エトスバイン王国第一王位継承者。リレイア姫だ!」

 棺から出た私がリレイアの半歩後ろに立ち、そう宣言した。

「え!? 蘇った!?」

 参列者達が驚く中、私はリレイアに跪く。

 他の参列者達も慌ててそれに倣った。

 ただし、校長を除いては。

「こんなこともあろうかと、朝食に解毒剤を入れておいたのです。じきに他の方々も目覚

めると思いますわ」

 得意げに言うリレイアだが、もちろん嘘だ。

 自作自演にもほどがある。

「よかった……」「あぁ姫様……」

 犠牲になった学生の遺族を中心に、感動の涙が流れる。

 ううむ……ちょっと心が痛むよね。

「賄賂の事実を隠すため、教員を殺し、それを訴えようとした学生を殺し、さらに有能な学生達に毒を盛る! 全て貴男が命じたことでしょう! さあ! 白状なさい!」

「最後のは知らんぞ!」

 校長の表情にやや戸惑いが見られる。

 それはそうだろう。

 本当に心当たりがないのだから。

「最後のは? 語るに落ちましたわね。うろたえているのが証拠みたいなものですわ!」

 朝食に毒を盛った件は、完全に言いがかりである。

「悪事を行った目的、私が暴いて見せましょう!」

 これで校長の悪事を暴けなければ、これまで稼いだリレイアの評判は急降下するだろう。

 リレイアはペンダントにしていた大きめの魔石を握り、呪文を唱え始めた。

 ああっ!

 あれは手持ちの中で、純度もサイズも大きいやつ!

 当然お値段も高い!

 リレイアが呪文を唱えつつ、スカートに隠していたナイフを私に投げた。

 それを受け取った私は、打ち合わせ通り、校長に襲いかかる。

 これで違ったら大事だけど……信じるからね、リレイア!

 ナイフには強力な毒が塗ってある。

 毒で紫に鈍く光るナイフを見た校長は、その年齢からは想像もできない機敏な動きで、私の攻撃を避けた。

 速いっ!

 だが逃がさない!

 私はナイフを校長に向かって投擲。

 それを追って突っ込む。

 一瞬対処を迷った校長は、ナイフを手でたたき落としつつ、掌をこちらに向けた。

 掌の前に氷の槍が出現する。

 魔石も呪文もなしで!

 この時点でリレイアの予想は当たっていたことになる。

 私はさらに一歩踏み込み、校長の手首をつかみつつ肉薄する。

 これでさっきの魔法を私に撃つことはできない。

 さらに逆の手首に仕込んでいた小ぶりのナイフを袖から取り出し、校長の脇腹へと突き立てた。

 こちらにも毒がたっぷり塗ってある。

 葬式にもかかわらず、リレイアがメイド服のまま棺に入れてくれたおかげだ。

 おそらく周囲を説得してくれたのだろう。

「校長!」

 駆け寄ろうとするゴリアスを私は拾ったナイフでけん制する。

「見ていてください」

「なにを言っている!」

 駆け寄ろうとしたのはゴリアスだけではない。

 しかし、その全員が、校長を囲むようにして足を止めた。

「ぐ……くそ……っ! やっかいな毒を……ぐぅ……あああああ!」

 校長の体が内側からもりあがり、変質していく。

 耳はエルフのように尖り、顔や体は青年のような若々しさを取り戻している。

 身長は二メートルを超えるほどに大きくなっているが、バランスのとれた体型だ。

 さらに瞳の色は赤くなり、背中には黒い翼、頭上には輝くリングが浮いている。

 まるで現代でいうところの堕天使だ。

「ま、魔族……?」

 誰かが呟いた。

 そう、あのリングこそ魔族の証。

 その大きな魔力が溢れて形をなしたものであり、同時に魔力の制御装置でもあるらしい。

「校長が……魔族……?」

 ゴリアスがその場にどさりとへたりこんだ。

 どうやらそこまでは知らなかったらしい。

「やれやれ。予定より早い退場となりそうだな。この代償は払ってもらうぞ」

 声まで若くなっているが、魔族は長命らしいので実年齢はわからない。

 その手に闇色に輝く剣を出現させた魔族が、私に襲いかかってくる。

 私がその斬撃を下がって避けると、振り抜かれた闇色の剣は近くの石像をバターのように切り裂いた。

 どんな切れ味!?

 剣やナイフで受けるなんてとんでもない。

 そのまま刃ごと体が真っ二つだ。

 校長であった魔族は追撃の手を緩めない。

「させるか!」

 そこに割り込んできたのはキーリだ。

 魔族の一撃を、魔力を込めた剣で受ける。

「ほう! やはりやるな! 下手な正義にかぶれてさえいなければ、私の部下として使ってやったものを!」

「なにを言うか! 騎士を志す者が魔族の軍門などに下るものか!」

 キーリの斬撃をあざ笑うかのように魔族は受ける。

 二人の攻防が高度すぎて、その場にいる誰も手を出せない。

 キーリの腕は教員達を既に抜いていた。

 だが、その彼を持ってしても、魔族を仕留めることはできない。

「貴様はそうだろうが、この十年、オレの配下になった者は多いぞ」

「戯れ言を!」

 魔族はキーリが一瞬力んだスキを見逃さなかった。

 キーリの剣は半ばから斬り飛ばされた。

 魔族が大きく剣を振りかぶる。

 スキができるのを待っていたのは私も同じ!

 私は魔族の腕に飛びつき、関節を極めながら引き倒した。

 こちらにはない技術だ。

 私がマンガで覚えたぼんやりした記憶を、ライゼの体で訓練したのだ。

 そう何度も通じるとは思えないが、初見で見切れるものでもない。

 神族の血が体内に流れると言われる魔族といえど、基本的な体の作りは人間に近い。

 ――ゴキッン!

 私はそのまま魔族の腕を折った。

 さらにナイフをその肘に突き立て、跳び下がる。

「きさまあああああ!」

 激昂した魔族がでたらめに拳大の光球をばらまいた。

 その一つ一つが、壁や床に当たる度に爆発を起こす。

 このままでは協会が崩れる!

「みなさん逃げて!」

 私の声で参列者達は、我先にと入口へとダッシュ。

 彼らの背中に迫った光球のいくつかを、私は小さな瓦礫を拾って投げ、空中で爆発させた。

 爆風で将棋倒しになってはいるが、大怪我をした人はいないようだ。

 それにしても、魔族の魔力は圧倒的だ。

 何より、詠唱も魔石もなしというのがズルい。経済的な意味でも!

 だが、このタイミングでリレイアの魔法が完成した。

「彼の力もて、捕縛せよ! サーキュレーションバインド!」

 彼女の手から伸びた光のラインが魔族に触れると、彼を縄でしばったように拘束、さらにその光はテントを張るロープのように大地へと複数つきささった。

 相手の魔力を利用して、動きを封じる高等魔法だ。

 強い魔力を持つ者により強く作用するという特性上、逆に魔力を持たない相手には効果が薄い。

 かつて、魔族と大きな戦があった際に開発された魔法で、今は使い手も少ないらしい。

「ぐ……動けん……まさかこの魔法を使える者がいたとは……」

 身動きできなくなった魔族の前に、リレイアが仁王立ちになる。

「さあ、これでおしまいですわ。キーリさん、決着は騎士である貴男の手で」

「はっ!」

 キーリはリレイアに礼をすると、腰に差していた予備を抜き、剣に魔力をこめた。

 柄にはめられた魔石が赤く輝き、その光が刀身を包む。

「や、やめろ! そうだ、お前にゴリアス以上の力をくれてやる! どうだ! お前の素体なら、王国最強の騎士になれるぞ!」

「魔族と取り引きするつもりはない!」

 キーリが剣を横に振ると、魔族の首がごとりと床に落ちた。

「いい気になるなよ人間が! この王国はとっくに腐っている! いずれ――」

 首だけになってもまだしゃべる頭部を、リレイアの魔法が焼いた。

「知っていますわ、そんなこと……。誰よりもね……」

 リレイアは悔しげで寂しげな複雑な表情で呟いた。


◇ ◆ ◇


 教会での事件があった後、ゴリアスを始めとして、魔族に関わって甘い汁を吸っていた教員や学生はまとめて王都送りとなった。

 そこで正式に裁かれるという。

 目立つ者だけでも学校関係者の二割を超えていたらしい。

 学校を中心に経済が成り立っていた街だけに大騒ぎになった。

 一番の関心はこれから街はどうなってしまうのかということだ。

 しかし、リレイアをバッシングする声は小さい。

 もしリレイアがこなければ、街は魔族に支配されていたからだ。

 そうなっていたら街は滅んでいたのだから、さすがに経済どころではない。

 「いやあ、相手が魔族で良かったわ」とは、リレイアの談である。

 その言い方もどうかと思うけども。

「リレイア姫、ありがとうございました。姫が訪れなければ、いずれこの街は滅んでいたでしょう」

 別れの日、学校の中には全校生徒が集まっていた。

 先頭で傅くのはキーリだ。

「私は王族として当然のことをしただけですわ」

 リレイアはすまし顔をしているが、内心うきうきだろう。

 嬉しいときに耳を触るクセが出ている。

「今の国に、そんなことを言う王族はいませんよ」

「あら、王族批判ですか?」

「め、めっそうもございません。ただ、リレイア様を支持すると申し上げたかっただけで……」

「ふふ……わかっていますよ。立派な騎士になって、この国のために尽くしてくださいね」

「はっ! かならずや! そして願わくば、直接リレイア姫に剣を捧げられる日がくるよう、精進いたします!」

 リレイアを羨望の眼差しで見ているのはキーリだけではない。

 学生達もそうだ。

「魔族を簡単に倒しちゃうなんてすごいです!」

 そう言ってきたのは、なにかとリレイアに話しかけてきていた女子学生だ。

「トドメをさしたのはキーリですわ」

「リレイア様の魔法があったからだと、そのキーリさんが嬉しそうに言ってまわってましたよ」

「まあ……恥ずかしいですわ」

 とても嬉しそうに照れてみせるリレイアである。


 こうしてまた、私達は次の街へと向かう。

「なぜ魔族はあの街を狙ったのでしょう」

 私の疑問にリレイアは面白くなさそうに口を歪めた。

「どうせ魔族達の『ゲーム』の一環でしょ。人間の国を切り取りあって遊んでるのよ」

「迷惑な話ですね」

「大抵の魔族は人間を舐めてるし、だからこそ飽きっぽいから尻尾をだしてくれるけど……」

「そうじゃないヤツがいたら驚異ですね」

 小さく頷き、顔を曇らせたリレイアは、嫌な空気を振り払うように伸びをした。

「でもまあ、これでまた私の支持者が増えたわね。ふっふっふ」

「いいことをして気持ち良いですからね」

「私の話聞いてた!? これでまた、人心を掌握できたって言ったのよ」

「そうですね。良い女王様になるんですものね」

「う……それは……そうなんだけどね」

「なれますよ。リレイア様なら」

「貴女、時々恥ずかしいことを真顔で言うわよね」

 だって、ちょっと照れた顔が面白くてかわいいから。

 そんなことは口が裂けても言えないけど。

 怒られちゃうからね。

「な、なによ?」

 リレイアはちょっと口を尖らせて私を見上げた。

「いいえ、なんでもありませんよ」

 思わず笑みがこぼれてしまう。

 やはり彼女は、私が憧れ続けたヒロイン達と同じ魂を持っている。

 成すべきことのためには、絶対にあきらめないという強い意志を持った女の子。

 そんな彼女がふとした拍子に見せる年相応の表情に惹きつけられるのだ。

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