第5話 エピソード1 姫とメイドの騎士訓練(4)
訓練学校潜入二日目の朝。
まだ人のまばらな教室で、最初の授業が始まるのを待っていると、キーリがやってきた。
包帯で腕を吊り、松葉杖をついている。
「なかなかタフねえ」
私にしか聞こえない小声で、リレイアが他人事のように呟いた。
やったのはリレイアなんだよなあ、と思わなくはないけど、恨みっこなしの試合ではあった。
「なああんた。オレとまた戦ってくれるか。あのままじゃあ卒業できねえ!」
挨拶もなしに、開口一番これである。
熱いねえ。
「あれは奇襲みたいなものですもの。まともにやれば貴男の勝ちですわ」
リレイアは心にもないことを言いながら、朗らかに微笑んで見せた。
その笑顔にやられ、ちょっと紅くなるキーリ君。
ふっ……まだまだね。
「いいや、キミは強い。魔法だけなら僕よりもね」
あれだけの戦闘で、随分はっきり言い切るものだ。
リレイアの力を見抜くくらいの実力はあるみたいね。
「困りましたね……」
これは演技半分、本音半分だ。
こういった挑戦をいちいち受けていては、時間がいくらあってもたりない。
だが同時に、リレイアが狙っていた状態でもある。
「タダでとは言わない! 条件があるなら言ってくれ!」
待っていたのはこの言葉だ。
「そうですね……。では、校内を案内して頂きましょう」
「そんなことでいいのか……?」
キーリはぽかんと口をあけた。
てっきり、金品やムチャな要求をされるとでも思っただろう。
「ええ。まだ学校に不慣れなものでして」
無欲で奥ゆかしい少女を演じるリレイアである。
「そ、そうか、そうだよな! もちろんかまわない! 今日の放課後でどうだ?」
「ええ、お願いしますわ」
「おう!」
キーリはるんるんで少し離れた席に座ると、ちらちらリレイアに視線を送っている。
完全に恋する乙女の瞳だ。
学校の事情に詳しそうな人に案内させることこそ、私達の目的だとも知らずに。
一方のリレイアは、私に笑顔を向けつつ、机の下で小さくサムズアップ。
ちょっとキーリがかわいそうかもしれない……。
そして放課後。
私達はやたらと張り切るキーリに学校中を連れ回されていた。
「それで、ここが我が校の誇る学内闘技場だ。魔道士がいれば強力な結界を展開できる施設さ」
「試験で使ってくだされば、もっと凄い技もお見せできましたのに」
「はっはっは。本当にやりそうだから怖いね。結界の起動にはかなりの魔力が必要らしくてね。教員クラスでも十人は必要なのさ。おいそれと使えるものじゃない」
「その分強力なのですね」
「そういうことさ」
「さすが……王宮にもない施設ですわ」
「おや、王宮に行ったことが?」
「いえいえ、知り合いがそんなことをおっしゃっていましたの」
苦しい! その言い訳は苦しいよリレイア!
誰が「王宮には結界の張れる闘技場はないんだ」なんて話をピンポイントでするのさ。
「友達がたくさんいるんだね」
しかし、リレイアに恋するキーリは、ただ感心するだけだった。
「う……そ、そうですわ……」
友達のいなかった彼女には、ざっくり刺さったみたいだど。
「ところでキーリさん。ここの校長先生はどんな方なのかしら?」
リレイアがやや強引に話題を変えた。
「なぜそんなことが気になるんだ?」
「自分の通う学校ですもの。当然ではなくて?」
「それもそうか」
そうかなあ?
今まで生きてきて、そんなこと気にしたこともなかったけど。
キーリがリレイア全肯定モードに入ってる気がする。
もうべた惚れである。
それはそれで都合はいいんだけど。
「こんなに立派な学校の長ですもの。さぞすごい方なのでしょうね」
「まあね。魔族討伐部隊の隊長をしていたこともあるらしい」
「まあすごい! 騎士の中でもトップクラスの実力者しかなれないというあの部隊ですわよね」
「そうさ。僕もいつかは入隊したいと思ってる」
「危険も大きいと聞きますわ」
「僕の故郷は魔族に滅ぼされていてね。奴らに苦しめられてる人を少しでも助けたいんだ」
うーん、これは完全に主人公だ。
しかし、主人公っぷりでは、うちのリレイアだって負けてはいない。
「素晴らしいお心がけですわ。人の天敵たる魔族だけでなく、欲望にまめれた人どうしの争いに、人間を虐げるだけの貴族達。もうたくさんですわ」
「へぇ……やはりただのお嬢さんではないようだ。こんな場所で堂々と貴族批判とは」
リレイアから漏れ出た気迫を感じ取ったのだろう。
先ほどまでの色ボケはどこへやら。
キーリはリレイアの瞳をじっと覗き込む。
「いやですわ、そんなに見つめられては……」
「おっと、これはすまないね」
両頬に手を当ててみせるリレイアに、おどけるキーリ。
傍からはカップル直前のイチャつきに見えなくもない。
「騎士見習いとは思えない不躾さですね」
私はまだ二人の仲を認めたわけじゃないからね!
ちょっと邪魔させてもらうよ!
「んん? あっはっは。これは失礼。それで、何の話だったかな?」
なんか、愉快そうにこっちを見られるのは腹立つなあ。
「校長先生がすごい方だというお話ですわ。ぜひ一度お会いしてみたいものです」
くすりと笑ったリレイアが会話を引き継ぐ。
「うーん、それは難しいかもしれないなあ。校長は長期出張中らしいんだよね」
「あら……そうなのですね。残念ですわ」
リレイアの目がきらりと光った。
私は昨晩、校長とゴリアスの会話を聞いている。
キーリの言うことが本当ならば、あの校長はニセモノ?
それとも出張が嘘?
少なくとも、キーリが嘘をついているようには見えないけど……。
「貴男は校長に会ったことがあるのですか?」
「あるよ。僕が入学した時だから、一年半前くらいかな。入学試験が主席だったからね。少し話をさせてもらったんだ。優しく激励してくれてね。人格者だったよ。騎士として目標の一人さ」
「さすが校長先生ですわ。ぜひ私も会ってみたいですわね。機会はないものでしょうか」
「うーん……。最後に見かけたのは、その……学生達が事故で亡くなった時の葬儀くらいだからなあ。なんとかかけつけてくれたらしいんだけど」
「ちゃんと葬儀には来てくださるのですね。自分の学生が亡くなってショックだったでしょう」
「さすがにあの時は校長も様子がおかしかったね」
「といいますと?」
「以前話した時よりちょっと冷たい感じというか……。あんな事件……あ、いや、事故があったんだから平常じゃいられないのもしかたないな」
「校長先生もお辛かったことでしょう」
「そうだね……。なんだか暗い話になってしまったな。別の場所を見に行こうか」
キーリはどこか焦るように話を打ち切った。
その日の夜。
リレイアは私の下でマッサージを受けながら、思考を巡らせていた。
「校長が黒幕で間違いないと思うんだけど、やっぱり動きが不可解なのよね」
目の前に広げられたのは私が調べてきた学校の帳簿の写しだ。
どうやってこんなものをと思うかもしれないが、そこはメイドなのでお手の物である。
「亡くなった学生の遺族に、随分大きな金額を支払っていますね」
「ええ。こんなに出したら、賄賂をもらったお金なんて飛んじゃうわ」
「ですよねえ」
口止めにしては大きすぎる額だ。
学生に直接支払えば、訴えようなんて気は吹き飛ぶであろう額である。
平民なら一生を数十回は繰り返せる。
もらえるものなら私も欲しい。
「うーん、これ以上は何も出ないでしょうし、校長を直接つっつきたいわね」
「でもそうそう現れないと思いますよ」
「昨日は声を聞いたんでしょ?」
「はい。でも、同じ方法では呼び出せないでしょうし……」
「私達が怪しい動きをしたところで、手下がやってくるだけよね。これは勘だけど、そこそこ用心深い相手みたいだし」
「私もそう思います」
リレイアの勘はよく当たる。
「何度も接触はできないだろうから、チャンスは一度。そこで悪事を暴ききらないとこちらの負けね。少ない材料でどう追い詰めるか、腕の見せ所だわ」
リレイアは獰猛な顔でぺろりと舌なめずりをした。
まるでネコ科の肉食獣である。
リレイアはベッドにあぐらをかき、目の前に掌をかざした。
すると手の前の空中に、直径一メートルほどの紋章が投影された。
この国の紋章だ。
これこそが王家の証である。
紋章は身分の証であると同時に、人の注目を集める魔法的な効果がある。
リレイアは集中したいとき、この紋章を見つめるのだ。
魔石を消費しないあたり、普通の魔法ではないようなのだが、原理はよくわからない。
「校長……変化……利益……部下……葬儀……首席の彼……」
ブツブツ呟きながらほうっと紋章を見つめる彼女に、私ができることは美味しいお茶を入れるくらいだ。
静かに部屋を出て、寮のキッチンを勝手に拝借する。
ポットとカップは寮に備え付けの使い古されたものだけど、茶葉だけはリレイアお気に入りのものである。
一月ほど前に立ち寄った街で買い込んでおいたのだが、持ち運べる量には当然限りがあり、そろそろなくなりそうだ。
私はお茶の善し悪しなんてさっぱりだが、リレイアがほめるのだからよいものなんだろう。
私はお茶を持って部屋に戻り、ポットを机に置く。
保温用の布をかけたところで、リレイアがカッと目を見開いた。
紋章を消し、一言。
「整ったわ」
こちらに顔を向けニヤリと笑ってみせる。
昨晩話したサウナでの話からの引用かな?
どうやら本当に言葉の響きが気に入ったようだ。
「何か良い作戦が?」
私はリレイアにお茶の入ったカップを手渡す。
「あら、いつの間に淹れてくれたの?」
思考に集中している時のリレイアは、私が部屋を出入りした程度では気付かない。
「美味しいわ」
ほっと息を吐くリレイアの表情が、私は好きだ。
笑顔のときも、真顔のときも、怒っているときも、彼女はいつもどこか張り詰めている。
こうしてお茶で一息つくときだけ、その緊張がわずかにほぐれるのだ。
「さて、ユキ」
「なんでしょう」
「あなた、ちょっと死んでくれる?」
満面の笑みでこれである。
「え?」
ぽかんとアホ面を晒してしまった私を誰が責められよう。
「でもユキだけじゃあたりないわね。十人くらい巻き添えにお願いね」
「えぇ!!?」
このお姫様、何言ってんの!?
「大丈夫。証拠はないけど、校長が犯人だから。ガンガン詰めればいけるわ」
名探偵役には絶対なれないセリフを平気で言うなあ。
「それと私が死ぬことが全然結びつかないんですけど」
「あなたの故郷には、騎士道とは死ぬことと見つけたりって言葉があるんでしょ? いけるいける」
「そんな『ちょっとがんばってみて』みたいなノリで言われましても!?」
なんのかんの言っても、私は言うことを聞いてしまうのだろう。
それがメイドを愛する私の心意気だし、リレイアにはそうさせたいと思わせる実績とカリスマがあるかだ。
一回死んでから、危険に対する感覚がちょっと麻痺ってるってのもあるけど。
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