第4話 エピソード1 姫とメイドの騎士訓練(3)


 入学初日から授業への参加を許された私達は、午前の座学を受けた後、学生達からの質問攻めに合っていた。

 このあたりは、転生前とあまり変わらない。

 友達の少ないコミュ障な私にとっては、あまり関係ないイベントだったけど。

「家名を聞いても?」

 キラキラした目で聞いてきたのは、育ちの良さそうな女子学生だ。

 年は十七歳前後といったところか。

 教室内を見回すと、それくらいの年頃が最も多い。

 もちろん、十代前半から二十代中盤くらいまで多様ではある。

 男女比はやはり、男子が八割と多いが。

「家名だなんて……私達は平民ですわ。ねえ、ユキ」

「はい。二人とも、とある家に仕えていたメイドなのです」

 今回はそういう設定である。

 平民のフリをできればよかったのだが、リレイアにそれをさせると、どうしても育ちの良さが出てしまう。

 なら、使用人として仕込まれたことにした方が良いということになったのだ。

 リレイアは没落貴族ということにする場合も多いが、今回はできるだけ余計なしがらみがない方が動きやすいという判断だ。

「まあ……よほど良く仕込まれたのですね。てっきりどこかの貴族かと。魔法も使えるようですし」

「ご主人様の方針で、使用人は少数精鋭でしっかり教育してくださったのです。魔法はたまたま私に才能があっただけですわ。お屋敷にあった文献を勝手に学んで、家庭教師のようなこともしてましたから」

「そのお年で!? 優秀だったのですね。魔法を独学でなんて、普通はできませんよ!」

「それほどでもございませんわ」

 ちょっと嬉しそうなリレイアである。

 多くの嘘がまざっているが、魔法の修行を頑張っていたのは本当だからだ。

 もっとも、彼女にとって魔法は強い興味の対象であり、『努力した』という意識はないようだけど。

 夢や目標に向かって突っ走る女の子って、とってもニチアサ的だよね。

 私がリレイアに惹かれるのって、こういうとこなんだよね。

「でもなぜユキさんだけメイド服を?」

 なぜここに来たのかは問われなかった。

 私達以外にも、それぞれに事情がある者も多いからだろう。

「好きなので」

「え?」

「メイド服が好きなんです」

「そ、そうなのですね……」

 女子学生は、「この人変わってますね」と言わんばかりにリレイアを見た。

 リレイアは小さく肩をすくめてみせる。

 ちょっと!?

 リレイアも十分変わり者だからね!

 わたしだけがそんな扱いは心外だよ!

 ここでそう主張するわけにはいかないけどさ!

 でも、同年代の女子と話すリレイアが楽しそうで少し私も嬉しい。

 王族だけに友達なんていなかっただろうし、ライゼが亡くなってから信頼できる相手もいないみたいだしね。

 私が代わりになれるのにはまだまだ時間がかかりそうだし……。

 学生時代に友達が少なかった私も、ちょっとこの雰囲気にはわくわくしてしまう。

「ところで最近、ここの学生さんが亡くなったという噂を聞いたのですが、よくあることですの?」

 リレイアがいきなり話題を切り替えると、室内の雰囲気がピリついたものに変わった。

「ほら、厳しい実技訓練もあるでしょうし、そういった際の事故もあるのかなと怖くて」

 体をぶるっと震わせて見せたリレイアを見た女子学生は、少し緊張を和らげた。

「大丈夫。そりゃケガはしょっちゅうだけど、安全には配慮されてるから」

「まあよかった。それなら安心ですわ」

 リレイアはほっと胸をなで下ろす。

 それと同時に、周囲の雰囲気が穏やかなものに戻った。

 このあたり、リレイアは全て演技である。

 さすが、王宮で生き抜いてきた彼女は、他人の心を上手く操る。

 うーん……、事故のことはみんな知ってるけどタブーって感じか。

 単純に話題に出したくないだけなのか、何か裏があるのか……。


◇ ◆ ◇


 騎士訓練学校の初日は、なんてことなく過ぎていった。

 訓練はたしかに厳しいものだったが、ライゼの体を持つ私にとってはちょろい内容だ。

「い、痛い……全身痛いよう……」

 しかし、リレイアにとってはかなりの苦行だったらしく、寮のベッドから起き上がれないでいた。

 なお、寮は私とリレイアの二人部屋だ。

 ベッドと机が二台ずつあるだけの、簡素な部屋である。

 旅を通じて体力はかなりついたとはいえ、剣術となると使う筋肉は異なる。

 魔法タイプの学生も、基礎剣術の授業にはしっかり参加するのだ。

「ああ……そこそこ……。ユキ……気持ちいいわ……」

 というわけで、上半身裸でベッドでうつぶせになるリレイアにまたがり、マッサージをしているのだ。

 少女の綺麗な肌が手に吸い付いてくる。

 マッサージ技術もまた、ライゼの知識だ。

「学生達も事件のことは気にしているみたいね……」

 リレイアが私の下で頭を悩ませている。

「ちょっと面倒な話になりすぎたから、口をつぐんでいる感じですかね」

「そうだと思うわ。卒業後の進路にも響くでしょうし。一時は熱くなった学生達も、頭が冷えたってところじゃないかしら」

「学生達から話を聞き出すのは難しそうですね」

「そうねえ……。ちょっと強引に情報収集かな?」

「いつものやつですね」

「ええ。そうと決まれば、早速今夜から行動開始よ!」

 私を押しのけて、勢いよく立ち上がるリレイアだ。

「前! 前隠してください!」

 私は慌ててシーツで彼女の肌を隠す。

「あいたたたた……やっぱりまだダメみたい……」

 シーツにくるまたリレイアは、激しい筋肉痛によってうずくまる。

「今日はユキだけでお願い……」

 そうして、悔しそうに唇を尖らせると、上目遣いに私を見るのだった。

 ああもう、この表情がかわいすぎなのである。


 私は闇夜にまぎれ、学校の敷地を歩いていた。

 いつものメイド服ではなく、体にぴったりとフィットする怪盗スタイルだ。

 さすがにいつものエプロンドレスはシルエットが目立つし、どこかに引っかけかねない。

 目指すは教員の詰め所だ。

 現代日本と違って、科学的なセキュリティはないし、魔法によるそれもない。

 前者は当然ながら、後者はそういった魔法の使い手が極端に少ないためだ。

 最終的に欲しいのは、学生達の死の真相。

 そして、成敗すべき黒幕が誰かということだ。

 教員の詰め所は石造りなので、室外からは声が聞こえにくい。

 しかし、その通気口は一つ上の階と共通になっていることは、調べがついている。

 また、日中にこの目でも確認済みだ。

 私は二階から通風口に体をすべりこませる。

 這って進むことになるのだが……む……胸がつかえて苦しい……。

 詰め所に近づくと、既に夜更けだというのに話し声が聞こえてきた。

 いや、声は詰め所ではなく、校長室からだ。

 詰め所と校長室の通気口も繋がっていたはず。

 私は進路を校長室へと変えた。

「あの二人、どう思う? やはり王都からの調査員だろうか?」

「どうでしょう……それにしては露骨すぎる気がしますが」

 ここからでは姿は見えないが、一人目は知らない初老の声、二人目はゴリアスだろう。

 実は今日、リレイアはことあるごとに学生の不審死についての話題を各所でしてまわった。

 それで情報を得られるような状況でないことはわかっていた。

 本当の狙いは、今繰り広げられている光景である。

 私達が動くことで、不安になった犯人は何かしらアクションを起こすだろうということだ。

 案の定である。

 どうやら主犯はこの二人らしい。

 わかってはいたことだが、やはり事故ではなさそうだ。

「学生全員を手にかけたのはやりすぎだったのでは……」

「何を言うか。最悪この訓練学校がお取り潰しになったかもそれないのだぞ」

「しかし校長……」

「くどい! 証拠は残っておらんし、今更どうすることもできん」

 初老の声は校長らしい。

 場所が校長室だったからそうかとは思ったけど。

 黒幕が校長かぁ。

 これはなかなか面倒だ。

 学校という閉じた社会でのトップを糾弾するのは、なかなか骨が折れる。

 まず上の人間を落としておいて……という常套手段が取れないからだ。

「ではあの二人は……」

 ゴリアスが昼間からは想像もできないような弱々しい声を出した。

「監視しておけ。もし何かあれば……わかるな?」

「しかし……そこまでしなくても……」

「この学校がなくなって一番困るのはお前だろう?」

「それはそうですが……」

「おやおや。ワシの強化魔法がなくなれば、その体は昔の貧弱なものに戻るのだよ? その意味をよーく考えることだね。病気の家族がいるのだろう?」

 そういうことか……。

 ゴリアスは校長に弱みを握られているのだ。

 校長が黒幕で、学校を護ろうとしている……かどうかはまだわからないか。

「でも、殺し以外の方法だって……」

 そう。殺しまでする必要はなかったはずだ。

 教員一人だけならまだしも、学生をまとめて葬ったりすれば、目立つことこの上ない。

「む……?」

 校長の声が低くなり、意識がこちらに向けられた。

 バレた!?

 これまで何度かこういった潜入をしたが、バレたのは初めてだ。

 ただバレただけではない。

 校長の放つ殺気に、背筋がぞくりとした。

 さすが訓練学校の校長と言うべきか。

 私は急いで通気口を後退った。

 ちょうど通気口から外に出た瞬間、そこから炎が吹き出した。

 校長の魔法!?

 いくら石造りだからって無茶しすぎ!

 声が聞こえるぎりぎりまでしか進んでいなかったことが幸いした。

 もう少し校長室に近づいていたら逃げ切れなかっただろう。


「ふぅん……なるほどね……」

 寮にもどって、聞いてきた内容をリレイアに報告すると、彼女は難しそうな顔で唸った。

「何か気になることがあるのですか?」

「その校長が黒幕で間違いないとは思うんだけど……。どうも、欲にまみれた連中とは思考が違うのよね」

「といいますと?」

「お金や地位が欲しいだけなら、他にやりようがあると思うの。よほど自分が万能だとでも思っていない限り、そんな無茶な方法はとらないと思うのよね。いくら偉いと言っても、所詮校長よ? 有力貴族や王族に睨まれたら終わりだわ」

「たしかに……」

「んー……まあ、これ以上考えても仕方なさそうね。明日は校長に関して調べてみましょ。お手柄ね、ユキ」

「はい、ありがとうございます」

 思わず自分の顔から笑顔がこぼれたのを自覚してしまう。

 JKくらいの年頃の女子に褒められて嬉しくなるのもどうかと思うけど、これがリレイアのパワーなんだろうなあ。

 私がライゼの影響を受けているのも確かなんだけど。

「さて、今日は何のお話をしてくれるの?」

 昨晩はリレイアの話を聞いたので、今日は私の番だ。

「それじゃあ今日はサウナの話をしましょうか」

「サウナ……?」

「お風呂に併設されていることの多い、高温多湿部屋のことです」

「なにそれ。拷問?」

「たくさん汗をかいて、体内の老廃物を排出することができて気持ちいいんですよ。私は体力がなかったのですぐギブアップしちゃってましたけど」

「ええと……やっぱり拷問?」

 あれえ? 中世でもサウナ式のお風呂があったって聞いたことがあるけど、こっちの世界にはないんだろうか。

「サウナのあとの水風呂が、体がきゅっとしまる感じがしてまた気持ちいいんです」

「やっぱり拷問じゃない」

「ほんとに気持ちいいんですって」

「ええー?」

「今度作ってみますから一緒に入りましょう?」

「随分推すわねえ。いいわ、もし気持ち良かったら王都にも庶民向けのものを作りましょう。もちろん王宮内にもね」

「ふふ……絶対気に入りますよ。ちなみにサウナで心身ともに良い状態になることを、『整う』と言うんです」

「なんで?」

「さあ……なんででしょう?」

「整う……ふーん、なんだかよくわからないけど、いい響きね」

 リレイアが女王になった時の楽しみがまた一つ増えてしまったね。

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