第3話 エピソード1 姫とメイドの騎士訓練(2)

 翌朝。

 リレイアと私は、騎士訓練学校の前にいた。

 私の背丈の二倍はある門が、大きく開かれている。

 校門を前にしたリレイアは腰に手を当て、「むふー」と鼻息を荒くしている。

 はしたないからやめなさいってば。

 と言いつつ、私も内心わくわくしている。

 戦う中学生が人生のメインヒロインな私にとって、学校イベントは楽しみでしょうがない。

 特に、普段見られないリレイアの学生モードを、ついあれこれ妄想してしまう。

 日常あってのバトルだよね、なんてことはリレイアの生い立ちを考えると軽々しく言えないが、せっかくの旅なのだからこういうイベントも楽しんでいきたい。

 昨晩のうちに私が収集しておいた情報によると、この学校の試験と入学は夏前に行われる。

 しかし、一斉入学以外にも、随時入学は受け付けているらしい。

 なんでも、かつて才能ある新人を他国にとられた経験からきているのだとか。

 かつてはそうだったのかもしれないが、今となってはその理由が建前であることを私は知っている。

 私とリレイアは、ちょっとしたお城くらいはありそうな敷地を迷わず進む。

 図面は昨晩のうちに入手済みだ。

 向かう先は、教員達が詰めている建屋である。

 建屋には三十名を超える教員らしき大人がいた。

 日本の職員室を想像すると、そこまで多くもないが、こちらの世界で教員がこれほど一箇所に集中するのは珍しい。

「入学試験を受けさせてくださいませんか」

 そこへ乗り込んだリレイアは、静かに、それでいて室内によく通る美声でそう言った。

 同時に、近くにあったテーブルに、どんっと革袋を置く。

 中にあるのは銀貨だ。

 私達の手持ちのお金、ほぼ全てである。

 二人が半年は旅を続けられる金額だ。

「急な試験には手数料がかかると伺いましたの。これで足りるかしら?」

 これが、夏の一斉試験以外による入学者が極端に少ない理由だ。

 この『手数料』を持って行かないと、なにかと理由をつけて、対応を後回しにされるらしい。

 なお、学校の決まりに『手数料』のことは一切書かれていない。

 『手数料』なしでもしつこく通えば試験を受けさせてもらえるらしいが、そんなことをするくらいなら、夏の試験を受けるのだ。

 試験内容も夏の方が簡単だと聞く。

 しかし、私達に三顧の礼をしている時間はない。

 ということで、有り金をほぼ全額ベットである。

「我が校は実力さえあれば誰にでも門を開いている」

 そう言ってイスを立ったのは、四十代半ばのゴツい男だった。

 髪は大部分が白くなり、顔のシワも増えているが、体はガチムチである。

 腕など、私の頭より太い。

 そんな大男が、ちらっ、ちらっと革袋を見ながらこちらにやってくる。

「副校長のゴリアスだ。剣と斧も教えている」

 ゴリアスは紙袋を手に取り、中身を改めると、満足そうに頷いた。

 リレイアがこちらに一瞬視線を向け、口の端を持ち上げた。

 まっすぐここへ来たのは、リレイアの作戦だ。

 できるだけ教員がたくさんいる場所で、たくさんのお金を出す。

 そうすると、まわりが遠慮して、立場の強い人間が受け付けてくれるだろうというのだ。

 はたして、その通りの結果になった。

「飛び入りの入学試験は、受け付けた者が対応することになっていてな。俺がキミ達を試験することになる」

 前情報通りだ。

 試験を担当した教員が推薦人となって、入学できるらしい。

 電話を取った人が担当になる権利を得られるマンガ編集みたいなものだろうか。

 だからこそ、リレイアは立場のある人間を狙ったのだ。

 試験のハードルは上がるかもしれないが、その後が動きやすいからである。

 少しくらい難しい試験を課されても、私達ならなんとかなるだろう。

「私はリレイア、このメイドはユキです」

「おう。では試験だが、今からでかまわんな?」

「もちろんですわ」

「よろしい。付き人のキミはここまででいいよ」

 ゴリアスは私に目で入口の方を指した。

「私も志望者です。手数料は二人分としても十分かと存じますが」

「む? その服装でか?」

 まあそういう反応になるよね。

「メイドにとっては、これこそが戦闘服でございます」

 私はスカートの端をつまみ、優雅に礼をしてみせる。

 本来メイドはこういった貴族のような礼はしないが、雰囲気というやつだ。

「う……うむ。まあいいだろう……」

 ゴリアスは多少困惑しながらも頷いてくれた。

 これが金の力である。

 作戦に失敗したら、路銀がゼロになるんだけどね……。

「中途入学者は、今の学生達を刺激できるだけの実力を示すことが条件だ。剣でも槍でも弓でもなんでもよい。もし使えるなら魔法でもな」

「話が早くて助かりますわ。私は魔法を少々使えるのですが、お相手をしてくださるのはどなたですの? 動かない的相手では、実力は計れませんわよね?」

「育ちは良さそうなのにいい度胸だな。よし、二人とも着いてこい」

 ゴリアスはにやりと笑うと、私達を学校の中庭へと連れて行った。

 中庭は三つの建屋に囲われたグラウンドのような場所だ。

 建屋のうち一つは寮らしく、こちらに気付いた学生達が窓からこちらを見ている。

「おいキーリ! ちょっと来てくれ!」

 ゴリアスは自主的に朝練をしていた学生の中から、一人を呼びつけた。

 こちらにやってきたのは、身長百九十センチは超えようという長身のさわやかな青年だった。

 私の背丈ほどもありそうなグレートソードを軽々肩に担ぐわりに、無駄な筋肉のついていない細マッチョだ。

 実に主人公っぽい出で立ちである。

「こいつはキーリ。剣も魔法も学内トップだ」

「へえ……魔法もですの?」

 この世界で魔法を行使するには、知識と才能が必要だ。

 特に知識は一部の貴族に独占されているため、平民で使える者はほぼ皆無である。

 つまりキーリは、かなり上位の貴族出身ということになる。

 もっとも、剣の腕も良いというのなら、かなりの努力家でもあるのだろう。

「この方に勝てばよろしいんですのね?」

 そう言ってリレイアが肩から下ろした手荷物を、私はすかさず一歩前に出て受け取る。

 うむ。メイドっぽい動きだ。

 我ながら板についてきたものである。

 メイド喫茶では味わえない充実感だ。

「勝てれば文句なしで合格。そうでなくても、魔法でそれなりの戦いができれば合格だ。魔法を扱える者は貴重だからな」

「わかりましたわ。では、さっそく始めましょうか」

 リレイアは挑戦的な笑みをキーリに向けた。

「キーリ、いいか?」

「もちろんです」

 ゴリアスの問いに笑顔で頷いたキーリは、グレートソードを地面に突き立てた。

 魔法戦ならば不要ということだろう。

「受験者がキーリと戦うらしいぜ」「まじか。よりによって相手がキーリとはかわいそうに」「どれだけもつかかけるか?」「よしのった!」

 いつの間にか野次馬が集まってきている。

 キーリがナンバーワンという触れ込みは本当なのだろう。

 学生達からもすごい信頼だ。

「では二人とも離れて。おいみんな! 野次馬はいいが、流れ弾に気をつけろよ! 結界はないからな!」

 リレイアとキーリは十メートルほど離れて立ち、野次馬達は二人からさらに二十メートルほど離れた。

 私も野次馬達の最前列に並ぶ。

「なんでメイドがここに……?」「えらい美人なメイドだな……」「お、おっぱ……すご……」

 近くにいる野次馬達が私を見て何か言っているが、聞く耳を持たないことにする。

 正直、ちょっと嬉しいが、今の主役はあくまでリレイアなのだ。

「キーリ、できるだけケガはさせるなよ。ええと、リレイアだったか。仮に死んでも訴えることはできん。いいな?」

「はい」

「かまいませんわ」

「よし、では始め!」

 ゴリアスの号令で、キーリは懐からクルミほどの大きさをした、赤い石を取り出した。

 それを手に握り込み、口の中で呪文を唱え始める。

 それに少し遅れてリレイアもイヤリングを片方外し、そこにはめられていた赤い石を握る。

 あの石は『魔石』と呼ばれる魔法のエネルギー源だ。

 魔法用の石炭だとでも思ってもらえればいい。つまり、消耗品である。

 魔法もまた物理法則の一つである以上、エネルギーなしに発動することはできない。

 この魔石がまたお高い。

 それも魔法の使い手が少ない原因なのだ。

 お願いだからリレイア、無駄遣いしないでね。

 あんまりお金ないからね!

「疾走れ炎弾! バースト――」

 キーリが発動しようとしたのは、手から爆発する炎の弾丸を複数放つ魔法だ。中級魔法の中では殺傷能力は低く、直撃しても全身火傷程度ですむ。

 しかし、キーリが魔法を放ち終える直前、リレイアの魔法が先に完成していた。

「大地に穿て! ピットフォール!」

 リレイアが魔石を地面に押し付け、そう叫ぶと、キーリの足元の地面がすっぽり円柱状にくり抜かれた。

 それと同時に、キーリは魔法を放ちながら落ちていく。

 落とし穴からは激しい爆発音と土煙が上がった。

 キーリ君、魔法を止められず、落下中の壁面で爆発させてしまったようだ。

 この爆炎を背景にキメポーズでも取ってくれれば、変身ヒーローさながらの絵が撮れそうだね。

「それほど深くは掘っていませんが、自力で上がって来られる高さではありませんわ。なんなら、このまま埋めて差し上げることもできますが、いかがします?」

 えげつないことをさらっと言うリレイアである。

「むう……一つだけ聞きたいのだが、落とし穴の魔法を選んだのはなぜだ?」

 ゴリアスがリレイアの所行に若干引きながら訊いた。

「キーリさんが使う魔法は、呪文の序盤で選択肢が五つに絞られました。いずれも、この方法で対応できると読んでの選択ですわ。私が選んだのは詠唱も短い魔法ですし。それと、彼はその場から動くつもりがなさそうだったというのも大きいですわね」

 さすが魔法オタク。

 どの世界でも、好きなことになるとちょっと早口になるのは変わらない。

「なるほど……。どう思う?」

 ゴリアスは、見学に来ていた他の先生に目を向けた。

 体の細さからして、おそらく魔法系の教員だろう。

「魔道士として最も大切な状況判断力と応用力をもっているようです。なにより、いかに試験ということで油断があったとはいえ、キーリにこのような勝ち方をできる者はそういないでしょう」

「ですな。では、この試験、合格とする!」

「ありがとうございます」

 優雅に礼をするリレイアに、野次馬達から喝采がおきた。

「すげえ! キーリが負けたの初めて見たぞ!」「俺もだ! こいつはやべえやつが入ってきたぜ」「オレ、魔法系じゃなくてよかった。席次がまた下がるところだ」

 そんな野次馬達にも、リレイアは礼をしてみせる。

 場違いとも思える優雅さだが、騎士には貴族の次男坊も多い。

 日常の一部として、受け入れているようだ。

 中にはすでに「惚れちまったぜ」みたいな顔をしている男子も多い。

「さて、キミもだったな」

 ゴリアスの手招きに応じて、私は前に出る。

「まじ?」「メイドが騎士になんの?」「むしろ嫁にしたいんだが」

 そんな声を無視し、私はゴリアスの前に立つ。

 視界の端では、落とし穴からキーリの救出作業が進んでいる。

「キミの相手もキーリにしてもらおうと思ってたんだがな。順番を逆にすべきだったか」

 それは私も同感だ。

「しかたない……。私が相手をしてやろう」

 ゴリアスはキーリのグレートソードをひょいと片手で持ち上げた。

「おお……ゴリアス先生の戦いが見られるぞ」「ばっかやろう。本気なんて出すはずないだろ。授業と同じだよ」「それもそうか」

 賄賂だなんだと言われている学校だが、教員はしっかり強いらしい。

 それは構えからもよくわかる。

 相手にとって不足はない。

「よろしくお願いします」

 私はスカートの中から小ぶりのナイフを取り出した。

「まじかよ」「あんなんで受けたら、ナイフごと一刀両断だぞ」

 ざわつく野次馬を目で制したゴリアスは、こちらに向き直る。

「いいんだな?」

「はい。私は身軽に闘うのが得意なんです」

「あとで文句を言うなよ。……いくぞ!」

 ゴリアスの足下が爆発すると同時に、グレートソードを背中に構えた巨体がつっこんできた。

 力士はその図体からは想像できない速度だという。

 彼もまたそうだった。

 転生前の私なら、なすすべなく一撃で葬り去られていただろう。

 グレートソードが眼前に迫る。

 殺気はない。

 この大質量を寸止めできる自信があるのだろう。

 すごいことだが、不要だよ。

 私は振り下ろされたグレートソードを横に避け、ナイフをゴリアスの首筋へと向ける。

 そこらの相手なら、これだけで勝負がつくはずだった。

 しかし、腰のあたりまで振り下ろされたグレートソードが、軌道を真横に変えて私を襲ってきた。

 デカい剣でやることじゃない!

 間に合うか!?

 私は剣を飛び越すように跳躍する。

「しまった! つい!」

 ゴリアスが漏らした声は、私を殺してしまったと思ったのだろう。

 横薙ぎに移行するつもりなどなかったに違いない。

 私が思ったより速かったため、体が動いてしまったといったところか。

 彼が優秀な証ではある。

「いや、いない!?」

「勝負ありですね」

 今度こそ、私は剣の上から、ゴリアスの首筋にナイフを突きつけていた。

「おい……剣に乗ってるぞ」「あの速度で振られた剣にそんなことできるもんなのか?」「いやいや、そもそも避けられねえよ。盾で防ぐならともかく」「ばっか、盾ごとふっとばされて終わりだぜ」

 ギャラリーの反応も上々だ。

「まいった。すごい二人が来たものだな」

 それを聞いた私は、バク宙で剣から跳び降りた。

 スカートがふわりと下がるのを待ってから、優雅に礼をする。

「皆様、本日からよろしくお願いいたしますね」

 リレイアは女性をも惹きつける笑顔でそう言ったのだった。

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