第2話 エピソード1 姫とメイドの騎士訓練(1)
私とリレイアは、二人並んで街道を歩いていた。
出会った時と同様、リレイアは旅の魔道士風、私はメイド服だ。
目立つことこの上ない組み合わせである。
ライゼが生きていた時の提案で、リレイアは没落貴族のお嬢さんという設定にすることが多い。
それでも目立ってしまう彼女から目を逸らすため、ライゼはメイド服のままだということだ。
しかし私は知っている。
前半は本心だが、後半はライゼがメイド服のままでいたいだけの言い訳だったことを。
わかる! わかるよその気持ち!
メイド服への誇りはとても共感するところである。
もっともこの時代、使用人の制服に誇りを持つというのも、かなり変わった話みたいだけど。
そのあたりはライゼの人生によるところが大きそうだけど、また機会があればリレイアと話してみるのも面白いかもしれない。
なにより、私は毎日メイド服が着られてハッピーだしね。
ライゼの作戦にのっかることで毎日メイド服を着られる幸せ。
護りたい、この設定!
「それで、次の街はどんなところなの?」
リレイアが街道の先に見えてきた大きな街に目をやりながら訊いてきた。
「有名な騎士訓練学校がある街ですね。なんでも、王都から離れた土地に全寮制の学校を作ることで、甘えを許さない厳しい訓練を施すとか」
「あれが噂に聞くハイナックということね」
「さすが、よくご存じで」
「初めて来るけれど、随分大きな街ね」
城塞都市としての一面も持つハイナックは、周囲を壁に囲まれた街だ。
ファンタジーものなんかだとメジャーだが、意外とここまでしっかりした街は少ない。
勝手に大江戸ドームに換算してみると……あの例えってテレビなんかで使われるけど、よくわからないよね。
少なくとも十個分はあるだろう。
こちらの世界の街としてはかなりの規模だ。
なお、ここまでの情報は全てライゼが持っていた知識である。
勤勉だったんだなあ、彼女。
大きいのは敷地だけではなく、経済規模もだった。
なかでも、武器屋の数は街の規模に対して通常の数倍はある。
「へへー、いいだろー! 誕生日にショートソードを買ってもらったんだ。ガリアの店のだぜ!」
「いいなあ。オレはロンダルさんところの槍がいいなあ」
道ばたで十歳くらいの子供がこんな会話をしている街である。
「へぇ……武器屋がブランド価値を高め合っているのね。騎士学校という定期的に需要を生む客がいるからこういう発展の仕方をしたと。学生達は周辺のモンスター討伐や洞窟探索なんかもするでしょうから、需要はつきないでしょうね」
リレイアは興味深そうに街の様子を見ている。
日本の十五歳からはなかなか出てこないセリフだ。
さすが王族ってとこだろうか。
そうしてぐるりと街を見て、最後に向かう先は酒場だ。
情報が集まるのはいつでもここである。
私達は席につくとパンとスープを注文した。
まだ日も暮れたばかりだというのに、酒場はとても賑わっている。
こういった場合、必ず現れるのが……。
「ようねーちゃん達、見ねえ顔だな。オレがこの街のことを教えてやろーか? 一晩宿でみっちりとな。ぎゃはははは!」
ほら来た。
下卑た笑い声を上げながら、男は勝手に私の隣に座った。
さらに、肩まで抱いてこようとする。
私はその手を軽く払いのけた。
「ああん?」
男がとたんに不機嫌になる。
まったく、勝手な奴だ。
一方リレイアは、すました顔でパンを食べている。
「面白い噂話は歓迎ですが、あなたは好みではありせんので、ご遠慮いただけますか?」
「てめえ! こっちが下手に出てりゃ!」
いつ下手に出たんだか。
男が私の手首を掴んだ次の瞬間、床に倒れていたのは男の方だった。
私はイスから立ち上がってすらいない。
手首の動きだけで、男の体を操ったのだ。
ちゃんとホコリを立てないよう、静かに倒した私、えらい。
周囲の驚きの視線が集まるのも、最初の頃は恥ずかしかったけど、今はちょっと気持ちよかったりする。
だからといって、やたらと暴力を振るったりはしないけどね。
「な、なんだ。なにしやがった!?」
「はいはい! そこまでだよ!」
羞恥と怒りに顔を赤くした男を止めたのは、酒場のおかみさんらしき恰幅の良い女性だった。
「あんたはそんなだからいつまでも女を捕まえられないのさ。さぁ、今日は帰った帰った!」
「くっ……ちくしょう! 絶対美人をモノにしてやるー!」
男は涙目になりながら、酒場を飛び出していった。
ちゃんとお代を置いていくあたり、そこまで悪いヤツではないのかもしれない。
二度と関わりたくはないけど。
私は男がばらまいていった銅貨を拾い、おかみさんに渡した。
「災難だったね。だけどあんた達みたいなべっぴんさん二人連れなんて、からんで欲しいと言ってるようなもんさね。ま、今のを見て手を出そうなんて気合の入った輩がいるかはともかく、今日はカウンターを使いな」
おかみさんはカラカラ笑うと、私達の食器をひょいと持ち上げた。
「おかみさん」
そんな彼女の背中に声をかけたのはリレイアだ。
「なんだい?」
「シチューのおかわりをくださいな。とても美味でした」
マイペースなお姫様である。
「んん? あっはっは! いいねお嬢ちゃんたち、気に入ったよ。おかわりはサービスだ」
空になった器とリレイアの顔を見比べたおかみさんは豪快に笑う。
「こんなに美味しいものに対価を支払わなかったとあれば末代までの恥になります。その代わりといってはなんですが、この街に関する面白い噂話があったら聞かせてくださいな。旅の楽しみですの」
「嬉しいことを言ってくれるねえ。ちょっと待ってな!」
シチューを二杯持ってきたおかみさんは、しゃべるわしゃべる。
私は一杯でお腹いっぱいだったのだけど、ここでおかみさんの機嫌を損ねるわけにはいかない。
やや薄味のシチューを静かに口に運ぶ。
メイドらしくクールにいただくのだ。
おかみさんの噂話は実に多岐にわたった。
パン屋の息子(十八)と八百屋の娘(三十五)がデキてるなんて全く興味のわかないものから、三つ谷を超えた先で山が爆発したなんていう笑い話まで色々だ。
最後のは犯人が目の前にいるんだよねえ……。
ストレスがたまったても禁呪をぶっぱなしたりしないよう釘をさしておいたから、今回は大丈夫だと思うけど。
あんなことしなくても、言うことを聞かせる方法は持ってるんだしね。
幼女バージョンのリレイアはかわいいんだけど、抱えての旅はやはり大変なのだ。
かれこれ一時間以上はおかみさんのトークを聞いていただろうか。
これでも彼女、話しながらしっかり仕事をこなしているのだからすごい。
「他のお客さんの相手はしなくて大丈夫なのですか?」
色々話してくれるのはありがたいのだが、つい訊いてしまった。
よほど私達を気に入ってくれたのかもしれないが、条件を出した手前、少し申し訳なくなる。
「んん? 初回のお客さんへのサービスさ。また来てくれるだろ?」
「あら、商売人ですね」
「そりゃそうさね」
満開の笑顔が実に気持ちのいいおばさんだ。
「私も貴女を気に入りましたわ。贔屓にさせてもらうわね」
リレイアもまた笑顔で応える。
噂話の聞き出し方といい、このあたりのコミュ力はさすがである。
就職に失敗したかつての私とは大違いだ。
「おばちゃん、ツケで頼むわ」
当たり前のようにそう言って店を出ていったのは、四人の若者だった。
姿勢や足取りから察するに、剣士としての訓練を受けている。
「今のは騎士訓練学校の学生ですか?」
私の問いに、おかみさんは一瞬だけ顔をしかめた。
「まあねえ。彼らがいるから街が賑わっているのは確かなんだけどね。毎回ツケにされたんじゃこっちも商売ってもんがね」
「断れないのですか?」
「親戚が武器屋をやっててね……」
なるほど……悪い噂をたてられると、訓練学校から武器屋への発注が止まる可能性があるのか。
「まあ、殆どの学生は礼儀正しい連中だから、必要経費と割り切るさ」
おかみさんはやれやれと首を振った。
「今の連中、テーブルマナーは知ってるようだったから貴族の次男か何かでしょうに、けっちぃですわね」
リレイアがミルクをぐびりと飲んだ。
施す側であるはずの貴族がたかってどうするのだということかな。
いや……呆れるように見せながら、これはけっこう怒っているパターンだ。
「その騎士訓練学校だけど、面白い噂はないのかしら。おかみさんなら何か知っているのでしょう?」
リレイアはいこにも噂話だい好き少女といった雰囲気を全力でだしつつ、おかみさんに耳打ちするように聞いた。
これ、首を突っ込むやつだ。
こんな聞き方をされれば、答えたくなるのがおばさんという生き物である。
おかみさんは怪談でもするようなテンションで声を潜めつつも、どこか楽しそうに話し始めた。
「騎士訓練学校ってのはね、この街の殆どの商売人とっちゃ上得意様なのさ。しかも、騎士様になった学生達は、学生時代に気に入ったブランドの武器を使い続ける傾向にある。もし偉くなったりした日にゃあ、部隊まるごと同じブランドの武具で固めるなんてこともあるのさ。そうなると、何が起こるかわかるかい?」
「賄賂ですわね」
「おやお嬢ちゃん、賢いね」
「もう十五ですけど?」
「子供扱いされて怒るうちはまだ子供さね」
口をへの字に曲げるリレイアが年相応に見えてちょっとかわいい。
「まあここからが面白いところさ。ある日、賄賂に気付いた正義感溢れる学生がいた」
「まさか、大騒ぎして、王都の騎士団に直訴しに行ったわけじゃないですわよね?」
「そのまさかさ」
「あちゃぁ」
リレイアはオデコにぺんと手を当て、天を仰いだ。
お姫様がどこでそんなリアクションを覚えてくるのか。
あ……私か。
たまにやってたのがうつったのかも。
「それはまずいですわ。騎士訓練学校はメンツを潰されることになるし、賄賂に資金をつぎ込んできた商売人にも恨まれる」
「二十人を超える学生が街で看板を掲げて大騒ぎするもんだから、さすがに焦ってたよ。あれは見物だったね」
この反応からすると、おかみさんは賄賂とは無関係なのだろう。
むしろ、学校やその周囲には色々と思うところがありそうだ。
「でもここからが本番さ。その学生達は二ヶ月前、代表者五人で王都へと向かったんだ」
おかみさんはそこで小さく息を吸うと、さらに声をひそめた。
「その学生達、峠を越える時に全員事故で亡くなったらしいんだよ」
「え? 全員……ですの?」
リレイアが驚くのも無理はない。
ここから王都へ向かう方角には確かに峠があるし、距離もかなりのものだ。
しかし、気をつけて進めば全員が亡くなるような事故にはなかなか合わないはずの道だ。
騎士訓練学校と王都をつなぐ道だけあって、それなりに整備された街道が続くからだ。
「あまりに遅いから残った学生が様子を見に行ったのさ。すると、次の峠を越えた先の村に学生達は着いてないっていうんだ。峠を越える者は絶対に一泊する村にだよ」
「死体は出たんですの?」
「いいや。でも、彼らの荷物が一つ、崖の途中に生えている木に引っかかっているのが見つかったんだ。谷は深すぎて底が見えない上に、モンスターも出るっていうんで、捜索はなしさ」
「谷に全員落ちたと?」
リレイアの呟きに、おかみさんは神妙な顔つきで頷いた。
「さすがに、ちょっとおかしいなとはみんな思ったよ」
ちょっとどころではない。
誰かが崖から足を滑らせたとしてだ。
数人が助けに行ったとしても、そのまま全員同時に落ちるなんてことはまずありえない。
しかも、学生とはいえ騎士の訓練をある程度受けている連中なのだ。
助けを呼びに戻るくらいの頭はあるだろう。
「今度は誰も騒がなかったんですの?」
「逆に事が大きくなりすぎて、誰も声をあげられなくなったのさ。国から騎士訓練学校にはかなりのお金が出ているらしくてね。これ以上騒いで、街が廃れるなんてことに繋がったら、儲けるどころか食べていけるかも怪しくなるからね。騒ぐ学生がいなくなったのを機会に、うやむやにしようって雰囲気なのさ」
神妙な顔で聞いていたリレイアの口元が、微かに持ち上がったのを私は見逃さなかった。
どうやらこの街でのターゲットが決まったようである。
今晩はおかみさんに紹介してもらった宿に一泊だ。
一番安いところを頼んだせいなのだが、まあ……ぼろ宿である。
取った部屋は、節約のためにベッドは一つだけ。
二人はとても入れない小さなベッドなので、私はイスで眠る。
しっかり鍛えられたこの体は、それでも十分な休息を取ることができる。
もちろん、主を差し置いて自分だけベッドを使うなどという選択肢は初めからない。
「明日はまず入学。次に内部から調査。そして悪事を暴いてハッピーエンドよ。いいわね?」
リレイアはベッドから顔をこちらに向けて、にやりと笑った。
「え? 今のが作戦ですか?」
「そうよ」
「それはただの方針と言うのでは?」
「今から細かいこと考えたってしょうがないでしょ。当たって砕けよ」
「砕けろ」ではないところが彼女らしい。
旅を続けるほど、どんどんアグレッシブに……いや、ライゼの記憶によるとおてんばなのは昔からか。
こう言ってはいるものの、彼女がちゃんと色々考えていることを私は知っている。
まあ……本当に行き当たりばったりの時もあるから、たまにひやっとさせられるんだけど。
「街の人の利益を損なわずに解決することが大切ですよ」
住民の支持を得ることもこの旅の目的だ。
ならば、どれほど素晴らしい正義であっても、彼らの損になってはあまり意味がない。
その日の暮らしに苦労する彼らにとって、収入が減ってでも成したいことなど、それこそ命に関わることくらいだ。
「わかってるわよ。私に出会ってよかったって、絶対思わせてやるんだから」
これから苦労するとわかっていても、この満開の笑顔にころっとやられてしまう。
私の憧れたヒーローやヒロイン達は、何かしらの信念を持っていた。
それはリレイアも同じで、それこそが彼女の放つ『着いて行きたいと思わせるオーラ』の源なのだろう。
八つも年下なんだけどね。
「じゃあユキ、今晩はなんのお話をしてくれるの?」
二人で旅をするようになって以来、寝る前にお互いの世界の話をするのが習慣になっている。
「今日はリレイア様の番ですよ」
「えぇー? そうだっけ?」
わかってて言ってるなこれは。
私の話を楽しみにしてくれるのは嬉しいが、私もまたリレイアの話を楽しみにしているのだ。
たいていのことはライゼの記憶によって知っているのだが、リレイアの目と心を通して見た世界はまた興味深い。
「そうですよ」
「ちぇー。じゃあねえ……初めて禁呪を使えた時のことを話そうかな」
「それは興味ありますね」
「禁呪のことは知ってるよね?」
「魔石を必要としない代わりに、使用者に副作用がある強力な魔法のことですよね」
加えて、世界でいくつか見つかっている禁呪は、よほどの適正がないと使用できないらしく、呪文や理論を理解していても、発動させられる者は極わずからしい。
どうも普通の魔法とはルールが違うようなのだが、ライゼもそこまで魔法に明るいわけではなかったようで、記憶を掘り返してみても詳細はわからない。
「私が使える火の禁呪は、生命エネルギーをごっそり持って行かれるのか、一時的に子供になっちゃうのよね」
「大爆発を起こせることよりも、そっちの方が不思議ですが」
「まあねえ。禁呪も結局、使い方と結果がわかってるだけで、詳しいことは不明なのよね。いつか私が解明してみたいわ」
「リレイア様は本当に魔法がお好きですね」
「努力する機会と才能があれば、誰でも不思議なことがおこせる。これってある意味平等じゃない?」
「そうかもしれませんね」
現代日本の常識では、それを『平等』と呼ぶかは意見のわかれるところだろう。
ただ、こちらの世界の不平等さを考えれば、そういった発想になるのも頷ける。
「話を戻そうか。あれは十歳の頃だったかな。いつものように、王宮の禁書庫に忍び込んでたのね」
「重罪をさらっと……」
「あら、こうして旅の役に立ってるからいいのよ。そこで炎の禁呪に関する魔道書を見つけたの。あの時の興奮は今でも覚えているわ」
本を掲げて喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。
「ただ、そこらで実験をするわけにはいかないから、毎日塔の上で試してたのね」
「それは……相当怒られたのでは……」
「いやー、禁呪の構築式と相性が良かったのか、バレる前に習得できたから怒られはしなかったよ」
「さすがリレイア様ですね」
やはり、魔法の才能はかなりのものを持っている。
「ただ、隣国と戦争になりかけたけど」
「え……」
「禁呪を遠くの空に向けてぶっ放したんだけどさ。ちょっとウチと緊張関係にある国の方向だったみたいでね。いやー、あそこまで派手に爆発するとは思わなくて。えへへ」
「笑い事じゃないですよ!?」
「あの時はライゼにすごい迷惑をかけてしまったのよね……」
たしかにライゼの記憶には、その尻ぬぐいに奔走した当時のものがあった。
ただ……。
「ライゼさんは苦痛だとは思ってなかったみたいですよ」
「彼女ならそうだと思うけどね……」
言葉とは裏腹に、リレイアはしかられた子供のような顔をした。
それだけで、二人の間にある長くて篤い信頼を伺うことができる。
私もいつか、リレイアとそんな関係になれるだろうか。
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