第11話

 義兄が返済を始めると念書に書いた月に入った。しかし省吾の口座に金は振り込まれなかった。省吾は義兄への疑心と怒りを募らせながら苦痛の日々を送った。翌月の初旬、義兄と姉が省吾の家を訪れた。義兄は現金二〇万円を持参していた。先月と今月の分の返済金を持ってきたのだ。そして名義変更の件について、自分は借金を背負っている人間なので名義人にはなれないと義兄は言った。代りに同居している自分の息子の名義にしたいと言う。省吾から息子に名義が変ると財産を贈与したことになり、贈与税を払わなければならなくなるので、息子が省吾から家を買取る形にしたいと言い、「不動産売買契約書」を差し出した。なるほどな、自分たちに必要な事だとこうして素早く二人揃って来るんだ。他の事は知らん顔をしているのに、と省吾は思った。


 省吾には家を買取る形にするという義兄の話はよく呑みこめなかったが、名義変更のためには仕方のないことなのかなと思った。彼が気になったのは家を売る形にしたことで自分に新たな負担が生じるのではないかということだった。家を売れば金が入るのだから、自分に所得税のようなものが掛かることにならないかという懸念だった。省吾がそれを質すと義兄は否定した。省吾に負担は生じないと言う。省吾の義兄への信頼は揺らいでいたが、きっぱりとした否定の仕方だったので、省吾は信用することにして、契約書に署名捺印した。


 年が暮れ、年が明けた。元日の時点で名義が本当に変ったのか、省吾にとっては不安を抱えたままの年越しだった。隣市の法務局の支局まで出向けば、名義人の確認はできるのだが、億劫でもあり、相手が約束通りきちんとすれば済むことで、自分がそこまで骨を折るのも業腹で、省吾は動かなかった。正月の二日、省吾夫婦は例によって実家に行った。義兄に会って、名義変更は完了したのかと訊くと、「うん、終ったよ」と躊躇なく答えた。それで省吾は少し安心した。


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