第3話 彼を求めて、三千里(3)



初めて家出した日。



むちゃくちゃに電車を乗り継いで、知らない場所へ行った。



1人で泣いていた私を助けてくれたのは、【瑞希】という名前の暴走族のお兄ちゃん。






「瑞希お兄ちゃんは、どうして暴走族してるの?」


「んー・・・たくさんありすぎて説明できないな。」






誰もいない道路を、2人乗りのバイクで走り抜けた。


真夜中の暗い闇の中、バイクが照らすライトの明かりだけが道しるべ。





彼は私に、いろんな場所を見せてくれた。


今まで見たことのない光景。


夜という世界に、ひどく興奮した。






「凛、もう気がすんだろう?帰ろう。送ってやる。」



「やだ!!」






だから、現実へと引き戻すお兄ちゃんに反発した。






「せっかく、夢の世界に来たのに!帰りたくない!」


「おま・・・某所(ぼうしょ)の夢のテーマパークじゃないんだぞ?」



「やだぁ!帰らな~~~い!!」







最後に駄々をこねたのがいつか思い出せないほど、久しぶりにわがままを言った。


こんな子供に瑞希お兄ちゃんは、本当に辛抱強く付き合ってくれたと思う。







「そうだ、凛!おんぶしてやろう。バイクの後ろも飽きただろう?」



「おんぶ?」






今思い返せば、あれは瑞希お兄ちゃんの作戦だったのかもしれない。





「おぶんしてやるよ。」






笑顔で言うと、また泣き出しそうな私を抱き上げてバイクから降ろした。




慣れた動きで、瑞希お兄ちゃんは単車を止める。


そして、私を背負うとバイクから離れた。






「バイクは連れて行かないのー?」



「俺の単車を、ギる(盗む)馬鹿はいない。」



「ふーん。」






意味はわからなかったけど、大丈夫らしい。



お父さんとも、お母さんとも違う背中でそっけなく返事した。



いい匂いのする髪を、触っていれば、くすぐったいと笑われた。




「くすぐってぇー」


「えへへへ♪」




それが楽しくて、耳やほっぺたも触っていれば、さらに笑ってくれた。



ニコニコしながら、私を見る目にホッとした。






「『暴走族は怖い』って先生が言ってたけど、瑞希お兄ちゃん怖くないよ。」


「凛の前だから、猫かぶってんだよ。特別だぞ?」


「あははは!特別なんだ~?」


「そう、特別。」


「ねぇ、暴走族って、ヤンキーなの?」


「そうなるな。」


「なんで瑞希お兄ちゃんはグレたの?」


「・・・まぁ、いろいろ理由があり過ぎるな。」


「説明しなきゃいけないことが多いの?」



「凛と同じだよ。」





ようやく見えた街灯の光の中で、瑞希お兄ちゃんは言う。







「凛も、ムカつくこと、多すぎるんだろう?」



「・・・うん。」



「俺もだよ。原因は1つだけのはずなのに、枝わかれしてる。あの木の枝みたいに。」




あごで指さした先に、大きな大木があった。


公園にある木だった。


太い幹からたくさんの枝がのびて、生い茂っていた。







「俺も凛も、あの木の幹みたいに『怒りたくなる問題』があるんだよ。それが、どんどん複雑になって、増えていって・・・今は収拾がつかないんだろうな・・・」



「じゃあ、切っちゃえばいいの?」







私の言葉に足を止める瑞希お兄ちゃん。






「盆栽みたいに、いらない部分は切ればいいのかな?どんどん切っていけば、『怒りたくなる問題』の『純粋な理由』だけが残るよね?」





私の言葉に目を見開いてから、瑞希お兄ちゃんはつぶやいた。






「・・・子供はこえーな・・・時々、ドキッてすること言うからよー」







それは聞こえるか聞こえないかの声。


聞こえたけど、聞き返してはいけない気がしたので、聞こえなかったふりをした。


彼は彼で、独り言のように言ってから再び歩き出した。


そんな瑞希お兄ちゃんに、なぜかドキドキする。


早くなる鼓動に戸惑いながらも、彼の首部分に顔を埋めた。


甘える気持ちですり寄る。





「眠いか?」


「ううん・・・まだ遊ぶ。」


「無理すんな。寝ていいからな。」





背負い直され、体が揺れる。


あったかい背中。


我慢していても眠気が襲ってくる。







「なぁ・・・凛がいつも使う駅は、どこだ?俺は、●●駅。」



「うん・・・?うん・・・■×駅かな?」



「はっ!!?お前、そんなとこから来たのか!?」






驚く瑞希お兄ちゃんと、その動作と声に驚いて、眠りかけていた頭が覚醒する。





「え?あ?ええ?なに??」


「あ!悪い悪い!寝てていいから・・・」





戸惑う私に、それに気づいたお兄ちゃんが寝かしつけるように言う。






「そっか・・・・ずいぶん長旅してきたんだな?」



「・・・うん。」



「帰るの嫌か?」



「うん。」



「パパとママ、心配してるかもしれないぞ?」



「・・・うん。」






わかってる。


帰らなきゃいけないって、頭のどこかではわかってる。






「・・・怒られるだろうな・・・」



「心配だから、怒るんだろうぜ。まぁ・・・話聞く限り、凛は悪くない。」



「本当?」





罪悪感と後ろめたい気持ちもあったので聞いた。


それにヤンキーのお兄ちゃんは、穏やかな声で言った。






「俺はそう思う。親に迷惑かけちゃいけねぇーが、だからって子供に迷惑かけていいなんて理屈はない。家を飛び出したくもなる。」


「・・・・帰った方が良いかな?」


「大丈夫。凛がいなくなって、やっとお父さんとお母さんも気づいたはずだ。親であるテメーらが悪かったってな?」


「・・・・そうかな?」


「そうだ。俺が保障する。」


「・・・・瑞希お兄ちゃん、強いね。」


「そうでもない。けっこー弱い。」


「ケンカ苦手なの?」


「あははは!まさか!?めっちゃ強ぇぞ!?」


「お姉ちゃんみたいなのに?」


「お前、次俺をお姉ちゃんと呼んだら、池に捨てるからな!?」


「きゃははは!」


「笑うな!!」






そんなやり取りをして、どこまでも続いている道を2人で帰った。



いろんなことを話して、言葉遊びのゲームをして。



そのうち私は、段々と睡魔に負けてしまって・・・








「瑞希お兄ちゃん・・・・」



「んーどうした?」



「また、遊んでくれる?」







目を閉じたまま聞けば、初めての沈黙が流れる。


今まで私の言葉に即答してくれていたお兄ちゃんが、すぐに返事をしてくれなかった。







「お兄ちゃん・・・!瑞希お兄ちゃん・・・・」







不安になり、薄目を開けてその首にすり寄る。


それに答えるように、私の体を揺さぶって、背負い直してから言った。









「そうだな・・・。凛が今よりも、大きく、強くなったら、いいかな・・・」



「背が伸びたら?」



「それもだな・・・。」



「力が強くなったら?」



「それもだな・・・。」



「バイク乗れたらいいの?」



「そういうのもあるけど・・・・」








一呼吸おいてから、瑞希お兄ちゃんは告げる。








「心も強くなったらな。」









その言い方が、すごく良かった。


思わず、お兄ちゃんの耳元で笑う。


それに相手も、小さく笑った。















「瑞希お兄ちゃん・・・凛は瑞希お兄ちゃんが大好きだよ・・・・」



「うん・・・・俺も、凛が大好きだよ。」

















それが私の覚えている、瑞希お兄ちゃんと最後にかわしたやり取りだった。




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