第2話 彼を求めて、三千里(2)





「あははは!そうだな!『特服(とっぷく)』は、変わってるかもな~」






そう言って、自分が着ている白い服をつまむ。


ジャンバーのような上着と、作業現場の人が履いてるようなシュッとしたズボン。


そして、長いブーツのような黒の靴を履いていた。


よく見れば、腕にも字が書いてある。


四文字ぬわれている。




「・・・ふ・・・なに自由?2番目の漢字はなんて読むの?」


「『き』だよ、『羈』。『不羈自由(ふきじゆう)』て読むんだ。」


「意味は?」


「んー誰にも束縛されねーって意味。」


「反対側の腕にも書いてるのは?見たことあるけど・・・?」


「ああ、こっちの方が、ポピュラーかもな。『百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)』って入れてる。」


「え?妖怪やお化けの群れのこと?」


「それそれ!くわしいなー!?お兄さんは、夜中に徘徊(はいかい)するからさ~良いネーミングだろう?」


「・・・・うん。」






笑顔で言う相手に、私は歯切れ悪く返事した。






「あ!わりぃ・・・怖かった?」


「・・・そんなことないよ・・・」


「嘘つけ!明らかに声のトーン変わったぞ?お化け嫌いだったか?」


「そうじゃないよ・・・」





怖いわけではない。


ただ単にー・・・






(『お姉さん』じゃなくて、『お兄さん』だったんだ・・・・)






相手の性別が『男』とわかったことが、ちょっとショックだった。



残念だった。






(こんなに可愛いのに・・・綺麗なのに・・・)




もったいない・・・。






すごく、気の毒な気持ちになってしまった。


そんな思いで見つめていたら言われた。





「それはそうと、お前どこの子?家に帰らなくていいのか?」


「え・・・?」






(家に帰る・・・・)






「ほら、送ってやるから場所言え。心配しなくても、誘拐なんざしねぇーよ。」


「いいです・・・。」


「はあ?いいわけないだろう?どうした、家族と喧嘩したか?」


「けん・・・?」






喧嘩?






”お父さんて、本当に自分さえよければいいみたい!ねぇ、凛ちゃん?”



”お母さん、うるさいことばっかり言うから一緒にて疲れるよなー凛?”




喧嘩。




いつもいつも。







”凛、お父さんは私達がどうでもいいのよ!”



”凛、お母さんは、楽ばっかりしてると思わないか?”





いつも私を。






”お母さん、お父さんの顔を見るのもいや。”



”お母さんも昔はあんな嫌な人じゃなかったんだけどな。”





お互いに、お互いが。










「「凛もいやだよね?」」










相手に言わないで、私に言う。





私を介して、文句を言ってばかりで―――――――――――








「――――――――――喧嘩にさえならないっ!!」











お兄ちゃんの言葉に、私は怒鳴っていた。


その時の私は、自分の状況をうまく説明できるほど冷静じゃなかった。






「お・・・おいおい、どうし・・・!?」


「口を開けば、いっつも、いっつも、喧嘩ばっかり!」






関係ない人相手に怒る。





「相手の悪口ばっかり!私は聞きたくないって言ってるのに聞かない!!」






全く関係ないお兄ちゃんに怒りをぶつける。






「もう聞きあきた!!」


「おい・・・」






普段出さない大声を出して、テンションもおかしかった。


止められない苦痛が口から吐き出された。






「何でいつも、お父さんとお母さんの愚痴を聞かなきゃなんないんだよ!?いい加減にしやがれくそ野郎共っ!!」






そこまで言って、肩で息をする。


とまっていた涙が流れ出す。


周りの人間すべてが、私を見ているのはわかったが・・・










「何見てんだ?」



「ひっ!?」


「わあ!?」




「え・・・?」







お兄ちゃんの、ひと睨(にら)みで全員が黙った。






「ひっ・・・!?」


(こわい・・・・・)






その時、私が見たお兄ちゃんは、鬼と言ってもいいぐらい怖い顔だった。


さっきまでの優しい顔ではない。






(・・・ジギルとハイド・・・)






学校で感想文を書くために読んだ本を思い出した。


今のお兄ちゃんがまさにそれ。


呆然として見ていれば、私の視線に気づいたお兄ちゃんがこっちを向く。








「えらいな、お前。」


「え・・・!?」


(・・・えらい?)







誰が?



私を見ながら言ってる?







(私?)







無言で聞けば、ニコニコしながらうなずかれた。






(えらいって・・・・偉い?)





すぐれてるって意味の?





そう考えながら固まっていたら、相手は手を動かす。



細い指が私の目元のしずくをぬぐう。



ぼんやりとお兄ちゃんを見つめていたら、ギュッと抱きしめられた。







「普通なら、我慢できないのに、よく頑張ったな。えらい、えらい。」


「・・・怒らないの?」






いつも。



いつも、相手の愚痴しか言わない両親に、そんな話はやめてと言った。



それに彼らは、聞く耳を持たない。






だから、ここまで言い切った時、怒られると思った。





今叫んだことを。



関係ないこの人に言ったことを。



言ったことを、やった後で、そのことを後悔していたのに・・・








「怒る理由がねぇージャン?」








私の言葉は、笑って流された。






「よし!今夜は、お前の気がすむまで付き合ってやるよ。」






そう言って私の頭を撫でてから、ゆっくりと膝から降ろしてくれた。


呆然とお兄さんを見ていたら聞かれた。







「そういや、名前聞いてなかったな?なんて言うだ?」


「・・・凛。」






目線を合わせるため、屈みながら聞く相手に私は告げた。








「菅原・・・凛。9歳。」


「『りん』か・・・良い名前だな。」







満足そうに笑うと、また私の頭を撫でる。


撫でながら、形の良い唇が動いた。







「俺は、瑞希(みずき)って言うんだ。よろしくな、凛?」







ニコニコしながら言う相手に、やっぱりお姉さんにしか見えないと思った。






声をかけたのは、瑞希お兄ちゃんよりもはるかに劣る容姿の人。





「『みずき』って、名前なんだけど?」



「みずきー?」



「そう、『瑞希』っていう男性なんだ。」



「瑞希ねぇ・・・・・・おい!」





私の問いに、たずねた相手・・・・金髪の少年が側にいた仲間に声をかける。





「知ってる奴いるか?」


「あたし、知らない。ミサは~?」


「えー?わかんねぇーし。そっちどーよ?」


「同じく!」


「聞いたことねー」


「そーゆーこと。悪いな。」


「いや・・・話だけでも、聞いてくれてありがとう。」





金髪の少年の言葉に、内心がっかりしながらも私は笑顔で返事をした。


ショッピングモールの前でたむろしていた男女に、丁寧にお礼を言ってから歩き出す。







「・・・・見つからないか。」









あの日から。



【瑞希】という名のお兄さんと出会ってから、6年が経過していた。



私は中学を卒業し、もうすぐ高校生になる。



3月の弥生月の風は、身も心も冷やしてしまう。








「3月は去る・・・か。」





(今月も、見つからないかもしれない・・・。)





むなしい気持ちでため息をつく。


持っていた携帯を見れば、夜の11時を回っていた。





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