7 さあ、勝負といきましょう?

「で、もう一度聞くんだけど、そのペルシャ猫はこのくらいの大きさなのよね?」

「はい、体重が4キロいかないくらいなので、大体このくらいの大きさです」

「うんうん、このくらいの大きさね。成程成程。で、それで毛色が白で、かなり長めのタイプと」

「そうです。女の子なので毛並みも結構気にしてて……」

「ええ、女の子なら気になるわよね。確かにそのとおりね。それで―――」

「あ、あのぅ……」


 その女子生徒は、おずおずといった様子で次の質問を遮ると、目の前にいる二人の生徒―――天香と蒼生へ、訝しげに尋ねる。


「……どうして睨み合ってるんですか?」

「「睨み合ってませんけど?」」

「わっ、ハモった」


 声がシンクロしたほか、目線まで同時に向けられて、女子生徒は気圧されつつも思ったことを口にした。


 現在、天香と蒼生は、飼い主である中等部の女子生徒―――佐々木ささき来実くるみと一緒にヴェルサイユ二世の捜索をしていた。

 学園内で行方をくらましたという飼い主情報を頼りに放課後の中庭で捜索する傍ら、更なるアドバンテージを取ろうと、来実に何度も質問していた。

 これはただの捜索ではない。片や気に食わない奴を部に入れないため、片や奨学金という死活問題に関わるそれを得るため、双方が己の主張を押し通すための戦いだった。


「ねえ、なんで付いて来るのよ? 盗み聞きなんて卑怯なんじゃない?」

「飼い主に質問してるだけであって、お前に用があるんじゃねえよ。ってか俺がこの子と話してんだからお前こそ離れろよ」

「知ってるかしら? こういう時、紳士ならレディーファーストで譲ってくれるのよ?」

「生憎だが紳士じゃないもので。というかそもそも、部屋の中が安全かどうか確かめるために女性を先に行かせたのがその起源だからな? 使い方間違えてませんかね?」

「最近だと女性を尊重するための言葉として使われてるんだけど……あら? もしかして知らなかったの? 考え方が古いんじゃない?」

「ほんっと、そうやって自分に都合のいい根拠を持ってくるところが浅ましいよな」

「ふんっ、そっくりそのまま返してあげるわ」


 困惑する来実を差し置いて、二人のやり取りは激化する。

 しばらく火花を散らし……天香が「ふんっ」ともう一度鼻を鳴らして前へ向き直ると、来実の背中に手を添えて「ほら、行きましょう?」と離れて行く。蒼生を置いてく気だ。

 させるかとばかりに蒼生も後を追う。付いて来るなという視線を天香から向けられるが、そんなの知ったこっちゃない。構わず背中に追い付き、来実に質問を再開した。


「それで、この辺でいなくなったんだっけ?」

「はい、えぇっと……あ、ここです。登校してきた時にこの茂みの中にケージごと隠してたんですけど、お昼になって取りに戻ったら鍵が開いてて……」


 校舎近くの茂みの傍には未だにケージが置かれていて、中には敷物とペットフード等々の居心地良さそうな空間が所狭しと広がっていた。

 無造作に開かれた扉の鍵穴には細かい引っ掻き傷がある。どうやら内側からピッキングの要領で開いたらしい。……賢いな。


「一応持って帰ろうかと思ったんですけど、もしかしたら戻ってきて来れるかもと思って」

「そうね。このまま置いておけば可能性はゼロじゃないわ」


 ケージの前でしゃがむ来実に寄り添うようにして、天香も同じ目の高さで屈んでいる。

 すると、何やら考える素振りを見せる。鍵穴を見て、どうやら蒼生と同じ意見を持った様子だった。

 「校内二位は伊達じゃないんだな」なんてぶっきらぼうに思っていると、天香は顔を上げて来実に告げる。


「大まかな概要は理解したわ。任せて。その子は生徒相談部のが探してみせるわ」

「あっ、ありがとうございます! あの一色先輩に助けてもらえるなんて光栄です!」

「だけど校内にペットを連れてくるのは校則違反よ。次からは気をつけなさい」

「ど、どうしても友達に自慢したくて……以後気をつけます……」


 一喜する来実を窘めると、天香は膝に手をついて立ち上がる。


「なら早く見つけてあげましょう。私は反対側を探してみるから、佐々木さんは引き続きここをお願いね」

「は、はいっ!」


 天香の凛とした佇まいを見せられてすっかり前向きになったようで、来実は元気な返事をする。

 その様子を見届け、天香は彼女に背を向けて校舎裏の方へ向かう……途中、立ち尽くしている蒼生の前で止まると、チラリと視線をやり、得意げな顔を送り付けてきた。


「なんだよ?」

「別に? ただ、佐々木さんは私に探してほしいみたいだから、あなたの役目はないんじゃないかと思って」

「印象操作しといて何言ってんだか」

「さあ、なんのことかしら? 身に覚えがないわね」

「お前、マジでいい性格してやがるな……」

「それって褒め言葉? ふふっ、ありがとう」


 天香は口元に手を置いてわざとらしく笑う。その仕草がまた神経を逆なでしてくるので、蒼生は思わず眉をひそめた。


「さてと。じゃあ私はこれで失礼するわ。なにしろ、忙しい身分なもので」


 悔しがる蒼生を見て満足した天香は、捨て台詞とともに去って行く。まだ勝負は着いていないのに、既に勝利を確信しているかのように自信ありげな背中が、小さくなっていった。


「あんにゃろぉ、いちいちマウント取ってきやがって……!」


 天香がいなくなったのを確認すると、蒼生は内心で燻っていた悔しさを露わにする。

 この勝負は絶対負けられない。奨学金云々もそうだが、ここで負けたら絶対に煽られる。そんな予感……いや確信があった。

 

 負けた後に待ち受けているであろう光景が脳裏に浮かぶ。

 今まで揶揄われてきた分とばかりに、ニヤニヤしながら煽りまくってくる天香の憎たらしさといったらもう。

 美少女から揶揄われるのはご褒美だと言う奴もいるが、蒼生としては屈辱以外のなにものでもない。それだけは矜持が許さなかった。


(って言っても、この広大な敷地から一匹の小さい猫を探すのはちょっとキツイよな……)


 下は初等部の校舎から、上は大学のキャンパスまで。勿論それだけではなく、職員室や学長室等の本館や体育館、複数あるグラウンドまで含めればキリがない。

 というか学園の外に逃げてたらどうするのか? ただでさえ今日中に終わるか分からないのに、それ以上となれば、仮に勝負を預けて三人で協力したとて最早手に負えないのでは……


「はぁ……」


 途方もない砂漠の中に捨て身で投げ捨てられたようで。広過ぎる捜索範囲に若干心が折れつつも、蒼生は目の前で飼い猫の名前を呼んで探し回っている来実に視線をやった。

 さっきからずっとなのだが、大声で「ヴェルサイユ二世~」と呼び回るのはそろそろ止めてほしい。周囲から怪奇な目で見られて嫌なんです。


「な、なあ? その呼び方どうにかなんないの? さっきから変な目で見られてんだけど……」

「え、なにか問題でもあるんですか?」

「問題しかねぇよ。周りから見たら俺達、公務が嫌になって逃げ出した貴族を探し回ってる側近だぞ? 実際はただの猫探しなのに」


 いや、それならまだマシな方だ。

 下手すれば不審な輩だと疑われて通報されかねない。自治権が保証されている学校とて、それは例外ではない。


「えぇ~可愛くないですか?」


 キョトンとした様子で来実から同意を求められるが、蒼生は渋い顔で応える。可愛いってレベルじゃないし、最早不敬だろう。

 ってか二世ってなんだよ。ジュニアを名前に付けるなら世襲として百歩譲るが、二世ってなったらもう貴族なんよ。お偉いさんなんよ。


「そもそも論だけどさ、なんでそんな名前を付けたわけ? もうちょい親しみやすい名前があったでしょ」

「でもヴェルサイユ二世って名前が一番しっくりきたんですよ。ペットショップに買いに行った時に初めて出会ったんですけど、ケースの中で他の猫よりもすごい偉そうにしてる猫だったんです。だから並大抵の名前じゃ相応しくないなと思って」

「そんなに偉そうな猫がいるんだ……ん? 買った? じゃあ二世っていうのは……?」

「あ、ノリで付けました。二世の方が世の中舐めてそうだし」


 初代いないのかよ! 親猫を経ての二世だと思ってたのに、どんな名付けセンスしてんだよ……


(世の中のキラキラネームって、こんな感じで決まるんだろうな)


 小さく溜息をつくと、蒼生は周囲の目を気にしながら言う。


「ならせめてフルネームはやめてくれよ。普段から長ったらしい名前で呼んでるわけじゃないんだろ?」

「え、ちゃんと呼んでますよ?」

「メンタル強者か。……いや、『ヴェル』とか『ベル』って略した方が呼びやすいと思うけど」

「略したら駄目なんですよ。昔一度だけそう呼んだことあるんですけど、完全に無視されました」

「……高貴さを感じないからってことか」

「はい。……あっ! でも前に一度だけ、違う呼び名で振り向いてくれたことが」

「へぇ、どんな呼び名で?」

「『陛下』です」

「あ、うん」


 どうやら気分は女王様らしい。成程、猫のくせに生意気なやつだ。


(……となると、神々しい名前で呼ばないと応じてくれないってことか)


 試しに一度、意を決して「女王陛下」と大声で呼んでみる。

 しかし反応は一切なく、かえって中庭ですれ違う生徒から不審な目で見られてしまった。……もう公開処刑だろこれ。


「……何バカやってんのよ」

「……うるせ」


 あまつさえ、タイミング悪く戻って来た天香に、素で引かれてしまう始末。もう泣きたい。

 それでも目尻に力を入れてなんとか堪え、蒼生は背中越しにいる天香に振り返った。


「反対側の捜索はもう終わったのかよ?」

「ええ、とはいえ成果はなしだけど。そっちは……まあなんとなく察せられるわね」

「バカにすんなよ? これでもちゃんとした方法なんだからな」

「ふざけてるようにしか見えないんだけど」

「言ったな? じゃあ証明してやるよ」


 ここまで来たらもうヤケだ。自身の名誉(?)のためにも、蒼生は再び大声で呼んだ。

 

「……ねえ、やっぱりふざけてるんじゃ―――」


 天香が静寂に煮えを切らしたように口を開いたと同時、どこかから鳴き声が聞こえてきて、二人は顔を合わせた。

 しばらく目をぱちくりさせ、天香が「あ」と指差した先を見る、と……


「にゃ~」


 中庭中央にそびえ立つ木の主枝の上に、探していた猫がいた。

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