[本文]第1話 陰のない怪物

 雲が流れ青白い月の光が二人を照らす。伸びる影は一つだけ。

氷刃(ひょうじん)を突きつける鎧武者に陰はない。

刃は首筋、深閑とした境内で、首を断たんと身構える。令和の日本において打ち首がいま執行されようとしている。

 黒川帥はゆっくりと視線を動かす。

月光を吸う刀身

        夜気より冷たくて

朧気な紺色の籠手

        陰のようにうつろいで

顔を隠す仮面

        覗く瞳は美しかった。

薄い雲を貫いて輝く儚い星のようだった。

ぶつかる視線、言葉発さず振り上げる

ただ、過去の経験から確信した。その目に殺意も狂気も存在しない。

上段の構え、斬首の時。

じっと見つめた、星に願うように。


 ◇

 枕元に置いたスマホが鳴る。

時刻は6時半。アラームを止め、反射的に体を起こして仏壇へ。

お線香に火をつけ合掌。こうして黒川帥の一日が始まる。

「おはよ~」10秒前まで隣室のベットにいた人物。あいさつもおざなりにして彼はそのままトイレへ。 

眠気まなこで一連の流れをするから彼のモーニングルーティーンとして定着されてしまった。朝食の代金に加え、トイレ使用代をそろそろ請求しようか悩む今日この頃。

それもいたしかたない彼の部屋は本とファイルがつまれた紙の山脈が連なっていから、足の踏み場もない部屋を飛び越えて隣室は紙のジャングルと表現している。

ちなみにトイレのドアも開閉困難なほどの散らかりようこの部屋のトイレで用をたしている。

迷惑とは思わない。祖母ハツの約束を守り、血が繋がっていなくても面倒をみてくれる人だから。

嘯いている間にお湯が沸く、ドリッパーにフィルターをセットしそっとお湯を注ぐ

立ちこめる湯気、広がる香り。水洗便所が動く音、いつもの朝が始まった。

「あったまるー」

「毛布一枚で過ごしたの、大輔さんもいい年だから暖房器具取り入れたら」

「熱源なんておけるか、火事のリスクはないがいい」

「エアコンつけたら」

「電気代が馬鹿にならん、フリーライターの懐は年中寒いんだ。おまえこそ寒くないかほとんど空の部屋で」

そう言って宇野大輔うのだいすけは部屋を見渡す。6畳一間に布団が一枚と仏壇一つ。これが年頃の男子高校生の部屋とは誰も想像できない。

「十分足りてるよ」

「テレビもいらないのか」

「大丈夫、いらないよ。ばあちゃんが嫌いだったし、写真の前にテレビを置くのは気おくれする」

「変な気遣いは止せよ、ハツさんには世話になった。二十歳まで見届ける約束もある

劣悪環境が原因で不良になったなんて顔向けできない」

「僕も天国にいる家族を泣かせるようなことはしないよ」

「ほんとか?女できても呼べないだろこの部屋じゃ。部屋の真ん中に布団一枚なんてムード台無し、下心丸出しのけだものと呼ばれても反論できんぞ」

「何言ってるの? 俺がモテる顔だと思う」

「顔は別に、ただ2,3日一緒に過ごせばお前の誠実さに心開く女はいるぞ」

「朝から何の話してんの」

髪を掻きむしりながらベランダに視線を向ける。

「行き詰まると馬鹿話したくなる。噂の尻尾が全く掴めない」

「噂?」

「知らないのか?」

頷くとマグカップをそっと置きこちらを見た。まるで怪談を語る噺家のように。

「夜、悪魔と出会うと怪物になり、そして、天使達に成敗される」

「悪魔?天使?そんなものがいるの?」

「分からん。だから調べている。それに今話題の暴行魔とも関係あるんじゃないかと睨んでいる」

スマホを見せてくる

男性が馬乗りにされて顔面を何度も殴打された記事だった。記事によると両肩を地面に押さえつけられて腹部の上に加害者が乗り何度も殴りつけたと

「凶暴な二人組だね、金銭じゃなくいたぶることが目的なんて」

「そう、金目的の強盗より恐ろしい、見ず知らずの人間に暴力をふっかけるからしゃれにならん」             

コーヒーをすすった後これが本題で最大の謎と枕言葉をつけて話し出す。

「犯人は一人の可能性がある」

「おかしいでしょ。両肩を押さえられて、馬乗りの状態で顔面連続殴打でしょ

人体構造的に一人でやるのは無理がある」

「そう、無理だ。いつもの刑事さんから聞いた話だが、加害者は腕が4本あったと証言している」

「なにそれ、殴られた人泥酔してたの?」

「それもある。加害者からアルコールも検出されているから警察側は頭から信じてはいない。しかし、状況証拠から妄言なのか真実なのか判断できないでいる」

「つまり?」

「まずは足跡、現場はぬかるんだ所なんだが、二人分の足跡つまり、加害者と被害者のものしかなかった」

「もう一つは加害者の腕についた痣だ」

「上腕二頭筋、つまり力コブ全体に強く捕まれたあとがある。イメージしにくいならこう考えてくれ、肩から肘まで握られた痕がある」

「怖いな犯人はお相撲さんか」

「相撲取りなら片っ端から大部屋に行って調べれば片付くし、大男に職質かければ解決する」

「疑問は終わらない。ここで一つの矛盾が生まれる」

矛盾?

「加害者らしい人物の足跡を測定すると約23cm。これが矛盾、人並み外れた大きな手を持ちながら足の大きさは平均以下、体の構造として余りにアンバランスだ」

「まあ警察の見解として大男が抑え、小柄な人間が殴ったと考えているわけだが  ちぐはぐな状況に捜査は暗礁に乗り上げてる状態さ」

「うん、足跡を消す手段があるなら一人しかやらないなんておかしいからね」

「そこで噂の悪魔と怪物」

「根も葉もない噂だが、火の無いところに煙は立たない関係性があるかもしれないから調べてくれと刑事さんに頼まれたのさ」

「そして、噂の元が何もわからず、丸一日ありとあらゆる掲示板を見てたから目が  ショボショボしてしかたない」

「ふざけた噂だったと報告して終わり、謝礼もらえるんでしょ」

「あと、今日もバイトか」

「そうだよ」

「悪いことは言わんシフトを減らせ」

「難しいと思うけど相談してみる」

「図々しいとか思わず頼めよ、車で送ってもらうとか」

黙る帥。他人に物事を頼るのが昔から気おくれしてしまう。

「ったく頼るのがホント下手だな。申し訳ないとか思うなよ」

「今晩は刑事さんと会うから、いつ帰れるか分からん。戸締まりしっかりやっておとなしく外に出ないでくれ」

心配そうに見つめる。


 ◇

 朝いつも道理の道を行く。

いってきます 行ってらっしゃい

飛び交う中を一人行く

たまらず音楽のボリュームを上げた。思い出しそうになったら別のことに意識をむける。

日常 常識 当たり前 他人のそれらを見るたびに腹の中からぞくりとうごめくものがある。忘れてはいけない過去と同時に思い出したくない記憶でもある。

後ろ髪を引かれる行動し振り払うしかない。小走りで進むが点滅する横断歩道が目に入る。時間に余裕はあるが焦った気持ちのせいで貧乏ゆすりをしてしまう。

その時、男の子が隣を通り過ぎた。点滅は終わり赤になる。

とっさに男の子の肩をつかみ無理やり静止。1m先で勢いよく自動車が駆けていった。

「危ないだろ」

語尾は優しくしたつもりだが、肩をつかむ手は力んでいる。男の子は俯きながらごめんなさいと言い青信号になると同時に走って行った。

つかんでいた手を見る、少し震えていた。子供が危険な目に合うそれは心の底から見たくないもの、昔に刻まれたトラウマ。

さっきまで振り払おうとしていた記憶は思考の表面に出てきてしまった。今日一日は暗い気持ちを引きずって過ごすことになりそうと肩を落とした矢先、

「ヒーローみたいでしたよ先輩」

後輩の神野文かみのふみが隣に立っていた。底抜けに明るい声で話しかけてきた。

「おはようございます。今見ていましたけど身体が勝手に動いたってやつですか」

「そうなるかな。考えて動いてないし」

「生まれついてのヒーロー気質なんですね」

「生まれついてではないかな」

「じゃーちっちゃい時に見たヒーロー物に憧れて、とか」

口を紡ぐ。口を塞ぐ。二の次が言えない。自分の過去という朝にはふさわしくない口にするわけにはいかない。

文は広がらない話題と察したのか、道路を見て指さした。

「今日はパトカーが多いですね」

「例の暴行魔で警察も忙しいかもね」

「暴行魔もそうですけど、私は『殺さない殺人鬼』の方が怖いですね」

「殺さない殺人鬼なんだその矛盾したネーミング」

「頻繁に起きている殺人未遂の犯人のついた異名ですよ。トラウマ侍とか悪辣殺意武人とかヒメイオニとか暴行魔以上に狂気に満ちて動機が見えないから異名はいっぱいついてますよ」

「ごめん。SNSを全然見ないから、どの異名も意味不明なんだが結局なにをしているんだそいつ」

「殺さない殺人鬼、トラウマ侍、悪辣殺意の鎧武者は犯人の奇怪な犯行から面白がってつけた異名です。」

「奇行?」

「ハイ。夜一人で歩いていると鎧武者に襲われる、犯行は凶暴そのもの突然あらわれて襲い追い詰める。そして、刀を突きつけ命乞いをただ聞くようです。一通り聞いた後、刀を振り下ろして...」

「えっ殺されたのか」

「いいえ。恐怖で気絶して気がついたときには何もいないようです」

「だから、殺さない殺人鬼なんて異名がついたのか」



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イシュ @subashiri

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