そして戦場で。

 はあ。


 軍隊バカには、女性の機微はわからない。

 本当にため息以外出てこない。



 だが、ため息をついているヒマは、あっさりとなくなった。


 勇者が召喚されたのだ。


 勇者は人類の最終兵器。

 勇者率いる人類軍が、魔王軍の精鋭を破り、今まさに魔王城に押し寄せていた。


 魔砲中隊の砲撃が迫りくる人類軍を吹き飛ばしつつも、それを上回る数で押し寄せてくる。

 俺が率いる、第二中隊は城門の守護を担当していたが、人類軍の攻城兵器と雲霞のごとき数に崩壊しつつあった。

 とは言え、援軍として第三中隊が前へと出てきた。


「ジャーコフ中隊指揮官! ここは第三中隊が請け負った。撤退して再編し、宮廷の守護にあたれ!」

「承知。おまかせいたします! 第二小隊は回廊まで引いたのち、再編、宮廷の守護にあたる!」

「了解!」


 疲労でへとへとの兵士たちが叫ぶ。


 再集結をかけると、生き残りは三分の一、四十名ほどの小集団でしかなかった。生き残った士官はグレゴリー以外は小隊指揮官ただ一人。それと三等下士官が一人生き残っていた。


「魔王様御出陣! 魔王様御出陣!」


 伝令兵が叫んでいた。

 魔王軍の最終戦力が立ち上がった。


 魔王様が勇者を倒せるか否か。

 倒せば、人類など、数のみの烏合の衆なのだ。


 まだまだ勝利の目はある。


 とは言え。


「ガゼル三等下士官。貴様は十五名連れて、城砦裏の脱出路を確保しろ」

「はっ」

「他の隊が、すでに動いていたら、それに協力すること。兵卒のみなら、貴様がまとめろ」

「はっ」


「ザムザ小隊指揮官。貴様も十名連れて、宮廷を確認、残っている使用人を連れ出せ。そのまま黒森を抜け、エーレンベルク公爵領まで護衛しろ」

「はっ。中隊指揮官は?」


「この回廊に防衛陣地を作り、人間どもの侵入を防ぐ」

「中隊指揮官、進言よろしいでしょうか?」


 ザムザ小隊指揮官が進言の許可を求めてきた。


「進言を許可する」

「防衛陣地の構築は、私の方が向いております。交代を進言します」

「進言を棄却する。命令に従え」

「中隊指揮官、あのメイドさんが待ってますよ」

「な……」


 絶句した。


「いや、お前ら……何でそれを」

「中隊の全員が知ってますよ。うちの中隊指揮官の恋物語は」


「……」


 ありがたい言葉だ。

 だが。

 だからこそ。


「俺はここを守る。正直、長いことはもたないだろう。だからこそ、彼女のために時間を稼ぎたいのだよ。もちろん、死ぬつもりはない。貴様らが黒森にいる間くらいには追いつくはずだ。頼むぞ」


 ザムザ小隊指揮官は敬礼を返してきた。


「承知いたしました。小官は全力を尽くします。お達者で」

「うむ。行ってくれ」





 だが、現実はそれほど甘くなく。

 防御陣地は突破され、隊はバラバラとなり、我々は人類の「数」に押されていた。


 すでに、何人切ったかわからない。

 ただ、埃と死体の中、人類を切り、魔族を助ける。

 その繰り返し。


 さすがに疲れた。


 俺は剣を抱えたまま、座り込んだ。

 あちこちで叫び声が聞こえる。


 魔族ももう終わりか……。

 彼女は、無事に脱出できただろうか……。


 誰かの声がする。

 くそ……、人間か。


 三人。


 全身を金属の鎧で覆った騎士クラスとその従者らしき者たちが迫ってきていた。

 従者の方は槍と革の防具で武装している。


 ふむ。

 どうやら、こいつらが俺の死神らしい。


 だが、座ったままでは死んでやらぬよ。


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 正直、身体がついてこない。

 だが、誇りがそれを支えていた。


 負け戦っぽいが、そのままではすまさない。


「……!」


 人間の叫び声。

 槍を突いてきた。


 が、槍の穂先が切り落とされた。


 目の前に細身の片刃剣を持った女がいた。

 いや、メイドがいた。


 あれは東方の鬼族特有の武器、カタナか……。


 メイドはそのまま、二人の人間との間合いを詰めた。

 そして一閃。

 二人の人間の首を一撃で落とした。


 そして振り返った。

 彼女がそこにいた。


「私の夫になろうという男が、何を情けない様子をしているのだ?」


 そして。

 初めて笑顔を見せた。


「……? ……!」


 騎士らしき鎧の男が叫びながら長剣を抜いた。

 それを振りかぶるのを見るや否や、メイドはカタナを喉元の隙間に突き込んだ。



「g……gwooooo!!!!!」



 騎士は懐に入り込んだ相手を見て、長剣を捨てて、短剣を抜いた。

 膂力とタフさは、圧倒的に騎士の方が上だ。


 俺の中の何かが切れた。


「うおおおおおおおお!」


 動けなかったはずの俺は、叫びながら騎士に飛びかかり、短剣を弾き飛ばす。

 そして、そのまま腕を掴んで転がした。


 そこへ彼女がもう一度、鎧の隙間からカタナを突き込む。

 しばらく暴れていた騎士が動きを止めた。



「これを」


 立ち上がった彼女がポーションの瓶を渡してきた。

 俺はそれを一息に飲み干す。


 体内の魔力が一気に戻っていく。


「それとこれも」

 包み紙の中はパンだろうか。

 ありがたく受け取る。


「今もまだ、私を妻にしたいか」

「ああ」


 血塗れのメイド服。

 とても可憐だ。

 そして、頼もしい。


「私の名前はカレン。ウエスギ男爵家の三女だ。生き残るぞ、グレゴリー殿。いや……」


 そして俺の方を見た。



「私の旦那様」



 俺への衝撃はいかばかりなものか。

 彼女の顔がほんのり赤いのは、決して戦場だからではなかろう。



「心得た。生き残ろう。カレン」



 俺は盾と剣を携え、立ち上がった。

 守る。何としても。


 そして俺たちは走り出した。

 生に向かって。





 人類暦1112年、魔界歴2045年に発生した第六次人魔大戦は開戦当初から人類優勢のまま推移した。

 そして魔王城において勇者と魔王の決戦が行われ、相討ちとなった。


 だが、魔王崩御後、代王となったエーレンベルク公爵をはじめとする魔王軍残党らは、勇者という大きな戦力を失った人類軍に対し、果敢な抵抗を行った。

 そして、進軍を急ぐあまり、伸びすぎた補給線に対して行われた、後に魔戦将軍と呼ばれるグレゴリー・ジャーコフらの度重なる攻撃の結果、占領軍を維持できなくなった人類軍は占領した魔族首都を放棄することになった。


 そして翌年、中央平原の交易都市グルームバルトにおいて、停戦協定が結ばれた。


 人類と魔族の間に、一時的な平和が訪れることとなった。

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