つれないメイドに告白するお話。

阿月

告白で自爆。

「俺と結婚してほしい」


 つい、言葉に出してしまった。

 言ってから、激しく後悔していた。


 彼女は魔王城で働くメイドだ。

 鬼族の男爵令嬢と聞く。

 今代の魔王様は女性ということもあって、各地の貴族令嬢が侍女として集められたとも聞く。


 丁寧にまとめられた、つややかな黒髪。

 小ぶりの眼鏡。

 たおやかな立ち居振る舞い。


 素敵な女性だと思った。


 だが、俺の言葉はあえなくへし折られた。


「職務中ですので」


 鋭い眼光で睨み返された。

 仕事の邪魔をされた、という嫌悪感なのか、俺のことなど眼中にないという意思表示なのか。


 思いきり、つれない言葉で返された。


 撃沈、というヤツだ。


 まあ、それもやむなしか。

 俺はグレゴリー。グレゴリー・ジャーコフ。

 龍族だ。

 魔王城防衛連隊の歩兵中隊指揮官。

 まあ、中間管理職みたいなものだ。


 一応、父親は子爵なので、血筋は悪くはないはずだ。

 とは言え、家は兄が継ぐので、何もないと言えば何もない。


 軍隊で出世する以外、まあ、生きる道もあまりない。


 何せ、商才があるわけでなし、役人になれるほど弁がたつわけでもない。


 そんな男に声をかけられても、向こうも困るというものだ。


 初めて会ったのは、部下が酒に呑まれたあげくに、メイドにちょっかいをかけてしまい、執事とメイド長に謝罪をしに行ったときだったと思う。


 冷たい、虫けらを見るような視線に射抜かれたことを覚えている。


 そういう性癖なのかって?

 いや、別にそういうわけじゃない。


 二度目に会ったのは、魔王城で開かれた、エーレンベルク公爵らを招いて開かれた、大舞踏会の時だ。

 酔っぱらってしまった、とある伯爵様が、ちと隠れた場所でメイドに手を出そうとしていた。

 とり急ぎ、事情を聞くと、そのメイドは魔王城のメイドではなく、招待客でもあるラフノイド伯爵家のお嬢様が連れていたメイドらしいのだが、まあ、伯爵様には、そんな事情は関係ないらしい。

 まあ、伯爵様が組み敷きたがるようなプロポーションをしているのはたしかだ。


「おそれながら、ここは魔王城内でございます。めでたい席とは言え、かような狼藉は、伯爵様の家名を汚すことになります。ご自重いただけませんでしょうか」


 彼女は伯爵様から目を逸らすことなく、立ちふさがっていた。

 凄いな、と思った。

 格好いいな、とも。


 翻って、自分が恥ずかしくもなった。


 男として、どうあるべきなのか。

 そう思うと、俺は一歩を踏み出していた。


「失礼いたします。魔王城防衛連隊、歩兵中隊指揮官グレゴリー・ジャーコフであります。現在、城内改めのため、各部屋を巡回中であります。何か使用人が伯爵様にご無礼を働いたと聞きました」


 一気に、そうまくしたてる。


「中隊指揮官、よく来た。私が取り込み中のところ、この不遜なメイドが邪魔をしているのだ。すぐに部屋から追い出してくれ」

「はっ。承知しました」


 私は睨まれた。

 当たり前だ。

 彼女からすれば、女性を守ることもできない権力の犬ととらえただろう。

 まあ、俺はそういう生き方をしている。


 俺は立ちふさがる彼女の手前でしゃがみこみ、破かれたドレスの前を、何とか合わせようとしているラフノイド伯爵家のメイドに声をかけた。


「やや、あなたはひょっとして、ラフノイド伯爵家のお嬢様のメイドではないでしょうか」

「は、はい。そうです」

「こんなところでいけませんねぇ。お嬢様から、防衛連隊本部に捜索願いが出ております。私にご同道いただいてもよろしいでしょうか?」


 そう言ってウインク。

 合図に気づいていただいたようで、メイドは大きな声で返事をする。


「は……、はい。申し訳ありません。ただちにお伺いさせていただきます」


 彼女の視線が背中に刺さる。

 う……、痛い。

 怒っているかなあ。

 

 そりゃ、権力に膝を折っている形だけどさあ。

 正義感は理解するよ。

 いや、正しいとか正しくないとかじゃなくて、こういううやむやが、一番みんなが幸せになれるのよ……。ダメかなあ。


 と、中間管理職的思考をしながらも、彼女に声をかける。


「申し訳ないが、何か羽織りものはないだろうか。この格好ではこの方の名誉にかかわる」

「は、しばしお待ちを」


 冷淡かつ無感情な言葉。

 うわー、怒ってるかな。


 すぐに、レースで織られたショールを手にした彼女が戻ってきた。

 そして、ラフノイド伯爵家のメイドの肩から、それをかける。


「では、行きましょうか」


 俺は立ち上がって、伯爵に敬礼をする。


「職務のため、こちらのメイドを連行させていただきます。失礼いたします」


 そう言って、部屋を辞した。


 それ以来、俺は彼女から目が離せなかった。

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