どこまでもめんどくさい私たちへ
1
――きっと私は、幸せな家庭で育ったのでしょう。
●●●
人を好きになるのは素敵なこと。人に恋するのは素敵なこと。人を愛するのは素敵なこと。
――大好きだったお母さんが、ことあるごとに私にそう言ってくれていたのをよく覚えている。
私の知っているお父さんとお母さんは、いつだってラブラブで、お互いがお互いのことを大好きで、愛し合っていて、喧嘩なんてしている所は見たことがない。
私が物心付いたころから、お父さんとお母さんはずっとそうだった。よく覚えている。
私は永遠の絶対を疑わなかった。
お父さんも、お母さんも、永遠の絶対を信じていたのだと思う。
幼い私は、布団の中、お父さんとお母さんに挟まれて眠りにつく。
お父さんとお母さんは、私の耳にささやく。
――恋夢は本当にかわいいですね。
――恋夢はお父さんによく似て優しいね。
――恋夢はお母さんによく似て美人ですね。
――恋夢は賢い子だね。いつも元気いっぱいで素敵だね。
――恋夢は本当に良い子ですね。大好きですよ。
――愛してるよ。
――愛していますよ。
――いつまでも、いつまでも。
私はお父さんとお母さんに、こう返す。
――私も好き、大好き! 愛してるよ!
――お父さんはお母さんのこと好き? お母さんはお父さんのこと好き?
返事はいつも決まっていた。
お父さんとお母さんは、永遠にお互いを愛し合うことを誓ったそうだ。
永遠の絶対を誓ったのだ。
そんな二人の間に、私が産まれたのだ。
とても、とても、とてもとても、とっても素敵だと思った。
いつか私も、世界で一番素敵な愛する誰かと、こんな風に――。
私は幸せだった。
●●●
小学四年生の時、風邪を引いた。
学校で熱を測ったら、三十七度七分だった。
大した風邪でもなかったが、幼い頃から頑丈で、一度も風邪を引いた記憶の無い私にとっては大きな出来事だった。
朝から頭がぼんやりしていたのは風邪だったのかと理解して、少し感動すらしていた。
風邪を引いて嬉しいというのもおかしい話だけど、その時の私の心は浮き足立っていた。
風邪を引いたらどんな風になるのか、とても興味があったから。
だから私はぼうっとした頭の中で、これが風邪かぁと思って、ワクワクしていたのだ。
家にいるはずのお母さんとの連絡は繋がらなかったけれど、私は午前中に早退することになった。
熱も大したことがなくて歩ける状態だったから、一人で帰れると主張して、半ば強引に一人で帰路に着いた。
家に続く道をゆっくり歩きながら、私はいつかのことを思い返していた。
お父さんが風邪を引いて寝込んだ時のことを。
ベッドに寝て辛そうにしているお父さんを、お母さんが一生懸命看病していた。
私にはそれが、羨ましかった。
お母さんに看病されているお父さんのことも、お父さんを看病しているお母さんも、どっちも羨ましかった。
何だかそれが、目に見える形となった愛の証に思えてならなかった。
私も大好きなお母さんに看病されたかったし、大好きなお父さんを看病したかった。
そんなワガママを言う私に、お母さんは言った。
――恋夢が風邪を引いた時は、いくらでも看病してあげますよ。
――でも、お父さんを看病するのは私の役目ですから、恋夢には譲ってあげません。ふふ、だって、お父さんを世界で一番愛してるのは、私ですから♡
●●●
風邪を引いた。
お母さんに看病してもらえる。
私はそんな期待と高揚を胸に、私はいつもよりずっと早く家に帰り着いた。
家との連絡が繋がらなかったのはお母さんが買い物か何かに出かけているからで、すぐに帰って来るだろうと思った。
家の鍵を開けて中に入ると、家には誰もいなかった。
その時、私は、もうすぐ帰ってくるだろうお母さんをびっくりさせようと思って、ぼんやりした頭でクスクス笑って、家族の寝室の――クローゼットの中に隠れた。
●●●
思春期――とは、段階的に身体が成熟し、小児から成人へと移行する時期のことだ。
雑な言葉で括れば、男の子がより男性らしく、女の子がより女性らしくなる時期であり、異性に興味を持って当然の時期と言える。
色恋事に決まった形なんてものがある訳ないけれど、大多数の人間の体に子孫繁栄というものが本能として植え付けられている以上、決して避けては通れないものがある訳で――。
例えば、学校で行われる性教育の授業とか。
精子、卵子、生理、精通、初潮、受精卵、などなど。
正直に言うと、当時はあまりよく理解できなかった。
私が首を傾げていると、女の子のおっぱいが大きくなるという話を聞いて、既に少し胸が膨らんでいた女の子をバカにして笑った男の子を、先生が物凄く怒った。
滅多なことでは怒らないおおらかな先生が、それはもう鬼のような形相で。
教室に緊張が走った。
――その時、私は理解した。
話の内容はまだよく実感できないけど、これはきっととても大切な事なんだろうな、と。
けれど、ちょうどその頃、他の子より早めの生理が私に始まって、少しずつ実感も湧いてきた。子供から大人になることの意味を、少しずつ理解できていた気がする。
しかしながら、一つだけ分からないことがあった。
子供のつくり方だ。
体育の授業によると、卵子の中に精子が入ってできた受精卵が、女の子の体の中で成長して子供になるということだった。
でも、どうしても分からないのだ。
男の人の体の中にある精子と、女の人の体の中にある卵子を、どうやってくっつけるのか、当時の私には、その方法が本気で分からなかった。
そこだけは、授業でも教えてくれなかったから。
質問をしても、先生も、お父さんもお母さんも、私がもう少し大きくなった教えてあげると有耶無耶に誤魔化すばかりで、どうしても教えてくれなかった。
分からなかった。
本気で、本当に分からなかった。
今になって思い返すと、その方法に自分で辿り着けなかったのが不思議だけど、きっとその発想が初めから頭に無かったのだと思う。
だから私はソレを見て、キッカケを得たのだ。ようやく理解できたのだ。
あぁ、そういうことか――と。
●●●
クローゼットの中に隠れていた――。お母さんが家に帰ってきたのが物音で分かった――。お母さん以外の足音も聞こえた――。お母さんと男の人が笑い合っている――。とても楽しそうだ――。何を話してるんだろう――。寝室にお母さんと知らない男の人が入って来た――。お母さん、その人は誰?――。お母さんと知らない男の人がキスをしてる――。思わず出そうになった声を必死に呑み込んだ――。知らない男の人がお母さんのおっぱいを揉んでいる――。どうしてそんなに楽しそうなの?――。幸せそうなの?――。それは幸せなことなの?――。服を全部脱いだお母さんと知らない男の人がベッドに倒れ込んだ――。私は――。目が離せなかった――。声も出せなかった――。私は――。私は――――。
●●●
●
●
どうして――? と、そう思った。どうして? って●
その男●人は誰? って。何をやっ●るの? って。子供を●くってるの? って。お父さ●は? って。どう●●こと? って。どうして? って。
意味が分からなかった。その状●の全てが理解で●なかった。何も●も分からなかった。
本能が、そ●の理解を拒ん●るのを何となく感じた。――理解して●いけな●と。
頭が白くな●て、暗●なって、赤くなっ●、鮮血みたい●真っ赤――――――●●―。
どうして?どうして?ど●して?どうして?どうして?どう●て?どう●●●どうし●?どうして?●●して?どうして?どうし●?ど●●て?●うして?ど●して?●うし●?ど●して?どうして?●う●て?●うし●?どう●●?どうして?●うして?●●●●?ど●●て?どうし●●●うして?どうし●?どうし●?どうし●?●うして?ど●●て?どう●●●どうして?どうし●●どう●●●どう●て?どう●て?どう●て?ど●して●どう●て?どうして?●うし●?ど●●て?ど●して?●うして●ど●して●●う●て?●うし●●ど●して?●うして?ど●して●ど●●●?ど●て?●●して?ど●し●●●う●●●●うして●●うして●ど●●●●どう●●?●う●●●●●●て?●う●て?●●●●●●●●●?ど●し●?●●し●●●うし●●●●●●?●●●●?●●●●?●う●●●ど●●て?●●し●●●う●て●●●し●●●●し●●●うし●●●●●●●ど●し●●ど●●●?●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
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恋夢、なんか最近おかしくないか? と、うつつくんに言われました。
そんなことはないと思います。おかしくなったのは、お父さんとお母さんの方です。
私のせいなのだと思います。
――――でも、よく分かりません。
それが分からないのは、まだ私の恋愛経験が不足しているからなのでしょう。
だから私は、〝恋〟をさがすことにしました。
同じ学校に通う素敵な人たちと〝恋愛〟してみることにしました。
都合の良いことに、ちょうどその頃、私の周りには色恋が溢れ始めました。みんながみんな、誰が誰のことを好きだとか噂したり、恥ずかしがって本当は好きな人がいるのに自分の好きな人を隠したり、恋愛なんて興味ないって言う男の子が実は興味津々だったり、女子の間では恋バナが定番だったり、好きな人に素直になれず意地悪して泣かせてしまったり、誰が誰と付き合ったとか、付き合ったら何をすればいいの? とか、キスをしたとか、別れたとか、誰に好きって言われたとか、誰が誰を好きっていう噂は本当なの? とか。――私も、その色恋の渦に飛び込みました。恋愛のことを深く知りたいと思いました。そうすれば、どうしてお父さんとお母さんがおかしくなったのかが分かって、二人を仲直りさせてあげられるかもしれないと思いました。今までは誰かに告白されても、お母さんの言っていたような素敵な恋を自分の中に見つけることができなかったので、断っていました。ですが、経験することは大事だと思ったので、一度試しにみんなの告白を受けてみることにしました。男の子でも、女の子でも、誰でも、私を好きと言ってくれる君たちの告白なら――。他には、みんなの恋を応援するということもしました。中でも私の幼なじみのうつつくんはよくモテていて、彼を好きだという女の子はたくさんいました。そのことを隠していても、うつつくんを見つめるその子の目を見れば、大体分かりました。――手伝ってあげることにしました。
恋が実るのはとっても素敵なことだと、幸せなことだと、お母さんが言っていましたから。
●●●
うつつくんを取り合って喧嘩しているたくさんの女の子たちを見て、私は疑問に思いました。恋と恋が重なってしまうと、全員が幸せになることはできないのでしょうか……?
だからお父さんとお母さんは――? え?●●ず●い●●好●●●に●愛●●。
恋は幸●に繋が●●いるとお母●んは言●●いた●に、ど●●て――●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●――――――よく、分かりませんでした。
よく分からないので、あまり考えないことにしました。
きっと私は考えるということに向いていないのです。
それよりは、思うまま気の向くままに動いた方が気楽なのです。考えても考えなくても、私は私です。
――――私は、たくさんの女の子に囲まれているうつつくんを見て、モヤモヤしました。
上手く言葉にはできないけど、モヤモヤしたんです。あえて言葉にするなら――。そう、たくさんの女の子に囲まれているうつつくんを見て、『取らないで欲しい』――って。
うつつくんに恋する彼女たちを応援したいと思ったのは本心でした。
だから彼女たちを手伝いました。幼い頃からずっと一緒にいるうつつくんを取られたくないと思ったのも本心でした。だからつい言ってしまいました。
一体誰が一番好きなのか? と、うつつくんを問い詰めている女の子たちの間に割って入って、「うつつくんが一番好きなのは私ですよ」――と。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
大変なことになりました。
その時私が付き合っていた男の子たちと女の子たちと、私が応援したうつつくんに恋する女の子たちが入り乱れて、もう収集が着きません。
でも、うつつくんが私を一番好きなのは間違いないことなんです。
だって、この前言ってくれましたから。
私が風邪を引く少し前に、「恋夢のことが好きだ。一番好きだ。愛してる」――って。
うつつくんにとって、私へのその想いは初恋であるということも聞きました。
とても、とても、とても素敵なことだと思いました。
でもその時の私は、自分がうつつくんに向けるこの想いが恋であるかどうか分からなかったから、その告白を断ったのでした。
私もうつつくんのことは大好きでした。けれども、それが恋であるかどうか、よく分からなかったのです。
――未だに、みんなの恋を傍から見ていても、色んな人と〝コイビト〟になってみても、恋が何なのか分かりません。
恋とは、何なのでしょうか。
うつつくんを取られたくないと思った時の気持ちは、お気に入りのオモチャを誰かに取られてしまった時とあまり変わらなくて、恋ではないと思いました。
こんなのは恋じゃありません。
恋はもっと――、私にとって〝恋〟はもっと――、世界でたった一つ、この世にあるどんなものよりも素敵で、これしかないのだと心の底から確信できるような――。
――――永遠の絶対で。
そうなのです。
私にとっての〝恋〟はそういうもので、そういう人と愛し合って初めて、お付き合いしたと言えるのです。恋人になったと言えるのです。
例えばそれは、一生愛し合うと誓い合った人を裏切ってでも――愛狂おしいほど愛し合いたくなってしまうような――そういう凄まじい〝ナニカ〟
試しに付き合うなんてこと、〝恋〟に失礼です。私はバカでした。
気付きました。
お父さんやお母さんや、みんなの恋を見てきて、ようやく分かりました。
●●● ● ●
私はこう想うのです。
恋心は、どこまでいっても、どうしようもなく自分だけのものである――と。
そして――。いつの日か、必ず――。
どうしようもなく落ちてしまう最初で最後の〝私の初恋〟は――、
――永遠の絶対でないといけないのです。
仕方ありません。
だって他でもない私自身が、そう決めてしまったのですから。
さて、ここで問題です。
――その想いを恋と定める方法を答えなさい――
答えはもちろん、分かりますよね♡
●●●
うつつくんに怒られました。
何てことしてくれたんだ――って。
私は謝りました。
私は私のやりたいことをやりたいようにやりましたが、悪いことをしたつもりは無いですが、それでうつつくんやみんなに迷惑がかかってしまったことを理解しました。
だから、謝りました。
――ごめんなさい。
●●●
お母さんが屋上から落ちて目を覚まさなくなって、大きな病院に入院しないといけなくなったので、お引越しと共に転校することになりました。
うつつくんと仲直りできないまま、私は生まれ育った街を離れました。
●●●
ラブコメが、大好きなのです。
まだ恋に落ちたことが無い私でも、まるで自分のことのようにキュンキュンして、たまらなくなって、悶えて、笑えて、泣くほど楽しくなって、ちょっと切なくて、恋って良いものだなぁと思えて、現実の辛いことを忘れられて、幸せになれるから、好きなのです。
でも、ラブコメの全てが好きという訳でもありません。
ラブコメに限らず、恋愛を扱った創作の中には、運命の相手と結ばれることができない人が出てくることがあります。そのことがどうにも、モヤモヤしてしまいます。
私たちは現実世界の神様にはなれないけれど、自分で創り上げた世界の神様は自分であるのだから、登場人物みんなを永遠の幸せに導いてあげればいいのに――と、思うのです。
できることなら、現実もそうであって欲しいと思います。
でも、この世界の神様は意地悪だから、みんなに永遠の絶対を与えてはくれません。
――――なら、私だけでも。
ある日、そう想いました。
私はいつだって、この世にある全ての恋が最高の形で叶えばいいと願っているけれど、
この世に絶対はないのだから、そういう世界が現実に訪れる可能性だって、絶対に無いとは言い切れないのだけれど、
この世で一番大切なことは、〝私の恋〟なのだから、
だって――〝私の恋〟は、
この世にあるどんなものよりも素敵な、永遠の絶対でないといけないのだから、
――そのために私は、私のための世界一のラブコメをつくるのです。
この現実という世界のメインヒロインは、私でないといけないのです。
この世界の神様は私じゃないから、私がつくらないといけないのです。
〝私が〟キュンキュンして、たまらなくなって、悶えて、笑えて、泣くほど楽しくなって、ちょっと切なくて、恋って良いものだなぁってなって、最高の恋が生れるような、世界で一番素敵な、私がメインヒロインのラブコメを――。
ほんの少しでもそのためなりそうなことなら、私は何でもやるつもりです。
●●●
私のためのラブコメをつくるということになれば、いずれ私と結ばれる運命の相手と出会うことが一番大事で、最も優先すべきことでしょう。
けれど、中々この人だと思える人が見つかりません。
そもそも、運命の相手というのは、さがして見つかるようなものなのでしょうか。
必ず結ばれる永遠の絶対の運命というのは、その人と出会ったその時に、分かるものなのでしょうか。
●●●
私の運命の相手はどんな人なのだろう――と、考えてみます。理想を想い浮かべます。
――顔が良い人が素敵だと想います。
私の運命の相手が王子様かお姫さまかはまだ分かりませんが、運命の相手が、その顔を目にするだけで幸せがいっぱいに溢れるような、そういう素敵な何かを持っているといいなと想うのです。
――昔の私を知ってくれている人であれば素敵だと想います。
――私もその人のことを昔から知っていると素敵だと想います。
人は成長せずにはいられない生き物ですから、二度と戻らない過ぎた時間を共有できるというのは、とても良いことだと想うのです。
――出会いが劇的であれば素敵だと想います。
その人との出会いが否応なしに脳に刻み付けられて、否応なしに運命の始まりを予感させるような、鮮烈と焼き付くものであればいいなと想うのです。
――男性であれば素敵だと想います。
やっぱり私はどうしようもなく女性で、運命の人との間に子供が欲しいので、運命の相手が男性であればいいなと想うのです。
――女の子なら、大きなおっぱいを持っていると素敵だと想います。
お母さんと抱き合う時、お母さんの大きくてやわらかいおっぱいを肌で感じるのが好きだったからでしょうか。私は運命の相手のおっぱいが大きくて、やわらかいといいなと想うのです。
――やさしい人であれば素敵だと想います。
私が悲しくて泣いてる時、何も言わずに、強く、強く、強く、骨が折れそうになるくらい抱きしめてくれるような人であればいいなと想うのです。
――――でも、そういう私の理想を全部抜きにして、飛び越えて、吹き飛ばして、ただ恋に落ちてしまったからという理由だけで、無条件に無償に生涯愛し合えるような人も、素敵でいいなと想います。
●●●
理想の相手、運命の相手。
私がそれを想う時、最初に出て来るのはうつつくんでした。
私が今まで見てきた人の中で、一番それに近しいと想えるのは幼い頃から仲が良かったうつつくんで――、けれども、だからと言って、うつつくんが運命の相手であるという確信も、持てませんでした。
●●●
――ねぇ、恋夢。恋って素敵なんですよ。――恋から始まる恋愛はとっても、とっても素敵なものなんです。――めんどくさい所もたくさんあるけど、そこが恋愛の良い所なんです。――ねぇ恋夢。私はですね、●●くんと恋をして、恋愛して、結婚して、あなたを産むことができて、本当に幸せなんです。私は、世界一の幸せ者です。
――でも恋夢は、私よりも幸せになってくださいね。
――――世界で一番素敵な人と、世界で一番の恋に落ちて、世界で一番の恋愛をして、世界で一番の愛に包まれて、世界で一番幸せになってください。
●●●
高校一年生の半ば、お母さんが奇跡的に目を覚ましました。
お母さんは屋上から落ちる前の記憶を全部無くしていましたが、高校一年生の終わりには退院することができました。
――などと、その間にも色々あった訳ですが、結局また引っ越して、転校することになりました。
そして、転校した先で、私は〝偶然にも〟うつつくんと再会したのです。
その時確かに、私は運命を感じたような気がしたのでした。
これが運命であればいいのに――と、そう願いました。
●●●
七月六日の放課後。特別棟の屋上で、うつつくんとかなたが向かい合っていました。
この前と違って、うつつくんの方からかなたを呼び出したみたいでした。
予め屋上にいた私は、塔屋の上の給水塔の陰に身を隠して、二人の行く末を見守ります。ここ数日続いていた晴天は鳴りを潜めて、頭上に広がる空は薄墨色に曇っていました
「ひなたは、あの二人がどうなると思いますか?」
私より先にここに来ていたひなたに、問いかけます。
ひなたは塔屋の上に持参したレジャーシートを敷いて、横になりながらスマホを触っていました。
「……どうでもいい」
「その割には、いつものヘッドホンは付けてないですよね」
「…………」
心底煩わしそうに私を見やって、ひなたは傍らに置いてあったヘッドホンに手を伸ばします。しかし私は、ひなたがヘッドホンに触れる前に、それを掠め取りました。
「……っ」
嫌そうな顔でひなたが私を睨みます。
今ここを降りればあの二人に気付かれてしまうから、もうひなたは逃げることもできないでしょう。
「あは♡」
本当に、可愛いと思います。愛おしくてたまりません。
恋に恋する君も、恋に憧れる君も、恋に怯える君も、恋を諦めてる君も、どうしようもなく恋にとらわれて溺れ落ちてしまう君たちが――、あなたたちが――。
――恋するみんなが大好きです。
全ての恋が叶えばいいのにと思います。
この世に落ちてきた恋の数だけ、永遠の絶対が叶う夢のような現実があればいいのに、と。
――――想って、
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