ラブコメの始まりに世界一めんどくさい君が転校してくるんだってさ
1
――きっと俺は、幸せな家庭で育っているのだ。
この俺を、頭の出来も運動神経も良く、整った顔立ちの長身として産み、健やかに育ててくれた両親には、感謝すべきなのだと思う。
いや、実際に感謝はしている。でも、きっと、もっと感謝すべきなのだろう。
生まれてこの方、勉強に関しては苦労したことがないし、スポーツに関しても運動神経や基本的なセンスで劣等感を覚えたことがない。
両親の教えに従ってコミュニケーションを取っていれば気の良い友人も出来たし、〝基本的には〟楽しい学園生活を送ることが出来ている。
おそらく運にも恵まれているのだと思う。
だが悲しいかな、人は隣の芝生に必要以上の価値を見出し、足元の芝生を必要以上に卑下してしまう生き物なのである。
自分が持っていない他者のモノを妬ましく思い、自分が既に持っているモノを皆に誉めそやされても、「そこまで言うほどのモノか……?」と首を傾げてしまう。
自分が稀有で幸せな存在であると頭では理解していても、どうにも実感としては得にくい。感情が着いて来ないのだ。理性と感情は相容れない。
俺は俺以外の人生を歩むことはできやしないし、かと言って元から持っていたモノを捨てるというのもおかしな話なのだから、実感などできなくても、当たり前と言えば当たり前の話かもしれない。
利便性と娯楽性に満ちた現代のこの国に生まれることが出来た事実そのものに対して、喜びや幸福を実感として得にくい、と言えばもう少し幅広い共感を得られるだろうか。
――だって、気付いた時にはもう持っていたモノなのだから。
だから、周りからイケメンだのハイスペックだの誉めそやされても、女の子にモテて良いなぁと羨ましがられても、俺としてはついついこんなことを考えてしまうことがある訳だ。
別にここまでモテなくても良かったのに――と。
もちろんこんな胸の内は公言しないし、己が捻くれていることは承知の上だが、自分が持って生まれたモノが原因で巻き込まれた数々の面倒事を思い返せば、こういう思考に至るのも仕方ないだろう。
少なくとも、自分に甘い俺は俺自身のことをそう認めるのである。
そして、その面倒事の数々のほとんどを占めるのが、何と言っても色恋沙汰だ。
恋愛こそが青春における最大にして最高のファクターである――という言を聞いて頷く者が一体何人いるのかは知った事じゃないが、巷で人気を博する青春恋愛モノのまぁ多いこと多いこと。
意図せずとも勝手に視界に入り込んで来て、うんざりする量である。
そのような創作物が長らく溢れて流行り、王道の代表とすら言えるほどの人気を築き続けている事実は、極めて多くの者たちが青春に色恋を求めている何よりの証拠。
要するに、だ。
学生などという俗な青春に代表される時分において、あっちにもこっちにも色恋にまつわるアレコレが潜んでいるのは何らおかしいことじゃない。
そう――、何もおかしいことではない。むしろそうあって当然なのだ。
青春結構、色恋結構、存分に楽しめばいいじゃないか。
好きに色恋を謳歌して、勝手に青春を鮮やかに彩るがいい。
個人の感想として色恋なんて面倒の極みだと確信しているし、心底苦手だし、胸の内では進んで色恋沙汰に関わる者達を愚かだと嘲っているが、俺はそこに異を唱えない。
俺は別に自分の性格が良いとは思っていないし、捻くれている部分もあると自覚しているが、性根が腐っている訳ではないのだ。
人の嗜好に進んでケチを付ける趣味はない。
人は人、自分は自分だ。だからこそ、言わせて欲しい。
「――――俺をそこに巻き込むんじゃねぇッ!」
狭苦しい文芸研究部の部室に、俺の声が響いた。
俺としては淡々と愚痴っていたつもりだったのだが、反響して我が耳朶を打ったその声音には、思った以上の悲痛が滲んでいた。
今のは我ながら迫真の一声だった。
どうも自分が思う以上に鬱憤的なものが溜まっていたらしい。
「……なんというか」
多種多様な書物(と漫画も)がギッシリ詰まった書棚群を背負うように座っている
さらに注目してみると、そのすっきり整った口元には僅かな愉悦も見え隠れしている。
ハーフリム型メガネの奥に光る理知的な瞳が、安物の長机を挟んで座る俺を見ていた。
「なんだよ」
「イケメンが変に拗らせると、こんな風になるんだなと感心してる。モテなくて拗らせるよりよほどめんどくさいかもね」
「うるせぇな……」
知らず、はぁとため息が漏れた。
色々煩わしくなって、空斗から目を逸らす。
「いいよ。もっと話してくれて」
愉悦めいた感情を隠さずに、空斗が言った。
「うつつがここまで愚痴るってことは、何かあったんだろ?」
「……お前に話したところでどうにもなんねぇよ」
「別に僕がどうこうするつもりは微塵もないよ。愚痴を聞くってそういうもんだし。てか、うつつも言ってみたいに、色恋の話題ってのは人を惹きつけるもんだからさ、僕としても純粋に気になる訳だ。だから、聞かせてくれ」
「はぁ……」
相変わらず良い性格をしている友人である。
でも、こんな奴だから、俺もどうしようもない胸の内を曝け出せるのかもしれない。
それにこいつは、人の知られたくない部分を知って愉しむ性悪であっても、それを他者に言いふらすようなクズではない。
そういう最低限の分別はしっかり弁えている奴だ。
「まぁ、なんとなく想像は付くんだけどさ。今日うつつのクラスにやって来たらしい転校生の女の子と、何か関係があるんじゃない?」
まさにその通りだ。こういう察しの良さも、
「じゃあ話すけどさ……」
今日の一件を思い出してうんざりしつつも、俺は口を開いた。
まったく、どうしてこうなってしまったのか。
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