序章

序章

 いつの時代も、独裁に苦しめられ、恐怖政治の下の恐怖心に支配される人々は多く存在する。時代が移り変わろうと、文明レベルが高位なものに上がろうと、科学技術が進歩していようと、時に人は独裁者を求め、時に人は独裁者に苦しめられる。

 それは、激動……いや混沌こんとんとした新時代宇宙。破壊と浄化によって形成される終わりと始まりの秩序世界において、一つの希望として密かに普及していくのをまだ誰も知らない……。



 ***



 激動の前時代が終わりを迎え、新たな時代が幕を開けた。

 再生を遂げた神聖帝国連邦は、かつての栄光への回帰を求め全身をはじめる。共和国連邦は帝国の野望を打ち砕くとともに共和主義の安定と平和な世界を求めている。

 ……はずだった。

 すべては、一人の男の壮絶な野心によって破壊され、その男が造り出した理想世界は、この世の終わりの始まりのように思えてしまう。

 深淵領しんえんりょう

 その地に具体的な名前はない。呼称するのも、あくまで仮の名前に過ぎないのだ。政府が存在せず、少なくとも深淵隊によって支配されるこの国は、『深淵領』もしくは『聖(性)なる浄化領』と呼ばれる。

 どう形容したらよいだろうか。名状めいじょうしがたい世界。世紀末。終末世界。生きた混沌。漆黒。具現化された黙示録もくじろく。大罪をその身で体現し、ダークマター(宇宙の暗黒物質)よりも深い黒で、ブラックホールみたく出口のない世界。生きることよりも、死ぬことが生命体としての尊厳そんげんを保つことが許され、魂すら昇天することができない本当の意味での地獄。

 かつて、この地に存在した共和国連邦という国は、自由と民主主義を愛し、憲法に守られた共和制の元で繁栄はんえいを築き上げていた。大宇宙の二大巨頭として、宇宙世界に多大な影響を与えた国は、建国から数万年の歴史を、たった一週間で消滅させた。

 『五日戦争』後世において、そう呼ばれる戦争。

 最も非道なる戦争、国際法が消滅した戦争、終末戦争、理性を徹底的に粉砕ふんさいした狂気戦争。その呼び名は多岐にわたり、それらすべてがこの戦争の凄惨さ(せいさんさ)を物語るには十分な材料となる。核戦争が理性的に思え、生命体として死ぬことこそが幸せなどと呼ばれた反文明的戦争は、指導者シェルディナント・ヴィルレヴァンガーと、彼が指揮する深淵隊しんえんたいによって引き起こされた。

 帝国において皇帝を殺害し、政府首脳を謀殺し、帝都市民を惨殺ざんさつし、大量破壊兵器を用いて共和国連邦を物理的に消滅し、世界の終末的破壊をもたらした。

 外宇宙の巨悪によって成立した深淵領は、恐れるものが何もなかい。動物的欲望のままに、行動するだけの獣と化している奴らにとって、倫理も、人道も、理性も、法律もすべてが消え去り、息をするように人を殺し、食欲を満たすために人のしかばねを食らいつくす。性欲を満たすために強姦か、動物の生殖行為のように無差別かつ無尽蔵むじんぞうに犯す。都市から臭うすさまじい腐敗臭と、インフラの崩壊によってマンホールからは鼻をつんざくような悪臭が漂い、栗の花の臭いと焦げた鉄のような臭いが合わさり、混沌とした吐き気を催す邪悪を体現する。

 ここはすべてを失った後の世界。無政府と無秩序が合わさった結果、最悪の無政府状態に陥っている深淵領からは、道徳、人道、倫理、理性、人権が総じて踏みにじられ消滅し、原始時代のような動物的本能の赴くままに行動する深淵隊の姿は、もはや文明の光を焼失させた。


 帝国は戦慄している。それはシェルディナント・ヴィルレヴァンガーの猟奇性と、深淵隊の無秩序さに対して。

 主が述べた黙示録ではこう語られた。


―彼の地は主への反逆的精神という名の邪神による産み落とされた。つまるところ主を殺し、悪魔を隷属させ、自らを救世主であると考え込んでいるのだ。


 酷い言われようである。

 しかし、無理もなかろう。この地から逃れてきた亡命者、もしくは深淵隊に属していたが理性を取り戻した者によって告発された深淵領の実態に、国民も政府も戦慄していたのだ。ヴィルレヴァンガーをこの地に追い出してから、帝国は幾度いくどとなくその存在の排除を試みた。宇宙船を平気で襲い、海賊のごとく乗員を殺すと、物資を略奪りゃくだつしていく存在は、しかし一度も成功することはなく、やがて彼らも静観することに決めた。

 そう、表向きは……

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