第1章

第1話 <破壊の始まり>

 カーンコーン カーンコーン

 いつの時代も、子どもたちの放課後の過ごし方が変わることはない。下校を告げるチャイムが鳴り響き(なりひびき)、各クラスで帰りのホームルームが行われる。担任や各委員会からの連絡事項が告げられて、「先生、さよーならー」の掛けかけごえ挨拶あいさつが終わると、子どもたちはバッグを背負って一目散いちもくさんに教室を飛び出した。

 「また明日!」「帰ったら○○公園すぐ集合な」「バイバーイ」と、一瞬にして学校中は授業という束縛そくばくから解放された子どもたちの元気いっぱいな声で溢れ(あふれ)かえっている。

 これはある種の平和の象徴しょうちょうであった。

 子どもたちの笑顔溢れるその光景。子どもたちにとってみればそれが日常であり、友達や家族と過ごす日々は実に楽しいことであろう。

 よく、子どもの頃は一年が長く感じたが、大人になってからは一年が短く感じる。という話を聞くことがある。これは子どもの頃は小さな出来事でも非日常ひにちじょう、好奇心や探求心がくすぐられた結果、一年が長く感じてしまうことらしい。

 大人になってしまえば、一年がたつのはあっという間に感じ、それが歳の積み重ねとしてネガティブに受け取ってしまいがちなのだが、子どもにしてみれば成長と探求心、好奇心を養う貴重な時期であり、思い出をつくるうえで一日一日が貴重と言えるだろう。

 少年もそのうちの一人だった。

 教科書やノートが入ったリュックサックを背負い、数人の友達とともに教室を飛び出すと、廊下を走り出す。「廊下を走らない!」という先生の注意により少年らの足は遅くなったものの、それでも校門を通り抜け、通学路になると再び走り出した。学校に居残ろう(いのころう)とはせず、寄り道もしようとしない少年らは、放課後の貴重な時間を満喫まんきつするために、一目散に帰路につくようだ。通学路の中ほどにある交差点で「また後で!」といい、友達とは別の方角へ走っていくその少年は、一週間ほど前に買ってもらったばっかりの新品の運動靴で坂道を登っていった。靴擦れくつずれが起きないか心配である。

 町で最も大きな小学校に通う少年の家は、小高い丘の上にあるマンション群の一室であった。しかし、そこは元気いっぱいな小学生。付け加えるなら、友達と遊ぶことが楽しみな少年にとって、坂道ぐらいは余裕よゆうも余裕。有り余る体力で一気に駆け上がると、息切れなどすることなく、マンションのオートロックを解除してエレベーターに飛び乗った。

 512号室にある少年の家。


「ただいまー」


 かぎが掛かっていない玄関を開け、少年はバタバタと家に上がる。


「おかえり」

「兄ちゃんおかえり」


 家には、少年の母親が洗濯物を取り込んでおり、一つ下の妹はソファーに座って録画していたアニメを見ていた。そのアニメは、どうも流行りの異世界系なのだが、その原作であるライトノベルが、妙にリアリティのある描写らしく、それがうけているらしい。


「——と遊んでくる」

「りょーかーい。6時までには帰ってきなさいよ」


 母親はそう言うと洗濯物として干していたベッドシーツを寝室へ運んでいった。

 リュックサックを自分の部屋のハンガーラックにかけ、遊び道具として携帯ゲーム機を小さなショルダーバッグに詰め込むと家を飛び出していた。いつの時代も、子どもたちは公園でもゲームをするのである。それはオンラインが高度に発達した今でさえも、相手の表情やプレイを眺めるながめるなど対面だからこその楽しみがある。


「⁇」


 共用通路を歩いているとき、不意に、とても不思議な気配を感じ取った少年は共用通路から遥かはるかな空を見上げる。雲一つない綺麗な青空は、何度見ても時間を吸い取られるように見入ってしまい、どれだけ心が荒んでいたとしても、一瞬にして浄化し包み込んでくれる暖かさ。少年は夜が苦手なのも、陽の明るさと、なによりこの暖かさを好んでいたためでもある。

 ……あるいは、暗く冷たいだけの夜への恐怖きょうふ、それからの反発という意味合いもあったかもしれないが……。


「……えっ?」


 エントランスホールを出てすぐの歩道を走っていた少年は、突然足を止め雲一つないような青空を見上げた。マンション群の間から見える壮大な青空に、少年は一瞬だったが何か黒色の物体が飛翔したところを見たような気がした。しかし、それも視界にコンマ単位で映り込んだだけであり、仮に虫だと誰かに言われたら普通に納得するぐらい一瞬だった。

 ただし、虫にしては大きかったような気もするが。

 飛行機だろうか? いや、ここのマンション上空を飛行機が飛ぶことはない。なら虫? 一番あり得そうだが、何か納得がいかない。では何らかの飛行物体? それはむしろ知りたい。などという考え(こんな論理的ろんりてきに追及していない)を巡らせる少年だったが、次の瞬間にはその思考に構うことはなかった。

 いや、それどころではなかった。

 突如として、西の空が思わず手で目を覆ってしまうほどまばゆい光を放った。もはや目が焼き切れるような眩い閃光せんこうを放ち、陽の光とは比べ物にならないほど近距離で、しかもそれが自然に起こる現象ではないことは一目瞭然いちもくりょうぜん


「まぶしっ!」


 眼を押さえながら思わず地面にしゃがみ込んだその時だった。

 ドゴォォォオオオオオオオオオオオンンンンンンンンン。耳をつんざき、そのまま鼓膜こまくを破壊する轟音ごうおんとともに、少年の体は宙を舞っていた。高度数十センチほどの浮遊だったが、突然発生した衝撃波しょうげきはは少年の体を10メートルほど後方へと吹き飛ばし、受け身も取れず背中から落ちた少年は、


「カッ……!」


 背中に受けた衝撃と、後ろ周りを繰り返すうちに三半規管へのダメージが加わり、ようやく体がうつ伏せで制止したときには、擦りすりきずや打撲、眩暈めまいと吐き気が押し寄せてくる。

 呆然としたままの数分間。硬いアスファルトの地面からのヒンヤリとした冷たさが顔面から伝わり、少年は慌てて立ち上がろうとする。だが、半ズボンだったことが災い(わざわい)し、出来立ての傷から流れ出てくる赤い血と打撲によって、「痛っ!」という声を上げ、立ち上がることなく地面に座り込むほかなかった。

 —いったい何が起こった?。

 少年はあたりを見渡して、自分の身に起こったことを知ろうとして……そして絶句した。


「えっ……? 夜?」


 数分前まで存在していた青空が消えうせ、雨雲よりもどす黒いなにかが空を覆い隠していた。日照センサーによって自動的に明かりがついた外灯で、真っ暗闇は回避される。しかし、あたりのマンションからは光が消えうせており、よく目をらさないとマンションと暗闇の空との判別がつきにくい。

 空を見上げ、空を支配する暗闇を見つめる中で、少年はあるものを見つけだし、そしてすぐさまこの異常な暗さの原因を悟ってしまった。

 夜なのではない。巨大な宇宙船が一帯を覆い隠して(おおいかくして)いるのだ。つまり、この暗さは陽が沈んだことによる夜などではなく、宇宙船がそもそも陽を覆い隠し、巨大な影を形成しているのではないか。

 少年は見てしまったのだ。

 暗闇の中にわずかに光り輝く青白い光の数々。そしてほのかに照らし出される船底から無数の黒い影が地上めがけて降り注いでいる所を。


 ……それは終末の始まりでもあった。

 xxx年……月……日、シェルディナント・ヴィルレヴァンガー率いる深淵隊は共和国連邦の破壊と浄化を宣言。後世に呼ばれる『五日間戦争』が始まる瞬間だった。

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