一之瀬伊月と赤西歩の場合

「私たち新一年生は――」


 陽乃坂高校入学式。首席で入学した生徒からの宣誓が終わり、彼が席へ戻る。やはり見てくれがいいお陰か、かなり注目を集めている。きっと彼の事だからご満悦なのだろう。でも、君の事だからすぐに忘れられてしまうと思うぞ、うん。

 よく見知った顔が、笑みを湛えながら自席に戻って行くのを見送りつつ、私は心の中で合掌しておいた。済まんな、慎之介。


 程なくして入学式が終わり、各教室での「ほーむるーむ」が始まった。今日から一年間、ここが私の所属する「くらす」か。私は担任となった男性教諭の話を聞きながら、周囲を見渡す。

 席順は窓際から、出席番号順となっている。私はかなり廊下側に近い席である。慎之介や赤西はいない。彼ら自身は同じ「くらす」となったようだが、私は一人、同じ中学出身としては別の「くらす」になった。


 先生の話が終わり、自己紹介が始まった。出席番号一番の男子から立ち上がり、名前と簡単な一言、よろしくお願いしますという挨拶が続く。


 そして、男子が全員終わり、女子の自己紹介が始まった。女子としては出席番号の早い、彼女の番がすぐに回ってくる。


「一之瀬伊月です。同じ中学だった人がいないので、仲良くしてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします!」


 そう。合格発表の時に出会った彼女、一之瀬伊月と、本当に「くらすめいと」になったのである。


 自己紹介がつつがなく終わると、「ほーむるーむ」も終了の時間となった。今日は当然授業などはないので、入学式に出席した保護者と一緒に帰るくらいしか選択肢はない。


 ないのだが、それを創ってしまう存在がいた。


「三峰さん!」

「ああ、君か」

「一緒のクラス、なれたね! よろしく!」


 一之瀬伊月が、屈託のない笑顔でこちらの席へ駆け寄ってきたのだ。


「これから一年、よろしくな。私の事は下の名前で構わん」

「そう? 私も伊月で大丈夫だよ、真綾ちゃん」

「ちゃんは止せ。そんな柄に見えるか?」

「うーん……。じゃあ、真綾?」

「よし、それでいこう。よろしくな、伊月」

「うん!」


 この時既に私は、彼女とは長い付き合いになりそうだと心のどこかで思っていたような気がする。この少女、そう思わせるような雰囲気――もっと言えば、誰かに似ているようなそんな雰囲気を持っていたのである。


 そしてその答えは、すぐにやって来た。


「三峰さん、そろそろ帰ろうぜー」

「ああ、赤西か。慎之介はどうした?」

「シンならウチのクラスのみんなに囲まれてるよ。ホント、あいつはいいよなぁ」


 などと、慎之介が聞いていたら怒り出しそうな事を言いつつ、私たちの教室に足を踏み入れて来たのは、慎之介の親友である赤西歩だ。


「同じ中学の人?」

「ああ。紹介しよう。赤西歩だ」

「ども。赤西歩です。よろしく」

「あ、えと、一之瀬伊月です。よろしくね」


 軽く手を挙げて挨拶する赤西と、男子が苦手なのか、緊張気味に挨拶する伊月。


 後に両想いとなる二人の出会いは、こんな何気ないものであった。

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