一之瀬伊月と冴木慎之介の場合

「へぇ、一之瀬さんって結構遠くから来てるんだ」

「うん。なんとか電車で通える範囲かな」

「何か部活はやるつもりなのか? そうなると登下校が大変そうだが……」

「部活は……特に何もやらないと思う。真綾と赤西君は?」


 私の問いに、伊月はどこか遠い目をして答えた。ふむ、あまり深く踏み込むべきではないかもしれんな。

 訊き返してきた伊月に、赤西はそんな伊月の様子に気付いた風でもなく何気なく答える。


「俺も特にいいかなー。別になんかやりたい事がある訳でもないし」

「そうか。私も止めておくか。私に協調性を求められても困るからな」

「そうなの? 真綾って結構面倒見いいと思うんだけどなぁ」

「あー、それは確かに。まあ普通にしてると結構怖いんだけど」

「何か言ったか赤西?」

「あ、いや、悪い悪い」


 赤西の失言に、私がジトッと彼を見ると、赤西は両手を上げて苦笑いする。


「ふふっ、確かに怖いね、今のは」

「むぅ、そうか……。以後気を付けよう」

「助かったよ、ありがとう一之瀬さん」


 屈託のない笑みを伊月に向ける赤西に、私は全くこいつは、と嘆息する。まあ、こういう所が付き合いやすいんだろうなと思うと、私の頬も自然と緩む。


「さて、そろそろ慎之介を迎えに行くか」

「あー……。あいつが来るのを待った方がいいんじゃねぇかな」


 ひとしきり談笑した所で私が切り出すと、赤西は頬を掻きながら煮え切らない顔でそう言った。「くらすめいと」に囲まれているらしいが、いつまでもこうしている訳にもいくまい。


「構わんさ。飽きられる前に引きずり出してやらんと、寂しがるだろう」


 私の言葉に赤西は首を傾げる。なに、あいつがちやほやされるのなんて今の内だけだからな。許嫁としては、傷付く前に助けてやらねばなるまい?


 私は席を立ち、教室を出た。しょうがねぇなぁと嘆息する赤西と伊月も後に続く。

 すると、廊下の奥の方からよく知っている声が聞こえてきた。


「それで僕の友人がこの辺りのクラスにね――」


 さあお待ちかね。我らが主人公の登場で――ん?


 さえきしんのすけがじょしにかこまれてあらわれた!


 ……果てしなく「これじゃない」感があるな。それにこの、私の内側から沸々と湧き上がってくる感情はなんなのだろう。


「やあ、ここだったのかい三峰――」

「さ、冴木君、また明日ね!」

「じゃ、じゃあね!」


 慎之介の周りを囲っていた女子たちが、一目散に彼から離れて行く。「だから言ったのに……」と赤西が頭の痛そうな顔をしていた。


「あ、うん、またね! 気を付けて帰るんだよ!」


 帰って行く「くらすめいと」たちに手を振って、慎之介は私たちの元へ歩み寄って来る。


「やあ、お待たせ。えっと、そちらは……」

「一之瀬さん。三峰さんと同じクラスの人な」

「おっと、これは失礼。これからウチの三峰が世話になるよ。僕は冴木慎之介。よろしくね」

「う、うん。一之瀬伊月です。よろしくね、冴木君」

「それではどうかな、これから親睦を深める為にお茶でも……」


 と、慎之介は「なちゅらる」に伊月の手を取る。

 瞬間、私の中で何かが切れる音がした。もう既に切れていたとは言わない。


「しーんーのーすーけー。貴様、私の友達に手を出してただで済むと思うなよ」

「ちょ、三峰、なんでそんなに怒って……ぎゃああああああああああ!?」


 こうして一之瀬伊月と冴木慎之介が出会うと同時に、私こと三峰真綾には「とんでもなく怖い人」という「いめーじ」が出来上がってしまったのだった。

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【中編】冴木慎之介は許嫁の事が嫌いだ。【完結済】 椰子カナタ @mahonotamago

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