Chapter 4-6

「……三峰さん、だっけ」

「はい。三峰真綾と言います。よろしくお願いします」

「……よろしく。昨日のあなたの料理、凄く美味しかった。ありがとう」


 調理実習室で昼食の続きを摂る事になり、調理場も兼ねているテーブルの上で弁当を広げる。

 鍵を持って来てくれた湯本君も、そのまま一緒にしている。男子同士、女子同士で隣り合って座っている形だ。ただ、彼自身は既に昼食を終えているようで、特に弁当の類は持っていない。


「……お弁当も自分で作ってるんだ」

「ええ。花嫁修業の一環だと言われて、ずっと。先輩もですか?」

「……うん。私の家、貧乏だからあんまりいいものは入れられないけど」


 三峰の弁当は、飾り気こそ少ないが、楕円形の弁当箱の中に生姜焼きとミニトマト、玉子焼き等が見栄えよく詰め込まれたものだ。ご飯はおにぎりとして別に用意してある。まあ、現時点では結構減っている訳だけど。

 宇佐美先輩はかわいらしいプリントの弁当箱に仕切りを設け、半分はご飯、残り半分にほうれん草のおひたしやポテトサラダが詰まったシンプルなもの。


「料理研の人たちはやっぱり、皆お弁当は手作りなのかい?」


 互いの弁当の話題で盛り上がる女子二人を前に、僕は隣に座る湯本君に訊ねてみた。


「そうですね。特に決められている訳ではありませんが、やっぱり皆さん料理好きですからね。僕も基本的にいつも作っていますよ。冴木氏は随分立派な重箱を持っていますが、自分で?」

「いや、これはウチのメイドさんが作ってくれているものだよ」


 まあ、それ以前に僕は厨房に入れてもらえない訳だけど。


「なるほど……。でも、昨日は最終的になかなかのものを作れていたようですし、これを機に弁当も自分で作ってみては?」


 昨日の一件があってから、湯本君が依然と比べて好意的になってくれたように思う。あんなものでも作った甲斐はあったかな?

 僕は湯本君の言葉にやってみたいねと答え、残りの弁当を平らげた。「速い……!!」と湯本君が驚愕する声が聞こえる。そうかい?

 まあともかく、茅さんには雑務から家事までなんでも世話になってしまっているからね。いつかは僕から料理を振る舞ってあげられたら、せめてものお礼になるかな。


 昼食を終えた僕たちは、そろそろ予鈴もなりそうだし、と言う事で調理実習室を後にする。前を歩く宇佐美先輩と三峰がかなり打ち解けた様子で笑い合っている。料理上手同士、結構馬が合うようだ。

 それにしても、昨日は結構珍しかったなと思う。よくよく考えてみれば、三峰があれだけ自分の能力を、大勢の前で遺憾なく発揮するというのはなかなかない事だ。

 英語が苦手、くらいしか欠点のない彼女は、何故だかいつもあまり目立たないように細心の注意を払っている。それこそ、あんまり言いたくないがどうやっても歩の引き立て役に甘んじている僕に対して、彼女は自ら望んでそういう役を買って出ているとしか思えない。


 そんな三峰が、昨日突如としてその腕を奮った理由に、僕は皆目見当が付かずにいた。まあ、そういう気分だったのかな、と結論付けていると、すれ違った女生徒二人がこちらを見て黄色い声を上げる。

 おっと、僕とした事がすれ違うまで気付かなかった。すまないね。と僕は髪を掻き上げる。


「湯本先輩、今度勉強教えてください!」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます! 失礼します!」


 湯本君と言葉を交わした女生徒二人は、心底嬉しそうな表情で僕らの前から去って行った。


 ……帰ったら泣こう。教室に帰ったら泣こう。

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