Chapter 3-10

「……大丈夫。あまりの不味さに絶望しただけ」


 と、湯本君から野菜炒めをひったくるような勢いで取って口にし、その瞬間にバタンと倒れた女生徒は、スッと起き上がる。自分からアレを食べて、且つ気を失わないとは凄いな、この人。

 部長、と呼ばれていたが、三年生の人だろうか。小柄でショートカット、顔も小さく丸い、日本人形のようなかわいい系の方である。


「……でも、食べられる。捨てるのは勿体ない」

「い、いや、しかし部長、冴木氏ご自身も捨てて欲しいと言っていますから」

「……食べる」


 部長さんは有無を言わさないとばかりに湯本君から皿を取り上げ、炭同然の野菜炒めを口に流し込んだ。瞬間、ものすごく苦しそうな顔をしたけれど、なんとか呑み込んで息を吐く。慌てた湯本君が淹れて来た水を飲んで、更に一息。


「……ぷは。ありがとう、湯本君」

「いえ、お安い御用です。ですが部長、下手をしたら命の危険が……」


 身に染みて分かっているからいいけど、作った本人が目の前にいますからね?


「そうよぉ、食べ物を粗末にしないのはいい心掛けだけど、身体も大切にしないとねぇ」

「……茅先生に言われたくない」


 いつの間にか中に入って来ていた茅先生が、湯本君の言葉を継ぐ。この人に健康についてとやかく言われて納得いかない気持ちは分かるが……。


 正直、僕はあんなものでも食べてくれた部長さんが物凄く偉大な人に見えて仕方ない。さり気なく感動している。


「……冴木君」

「は、はい!」


 突然部長さんに声を掛けられ、僕は感動に打ち震えていた為、返事がうわずってしまった。


「……あなたは、自分に料理の才能がないと思ってる?」

「ええ、それはまあ……」


 自信を持って作ったのがあんな有様だったしなぁ。

 だが部長さんはそんな僕に首を横に振った。


「……そう思うのは早い。特に包丁捌きは凄かった。まな板の使い方が少し変だったけど、それは知らないだけ。炒め方もちゃんと覚えればできると思う。味付けも自己流だったみたいだけど、さっきのを食べてみた感じではセンスあると思う」


 部長さんはスッと僕に向けて右手を差し出して来た。


「……宇佐美謡うさみ うたい。三年生で、ここの部長。冴木君、あなたに料理を教えます」

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