Chapter 2-8
さて、では今日もいつも通りの朝を迎えようじゃないか。
僕の朝は五時から始まる。まずは一時間トレーニング。シャワーを浴びて、朝食を摂り、身支度を整える。七時からはその日の予習をして、七時半に家を出る。
まず最初に向かうのは、歩の家――赤西家だ。
「おはようございます、
「おはよう、シン君。歩ならもうちょっとで出て来れると思うから、待っててもらってもいいかしら?」
「はい。いつもの事ですから」
玄関先で出迎えてくれたのは、赤西菫さん。歩の母親だ。出張が多くて殆ど家にいない歩の父親の代わりに、ほぼ女手一つで歩を育ててきた彼女の特徴は、なんと言ってもその見た目の若さだ。
高校生の母親なのだからそれなりの年齢の筈なのだが、僕が初めて会った頃と何も変わっていない。いや、それどころかむしろ若返っているように見える。「よく姉に間違われちゃって困ってるのよ」と彼女はよく、心底困ったように語るのだが、それも無理はないだろう。
そしてその若々しさに比例するかのような美人でもある。腰まで届きそうな長い髪、にこやかで温和そうなな顔立ち。清楚にして可憐、と言った所か。
「……シン君、元気?」
「へ?」
「ううん、なんでもないわ。ちょっと待っててね」
菫さんは身を翻して奥の方へ引っ込んで行った。やがて戻って来た彼女と共に、寝ぼけ眼の我が親友が姿を現す。
「はよっす、シン」
「ああ。おはよう歩」
並んでみると妙なもので、菫さんの美人さと歩の凡人さが際立つと同時にやはり親子なんだなと思わせる何かがある。
「それじゃあシン君、お願いね」
「はい、行って来ます」
「母親よ、息子には何もないのか」
「行ってらっしゃい。みんなに迷惑掛けないようにね」
「酷ぇ! 一気に目ぇ覚めたわこんちくしょう!」
と、菫さんに見送られて赤西家を後にする。
二人で歩く道すがら、おもむろに歩は声のトーンを落として問うて来る。
「なあ、シン。昨日の引き摺ってんのか?」
「別に。そんな事はないさ」
こういう所がやはり親子だなと思う。
「ならいいけどさ。何があったか知らねぇけど、お前が悪いんだったらちゃんと謝っとけよ」
「はいはい。ご忠告どうも」
そんな話をしている内に駅前に辿り着く。
「あ! おはよう赤西君、冴木君!」
「おはよう、一之瀬さん」
駅前で待っていたのは一之瀬君と、
「おはよう、赤西、慎之介」
「おはよう、三峰」
三峰だ。
最近は僕が寝ぼすけの歩を、三峰が電車通学の一之瀬君を迎えに行き、駅前で合流してから学校に向かうのが日課になっている。
四人で歩き始めると、歩は真っ先に一之瀬君と隣り合って歩き始めた。一度だけ振り返って僕と目を合わせると、「言いたい事は分かるよな?」という視線だけを送って距離を開けて行く。
僕はちら、と、自然と隣になった三峰を見た。特にいつもと変わらない、平常通りの彼女の姿がそこにあった。
「ん? どうした慎之介?」
「……その、ごめん」
「何がだ?」
「いや、何がって……」
何がだろう。訊ねられてつい口を吐いて謝ってしまったが、謝ると言っても大体、僕が何をしたというのか。
そんな僕の心の内を見透かしたように、三峰は微笑む。
「どうした、シュンとして。慎之介らしくないぞ」
らしくない、か。
「……は。ははっ。はっはっは!」
僕は立ち止まって笑い声を上げる。そうだね、らしくない。この僕が大人しく君に頭を下げるなんて、全くもってらしくないじゃあないか。
三峰はそんな僕を見て、それでいいとでも言いたげな表情で、
「何を高笑いしているんだ。付いて来ないなら先に行くぞ?」
本当に置いて行きかねない勢いで歩き始めた三峰の後を、僕は慌てるでもなく追う。
僕とした事が。言われた事ばかりに気を取られて、肝心な事を忘れていたよ。ごめん、茅さん。あなたの言いたい事は分かるけど、そういうのは僕らしくないんだ。
今日も僕は、三峰真綾の隣を歩く。
もちろん、冴木慎之介は許嫁の事が嫌いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます