Chapter2 え、英語が苦手でなにが悪い!

Chapter 2-1

「いただきます」

「…………」


 合掌する僕たちの前で、笠原君が手を合わせたまま唖然としていた。

 バスケ勝負から日が過ぎてすっかり打ち解けた笠原君と、今日は初めて昼食をともにすることになったのだ。

 学年が違うので教室では会いづらい、ということで僕らは中庭に集まり、ベンチに腰を降ろして食卓を囲んでいるという訳だ。


「どうしたの、このみちゃん」

「あ、いや……。みなさん驚かないんだな、って」


 と、笠原君は僕の方へ視線を向けてくる。僕のこのにじみ出るオーラにってことかい?

 僕は額に手を当ててポーズを決める。きらーん。


「そういう事じゃなくて。冴木先輩のお弁当、凄くないですか?」

「へ? ああ、これかい?」


 僕は内心うなだれながら、自分の弁当箱に視線を落とす。そこには五段重ねの重箱がある。


「僕のように勉学も運動もこなせる人間は、それだけ莫大なカロリーを消費するからね。昼食もこれだけのボリュームが必要なのさ」

「あー、分かります。あたしも部活の後はつい食べ過ぎちゃうんですよね」

「このみちゃん、こいつのそういうんじゃないから。こいつ、毎日毎食これぐらいの量食べてんだよ」

「え……!?」


 歩がツッコむと、笠原君は目を見開いて驚いた。


「冴木先輩、よく太りませんね……!」

「そこ!?」


 驚愕する笠原君に、歩がツッコむ。逆にどこならいいんだ。


「ははは、この僕が太るなんて有り得ないよ! そんな事があったら全世界の女性と言う女性がみんな絶望してしまうからね!」

「冴木君は女の敵だよねー」

「ああ。この四次元ぽけっとを見ているといつも絶望しそうになる」


 と、僕らを余所に弁当を食べていた一之瀬君と三峰が、どこか遠くを見つめながら寄り添って呟く。そこに笠原君も加わり、


「あれだけ食べて太らないとか、どんな身体してるんですかね。舐めてますよね」


 何故か女性三人は頷き合い、その結束を深める。

 ……食べる量、減らした方がいいんだろうか。いや、駄目だ。この僕の才覚をいかんなく発揮する為に必要なカロリー量を減らす訳には。大体もうすぐ期末テストが――。


「そういえば、もうすぐ期末テストの時期だけど、みんなは勉強の方は大丈夫かい?」


 僕の質問に、四人中三人が目を背けた。


「テストなんてなかった。いいな?」

「そうだよ。冴木君は一体なんの話をしてるのかな?」

「今日の部活、どんなメニューだったっけ」


 歩と一之瀬君と笠原君が現実逃避を始めたので、放課後、図書館で勉強会を開く事にした。最初、歩は「勉強したくねぇ」とうじうじしていたが、


「一之瀬君と一緒にいられる時間が増えるよ。やったね」

「一之瀬さん、今度の中間、頑張ろうね」


 と一声掛けるだけでやる気を出してくれた。そりゃもう、ガシッと。一之瀬君の手を握って。


「あ、あ、あ、赤西君……!」

「え? あ、ああ! ごめんっ!」


 二人は顔を真っ赤にして手を離す。二人の間に甘い空気が流れているのを端から見つつ、


「三峰先輩、あたしあれだけでお腹一杯です」

「今日はもう糖分は必要ないな」

「って、笠原君はそれでいいのかい?」

「まあ、勝ち目がないのは分かってますからね。でも、伊月先輩に負けるつもりもないですよ。最初から諦めがついてる分、逆に遠慮は要らないですからね! 歩せーんぱーい!」


 と、笠原君は二人の空気をぶち壊すべく歩に抱き付きに行った。

 この子、強い。


「こ、このみちゃん、当たって――」

「え、なんの話ですか歩先輩?」


 歩の腕に抱き着いた笠原君が身体を押し付けるので、歩が思いっきりたじろぐ。それを目の前にしている一之瀬君が、効果音が出そうな勢いで炎上しているので、僕は正直いいぞもっとやれと思ってしまった。

 それだけ羨ましい事をやられているんだから、少しはバチが当たってもいいだろう。


「助けて真綾!」

「よしよし、私の胸で目一杯泣くといい」


 逃げ帰って来た一之瀬君を、三峰が抱き締める。一之瀬君はその豊かな胸に顔を埋めてえーんえーんと泣いていた。


 それを見ていた僕に、三峰がそっと声を掛けて来る。


「そんなに押し付けて欲しいなら、私がしてやっても構わんぞ?」

「結構ですっ!」


 僕だって誰でもいい訳じゃない。……という訳でそろそろ選択肢くらいくれませんかね、神様。

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