70 The Prince of Shaba




シャバの地を追われてから何年になるのか。

私は思い返す。


「十五年になるか?」


多分その位だろう。

私は温くなった茶を飲んだ。

とてつもなく甘い茶だ。

固く焼いたパンをかじりそれをすする。

パンには味は無くぱさぱさとしているが

茶と一緒に飲むとちょうど良いのだ。


通り過ぎた村で買った食べ物もそろそろ底をつく。

そして私が行こうとしている都市はもうすぐだ。


私を追い出した街。


十五年前、まだ少年だった私は壺に押し込められて

ラクダに揺られて街を出た。


占い師が告げた。

私が街を滅ぼすと。


そのお告げが出た途端じいやが私を抱きかかえて城を出た。

そして黄昏の薄暗い下町の隅でラクダに積まれた壺に押し込められた。


「絶対に声を出してはいけません。」


じいやは見たことがない恐ろしい顔をしていた。


「どうして。」

「城にいたらあなたは殺されます。逃げて下さい。

生き延びて。」


じいやはそう言うと壺に蓋をした。


だいたい商隊は夜に街を出る。

その頃は月夜だった。

ゆったり揺られながら私は壺の中にいた。


外で声がする。


ラクダは歩みを止めたのだろう、

振動は今はない。


そして壺の蓋が開けられた。

私はぎょっとする。

若い兵士の顔があり私と目が合った。

彼の頬には目立つ刀傷があった。

その時初めて私はとてつもない恐怖を感じた。


死ぬかもしれない。


だが兵士は一瞬口元に指を立てると顔をそらせた。


「油だ、異常なし。」


と言うとすぐに蓋を閉めた。


なぜ彼は私を見逃したのかよく分からなかった。

ただ翌日知らない村に着いた時に事情を聞かされた。


「あなたの叔父上が反乱を起こしました。」


私の父の弟だ。


次期王は私と決まっていた。

だが私はまだ子どもだ。

そして父はまだ健康で政治に意欲的だった。

退位はまだずいぶん先のはずだった。


王だからこそ叔父の性格や行動が目に余っていたのだろう、

市井で暴れまわり残虐な事を繰り返していた。

だが王族なので罰する事が出来ない。


そしてその日、叔父は反乱を起こした。


広間に沢山の大臣を集めた。

その前で占い師にこのままではこの国は滅ぶと言わせた。

滅びの元は次期王、この私だと。


当然父は否定をする。

だが既に大臣の多くは叔父側だった。


父は国民からは絶大な支持を得ていた。

だが王族や貴族には倹約を強いたのだ。

庶民を考え庶民と同じ様な生活をせよと。


いつの間にか上流階級には不満が満ちていた。

その彼らが叔父側につく事は想像に難くない。


叔父は仲間と共に父を襲った。

そして別部屋にいた私は

じいやと共にともに隠された通路から城を抜け出たのだ。


じいやは反乱を薄々感じていたのだろう。

準備をしていたので私は助かったのだ。


「あの、父は?じいやは……。」


話をしてくれたその村の村長は俯いた。


「多分もう亡くなっているでしょう……。」


村長はじいやに良く似ていた。じいやの兄弟らしい。

私は返事が出来なかった。


「さあ、この村ももうすぐ追手が来るはずです。

私は関係者ですから。」


と彼は裏口に用意したラクダを見せた。

そして数人の商人がいる。


「商隊と一緒にこの国を出て下さい。

彼らはこのシャバの国を憂う者達です。」


そこにいた若者の一人が私の顔に黒いものを塗った。


「顔色を変えます。

あなたは生き残らなくてはいけません。」


村長は私を見た。


「この国はやがて酷い事になるでしょう。

どうか世間を見て学び、いずれこの国に戻って来て下さい。」




そうして私は商隊の一員となった。


砂漠の国の旅は厳しい。

色々な国を渡り歩きながら

私はシャバの国の噂を聞いた。


王は死んだ。

そしてその息子も。

国を滅ぼす予言があったからだ。


そして国の税が一気に上がった。

庶民の暮らしは苦しくなる。


その上日照りが続き蝗害まで現れた。

何もない砂漠はバッタの行きつく先だったようだ。

砂の大地にはバッタの死骸が重なり

そこを毒の地と変えたらしい。


「シャバはもうだめかもしれんね。」


その地を出て十五年となる頃だ。

近隣の国を回るとそんな話しか聞かなかった。


「上の人間は腐り切ってる。下では餓死者ばかりだ。

それでもシャバの王は国から人が出るのを許していない。

出ようとしたらその場で殺される。」


私は商隊の人々と話し合った。

そろそろ戻る時期だと。

シャバの国を正しく建て直さなくてはいけない。


そして私はシャバの国境近くの城門を通った。


兵士が何人か現れる。

皆とても痩せていた。

初老のやつれた兵士が私に聞いた。


「あなたは……、」


兵士の彼の頬には刀傷があった。


「私は本当のシャバの王です。この国を正しに来たのです。」


彼は驚いて私を見た。

私は聞いた。


「あなたはかつて壺の中にいた子どもを見ましたか?」

「ラクダが運んでいた壺ですか?」

「そうです。あの子どもは私です。」


彼の目が丸くなる。


「あの日、王の子どもが逃げた、

あの子どもは国を滅ぼすものだから

見つけ次第殺せと言われました。」

「でもあなたは私を見逃してくれましたね。」


彼の目から涙がぽろぽろと流れた。


「私の弟はあなたと同じ歳でした。

でもあなたの叔父上に馬ではねられて死んでしまった。

あなたの父上はとても善い王だった。

だからあなたに剣を向ける気にはならなかったのです。」


私は彼の手を強く握った。


「兵士のあなたは私を助けてくれた。

そして今私はあなた達を助けたい。」


私は彼の後ろにいる兵士を見た。


「今の王を倒します。ぜひ一緒に来て頂きたい。」


彼らもとても痩せていた。

だが顔つきはぎらぎらとしている。


「ここにいる兵士は誰もが国に逆らった者です。

ここは流刑地だ。

だからあなたが国を倒すなら私達も行きましょう。」


頬に傷がある彼は声をあげた。

皆も鬨の声をあげる。


そしてその小さな波は

国の中心に向かう度に大きくなっていった。

今の政治に不満がある者は相当いたのだ。


城下町に入っても人は増える。

誰もが道を開け国付きの兵士すらその仲間にいた。

城の中にいる兵士も抵抗する事なく扉を開けた。


かつて私がいた城の中だ。

どこに何があるかよく分かっている。

だがどこもかしこも淀んでいた。


私は迷うことなく皆の先頭を歩き王の間に向かった。


そこにいたのはでっぷりと肥った男がいた。

一瞬誰なのか分からなかったが、


「お前、生きていたのか。」


声を聞いてやっと叔父だと分かった。


「叔父上、すっかり変わりましたね。」

「うるさい、おい、お前らこいつを捕まえろ。」


叔父は私の後ろにいる兵士に言った。

だが誰も動かない。

叔父の目がうろたえた。


私が兵士を見ると彼らは叔父の腕を掴み連れて行った。

牢屋に入れるのだろう。

叔父は私を見た。


「お前は国を滅ぼす男だ、占い師が言った!

シャバは滅ぶぞ!」


私は彼のそばに行った。


「そうですよ、あなたが王のシャバの国を滅ぼしに来たのです。

占いは当たっていましたね。」


叔父は私につばを吐きかけた。

だがそんな事はどうでも良い。

私はそれを拭う。


「叔父のシャバは滅びた。新しい国にしなくてはいけない。」


私は真剣な顔をして皆を見た。


「それはとてつもなく大変な事だ。

勝鬨を上げるのは正しい国になってからだ。」


周りの者が頷く。

これからはとてつもない苦労があるだろう。




この反乱は静かに終わり、皆はそれぞれの場所に戻った。


皆が以前のように豊かに暮らせる時が来るのは

まだ先かもしれない。


毎日が忙しい。


そしてしばらくした時だ。

明け方に久し振りに雨が降った。


「何年ぶりでしょうか。」


皆は嬉しそうな顔をする。


砂漠の地では雨が沢山降るのは困った事になる。

だが今降っている雨はこの地を潤すぐらいだ。


街や砂漠にも雨は降っている。

それは毒に侵された大地を洗い流すだろう。


私は手で雨粒を受けた。


暖かく柔らかい微かな雨だった。


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