68 逢魔時



夕方、逢魔時だ、

ふと窓からすぐ近くの交差点を見下ろした。

そこにはテニスラケットを持った男性が立っていた。


俺はすぐ分かった。

まただと。


このマンションに越して来て2週間ほどになる。


「悪いなあ、社宅がいっぱいでね。

だから賃貸マンションで少し生活してくれるか。」


と転勤の際に言われた。


別にマンションなのは構わない。

むしろ社宅より広くて良い。

だが問題は必ず俺はあれを見る。


今見ているあれだ。


いわゆる幽霊だ。

俺はいつの間にかあれが見えるようになった。


見えると言ってもそんな事は誰も信じないだろう。

俺も昔はそうだったからだ。

そんなものある訳ない、

死後の世界?悪い事をしたら罰が当たる?

ふざけるな、俺は自分が好きなようにすると思っていた。


だがそれは間違っていた。

目に見えないものはあるのだ。

今の俺はそれは良く分かっている。

そしてそれを見たらどうしたらいいのか分かっていた。


俺はあれと関わらなくてはいけないのだ。

それに対して何かしなければ俺はここから動けない。

いつもそうだった。


なので俺は仕方なく部屋を出て

散歩のつもりでその交差点に向かった。


交差点で俺はスマホを取り出し、

誰かを待っているふりをした。

その交差点の角には花が添えてあった。


幽霊はずっと通り過ぎる車を見ている。

ちらと幽霊が俺を見たが、すぐ車に目を戻した。

そして幽霊はぼそっと言った。


「テニスしたいな……、」


俺はぞっとした。

彼の後頭部は潰れていた。

交通事故に遭って頭を打ったのだろう。


その夜、その交差点で事故があった。


大きな音がしたので俺が下を見ると

スポーツウェアを着た男性が倒れていた。

近くには車が停まり

慌てて誰かが男性に走り寄り電話をしている。

しばらくすると緊急車両の音が聞こえて来た。


翌朝のニュースでその事故が伝えられていた。


『はねられた男性は死亡が確認されて……』


黄昏時、俺は外を見た。

人影が二人になっている。

二人がテニスラケットを持っているのが見えた。

俺はこれはヤバイと思った。


「ダブルスがやりたいと言い出したら……、」


俺は慌ててテニスコートの場所を調べた。


「なるべく閑散とした所で、

廃業した所なら尚更良し……。」


するとコロナの影響で廃業したテニスクラブがあった。

外のコートはそのままらしい。

俺はまたぶらぶらと交差点に行き、

そこで人を待っているふりをしてスマホを見た。


「へー、自由に使える(廃業しているから)テニスコートかぁ。」


するとざっと二人が自分のスマホを覗き込んだ。


「ここから近いよな、俺も行こうかなぁ(テニスはしないけど)。」


と声が震えないよう必死に言うと二人の姿がすうと消えた。


それから二人の姿は見ない。

そしてしばらくすると人がいないテニスコートで、

真夜中球を打ち合う音が聞こえるという噂を聞いた。




やがて俺はまた転勤となった。

俺は独身だからすぐに回される。

仕方が無い。

だがやはりまた社宅はいっぱいらしい。

言われたマンションから道路を見下ろすと交差点があった。


そこには何人も姿があった。

俺はぞっとする。

一体どれほどの霊がいるのか。


「そう言えばこの交差点には

かなりの花が添えてあったな。」


この交差点では事故がかなり多いようだ。

俺はその集団を見た。

野球のグラブを持っている。

バットを持っている人もいた。


俺は恐る恐るそこに行きスマホを見ながらしばらく立っていた。


「野球してぇな。」

「うん、とりあえず9人そろったから

試合は出来るけど相手がいない。」

「また募集するか。」

「そうだな。とりあえず募集人数は9人だ。」

「補欠はいらないもんな。絶対に休むやつはいないし。」

「そうだな。」


と言うと彼らは円陣を組んでげらげらと笑っていた。

俺はぞっとした。

募集するって事は……。


俺は慌てて野球が出来そうな場所を探すと

廃校になった学校を見つけた。


そして同じような集団を探す。

それは簡単だ。

事故が多い交差点、霊が出る噂がある場所を探せば良いのだ。

幸いにもすぐ野球チームが見つかった。


探している間に卓球がしたい霊も見つけて

さりげなくその学校を教えた。

ダブルスがしたいと言っていたのだ。

危険な発言だ。


俺はそれぞれの野球チームにさりげなく廃校になった学校を教えた。


しばらくして俺はその学校の近くに行った。

そしてその近所の人と話をする。


「学校か、昼間は色々な人が使っているよ。

でも何だか夜中も騒がしいよな。」

「そうなんですか。」

「まあ、みんなに言っても信じてくれなくてな、

お前、お迎えが近いんじゃないかと笑われたよ。」


と公園で話しかけた年寄りはげらげらと笑った。

そしてあの交差点にいた集団もいつの間にか消えていた。


俺はほっとした。

だがまた転勤の辞令が出た。

いい加減定住したい。

結婚したら出来るかなと考えたが出会いもない。


「俺はどうなるんだろうな。」


引っ越しの準備をしながら俺はため息をついた。

準備と言っても荷物は何もない。

この身一つだ。




「次の手配は終わりましたか?」

「はい、もう移動しているはずです。」


薄暗い事務所で二人が話している。


「でもこの前伝えたらそろそろ定住したいと言われましたよ。」


一人が苦笑いをする。


「定住と言ってもそうなったら地縛霊じゃないか。」

「そうですね、それはそれでまずい話です。」

「そうだな、あの人物はひき逃げをした上に

事故を起こして何人も人を死なせたんだ。

償わなければならない。」

「そう言えばこの前、

あれが話しかけた人がいましたね。」

「ああ、あの人はあの後すぐにこちらに来た。

だから話ができたのだ。」


彼はトントンと目の前の書類を整理する。


「まあ、我々は我々の仕事をするだけだ。

罪人には罪を償ってもらう。」


彼は頭の角に触れた。

そしてにやりと笑うと大きな鋭い白い犬歯が見えた。




そして、


「あの部屋、変な物音がしたけどもうしないわね。」

「良かったわ、なんだか気色が悪かったもの。」


主婦の井戸端会議だ。

二人の女性はマンションを見上げた。


「それにこの交差点も最近事故が起きないわね。」

「そうね、何人も亡くなっているし、

子どもが通ると心配だったわ。」


二人は交差点の角を見た。


「花も誰かが片付けてくれたのね。」

「もう事故が起きないと良いわね。」


二人はほっとした様に顔を合わせた。





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