67 Snow woman of modern - ホラー -
「ほんとお前のそばにいると涼しいなあ。」
と
夜、彼は薄暗い部屋で自分の妻を抱いている。
微かな光の中で女の体がほのかに浮き上がり、
それは白く抜けるようだった。
「雪緒の肌は程よく冷たいんだ。
俺は外仕事だからな、この夏はきついよ。」
と彼は言うと雪緒の胸元に顔を寄せた。
雪緒は一重の目がきりりとして美しい女だ。
「工事現場だものね、
大きなビルでしょ?でもちゃんと休憩は取ってね。」
「取るよ、それでなきゃ死んじゃうよ。
みんなも休ませないといけないからな。気を使うよ。」
「現場監督の偉い方は大変ね。」
「みんな真面目だからな、
絶対に事故なんて起こさないようにしないと。」
雪緒は和巳の頭を撫でた。
「ゆっくり休んでご飯もいっぱい食べて、
無理しないでね。」
「お前は本当に優しいな、俺は嬉しい。
明日の晩御飯はビールもつけてくれよ。」
「ビールねぇ、」
ふと和巳が何かを思い出したように言った。
「そう言えば若い時に一緒に仕事をしていた
女の顔が薄暗がりですうと真顔になる。
「結構なじいさんでな色々と教えてもらったんだが、
ビールを飲むとすぐ酔っぱらって裸踊りをするんだよ。
変なじいさんだったな。」
和巳はははと笑った。
「山に現場の下見に行った時に
ビールを飲んで凍死したんだよ。」
女は少し無言になる。
そして静かに言った。
「その時の事、憶えてる?」
男は首を振った。
「茂さんがどうにかなった時は寝てたからな、
起きたらカチカチになっていたから
驚いて警察とか呼んで大変だったぞ。」
女の顔が少し緩む。
和巳が彼女の頬に触れた。
「それで雪緒は今年の冬も親戚の所に行くのか。」
「ええ、冬は忙しいから。」
「スキー場近くの旅館だったよな。冬は繁忙期だ。」
「そうよ、寒くしなきゃいけないし、
私が行かないとみんな困るのよ。」
「しっかりした嫁さんだ。
でもまあそれが結婚する時の条件だからな。」
「和巳も冬は海外出張でしょ?」
「ああ、毎年そうだ。現場監督だ。」
「他の国の人を助けるんだから頑張ってね。」
和巳はぎゅっと雪緒を抱き締めた。
「悪いな、冬は一人にしてしまって。
でも秋までは一緒にいてまた春になったら会えるな。」
「そうね、私達は少し変わった夫婦だけど
時間が空いてまた会うのも新鮮じゃない?」
「そうだな。」
雪緒は彼の頬に口づけをする。
「あなたのそう言う心が広いところ、好きよ。」
そして鈍感なところも、
と彼女は思っていたがそれは言わないでいた。
彼があの事を思い出したら今のこの生活は終わるのだ。
彼は実に男らしい性格だった。
おおざっぱで深く詮索しない。
そして鈍感でこちらの言う事を信じている。
ある意味人が良すぎるのだ。
だがそれは彼女にとって丁度良かった。
あの冬、山奥の工事現場で彼女は二人の男を見かけた。
年寄りと若い男だ。
女はうっすらと雪が積もった林の木陰から見ていた。
切れ長の一重の目が鋭く美しかった。
工事現場の下見らしい。
しばらく晴れが続く予定だったので
二人は山に来たのだ。
だが天気は急変した。
仕方なく二人は小さな小屋で一夜を過ごした。
小屋にはある程度の食料とビールが置いてあった。
若者は止めたが老人はビールを飲んだ。
そして疲れていた若者は先に眠ってしまった。
そして真夜中、小屋にあの女が現れた。
年寄りは酔っぱらっていて上半身裸だった。
彼女が近づくと年寄りは身体を固くして
あっという間に凍り付いてしまった。
そして女は若者に近づいた。
顔をしっかりと見る。
「マジタイプ……。」
翌朝嵐は気配も無かった。
目が覚めた若者は老人が凍死しているのに気が付いた。
慌ててスマホで連絡を取り、
しばらくして警察が来て現場検証が始まった。
「ビールをかなり飲まれたようですね。」
「俺は飲まない方が良いと言ったんですが。」
「突然の嵐だったからな。室内とは言え……。」
ビールの缶が何本も転がっていた。
若者は泣きながら警官に話していた。
結局老人の死因はアルコールの飲み過ぎで裸になり、
そのまま寝てしまったため凍死したのではないかとなった。
さすがに若者はしばらく落ち込んでいた。
だがある時一人の女性と会う。
暑い夏の日だ。
街中のとある工事現場の外で
彼は日傘をさした女性がふらふらと倒れるのを見た。
思わず彼は彼女に近寄った。
「大丈夫ですか?」
彼女は顔を上げた。
「ええ、あまり暑くて。夏は苦手なの。」
その顔を見て若者は息を飲んだ。
「すごい綺麗な人……、」
思わず口に出てしまい彼は顔を赤くする。
それを見て女性が少し笑った。
若者は苦笑いをする。
「えーと、少し涼しい所で休んだ方が良いです。
こちらへどうぞ。」
彼は彼女を支えてクーラーの効いた休憩所に案内をした。
「親切にありがとうございます、
あの、あなたのお名前は、」
彼女が聞く。
「あの、和巳です。」
「私は雪緒と言うの。」
和巳がへへと笑った。
「雪か、雪みたいに綺麗だな。」
雪緒がそっと彼の手に触れた。
「ありがとう、嬉しいわ。」
彼女の手はひんやりとしていた。
熱を持っていた和巳の体が少し冷える。
その時ふと和巳は何かを思い出した気がした。
だがそんな事はどうでも良かった。
この綺麗な女性から目が離せなかった。
そして雪緒は彼を見て妖艶に微笑んだ。
そうして二人は結ばれた。
何年か続く平和な日々。
そして何度目かの冬が訪れた。
空港で別れる二人。
また会うのは春だ。
機上の人となった和巳は窓から外を見た。
遠くに雪山が見える。
彼は呟いた。
「雪女の話は誰だって知ってるよ。」
彼、和巳は全てを知っていた。
その上であの女と暮らす事を選んだのだ。
あの夜、薄眼を開けるとあの女がいた。
老人を覗き込むと彼は少しうめいて動かなくなった。
そして自分を見る女。
「マジタイプ……。」
耳を疑ったが彼女はそう言ったのだ。
そして自分も……。
「オレもマジでタイプなんだよな……。」
秘密さえ守ればあの女は自分の物だ。
従順で美しく、肌が冷たい女。
お互いに素性や事実を知っているかどうかはよく分からない。
腹の探り合いが続いている感じだ。
だがその薄氷を踏むようなスリルが何とも言えなかった。
彼は無神経でも愚鈍でもない。
危機感を楽しむ危ない男なのだ。
全てがあからさまになったら自分の命も終わる。
終わらせないために彼は全神経を注いでいる。
彼女を愛するがゆえに。
窓の外には遠くに雪雲が見えた。
あれはあの女が降らせているのだろうか。
彼が好きな冴え冴えとした顔で。
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