62 アレキサンダーの暗帯 - セイシュン -



虹が出ると大抵は虹は一つだ。

だが状況が良いと二重に虹が出る。


主虹と副虹だ。


主虹は外側が赤で内側に向かって紫になる。

副虹はその反対で外側が紫で内側が赤になる。

なぜなら主虹は水滴で一度反射して

副虹は二回反射しているのだ。


と偉そうに書いているが全てネットの受け売りだ。

そしてその主虹と副虹の間には

アレキサンダーの暗帯と言うものがある。


明るい主虹と副虹に囲まれているので暗く見えるが、

それはその時のリアルな空の色だ。

回りが明るいので相対的に暗く見える。




「飲み会、行こうよ!」


と私は同じクラスの女子から声をかけられた。

大学に入って三ヶ月になる。

学校にも慣れて来てクラスで話す友人も出来た。


その同級生は綺麗に化粧をしてマニキュアもしている。

どうもSNSで動画配信などしているらしい。

インフルエンサーだと彼女は言っていた。


「うん、行こう!」


私と一緒に話していた友人も声を上げた。

その彼女は交際している男性がいる。


「彼氏がいるのに良いの?」


と私は聞いた。


「そう硬い事言わないの。

いいじゃん、せっかく大学生になったのに。

楽しもーよー。」


合コンを誘った彼女と彼氏がいる彼女はわっと盛り上がり、

私も笑った。


だが居心地が悪い。

なぜなら本当は私はいわゆる陰キャなのだ。


高校までは友達はほとんどおらず地味なタイプだ。

かと言って成績は良かったので虐められる事は無かった。

ただ、テスト前などはノートを貸したりなど

頼まれたら断らなかった。

要するに便利屋に徹していたのだ。


そして大学は結構良い所に受かった。

そこには高校の同級生は誰もいなかった。


その時に私は思った。

これは生まれ変わるチャンスかもしれないと。


髪型を変えて化粧をした。

爪も伸ばして眼鏡はコンタクトレンズにした。

親と約束していたのだ。

大学に受かったらコンタクトにしたいと。

親は何やらぶつぶつ言っていたが約束だと突っぱねた。

ともかく私は見た目の変え方を調べ尽くしたのだ。

調べる事は得意だ。


そして私は変身した。

クラスでは高校の時の陽キャの真似をして、

少しばかり甲高い声で楽しげに笑うようにした。

そして出来た友達はこの二人だ。


「ねぇ、何着てく?」

「どうしようかな、新しい服買いに行こうかな。」

「みんなで行こうよ!」

「そうだね!行こうか!」


と私は言ったが正直なところお小遣いもそれほどない。

また親にも頼めない。

既に教材費と言っていくらか貰っているのだ。

バイトをしないと着いて行けなくなるかもしれない。




それでも私は合コンに行った。

相手方はそれなりの大学だ。

向こうは自分達に相応しい大学の女の子を選んだつもりなのだろう。

相手方の自慢話のような話をうんうんとこちらは聞いた。

私達はまだ一年生だ。

あちらからすると扱いやすい相手なのだろう。


その日は普通に合コンは終わり、

私達は三人で喫茶店に寄った。


二人は話をしているが私はすっかり疲れてしまった。

喋る気になれない。

やっぱり私には無理なのだ。


私から見るとこの二人はきらきらとして虹の様だ。

一人はインフルエンサーで一人は彼氏がいる。

そしてこの私は?


何もない。

ゴテゴテと着飾って見た目は派手になったが、

内側は全く変わっていない。


派手な虹と虹の間は薄暗く見える。

その場所はアレキサンダーの暗帯と言う。


確かに暗いのだがそれは周りが明るいだけで、

その時の本当の空の色だ。

そこに私はいる。


私は大きくため息をついて

ちらと彼女達を見た。


「ごめん、やっぱり無理だわ。」


私はイヤリングを取った。

ずっと耳が痛かったのだ。

慣れない靴も痛い。

テーブルの下で私は靴を脱いだ。


「本当は私は陰キャなんだよ。

大学で変わろうと思ったけど無理だ。」


私は疲れていた。

なのでつい本音が出てしまったのだ。

二人は戸惑ったように私を見た。

しばらく誰も何も言わない。


「……ごめん、白けたね。

嫌な事言ったからもう声をかけなくても良いよ。」


私は席を立とうとした。

するとインフルエンサーと言っていた彼女が

大きなブレスレットを外した。


「いや、ちょっと待って。」


彼女はテーブルにブレスレットを置いてスマホを取り出した


「あのさ……、これ見てよ。」


彼女は動画を見せた。

どうも彼女が公開している物らしい。


「再生回数54回……、」


私は彼女を見た。


「二年ぐらい前に公開したけどこんなもんよ。」


まだ幼い感じがする素顔の画面の彼女は楽しそうに

自分が好きなアニメの話をしていた。


「この回数はほぼ自分。」


と彼女は苦笑いをする。

それを見た彼氏がいる彼女は手を合わせて私達を見た。


「ごめん、私もかなり盛ってた。」


彼女は鞄から小さな手帳を出した。


「これ、彼氏。」


そこにはゲームキャラのカードやシールが

びっしり貼ってあった。


「私の推し。」


私達は黙り込んだ。

そしていきなり皆で爆笑した。

周りの人たちが私達を見る。

私達は涙を拭きながらしばらく笑っていた。


「なんだよ、みんな嘘つき。

同じような場所に住んでるじゃん。」


と一人が言った。


「ところでオタクはどこの住人?」


と二人が私を見た。

私はスマホを出してあるサイトを見せた。


「私は小説。」


昔から小説を書いているのだ。

色々なものを書くが夢小説も書く。

二人はにやりと笑って私を見た。


「大学に入って変わろうと思ったけど駄目だね。」


二人も苦笑いをする。


「高校の時の同じクラスの派手な子を真似したんだけど、

やっぱり変だった?」


私ともう一人が笑う。


「私も真似した。陽キャなんてわからないから。

笑い方とかこんなかなって。」

「うん、服もこんな感じかと。」


私達の仕草は何となく似通っていた。

参考にした人達が同じようなタイプだったのだろう。

友達は似た者同士がなりやすいと言うが、

色々な意味で私達は似ていたのだ。


三人は一緒に頷いた。


「「「無理したよねぇ。」」」


いつの間にか虹は消えていた。




私は大学に行って変わろうと頑張った。

だがやはりだめだと分かった。

今は服装も地味になりアクセサリーも付けていない。


そして良い友達も出来た。

それが一番うれしい。

気兼ねなくオタク話が出来るのはありがたい。


虹はもうない。

今の空の色はあの暗帯の色だ。


本当の空の色だ。





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