59 白味噌





週に一度ほど行くスーパーで

味噌売り場で通路に立っている

ラフな格好の初老の男性がいた。


平日の午後だが結構男性がいる。

お一人で買い物をしている方もいるが、

ご夫婦で来て奥様が買い物をしている間、

ぶらぶらと商品を見ている男性も多い。


彼は地味なポロシャツを着てウエストポーチをつけている。

おなかは少しばかりポッコリとして、

多分奥様の買い物の間は暇なので

商品を見ているんだなと思った。


その日私は買い物を済ませ家に帰った。

今日は平日だ。

休日には私も夫婦で買い物に行く。

重い物はその日に買うのだ。

主人は荷物持ちである。

今日見かけた男性も荷物持ちなんだなあと思った。


そしてまたある平日そのスーパーに行くと

味噌売り場にあの男性がいた。

その時と同じ格好でいたのですぐ分かった。


私はちらちらと彼を見て、

味噌に何か執着があるのかなと思った。

好みのものでもあるのだろうか。


その時まで私は彼がいた事には疑問は持たなかった。


だが別の日、その男性をまた見かけた。

三回目だ。

やはり味噌売り場にいる。


私はしばらく様子を見た。

その時店員が荷物を乗せた台車を押して通った。

男性はそれを避けず、台車も何事もなく通って行く。


荷物が行った後、その男性はそのまま立っていた。

私は一瞬まずいと思った時だ。

彼が私を見た。


「なあ、あんた。」


私は声をかけられた。

目も合ったのでもう逃げられない。


「はい、なんでしょう。」


いつの間にか店内に流れている音楽が聞こえなくなった。

ここには彼と私の二人しかいない感じだった。


「なあ、白味噌ってそれだよな。」


と彼は棚にある一つの味噌を指さした。

それは確かに白味噌だった。


「そ、そうですよ。」


私は仕方なく彼に近づいた。


「長い事赤味噌しか飲んでないからな、

忘れちゃったよ。」


と彼は少し笑った。

その顔は優しかった。

私はほっとする。


「この地方は赤味噌ですから。」

「うちの母ちゃんがここの出身でさ、いつも赤味噌だったの。

でも俺は子どもの時は白味噌飲んでたからさ、

母ちゃんに白味噌にしてと言っても駄目だったんだよ。」


私はこの人は白味噌が飲みたくてここにいたのだと分かった。

男性はきょろきょろと周りを見た。


「母ちゃん、迎えに来るって言ったのに遅いな。」


その時だ、一人の女性が私達に近づいて来た。


「ちょっと、探したわよ。」


少し怒った口調で女性は近づいて来る。

彼女は私に愛想笑いをして頭を下げた。


「母ちゃん遅いよ。」

「何言ってるの、入り口で待っとってと言ったのに。

とろくっさいわね。」

「そうだったっけ、まあそんなに怒るなよ。」


私はすぐそばで二人を見ていた。

二人は私に気がつくとはっとして頭を下げた。


「悪いねえ、変なとこ見せちゃって。この人方向音痴で。

私が先に来たから入り口で待ち合わせねと

言っといたんだけど。」


女性が恥ずかしそうに言う。


「いえ、構いませんよ。」


私はふと先程交わした男性との話を思い出した。


「あの、お宅では赤味噌のお味噌汁ですか?」

「ええ、そうよ。」


私は男性を見た。


「この方が赤味噌も良いけどたまには白味噌が飲みたいって

おっしゃってましたよ。」


女性は夫を見る。

男性は少し気まずい顔をしたが、それでも頷いた。


女性は少し考えこんでいたが、

一番小さな白味噌のパッケージをかごに入れた。

男性がそれを見てあっと言う顔になる。


「そうだね、たまには白もいいかもね。」


彼女は夫を見た。


「待たせてごめんね。」


と彼女が言うと彼は嬉しそうに笑った。


「こっちこそ悪かったな、じゃあ行こう。」


と二人は寄り添い歩き出し、

振り返りって私を見て頭を下げた。

私も慌てて頭を下げる。


そして私が頭を上げると二人の姿は無かった。

店内の音楽が聞こえて来る。




私はその日買い物を済ますと家に帰った。

足元にペットの犬が駆け寄って来た。


「ああ、ただいま。」


私は犬に声をかけると荷物を整理した。

そしてそれが終わると写真立ての前で手を合わせた。

その写真立てには足元の犬のものが入っている。

私は犬を見た。


「そろそろ、天国に行かないと駄目だよ。

こっちはもう心配ないから。」


犬は首をかしげて私を見た。

そのペットは少し前に死んでいた。

多分私の事が心配なのだろう。

それでも何日かすると犬の姿も無くなった。


そしてスーパーの男性も見なくなった。


もしかすると味噌などどうでも良くて、

奥様が迎えに来るまでそこで待っていたのかもしれない。

そしてあの日、やっと奥様が来たのだ。


「おーい、買い物に行くぞ。」


玄関で主人が呼ぶ。

私は急いでそちらに向かった。


「うちは二人とも赤味噌で良かったね。」

「えっ?」

「何でもない。」


よく晴れた日だ。

今日も暑くなるかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る