昨日見た夢・つれづれ短編集

ましさかはぶ子

60 2÷0




主人と話をしなくなって半年になる。


付き合っている時は沢山話をしたのに

結婚した途端喧嘩ばかりだ。

考えてみるとその始まりは大した事ではない。

だがそれが積み重なると我慢出来なくなった。


「あんた達、まだ結婚して2年じゃない。」


喫茶店で話をしている友人は言った。


「そうだけど。」

「最初から大丈夫かなと思っていたけどさ。」

「えっ、どうして。」


私は少しばかりショックを受けた。


「だってあんた達は一ヶ月ぐらいしか

付き合ってなかったでしょ。

それでいきなり結婚したから

上手く行くかダメかどちらかだと思った。」


彼女はアップルジュースを飲んだ。


「そんな、する前に言ってくれればいいのに。」

「言ったよ、何度も。

私以外にも言われたんじゃない?

それでも結婚して上手くいく人はいるけど、

あんた達は似すぎてるのよ。

その場のノリと勢いで結婚したからこれはなあと思った。」


確かにその通りだ。

私と彼は性格がとても似ている。

会社の同僚の紹介で知り合ってすぐに仲良くなった。

こんなにリズムの合う人がいるなんてと驚いた。

そしてこれは運命かもと感じたのだ。


だが今思い返せば確かに周りから少し待てと言われた気がする。

両親も渋い顔をしていた。


だが私は30歳近かった。

焦りが無かったと言えば噓になる。

式なんて挙げなくていいと

届けだけ出して一緒に住みだしたのだ。


「でもまだ結論を出すのは早いと思う。

とりあえず二人でしっかり話し合うのが良いと思うよ。」


と彼女は言った。

それはとても常識的な考えだ。

そうした方が良いと私も思った。


だが家に帰っても夫はいない。

夜中まで帰って来ない。

そして朝起きると夫は寝ている。

一度起こした事があるが彼の仕事は朝は遅く、

深夜まで仕事をしている。


「うるせえな。」


と言われてからカチンと来て起こすのは止めた。


その日、家に帰るとやはり夫はいない。

私は何気なくテレビをつけた。


『ある数字を0で割るとエラーになります。』


とニュースで言っていた。

どうも小学校のテストである数字を0で割った答えを

『答えなし』と子どもが書いたら×をうたれたらしい。

だがそれは間違っていないそうだ。


0で割るのはエラーなのだ。

元々理系ではないので全く理解出来ないが

やってはいけない事なのは分かった。


だが色々と調べると0は偶数で、2で割れるのだ。


「????」


0で数字を割るのは禁忌だが、

0は2で割ると答えは出るのだ。

何故なのか。

だがそれはこの世の数のルールなのだ。


その時主人が帰って来た。

もう真夜中だった。

彼はちらりとリビングを向いたが私の顔を見ても無言だ。

何となくカチンとくる。

だが昼の友達の言葉も思い出した。

話し合えと。


私は彼を見た。


「ご飯食べたの?」

「……、」


返事はない。

彼は私を見ずそのまま台所に行こうとした。


「あのね、友達が話し合えって。」


彼が背を向けたまま立ちどまる。


「このままじゃダメだと私も思う。

一度きちんと話そう。」


彼はしばらく立ち止ったまま無言だった。


「とりあえずカップヌードル食べる。

それからだ。」

「分かった。」


私は彼を見送りそのままパソコンをいじっていた。

やがて彼が戻って来る。


私の前に座るが無言だ。

私も何から話して良いのか分からない。


「あの……、」


私が口を開いた。

すると彼が少し怒ったように言った。


「普通、女なら俺が何も食べてなくて

カップヌードル食べると言ったら

せめて用意するんじゃないか?」


と彼が言った。

私はびっくりする。


「用意って、なんで、」

「女ってそうだろ、第一お前は何もかも俺にさせる。」

「させるって何をさせたの?」

「家事だよ、女がするもんだろ?」


私は怒りが湧いて来た。

私達は二人とも働いている。

ならば家事も半々だ。


「私も働いてるでしょ?どうして私だけがするのよ。」

「先輩の所は奥さんが家事をしてるぞ。」


私はかっとする。


「よその家は関係ないじゃない。

専業ならともかく、

最初に仕事は続けてくれって言ったのは自分でしょ?」

「うるさい、夜遅く帰って来て家事なんて出来るか。

あんたの分と言ってそのまま置いておくな。

イライラする。」


もうきりがない。

私はため息をついた。


その時私はさっきネットで調べていた事を思い出した。


2÷0だ。


私が黙り込んだのを見て彼が席を立った。


「待って。」


彼が歪んだ顔で私を見た。


「ねえ、数字って0で割るのはダメなんだよね。」


彼は理系だ。

それを聞いて彼は座り直した。


「ん、まあ、エラーが出る。」

「でも0は2で割れるんだよね。」

「そうだが……、」


私が何を言っているのか分からないのか、

彼は私をまっすぐ見た。


「今のこの生活って何にもないよね。

0だよね。

その0で2を割るとエラーになるんでしょ?

存在しないんだよね。」


彼は返事をしなかった。


「でも0は2で割れる。

同じ0でも割れたら今の0とは違う。

何もないけど違う世界だよ。

夫婦って二人だよ。2だよ。

その2ってなに?誰?もしかしたら私達じゃないの?

私達はお互いに相手に欲しがり過ぎて

何もなくなったんだよ。」


彼はしばらくじっとしていたが口を開いた。


「……今終わりにすると言うことか。」

「割り切れるうちに私は決めたい。」


それは私が今下した決断だ。

口には出さなかったが万が一

2が3になったらもう割れない。


「……そうだな、早い方が良いかもな。」


彼は抑揚も無く言った。




それからは早かった。

私はすぐに実家に戻った。

そのマンションは彼の名義で借りているので

継続して彼が住むらしい。

ほとんどの家財道具も置いて行くので

彼はその分の金銭を私に寄越した。

私はあとくされが無いようにそれは受け取った。


彼は何か言いだけだったが、黙ってお金を私に渡した。

彼が飲み込んだ言葉は私には想像がついた。


だが私も何も言わない

嫌味でなく今度は私みたいにさばさばした女じゃなく、

ちゃんとカップヌードルを用意してくれる女に

しなさいよと言う気持ちだった。


「やっぱりねぇ。」


と離婚した後に友人と会うと彼女はそう言った。


「まあ、いい勉強したと思ってるよ。」

「あっちはどう言ってたの?」

「同じような感じでしょ。

出て行く日にはなんにも言わず別れたわ。」

「さっぱりしてるね。」


私はふんと笑った。


「私達は似た者同士だったんだよ。

だから考え方も行動も一緒、

感慨もなくせっかちだから早く終わったわ。

ただの友達同士ならテンポも一緒で良かったんだろうね。」

「親から何か言われた?」

「やっぱりねって。」


彼女はじろりと私を見た。


「今度良い人が出来たらじっくり考えなよ。

そして親にも会わせて急がないコト。」

「はい。」

「私にも会わせなさいよ。」

「はい。」


彼女は5年程付き合ってからご主人と結婚したのだ。

多分ゆっくりとお互いを知ってから結婚したのだろう。


「ところで赤ちゃんいつ生まれるの?」


私は彼女のお腹を見た。


「今7ヶ月だから、あと2ヶ月ぐらい?」

「そんな時に相談に乗ってくれてありがとう。」

「良いよ、あんたも道が開かれると良いね。」

「だね。」


人の生き方は数字では測れないが、彼女は3になるのだ。


私は今は0だ。

1でもない。

だがその0は新しい0だ。

割れなくても割り切れてもどちらでもいい。

そのうち増えても良いのだ。


どうするか。

何を始めても私の自由だ。




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