58 雨屋の庄助



昼下り、飴屋で奉公している庄助が店の入り口を見ると

暖簾の向こうに子どもが立っているのが見えた。


子どもは五歳位だろうか。

白い着物を着ていて顔は暖簾に隠れていて見えない。

子どもは身動きせずただ立っているだけだ。


庄助は十歳の時にこの飴屋に奉公に来た。

今は十五歳になる。

飴屋の主人は奉公人を大事にする善い男で、

庄助はここに来て文字や算術を習った。

彼はなかなか覚えが良く、

数年すると色々な事を任されるようになった。


この飴屋は寺町の参道にある。

時期によってはかなり忙しいが、

今は行事もなく客は少ない。


気候の良い時期で今日は天気も良く、

昼下りの今は上の者は奥に入って休んでおり、

その間一刻ほど庄助は店を任されていた。


庄助は欠伸を噛み殺しながら暖簾の外を見た。


実はこの子どもはどうも庄助にしか見えないようなのだ。


子どもは庄助が一人で店を任されている時にしか出ない。

時々客は来るが、

客は子どもを全然気にしていない。


その子どもがいるのに気が付いたのは

自分が店を任されるようになった数年前からだ。


最初はぞっとして店の仲間にそれとなく聞いたが

誰も知らないらしい。

いつもいる訳でもなく悪さもしないので、

そのうち彼も子どもに慣れてしまって怖くなくなっていた。


だが今日はなぜか気になった。

店の中も外も人の気配がない。

妙にしんとしている。


彼はふっと立ち上がると入り口に近づき、

暖簾をそっと開いた。


そこにいたのは白い着物で白く丸い顔のつるりとした子どもだった。

口や鼻はなく筆で描いたような黒い目がある。

そして耳があった。


のっぺらぼうかと庄助はぎょっとしたが、

なぜかどこかで見たような気がした。

そして白い着物と思っていたが、

首元に布をぎゅっと寄せたような服を着ていた。


子どもは少し驚いたように庄助を見上げた。

黒い目はいたずら書きしたようなもので、

どことなく滑稽に見えた。


「お、お前さ、ずっとここにいるけど……、」


見慣れているとは言え、

実際子どもを前にすると気後れした。

それを聞くと子どもは庄助に何かを伝えたいのだろう、

体を動かし始めた。


子どもが必死に身体を動かしているのを見て、

庄助は妙に可笑しくなって来た。


物の怪か幽霊か分からない。

仕草が可愛らしいので庄助は少し笑った。

すると子どもは怒ったのか地団太を踏んだ。


「ごめん、ごめん。」


口を押えながら庄助は謝ると何かを思いついたのか

店内に戻り筆を持って来た。

そして子どもの顔に口を描いた。


「あー、やっと気が付いてくれた。」


筆で描いた口がもごもごと動くと

子どもは喋り出した。

庄助はその口を書く感覚で、

小さい頃によくやった遊びをふと思い出した。


「探したよう、約束守ってくれよ。」


子どもは怒ったように言った。


「約束って俺、何かしたか?」

「したよう、天気にしただろ、

晴れにしたら飴、くれるって。」


庄助は子どもの黒々とした目を見た。

そしてはっとした。


「お前、てるてる坊主か。」

「やっと思い出したのか、ひどい。」


子どもの口がへの字になる。


庄助の奉公先が飴屋に決まって家を出る何日か前だ。

雨より晴れが良いとてるてる坊主を作ったのだ。

子どもの頃から何度も作っていた。

目と耳は書くが、口は願いが叶ったら書いていた。


「俺は飴屋に行くんだ。晴れたら飴をやるよ。」


そんな約束をした。

もう何年も前だ。

庄助は思わず笑い出した。


「笑うことないだろ。」


てるてる坊主が怒った。


「うん、確かに約束したな、思い出したよ。」

「だから飴をくれよ。」

「そうだな、ちゃんと晴れにしてくれたもんな。」


家を出る日は綺麗に晴れていた。


「分かった。飴をやるよ。入れよ。」


庄助が店に入りてるてる坊主を呼んだが

てるてる坊主は立ち止っている。


「どうした。」


庄助はてるてる坊主を見た。


「飴だぞ。」

「あの、その……、」


てるてる坊主が俯いた。


「ちょっと怖い。」


てるてる坊主にとっては知らない店だ。

きっと今まで怖くて入って来られなかったのだろう。


庄助はそっとてるてる坊主の手を持つと

一緒に店に入った。

てるてる坊主の手は華奢で小さかった。


薄暗い店だ。

様々な飴が売られている。

庄助はその中の一つの飴を取り出した。


「これはおまけの飴だ。

形の悪い物や欠片の飴で、

買ってくれた人や子どもにあげるんだ。」


庄助はその中から大き目の飴を取り出した。


「俺はまだ見習いだからな、

売り物の飴はあげられないんだ。

でも味は良いぞ。」


庄助がてるてる坊主に向かって口を開けた。

するとてるてる坊主も口を開く。

庄助はその口に飴を入れた。


てるてる坊主はしばらく口をもごもごと動かしていたが、

やがてにっこりと笑った。


「すげえうまい。」


庄助もそれを見て笑った。

その時、


「庄助。」


店の奥から声がする。


「はい。」

「お客さんかい?」

「あ、いえ、その……、」


庄助がてるてる坊主がいた所を見ると

そこにはもう誰もいなかった。




それからあのてるてる坊主は見なくなった。


そして庄助は奉公を真面目に勤め、

別の所で飴屋を開く事となった。

場所が良いのか客足は絶えない。


そしてその軒先にはいつも小さなてるてる坊主が下がっていた。

目と耳だけ黒々と書かれたてるてる坊主だ。

口は書かないのかと聞かれると


「願いが叶ったら書いてやるんだよ。」


と庄助は笑った。

そしててるてる坊主があるからか

飴屋なのに「雨屋」と庄助の店は呼ばれていた。


軒先のてるてる坊主を客について来た小さな子が

ぽかんと口を開けて見上げている。


庄助はそれを見るとにっこりと笑いながら

その子の口に飴の欠片をそっと入れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る