55 子カラス




飼っていた犬が死んで2か月になる。

13年生きた。

息子が知り合いからもらって来て可愛がっていたが

結婚して家を出た。

田舎の一軒家の大きな家には私と犬だけ残された。

主人は結構前に亡くなっていた。


転勤で息子は飛行機の距離の地域に転勤となった。

世界的に色々あったのでテレビ電話などで話はしていたが、

何年も会っていない。


そして犬が死んでしまった。


何となくぽかんとした日々になり、

犬が残したものも片付ける気にならない。

覇気のない時が続いていた。


そしてその日、カラスのひなが巣から落ちているのに気が付いたのは

カラスと猫が庭で騒いでいたからだ。

ここは山が近い。

時々カラスの声は聞こえ、姿も見た。


庭では猫とカラスが激しく言い争う様に鳴き合っている。


窓から何事かと見ると庭にいる小さなカラスを

猫が狙っていた。

その上を親ガラスが飛び回って攻撃をしている。


私ははっとして窓を開けた。

その音に気が付いたのか猫とカラスはこちらを見た。


私は無言でずかずかとそちらに寄るとその勢いで

恐れをなしたのか猫は走り去っていった。

猫は飼った事があり好きな動物だが、

小さな生き物を狩る所は見たくなかった。


親カラスは一旦落ち着いたのか近くの木の上に止まった。

私は地面に羽を広げてぐったりとしているカラスを見た。


どうも巣立ち前の子ガラスのようだ。

近くに巣があったかは分からないが、

そこから落ちて逃げ回っているうちに

我が家の庭にたどり着いたのだろう。


子ガラスの目が私を見ている。

翼を見るとどうも怪我をしているようで、

羽根がぼさぼさになった所に血がにじんでいた。


私はどうしようと迷ったが、

このままでは子ガラスは飛べないので

また猫の餌食になるかもしれない。


私は木の上にいるカラスを見た。


「この子、怪我をしてる。しばらく家で面倒を見ようか?」


それがカラスに通じるかどうか分からなかった。

しばらくカラスの親は私を見ていたが、

一声カアと鳴いて飛んで行った。


「噛まないでよ、何もしないから。」


私はタオルを持って来て恐る恐るカラスを包んだ。

暴れたがそれでもかまわずタオルで包み、

その翼に薬を塗った。


そして雨のかからない軒下に

使わなくなった猫用のケージを置いて動かないように固定し、

そこに子ガラスを入れた。

暴れるかと思ったら大人しくじっとしている。


大変だったから疲れたのだなと思い、

残っていたドッグフードと水を置いて私は離れた。

しばらくすると親ガラスが餌を持ってやって来た。

私は家の中からそれを見ていた。


「野生は何かあると見捨てると言うけど、

やっぱり親子の情はあるよね。」


と私は呟いた。


一週間程私は子ガラスの世話を続けた。

その間、時々親ガラスが来て子ガラスにエサをやっていた。

そしてついでに子ガラスに用意した犬のエサをつまむ。

やって来るのはそれがあったからかもしれない。


やがて子ガラスがケージの中で羽をばたばたさせ始めたので

私はケージを取り除いた。


しばらく子ガラスは庭で翼を広げて羽ばたかせていたが、

親ガラスがやって来た。

そして二羽はさっと飛んで行ってしまった。


ネットで野生動物が助けられても

振り返らずに去ってしまう映像を見る。

そんなものだろうと思うがどことなく淋しい。

だがそれが人としての陰徳だろう。

人知れず施した徳。

それで良いのだ。




そして夏に近くなった頃、

庭先でカラスの声がした。


なんだろうと思い外を見ると

一羽のカラスが木の上にいてその羽根の一部が跳ねていた。


あの子ガラスだと私は分かった。


庭に出るとカラスはちょんちょんと寄って来て

私の周りをぐるりと回ると飛んで行った。


カラスはどう言うつもりなのか分からない。

だが子ガラスはお礼に来たのだと私は勝手に思った。


それから毎日いろいろな時間にカラスは来た。


来るたびにほんの少しドッグフードをあげた。

本当はダメなのだが、やってくるカラスは可愛かった。


ある時、犬のおもちゃの古いドーナッツ型の

フリスビーを軽く投げてみた。

するとそれをカラスが拾って持って来る。


「うまいねえ!」


するとカラスが嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。


カラスは人が思うより賢い。

投げたフリスビーを拾って来たのを

私が喜んだのが分かったのか、

それから庭に来るとフリスビーを咥えて

私を待っていた。

私もそれが楽しみになり毎日それで遊んだ。

まるでまた子育てをしている気持ちになった。




そして夏が終わる頃、

いつものようにカラスが来た。

フリスビーで遊び、ドッグフードをあげた。


私がもう一度フリスビーを投げようとした時だ。

カラスは山の方をじっと見ている。

私やフリスビーは目に入っていない様に。


私は何となく感じた。


「山に行くの?」


カラスは私に振り向いた。

黒々とした可愛らしい目が私を見た。

私は頷く。


「行ってらっしゃい。」


それが合図だったかのように

カラスは羽ばたいて飛んで行った。

広げた羽の一部が欠けてそこから青空が見えた。




それからカラスは来なくなった。

山が色づき葉が落ちて雪が降って来た。


正月には息子夫婦が来た。

何年ぶりだろう。


「カラスはあれから来ないの?」


と息子が言う。

時々写真を撮って送っていたのだ。


「そうなのよ、山に帰ったみたい。」


嫁が私を見た。


「野生だから仕方ないですよね。」

「そうよね、飼う訳にはいかないし。」


嫁が少し笑う。


「来年子どものカラスを連れて戻ってきたらどうします?」

「えー、それは困っちゃうわ。」


と私は笑った。

嫁のお腹は大きい。

春には子どもが生まれる予定だ。


「それで母さん、春に転勤でこっちに戻るよ。」

「そうなの?」

「ちょうどその頃に子どもが生まれるだろ?

里帰りはするけどその後ここに住みたいんだけど。」


私は嫁を見た。


「良いの?姑だよ。」


嫁は笑った。


「私は怠け者の嫁ですよ。」


多分冗談だろうがその一言で

なぜかうまく行くような気がした。


「お義母さん、カラスを可愛がっていたでしょ?

だから何となくいいかなあと。

それにダメならすぐ別居しましょう。」


はっきりしている。

それぐらいの方が良いと思った。




それからしばらくして息子夫婦の荷物が届いた。

部屋は余っているので全く問題は無かった。

春が来る頃にはまず息子が来る。

そして夏前には嫁が来るだろう。


新しい生活だ。

上手く行くかどうかまだよく分からない。

駄目で元々と考えよう。


「さあ、なるべく嫌な姑にならないようにしよう。」


私は伸びをした。


そして山の方からカラスの声がする。

冬はもうすぐ終わるのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る