第三節 未来の現状
志藤仁。その名を聞くと、躰のアサシンは血相を変えて銃を乱射し始めた。あちらこちらに弾丸が飛んでいく。かすめた部分が錆びる。触れたものを腐食させる弾を放つ能力だろうか。仁は冷や汗をかいた。
「ふざけんじゃねぇぞ!何百年前の人間だと思ってんだクソバカヤローが!くだらねぇ嘘ついてんじゃねぇ!」
無精髭を生やした壮年の男性という出で立ちからは想像もつかない言動に、仁は戸惑うしかなかった。
「いやホントなんだって!信じられないだろうけど!」
「あぁ信じられねぇな!だから信じねぇ!潰す!」
仁自身は平気だが、このままでは背後の教会が危険である。銃口を塞ぐべくアサシンに突っ込もうとするが、同時にアサシンは目にも止まらぬ勢いで仁の懐に踏み込み、掌底を放った。銃拳一体。ガン=カタである。
「あのな、志藤仁ってのはな、伝説のレシーバーズ部隊を率いた奴なんだぞ!お前みたいな鎧着た半端者なわけねぇんだよ!」
銃と拳が目まぐるしく襲いかかる。
「あともっとでけぇ!3メートルはある!『赤鬼崩し』の前線にいたんだからな!」
どんな形で伝聞されているんだろうか。窮地に立たされる中、仁はそんなことが気になっていた。
「そして能力は風だ!噂によりゃ『アマカゼの奇跡』のミストゲイルの正体は志藤仁らしいからな!つまりだ、どれにも当てはまらねぇお前は志藤仁じゃねぇ!はい証明完了!」
ここまで無茶苦茶な事を言われれば、流石の仁も耐えかねる。早業で胸にユニゾンギアの拡張機器である赤のカプセル──猛(ヘラクレス)を装填した。胸のランプが赤く光る。右腕に力を込めて、
「未来(ここ)はオタクばっかかよ!!」
と、鉄拳を喰らわせてアサシンを吹っ飛ばした。
「しかもすげぇ解釈違いだし…!」
すっかり伸びてしまったアサシンを見下ろし、仁は肩をいからせた。
銃声が鳴り止み、教会から護が顔を出す。山積みの警官と仁を交互に見て、啞然としつつも安堵に胸を撫で下ろした。
刹那、銃弾が護の頬をかすめた。血が滴る。
「どうだ、死んだフリ作戦…!『百獣進攻』でもミストゲイルがやったとされる技だぜ…!」
腫れた顔を押さえながら、アサシンはニヤついた。だが、仁の後方で頬を押さえる護を見るや否や、アサシンは突然嘔吐した。
「あぁすまねぇ…すまねぇ…タイマンだったのに…マジですまねぇ…」
おぼつかない足取りでアサシンは撤退した。その様子に仁はただの奇人ではない、腹に一物抱えた人物だと感じた。
直後、護があの弾を喰らった事を思い出す。急いで護に駆け寄った。案の定、うずくまる護の頬は赤黒く変色していた。腐食が始まっている。
「応急処置だ、少し我慢してくれよ」
仁は右手に高熱を帯び、護の頬に押し当てた。肉の焼ける音、臭い。護は呻き声を上げた。
「これで腐食は止まったはずだ…!」
ユニゾンギアから薬を取り出し、頬に塗って絆創膏を貼った。気が多少楽になった仁はユニゾンギアを脱ぎ、大きく息を吐いた。
「疲れた…」
だが、不謹慎ながら仁の心はこの忙しなさに助けられている側面もある。考えなくて済むからだ。自身が世界の命運を握る存在、『混沌』と取りつけた約束、『300年の内に人類が進化しなければ世界は滅ぶ』その刻限が既に目の前にあることを。そして現状、その目処がまるで立っていないことを。
混沌の配下、四騎士の一人であるホワイトライダーによれば、レシーバーズとは進化の形ではない。では何が進化なのか。仁にはわからなかった。なので仁は太古より伝わる英雄『ゾア』を、歴史上決して集まる事の無かった全てのゾアを同じ時代に集めることで、人類の進化を示そうとした。
だが四人の内、いま確実に生きていると言えるのは二人だけ。仁の幼馴染の架純と、異世界タカマガハラで出会った登子のみ。姉の燈花もゾアであったが、はみ出し者の騎士『魔騎難』の力でその資質を奪われてしまった。実際、ゾアの気配を感じ取れる仁にも、今の燈花からゾアの気配は感じ取れない。
明良はタカマガハラへ行く前に出会ったゾアだが、今も彼女が生きている保証は無い。なにしろ、こんな現状では冷凍睡眠法が受け継がれている可能性の方が低いからだ。この胡散臭い都市の外に、彼女の睡眠カプセルが残っているかどうか。まるで見当もつかない。
架純の場合、生きてはいるが複雑な事情を抱えている。ゾアの導き手『オーダー』の力を託された仁なら、彼女が今いる世界の核『無限樹』の所へ行けるが、彼女が離れてしまったら即座に世界は滅びを迎える。ゾアを集めないことにはどうしようもないのだ。
一刻の猶予も無い。いつまた四騎士が現れ、世界を滅びに向かわせるかわからない。それでなくとも、かつて何度か約束を反故にするかのような行動を見せているのだ。
例えば赤鬼崩し。あれはレッドブレードという四騎士の一人と戦った件を指す。タカマガハラでも、ブラックリブラが襲いかかってきた。結果として魔騎難討伐に協力してくれたものの、はじめは確実に敵対の意志を見せていた。奉莉という少女がいなければどうなっていたか。
ホワイトライダーの言葉が脳裏をよぎる。『我が主、混沌によって世界の因果は操作されている』『それにより、ゾアが全て揃った事は一度も無い』未だ混沌の手の平の上か。考えれば考えるほど、ただただ心が苦しくなるだけだった。だから、一時でも苦しさを紛らわせるこの忙しなさは、皮肉にも仁にとって救いのように思えたのだ。
そんな仁のもとに、交渉を取りつけようとした三人が帰ってきた。生傷の絶えないその姿を見て、仁はため息をついた。
「ダメだったか」
「すまん!あいつら結構手強くてなぁ…」
義太郎が手を合わせて頭を下げる。リッキーも苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「燈花さん達に合わせる顔がないよ…」
重苦しい雰囲気に耐えかねて、傀衣は提案した。
「そうだ皆さん!エンセイバー観ましょう!面白いですよ!ちょうど子供達も起きてくる頃でしょうし…!その…だから…えっと…」
慌てながら言葉を続ける傀衣の姿を見て、仁達は柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。気遣ってくれたんだろ?俺達が暗い顔してたから。えー…」
「傀衣です。灼傀衣」
「じゃあ案内してくれ、傀衣」
仁が護を抱き上げると、傀衣は息を呑んだ。
「護さん!?大丈夫なんですか…?」
護は少し苦しそうに目を開けた。
「傀衣…?よかった、無事で」
「それより護さんは!」
「これなら大丈夫だよ。この人が手当してくれたから」
護は仁に視線を移した。
「あくまで応急処置だ。ちゃんとした所で診てもらうまで安心できない」
そう言うと、傀衣と護は眉をひそめた。
「それは…無理です」
「僕はレシーバーズじゃない。彼らにとって、人じゃない。病院に行くこともかなわないんです」
仁は絶句した。七光からの又聞きでエタニティの統治は眉唾であると推察できたが、まさかここまで極端な差別が是認されているとは。そして、アマカゼとして自分達のしてきた事が受け継がれていない事実が、その結果として眼前に広がる荒野を生み出してしまったことが、悔しくて悔しくて仕方なかった。
だからこそ、『先祖』が責任を取らねば。
「行こう、病院へ」
仁の言葉に傀衣と護は驚きを隠せなかった。
「相手がわかってくれないなら、俺の方からきちんと話を通す」
「危険すぎます!レシーバーズ(あいつら)はどうせラバーズ(ぼくら)を攻撃する!」
「その時は力ずくでもやってもらう」
「そこまでする義理は無いでしょ、あなた達に!」
「あるんだよ」
この惨事を招いたのは、先祖(おれたち)なんだから。
「受け取ってほしいんだよ。子孫(おまえら)には、ちゃんとしたものを」
仁の顔に確固たる信念を感じた傀衣は、
「私も同行します。あなたの背中を、間近で見たい。きっと、必要な事だから」
と言って仁に代わり、護を背負った。
「ごめんね、傀衣。重いだろ?」
「大丈夫ですよ。鍛えてますから」
愛顔で返す傀衣を見て、護は感慨深さを覚えた。
護が傀衣と初めて出会ったのは二年前。護はラバーズと呼ばれ迫害を受けているセントラルタウンの人々に飲食物を分けたり、教会に保護したりと慈善活動を行っていた。
しかし、所詮はラバーズ。レシーバーズの手にかかれば、無力な護は救うべき人々を救う事すらかなわない。ほとんどは救う前に殺されてしまった。護は無力感に打ちひしがれそうになりながら、それでも生きる意味が欲しくて、若い身一つで続けてきた。
そんなある日の事。ボトムタウンの中でも唯一、街の体裁を保っていた街があった。護はそこで日銭を稼ぎつつ、食料や生活用品を買い足していたのだが、突然の灼熱で全てが焼き払われた。少女一人によって。その少女こそ、他でもない傀衣だったのだ。
辺り一面焦土と化した後、少女は倒れた。護は膝から崩れ落ちた。レシーバーズ。一体どれだけ我々から奪えば気が済むのか。目の前の少女が憎くてたまらなかった。しかし、すすり泣く声が聞こえた。それは少女のものだった。謝罪の言葉をひたすら唱える彼女の姿は、周囲を無に帰した悪魔の炎の持ち主とは思えないほど、小さく、幼気で、弱々しかった。そして彼女もまた被害者なのだと悟った。無性に悲しくなった。守らねば。そう思った。
彼女を保護した後、唯一わかった事がある。傀衣はセントラルタウンの外の人物だということだ。初めて訪れたこの地で、いきなり力が溢れ出したというのだ。しかし何故セントラルタウンを訪れたのか、傀衣自身はわかっていなかった。そこに謎を解く鍵があるように思えてならなかった。
ともかく、あの日怯えていた傀衣がこうも頼もしい返事をしてくれるのは、護にとって僥倖だった。
顔をほころばせる護達の前に、突如シリアル巡査部長が現れた。すかさず傀衣が身構える。
「あの時の…!」
「エタニティ本部まで来てくれて感謝しているぞ。おかげでお前の巣を見つけられたからなぁ、アッシュブレイズ!」
治療を受けた肩から蜘蛛の糸を発射する。回避行動をとるが、以前のものとは違い、唐突に弾けて拡散した。予想していなかった攻撃に傀衣は対応しきれず、足元を固定されてしまった。
「この間と同じだと思ったら大間違いだぞ!あの時の屈辱、晴らさせてもらう!」
シリアルが殴りかかろうとしたその時、地鳴りが起こった。マグニチュード5ほどの震動は長く、規則的に訪れた。その強さは徐々に大きくなり、立つ事もままならない震動が訪れた時、太陽さえ覆い尽くさんばかりの巨体を目視することとなった。機械の獣を前に、シリアルと護は慄いた。
「あり得ん、これは何かの間違いだ…」
「どうしてあれが…」
「何なんだよあれって!」
仁が尋ねる。
「伝説だと思っていた…過去、日本で築かれた文明を全て滅ぼした古代兵器…本当にあったのか、『滅零駕(メツレイガ)』…」
鈍い青銅色の体躯を輝かせ、メツレイガは天に吼えた。咆哮による過剰な振動で、冬の空気が途端に夏のごとく暑くなる。雲は裂け、地は泥沼と化す。仁は魔騎難との戦いを連想させた。あんな奴が、この世界にもいるのか。獣の赤き瞳に、仁は戦慄を覚える他なかった。
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