第12話状況整理と夜更け

 魔臓結晶を作り出すことには成功したのだが、未だにコアには組み込めていない。


 ジワジワと浸食するようにコアと隣り合うように設置はしているが、魔を使役するという理に適応していくにはもう少しかかりそうだ。


 何でもかんでも吸収し処理できるならば、この大陸などすぐさま飲み込めているだろう。


 環境適応能力とは一度身に受け、経験し、耐性もしくは親和性を獲得しようやく使役できるようになる。


 “ことわり”と言う概念にまで話が至ると、とにかく時間がかかる。単一物質の吸収、解析何ぞとは比べ物にならない。


 砦の戦闘指揮所には未だに明かりがともっている。私は外壁の外にいるのだが耳がかなり良いため丸聞こえなのだが、やれ神は居ただの処女を捧げるだの可笑しなことをキルテちゃんの親友らしき人物が呟いている。


 未だに私は人間体になれることを、あの親子が喋っていない理由が明白だ。


 戦闘指揮所に姿を現せば、その日の夜にその親友ちゃんの処女は無くなっているだろう。


 まあこの戦闘能力を見れば公爵領の将校たちも目の色を変えるだろう。

 

 反転攻勢に出ようだの、帝国を攻め滅ぼそうなど、好きかって言ってくれる。

 

 私は私の為にしか動かないのだから滑稽にしかみえん、たしかに帝国は嫌いではあるがそのすべてが憎いわけでじゃない。

 

 ただ目障りなだけだ。





 王都の状況、道中に殲滅していった街や村の状況など擦り合わせが終わると親友である、ギルク イラ シャリウちゃんが私の元へやって来た。


 周囲には将校や兵士の姿は見えず、ダガラ親子しかいない。


 膝を地面に付き駐機状態の私の足元でシャリウちゃんが話しかけて来る。


「初めましてご神体様。我、いえ、私はギルク イラ シャリウと申します。私らの領地を守っていただきありがとうございます。ご恩返しにこの身の全てをあなた様に捧げようと思います……」 


 ちょっとちょっと。へい、ダガラ親子。話通ってないんじゃないの?

 

 キルテちゃんが慌てて止めようとするが、シャリウちゃんは頑なに止まらない。イルメシアなんか面白そうに、アラアラウフフなんて微笑んでいるが楽しんでいるだけだろう。これ、大丈夫? 私、人間に戻っていいんだよね?


 身の丈十メートルを超えるアーマメントな私の身体が中年のバキバキボディへと変化していく。なんだか久しぶりのような気がするな。


 目つきがやや悪いだけで特に目立つ容姿はしていないため、市井に紛れれば気付かれない自信がある。


 心象に深く根付いているかつての仕事着、黒いスーツにグレーのネクタイ姿へと変化させる。気持ちがシャンとするんだが、なぜだか仕事に追われる気持ちも湧いて来る。電車に間に合わない時みたいな。


 当初は銀一色で異星人みたいな風貌だったけどちゃんと人間の質感と体温も感じられるようになっている。

 

 金髪で赤眼の大きなアーモンド形の瞳を見開いて、お口を開けているシャリウちゃんに丁寧に挨拶をする。


「初めまして。ギルク イラ シャリウ嬢。私、元ご神体のシンタと申します。以後宜しくお願いします」


 挨拶をして数瞬後、私の胸元に飛びつかれ両頬を掴まれると唇を熱烈に貪られてしまった。


 私の咥内に暖かい舌を捻じり込んでくると、粘性を伴い唾液を送り込んでくる。

 

 数十秒ほど唾液の交換を満足のいくまで行うと、シャリウちゃんはとんでもない事を言いだした。


「さて、我の処女を捧げるとしよう。なに、子はいくらでも産んで見せる。シンタ様のお子ならば良き子が産まれて来るであろうッ!!」


 公爵の情操教育がとても心配になってきました。まる。





 興奮するシャリウちゃんを宥めすかし、月夜を背景に用意したテーブルと椅子に座り今までの道のりを語り合う。


「ふむ、あの弱気なキルテがそのような豪傑になったのだな。我はとても嬉しいぞ――だが、王都の救援に間に合わなかったのは我が公爵家の汚点だ……申し開きもない」


 先程の会議の最中、シャリウちゃんが王妃であるイルメシアに我が身を処断してくれなどという謝罪合戦が巻き起こっていたが、謝罪は不要と断じられひとまずは落ち着いているようだ。


 砦を空けるわけにはいかない為、守りを固める現在の部隊を救援部隊と交代で公爵家へと向かうことになった。


 ただただ私達は公爵家を遠方から援護できればいいと思いきや、師団規模で帝国軍を殲滅してしまった。


 しかも王族の親子が得体のしれない強力な戦力を抱えているではないか。えらいこっちゃと……。

 

 まあ、彼女たちが公爵家に根を下ろすのも良し、指揮官として蜂起するも良し。

 

「その……我が伴侶として、父上に紹介したいのだが……」


「……まずはお友達から始めようねシャリウちゃん? 会って即初夜なんて紳士的じゃないよ?」


 据え然食わぬはなんとやらだが、キルテちゃんとイルメシアの手前飛びつけない……口惜しい。


 イルメシアは私の内心を分かっていそうだが、口に出さないだけでも花丸を上げよう。ちょっと今度作る料理とお菓子をグレードアップしようと思う。


 冷めてはいるがクッキーの余りがまだまだあったため、暖かい紅茶を入れて月夜を嗜む。


 ブランデーを少し垂らしているので寝つきが良くなるはずだ。

 

 現に戦闘続きのキルテちゃんとシャリウちゃんは眠たそうになってきている。


「シンタ様。キルテとシャリウちゃんを部屋に寝かしつけてきますわ――後で部屋にお伺いします」


 各自の部屋が砦には用意されており今後の話もお開きとする。

 

 大人しく私も部屋に戻る、イルメシアは何かキルテにも言えない今後の話だろう。

 

 所在が明確になっていないためにドロドロした政治の話も絡んでくるのだろう。

 

 王族としての権利。

 

 王国へ殉ずるのか。何もかもを捨て自由を得るのか。





 砦の部屋はお世辞にも綺麗とは言えず薄暗い雰囲気を漂わせている。

 

 ランタンの明かりに照らされながら、グラスに注がれたブランデーをチビチビ嗜む。

 

 壊れにくい木製のコップが主流だが、ガラス製のコップもない事はない、もちろん私が生成した一品なのだが。


 コツコツと木製のドアがノック音を響かせる、時間帯を配慮した控えめの音だ。

 

 返事をし入室を促すとやや薄手の衣服に着替えているようだ。

 

 一応コンテナにできる限りの衣服を詰め込んでいたのだが……。


「こんばんわ」


 グラスを自らの口元に傾けつつ会釈をすると、飲めと言わんばかりにイルメシアの好みであろう割り方でブランデーを用意し手渡す。


 静かにグラスを軽く重ね合わせると、魅惑の太ももをゆっくりと上下に組み合わせ紺色にレースの下着を見せ付けて来る。

 

 イルメシアは黙して語らず、俯いたままだ。離したくなるまでゆっくりと待っていよう。


「……まだ気持ちの整理ができていないようなの――失ったものが多すぎて」


 そうだろうな。旦那に息子に、王国の象徴そのものが消滅したんだものな。

 

 L心の整理を付け易いように、城そのものすら消滅させてしまったからな。

 

 再起を図るのならば“残して”と懇願したはずだ。現にキルテちゃんは綺麗さっぱり全部を巻き込み破壊しつくしたからな。


 母と子では王都に対する思い入れというものが違うのだろう。


 家族であるイルメシアがいれば“王族”という立場も権力も捨てている気がする。

 

 私にイルメシアと着いて来いと言えば着いて来ると思う。だがイルメシア自身ははどうなのだろうか。


「ようやく、ひといき付ける場所に着いてから私の役割――王族というものの責務について考え込んでしまったわ。全てを失い、復讐心だけでなんとか行動できていたのかもしれない。王国の復興、血筋を残し、ここに王国在りと示さねばならない……重たい、重たいのよそんなもの……大切なものを失ってまで何でそんなことをしなくちゃいけないのッ!! 置いていかないでッ! 一人にしないでッ!!」


 これはキルテちゃんには聞かせたくなかったのだろう。最愛の人を失った女としての母親。重圧に押しつぶされようとしているガラスの心。

 

 王族としての責務、母としての責務が強く有らんとする原動力となっていたのだろう。

 

 旦那を失い、娘は今強く有ろうとしている。根幹から揺さぶられている。必要とされるものが欲しいのかもしれない。


 ゆっくりイルメシアの傍に近寄るとビクリ体を震わせ涙を堪えながら上目づかいで見つめて来る。私は何も言わずにただゆっくりと頭を撫でる。

 

「ッ!!」


 最初は体を固く緊張させていたが段々を力が抜けて行く。


 ランタンに注がれていた油が切れかけ、だんだんと部屋が暗く見えなくなっていきおぼろげに顔の輪郭が見える程度になる。

 

 私の肩にもたれ掛かっていたイルメシアがそっと首に両手を回し抱き着いてくる。

 

「……んっ――慰めて」


 私の唇にそっとキスをすると耳元でぼそりと呟いた。

 

 良かろう。私に任せ給え。だがな、私は――一切の避妊などしないッ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る