第11話戦闘の一喜一憂

 現在ギルク公爵領には東と北の二方面から帝国の侵略を受けている。


 我も指揮官として現場に出ており、慌ただしくも防衛には成功し、砦に詰めている。


 外壁の外に耕されている我の好きだった、黄金の麦畑は無残にも焼き払われ、未だに燃え広がる風景を見るのは辛い。


 王都から救援要請が来たようだが周囲の領地も同時に攻め込まれ、多方面に戦線が拡大、救援に向かえずにあっと言う間に王都は陥落した。


 諜報部隊の報告にあった飛行戦艦を用いることにより、王城から落とされたのであろうと推察された。

 

 王都にいる我の親友であるキルテの身の安全を願うが――絶望的だろう。


 ギリギリと握りしめた拳を執務机に叩きつけるも心のモヤは晴れない。

 

 かつて幼き頃にキルテと眺めていた黄金の麦畑の風景――守れなかった……。


 幸い開戦の兆しが見えるころに住民の避難活動を行っていた為、住民の被害が少ないのは幸いだろう。田畑や財産を奪われた領民の前で“幸い”などとは言いたくもないが。


 鹵獲していた帝国の魔導銃なる兵装の配備が間に合ったことにより、防衛することができたが飛行戦艦などという悍ましい兵器がやってくれば、ひとたまりもないだろう。


 心に巣食う怯懦きょうだを誤魔化しながら戦闘経過の報告書を読む。

 

 ふむ、北部の防衛成功――兄上はやはり優秀だな。我もまだまだという所か。


 少なくない兵力の損害を出してしまっている今、作戦会議にも熱が入るというもの。


 生まれながらに魔を操ることのできぬ我を家族としてとても大切にしてくれた家族、親友に報いるようより励まねばならない。

 

 魔導銃も撃てず。魔法も放てず。我には学び、思考し、役に立てるよう頭脳を磨くしかあるまい。

 

 これで剣の才でもあればそちらの道も見えたが、生憎兄上に軍神ともいえる才能が有ったらしい。


 我には兄上が誇らしく、羨む気持ちなどないが家族からは過保護ともいえるほどの扱いを受けている。


 あれほど我は気にしていないというのに。――そう考えていると少しばかり気持ちが晴れるものだな。


「帝国のクズ共め。我が王国に蝕む代償は必ず払ってもらうぞ」


 執務室の外が俄かに騒がしくなってきている――なにかあったのか?

 

 入り口のドアがけたたましく叩かれ部下が慌てて入室してくる。

 

「急な入室申し訳ありませんッ!! 現在砦に師団規模――二万程侵攻してきております。確認できる大型魔導砲が積まれている車両が複数確認でき半刻程で衝突、戦闘が開始されると予測」 


「――ッ!! ご苦労。すぐに作戦指揮所に向かう」


 ああ、神よ。いるのならば我が家族を、親友を、領民を救いたまえ。







「ありったけの弾丸を撃ち込んでしまぇッ!! 城壁に取り付かせるなッ!! 負傷者は簡易止血だけを行い寝かせておけッ! ――何ッ。崩落した城壁を優先的にに防護せよ! 補給部隊はまだかッ!」


 徐々に悪化していく戦況に胃が軋む、負傷者、死者共に全滅判定される人数が消耗した。三割もか……ああ、神などという者はいないのだな。

 

 共に戦闘訓練を行った同期の指揮官、将校も失った。

 

 指揮官が先頭に立って模範を示すなどと豪語していた、我よりも勇ましい女だったな。この身が憎く感じる、魔を操れぬ身なればこそ生き残れているなど……。

 

 奴の方が戦闘能力が高いばかりに戦線に立ってしまった。


 悔しい。悔しい。悔しい。


 ギリギリと唇を噛み、咥内が鉄臭く感じる、ああ、神よ。ああ、神よ。

 

 この窮地を救い給え。この地に奇跡を起こし給え。

 

 さすればこの身を捧げよう。この心を捧げよう。


 城壁に掛かる梯子を蹴倒しながら忘我の境地で敵の兵士どもを眺める。

 

 もはや戦闘指揮など行えるほどの人員は残っておるまい。

 

 この身を捧げ少しでも我が領地を守る時間を稼ぐのみ。

 

 眼下にはこちらに砲身を向ける大型の戦闘車両が見える。

 

 ――ここまでか。

 

 我は静かに瞳を閉じ終わりを潔く迎えよう。


 ――轟音。


 突如、戦闘車両が爆散し周囲にいた兵士と共に吹き飛んでいく。

 

 ひとつ。ふたつ。みっつ。

 

 血飛沫と瓦礫が飛び交い阿鼻叫喚の地獄へと変わり、こちら側の残る我が兵士達も戦闘が停止している。

 

 数十はあった戦闘車両部隊はすでに壊滅しており、右から左へと雪崩のように血袋へと変わっていく。


 ――愉快。愉快。


「カッ! カカカカカカカカッ!! 愉快ッ! 愉悦ッ! 恍惚ッ! シネッ! シネッ! 糞袋となってしまえッ! 神はいたッ! 神はいたんだッ! さぁ。さぁ。さぁさぁさぁさぁッ! 殺し給え死に給えッ! 神は我の処女がご所望かッ!? いくらでも捧げよう、尽くしてやろう! ――ああ、処女は一回こっきりだったな……カカッ」


 血と死に酔ってしまった我はなんと淑女らしからぬことを言っているようだがまあいい。おかげさまで我が下半身はビショビショではないか。

 

 おもらしではないぞ? 受け入れる準備が整っているということだ。







 キルテちゃんの射撃精度が凄まじい。遠距離攻撃であらかた大型戦闘車両を破壊した後に“薙ぎ払え”を現実で行っているように血煙が舞っている。


 連射性、射程共に改善された魔導銃は凄まじいな、鎧程度を着込んだ兵士では四散するだけだ。弾丸は貫通して後方にいる兵士にも届く。


 ひと薙ぎするだけで数十、数百もの命が擦り減っていく。


『吶喊する』


 ――あいまむ。


 城壁の上で高笑いする美少女を目視したとたん、キルテちゃんの目の色が変わった、もしかしたら友人か何かだろうか。


 重力制御装置を展開。アーマメントになった私は少し地面から浮きながら全力で加速する。


 両手を合わせて過去最大規模に延伸させたソードを全力で支える。

 

 重量に負けそうになるがここは踏ん張りどころだな。いい所を見せないと。


 延伸したソードの射程が城壁スレスレの距離に到達すると、踏み込んだ左足から地面にアンカーを撃ち込む。

 

 ――いけるぞ。


ブッ打/切/ルッ!!ぶったぎる


 右から左へ振り切った剣圧は、音速を越え風圧だけで城壁を切り刻んだ。

 

射程内地上五十センチの高さに存在するあらゆる“モノ”が地面から切り離された。


もう一回ッ!!おかわり


 切り返しの一撃で士気にトドメを刺されたのだろう。諦念の顔しか伺えない。

 

 だがウチの姫様はこれで満足するはずがない。

 

 万に届く兵士たちの魔臓はさぞかし良い材料になってくれるだろう。

 

 両手に分離されたソードを振りかざし破壊神の如き活躍を開始する。


 ――その身の不幸を嘆くがいい。







 黒針で苦痛に呻く兵士どものとどめを刺し。公爵の兵士達以外を選別して吸収していく。まあ、傍から見れば死者を啜り栄養とする悪魔そのものの行動だけどな。


 キルテちゃんのお友達らしき美少女ちゃんの前に移動しつつ、コクピットの前面部分を解放する。


 兵士達が魔導銃を向けて来てはいたが、キルテちゃんに気付くと戦闘行動の停止を命じていた。


 一応操縦席からは出ないように言ってはいるが抑えが利かなさそうだな。

 

 イルメシアと共にヤレヤレと思っていると、城壁の上へと飛び乗ってしまった。

 

 まだ警戒態勢中なのだが、後で“お母様”に叱ってもらうとしよう。


『キルテ。後でお仕置きですよ。ギルク イラ シャリウ、説明はその子から聞きなさい。戦後処理を開始するわよ。ほら、あんたたちも働きなさいッ!』


 コクピットを閉め動き始めた私の巨体は、兵士達には威圧的でイルメシアの一喝ですぐさま行動を開始する。


 巨体の怪物が敵ではないと理解したのか行動を開始する。


『この巨神に必要なものは破壊された兵装と敵兵の死者。あなた達は残敵の掃討、味方の救護、遺体の回収を始めなさい――動け』


 ――カッコイイねイルメシア。


『あら、あなたも叱られたいの?』


 ――いえ、滅相もない。


 優先的に敵兵から吸収を始めて行く、魔臓の抽出方法が確立できたので不要な血液や肉片をより分けて行く。


 最終的に残る固形の物質は一人当たり数ミリグラムにも満たない物であった。

 

 数万人単位でできた魔臓結晶は小指の先にも満たない深紅の結晶体。

 

 数多の命を捧げ生成する、まるで――賢者の石だな。







 私は外壁傍にアーマメントのままで待機状態でいる。

 

 戦後処理が粗方終わった際には、私のコクピットから颯爽と飛び降り、マントをはためかせた戦乙女とも呼ばれる王国の女王が現れる。


 その姿は手足に纏う白銀色に輝くガントレットとソルレット。宝物庫の武具を参考にオリハルコニアを使用し作成した私の自慢の一品だ。


 手足首までだった義具は肘、膝を覆うことにより攻防兼ね備えた武具となった。

 

 見た目の威圧感と華美さを優先させたんだけどね、公爵領に向かう際に、切断された手足を見られて哀れまれるのも嫌だったらしい。


 羽織るマントは王家伝来の刺繍が施された至高の逸品らしい。

 

 私の事はご神体様より蘇りし巨神と説明しているのだが……あれ、私パーソナルな人間に戻れないの?


 戦闘指揮所には悲喜こもごもの積もる話がされているのだろう。今回の戦闘でかなりの戦死者が出ているらしく、ここを放棄するか援軍を呼び守護するかの話し合いも行われるとの事。

 

 巨神である私は動かない振りをしておくとしよう。

 

 あんまり放っておかれると、特製シチューを作り始めてやる。

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