第5話 毒牙の魔剣、胡蝶の魔剣

 ベノが服を脱ぎ捨てて駆け出して行く。一応は女の子なのだからと思わなくも無いが、十にも満たない子供であるし、気にする者はテオを除いて存在しないので注意したところで梨の礫である。


「テオの魔剣って、能力わかつたの?」


 濡れた髪から滴る水を払いながら、ベノが問いかける。


「いいや…わからないままだ」

「そっかー、でも狩りに使えるんだから、わたしみたいに毒の魔剣じゃないからいいよね」


 狼肉を洗い終えて、湖に飛び込んだ。


「…っぷ…ふぅ、毒は毒で強いだろ」

「わッ…。そうだけどね〜、お肉獲れないからなぁ」


 ベノの魔剣は刀身に秘めた毒を自在に操る殺傷能力の優れた強力な魔剣だ。刃の外に放出された毒は操ることができず、魔獣を倒せても自己申告の通りに食材にはできない。


 この湖で偶然出会うまで、魔石交換で食いつないでいた。その所為で栄養価が足りず八歳にもかかわらず五歳の俺とそれほど身長が変わらない。


「む、何かなその目は。わたしより小さいテオドシウスくん?」

「いや、なんでも…」

「なんで目をそらすの〜!?」


 湖で冷えた身体を焚き火で温める。なんの用意もなく湖に飛び込んだせいで、濡れた服のままたきぎを拾いに行くハメになった。


「よう」

「来たかネム」


 肉の焼ける芳ばしい香りに誘われて、忌子五人衆の最年長が姿を現した。


「ハデにやり過ぎだ。肉の焼ける匂いが安全地帯の外まで流れてる」

「肉は生で食えないからな…」

「……」


 ジビエの生食は命に係わる。病的なまでに衛生問題を気にする現代日本で、絶対にしないように注意喚起されたのは伊達ではないのだ。


 ベノはネムの小言を無視して、食事に没頭している。食事に対する執着心は俺達の中でも人一倍だ。


「安全地帯のから出たら、魔獣の群れが来るぞ。わかっているのか?」

「いなくなるまで湖で過ごすさ」

「倒すだけなら、毒まいておわりだしねー」

「なんならネムの魔剣で眠らせれば良い」

「はぁ…」


 ドカっと腰を地面に落とし、自分の肉を焼き始めた。


「今日の獲物は?」

「バブリーフロッグだ。水入れを作ろうと思ってな」

「バブリーフロッグかぁ…柔らかいけど味はいまいち」


 不穏な気配を感じて、ネムを見つめる。


「始まるのか?」

「近々だろうって話だ。お前らも準備しておけ、顔を隠せる物と水、食料は必須だぞ。持っていくもの以外は信用できねぇ」

「そんなに酷いのか…?」


 ネムがドロリとした暗い瞳で告げる差し迫った現実は、戦場という地獄の輪郭をより鮮明に浮かび上がらせた。


「後ろからの攻撃と毒入りの飯に目を瞑れば、普通の戦争だ」

「そこまでか…」


 忌子などと呼ばれるくらいだから、扱いの悪さは覚悟していた心算だった。だがまさか毒を盛ってまで率先して、命を狙って来るとまでは思ってもいなかった。


「…」

「あの双子やお前たちは、まだ連れて行かれないかもしれないが、準備はしておいたほうが良い」

「ああ…わかった」

「幸い今の交換係は善人だ。魔石の数を釣り上げる事も粗悪品を渡されることもない。いいか、顔を隠す物と食料に水だ。戦場じゃ味方はいないと思え、俺も手助けはできない。お前達に何かあっても見捨てるしかねぇ」


 語られる戦場の現実。忌子の自分達には味方はいない。戦場で生き残る術を教えてくれる都合の良い先生教官が宛がわれもしない。


「戦いが始まったら、生き残る事だけ考えろ」


 ネムは焼けたバブリーフロッグを口元に運び咀嚼する。


「干し肉の作り方ぐらい教えてやるさ」

「ああ、頼む」


 戦争の足音が、すぐそこまで迫っていた。

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片割れの聖剣、一対の魔剣 灰猫 @seadz26

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