第3話 強打の魔剣、潜む聖剣

 魔族がどんなに努力を重ねても自分の内側から聖剣を呼び出したりは出来ない。それは魔族の身には聖剣の元となる聖なる力を持たない為であり、聖族もまた魔剣の元となる魔力を持たない。


 テオが自らの内側から呼び起こしたのは、紛れもない聖剣でありそれはテオが魔族ではない事を証明する証でもあった。


「魔剣と聖剣…これが二本の魔剣だったら、魔族だと胸を張れたのだろうけど」


 生憎とこの左手にある剣は、聖なる光を放つ聖剣。こんなものを扱える魔族は存在しない。ハーフなら可能性はあるが、婆様の口ぶりから少なくともテオがそうではないことは察せられた。


「ふっー…っし!」


 魔剣と聖剣を使った我流の二刀流は、両剣の持つ機能のおかげでよく馴染んだ。この機能があるから、非力な子供の身体でも体の小ささ活かせる戦い方が出来るだろう。


 対人戦闘の経験などないが、通用しなければ生き残れない可能性が高まるので、通用することを祈るしかない。


 聖剣を戻し褐色肌に染まったテオは、魔剣を右手に携えたまま森の奥へと進んでゆく。


「……」


 流れる汗を左腕で拭いながら、息を殺し獲物を探す。


 テオが追い立てられた森は、魔族が忌子を閉じ込めるための天然の牢獄である。森の境界にこそ堅牢な壁と門が築かれているが、それはこの森から出てくるを恐れて築かれたものであり、態々いなくなっても問題のない忌子のために用意されたりはしない。


 婆様が言うには魔族の国では魔力を持つ獣を魔獣と呼び、その血肉を糧として魔の力が増大するらしい。


 テオが自分の身で試した限りでは、魔剣を出す速度が上がった程度の実感しかない。そもそも早く出せるようになったのは、このサバイバル生活で使用頻度が増し、魔剣の習熟が進んだのだと言われれば納得できる範囲だ。


「グルルゥ…」


 小さくない唸声がテオの耳に反響する。


 テオの望んだ通りに魔族テオの汗の匂いを嗅ぎ付けだ魔獣が、すぐ近くにまで迫っている。


 声のした方角を見据えて、立ち止まり目前の茂みを睨んだ。


「この鳴き声はウルフか、声真似の得意な奴か…」


 毎朝の鍛錬で流れる汗の匂いは、鼻の良いウルフ種を誘い出す。これはテオが多用する狩りのスタイルで、狩りを行う度に水浴びを強いられるテオにとって、鍛錬の後に水浴びをする手間は面倒であった。


 警戒を強めるテオの後ろから、狼の遠吠えが響き渡った。


 テオはとっさに半身を翻して視線を向けた。


「ガァァウフゥ!!」


 視線がなんの変哲もない木に向けられた瞬間を狙った一匹の獣が、唸り声の聞こえた茂みを突き破ってテオに襲い掛かる。


「よう、昨日ぶり!」


 魔剣の腹で弾くように叩き落とし、木から地面へと体を打ち付けて止まった。


「グルル…!」


 魔剣が使えたところで、この身はまだ幼い子供。力いっぱいに殴ったところで、魔獣に致命傷など与えられる訳もない。


 直ぐに体制を立て直した魔獣は、低い声で唸りながら初撃を防いだテオを観察するように今の距離を保ちながら、ゆっくりと左に旋回する。


「やっぱり、賢いな…魔獣」


 それが魔力を持った影響なのか、魔獣の動きは合理的で冷静であり、魔力を用いた何かしらの能力を使って見せる。


 獣としての身体能力だけでも、テオにとって強大な敵だ。


 魔獣は左、左と旋回する。自身を阻んだ武器魔剣を持つ右手を警戒し、何も持たぬ右から攻めたてようと隙を伺っているのだ。


「グルワァ!」


 魔獣の口から放出された不可視のエネルギーがテオに飛来し、抉れた地面から土煙が立ち昇る。


 魔獣が放ったそれは、音の大砲であった。一息の鳴き声が、容易く大地を抉る。


 勝利を確信した魔獣は、雄叫びを上げた。

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