第2話 自覚する魔剣、取り繕う聖剣

 この世界は二分されている。


 人類の生息圏が二つの国に分かれているのを始め、多くの物が二種類で分けられている。後から枝分かれした数種類の物はあるが大本を辿れば、最初の二種から何方らかを祖とするものばかりだ。


 俺が知り得た限りの範囲であって、それが世界の全てという訳じゃない。それならば、二つの祖を持つ俺はいったい何なのだろうか。


「…んぁ」


 朝の冷たい風に撫でられて目が覚める。周りの様子を確認して安全を確認すると、木の洞から這い出して新鮮な空気を肺に充たす。


 森の中で生活するなんて、では経験した事がなかった。


 俺、テオドシウス。通称テオが前世の記憶を取り戻したのは、凡そ二歳の頃だった。全身をお湯に付けられて体を洗われている時だったから、酷いパニックを起こしたのをよく覚えている。


 前世の自分を記憶から探ってみても名前を思い出す事も出来ず、更には人物を特定する様なエピソード記憶もなかった。俺にあったのは地球の日本で生まれ育ったという証明のしようもない確信と、平和な世の倫理観だけ。


 当てにならない謎の記憶に頼る事は出ないと、世話をしてくれている婆様に子供らしく色んなことを質問して過ごしたのがこの三年間の出来事だ。


「ふっー…出ろ魔剣!」


 利き手である右手に魔力を集中させて、体内に眠るつるぎを呼び起こす。手の甲が黒い光を発し、液体の様に浸透し全身を包み込む。


「こんな不思議パワーがある世界で、あやふやな記憶の力なんて役に立つわけないよなぁ」


 この世界が自分の知る星ではない事をこの右手に握られた漆黒の長剣が雄弁に教えてくれた。


 日課になって久しい毎朝の素振りをしながら、森に放り込まれた日の事を思い出しては不安に駆られて剣を振る。


「テオ、お前は忌子じゃ」


 五歳になって体から魔剣を呼び出せるようになった俺に婆様が言った。


 浅黒い肌と白い髪を持つ魔剣使いの一族を魔族と呼び。


 真白い肌と黒い髪を持つ聖剣使いの一族を聖族と呼んだ。


 そして時折テオドシウスの様に、どちらにも分類されない子供が生まれて来る。それを魔族の国では忌子と呼ばれ、自らが内に宿す剣を呼び出せるようになるまで人の手で育てられる。


 それを告げた老婆の顔は苦渋に満ちていた。


「ふっ…ふっ」


 ブンブンと音を立てて風を切る魔剣。自分を日本人だと自覚させる筈の肌色の肌は、浅黒く変色していた。


 なぜ忌子を育てるのか、統一された種族の中で生まれた異分子は気味悪がられ、その場で始末されてもおかしくはない。


 答えは争いの中にあった。


 黒の魔族と白のせい族が、いったい何時から争い始めたのかは誰も知らない。その争いが広がり獣の縄張りの様に国境が区切られ、終わらない戦争を繰り返している。


 そんな世界では常に不足する物がある。


 物資と兵力だ。


 そう、俺は戦争に行く事になるのだ。


「予想していたより早かったが…テオよ。これからお前には一人で生き抜く力を付けてもらわねばならん…」


 並の子供以上の思考力があったおかげで、食べられる野草だとか小さい動物の解体は三年の間に見聞きして記憶している。


 だから婆様はそんな泣きそうな顔をしないでください。


「ハッ…はー」


 忌子を戦場に送り出し始めたのは、聖族がやり始めたのをマネしたのが始まりらしい。たった一人の忌子が持つ聖剣で砦をのだから、試してみたくもなるだろう。どうせ使えないと分かれば、今までの様に処分するだけなのだ。


 今も忌子を戦場に送る習慣が続いている以上は兵として、もしくは兵器として有益だと判断されたのだと思う。


 平和な世に生きた俺が、戦いに出る事はとても恐ろしい。けれど戦争がない世ならば生存すら許されぬ世界なら、俺にとっては幸運な事だったのだろうか。


「…出ろよ聖剣」


 森に白い光が瞬いた。

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