第27話

 ヴァレリオ様を役立たず扱いして、舐め切った態度を取っていたエドアルド殿下は、躾の甲斐あって、兄には甘えまくる駄犬のような男になってしまった。


 だが、まあいい。


 エドアルド様の闇魔法のお陰で、無駄な殺生も行わず、ベンプレームに膨大な数の敵国の武器と防具を提供できたわけだから、復興の足しにはなっただろう。


 ラファエラ王妃様については、国王暗殺はまだ未遂だったという事もあって、身分を剥奪の上で、我が国の北端に位置する修道院に入って、愛する王弟殿下のために祈りながら余生を過ごすことになったらしい。


「私は真実!ピエトロ様をお慕いしていたのです!」


と、叫んでいたらしいんだけど、ピエトロ国王似のヴァレリオ様をあれだけ虐げてきて良く言うよと、周りに居た全ての人間がそう思ったそうです。


 母の実家であるジョヴァネッリ侯爵家の証拠書類提出により、巨人が言った通りの密約が表沙汰となり、王妃の生家である公爵家は没落、公爵一家は極刑を言い渡される事となったそうだ。


 披露目の場で私を殴りつけて暴言を吐きつけた、私の母オルネラと兄のルカは、鞭打ちの後に国外追放処分。


「本来なら極刑に処されても良かったんだけど、毒婦オルネラが自分の息子だけを可愛がり、息子の代わりにピアを王都に送り込んでくれなかったら、私は暗殺されて、王国は滅びるところだったわけだからね。感謝の意味も込めて命だけは拾っておいてやったって感じだよ」


と、ヴァレリオ様は説明してくださった。


 国王陛下は王妃としてオルソニア姫を迎え入れ、オルソニア妃は、今まで碌に仕事をして来なかったラファエラ妃と常に比べられ、その人柄と聡明な判断に周りの人間がうっとりし、結果、王妃様の人気はうなぎ登りとなっているらしい。 


 聡明な王妃様をお迎えして国王は幸せそのもの。

 そんなお姿を拝見していると、私も覚悟を決めなくちゃいけないなーとか思います。


 月明かりが綺麗な夜の庭園で、久しぶりに騎士服に身を包んだ私は、ヴァレリオ様と側近のステファンが現れるのを待ちました。

 筆頭侍女のジャスミンや、専属侍女のマリーは下がらせているので、今はこの庭園に私は一人きり。


 魔力切れを起こしかけた私が、兄の代わりに王都に行けと父に言われたのが何十年も前の事のように思えるけれど、そんな事はないんだよな。

 ヴァレリオ殿下に与えられた、本宮からも離れた場所にある水晶の離宮に連れて来られて、朝から晩までマナーのレッスンが入っていたから、マリーが半泣きになって心配していたっけ。


 私は仮初の王子妃だから、心配しないでねって心の中でジャスミンに向かって何度も呟いた。エドアルド殿下が成人になるまで待つ、4年後だか5年後に毒杯を賜る予定の王子妃。ヴァレリオ様が王位に就くことはないから収まることが出来た、王子妃という立場の私。


 ヴァレリオ様は素敵な方だから、ラファエラ王妃様が居なくなった今であれば、素敵な妃は選び放題なのだから、都合上、ちょうど良いからで置いただけの私はこの場から退かなければならない。


「ピア!こんな夜中に一体どうしたんだい?夜の庭園を散歩したいなら、もっと花が咲き誇っている素敵な場所が他にも山ほどあっただろうに?」


 ヴァレリオ様の声に反応した私は、腰の剣を引き抜き、袈裟斬りに刃を走らせる。その私の剣先を一歩下がって逃れたヴァレリオ様は、満面の笑顔となって、

「何?体が鈍っていたから、剣術の相手をして欲しい的なあれなの?」

と言って、護衛の騎士から剣を受け取っている。


「剣の相手っていうより、殺して欲しいかなって思っていて」

 跳躍と共に、ヴァレリオ様の首を狙って剣を走らせると、簡単に弾き返しながらヴァレリオ様が怪訝な表情を浮かべた。


「殺すってどういうこと?」

「私の死ぬ予定が、王妃様が追放されて白紙になっちゃったじゃないですか」


 剣は昔から得意だと思ったんだけどなー。

 急所を狙った私の剣は、全て弾き返されてしまう。

 こっちに斬りかかりやすいように隙を幾つも作っているんだけど、全然、攻撃してくれないし。


「だから、私がこの王子妃という地位から退場するためには、ヴァレリオ様をお守りしたという形で死んだほうが良いと思ったんですけどね?」

「私を守らずに、攻撃しているじゃないか」

「自分で自分を、敵にやられたという風に傷つけるの、難しいんですよ」


 剣を地面に突き刺し、額の汗を拭った。


「だったら、魔獣の森に行って、あえて半殺しにされるぐらいまで待ってから王宮に戻ってきて、死んだふりをして、それで死体と入れ替えてもらって、そこから移動した方がいいのかな」

「ピア?」


 ヴァレリオ様が私の手を掴んだ時、あっ、死んだと思った。

 本気で死ぬつもりはなかったんだけど、ああ、死んだかなと思ったんだ。だけど、ヴァレリオ様は私を殺さずに、泣きそうな顔で私を見つめた。


「ピアは私を置いていくのか?」


 その質問はちょっとおかしい。

 まるで私が王子を捨てるみたいな言い方じゃないか。


「私は・・王子に相応しい身分じゃありません」

「私が要らなくなったから捨てるのだろう?」


 なんで捨てられた子供みたいな顔をしているんだろう。

 やめて欲しいんだけど。


「どうせ私は髪の毛が血のように赤く、瞳は闇そのものを現し、悪魔のような風貌をしているよ。ピアも、もっと色味がおとなしいイケメンと結婚したくなったんだろう?」


「はあ?それ言ったら、私なんて虹色の髪に金色の瞳ですよ!エドアルド王子に、色味が派手すぎてごちゃごちゃしているって初対面で言われているんですよ!そういう事じゃなくて!今のヴァレリオ王子だったら、素晴らしい女性をよりどりみどりなんだから!私なんかあっさり捨てて、王国に相応しい女性を選ぶべきだって言っているんですよ!」 


「親から疎まれた私に嫌気がさしたんだな。そうだよ、私はベルタランやエドアルドと比べれば、根暗の部類に入るんだろうよ。親の愛とか知らんしな、これで子供が生まれた時にはきちんと対応できるのかどうかと不安に思う気持ちもよくわかるよ」


「はあ?親の愛情?そもそも私、全方位敵状態で今まで生きてきているんですけど?そんな私にそんな事言います?」


「君は知らないだけで、みんなに慕われて生きてきたんだよ。アルジェントロの愛された姫君だって事を私は知っている」


「馬鹿言わないでくださいよ!誰も私なんか見向きもしなかったっていうのに!」


 私の怒りの声を抑えるようにして王子は私を抱きしめると言い出した。


「私も誰にも見向きもされなかった。ようやく私を、私だけを見てくれたのは君だけだった。そんな君が、私を捨てて行ったら、絶対に、この世の果てまで追いかけていくよ」


 かなり怖いんですけど。


「君が死ぬんだったら、僕も死ぬ。ステファンに死体を二つ用意してもらって、二人で逃亡しよう。大丈夫、死体の偽装とか得意だから」


 死体の偽装が得意ってどんな特技なんですかね?


「あのー〜、特殊とも思える夫婦喧嘩の最中にすみませんー〜」


 巻き添えを食うことを恐れた為か、かなり離れた場所に控えていたステファンが右手を挙手しながら言い出した。


「ピア様が伯爵位としても下級に位置するご自分の実家を気にして、今のような事を言い出したのかもしれないんですけど、母君のご実家であるジョヴァネッリ侯爵家が現在、ピア様の後見人となっていますし、あそこも後がないんで、今、ピア様に死なれたり、逃亡されたりなんて事になったら、一蓮托生で滅びの道をまっしぐらになるかと思います」


 ステファンはゴホンゴホンと咳払いをすると言い出した。

「実は、今まで黙っていたんですけど、新しい劇が舞台で上演されるようになりまして」

「舞台?」

「救国の物語なんですけれども、主役はオルソニア様とピア様でして、王国が滅亡の危機に瀕した時に、亡国の姫君であるオルソニア様が引き裂かれた愛を取り戻し、男装の令嬢であるピア様と協力しながら国を救うんですよ」


 はい?


「敵軍を捕らえて、殺せ!殺せ!と周りは騒ぐんだけど、ピアは殺さないんだよね。そこは今回のターラント戦を反映させているから、舞台が最高潮に盛り上がるところなんだよ」


「近々、ターラントでも上演されるらしいですよ?慈悲深いピア様の威光は大陸を駆け巡るわけです」


はああああい?


「そんなピアが死んだら大陸中が大騒ぎになるし、残った僕はどういう扱いになるわけ?絶対に考えるのも嫌だし、ピアと離れて生きていけるわけがない」


 ヴァレリオ様は私を軽々と抱き上げると、顔中にキスを落としながら言い出した。


「我が国の貴族で私の妃を侮辱する者は誰一人としていないよ?それなのに、なんで相応しくないだなんて言い出すのかな?やっぱり私がもっと君好みの男だったらそんな事も言われなかったと思うのに・・・」


 その見かけで母親に嫌われまくったヴァレリオ様を見ると、どうしたって言葉を止めることなんて出来ないですよ。


「その深紅の髪色も、漆黒の瞳も、その整った男らしい顔も大好きですよ。もちろん中身も大好きです」


 首に腕を巻きつけてギュッと抱きしめると、ヴァレリオは蕩けるような笑みを浮かべた。


「私も、虹色の髪も、金色の瞳も、象牙のように滑らかな頬も、ナヨナヨしていないすらりとした体型も、感極まると涙ぐむところも、自分に全然自信がないところも、いつも、親鳥を探す小鳥のように私の姿を探しているところも、私の為に怒ると男らしくなるところも、その他にも色々、山ほどあるけど、深く深く愛しているよ」


「今度、魔獣を狩に行きたい」

「いいよ、何を狩に行こうか」


 喧嘩?も収まり、イチャイチャしながら戻っていく王太子夫妻の後方を歩きながら、護衛の騎士の一人が王子の側近であるステファンに向かって、

「あのご夫婦の喧嘩を止められる人間は、この王国には居ないと思いますよ」

と、ゾッとした声をあげると、

「王太子妃殿下の剣筋見えたか?俺、全然見えなかったんだけど?」

と、もう一人の騎士が言い出した。


 あの二人は剣だけでなく、魔法が桁違いだということもステファンは知っている。


「とにかく、ピア様が王宮から出て行きたいと金輪際思わないように!我々は努力をしなければなりませんね!」

「はい!」


 返事だけは良い騎士たちの姿を横目に見ながら、ステファンは大きなため息を吐き出した。

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