第21話

ヴァレリオ王子が国王より賜ったと言う水晶の離宮に移動してからというもの、私の衣装はかなり増えた。

 淑女としての教育を全くしていない私は、来て早々、ドレスを毎日、朝から晩まで、色取りどりのものを取り替えては、作法がどうだ、マナーはどうだと、朝起きてから夜寝るまでひっきりなしにずーっとやっていたわけだ。


 私の衣服は魔獣の素材を直接卸していたマダム・ソフィアが用意してくれた為、ふわふわ可愛いという昨今流行のドレスは一着もなく、凛としているだとか、清楚だとか言われるドレスばかりが揃えられた。

 ドレスだけでなく、女性騎士みたいな男装の衣装も結構な数が用意されており、どうしても出なくてはいけないお茶会なんかには、この女性騎士の格好で出る事も多い。


 貴族のお嬢さんやご婦人方は、王子妃ピアではなく、劇の主人公である男装のエレオノーラに会いたいようで、男の姿でキャアキャア言われて許されるのなら、こっちとしても大助かりというものだ。

 私を認知させるために劇を興行したというヴァレリオ王子の慧眼が素晴らしい!


「だからさ、お披露目の舞踏会でも女性騎士の格好でいいんじゃないのかなぁ」


 結局、エドアルド王子への不敬は問われる事もなく、舞踏会に出る事が決まった私、ピアは、ジャスミンが持ってきた素晴らしいドレスを前にして、鼻の上にシワを寄せて顰め面をして見せた。


「いつもだったら騎士服で勝負!とか言っているじゃない!今回の舞踏会でもそれで良いと思うんだけど?」

「そんな訳にはいきません」


 ジャスミンは殺気だった様子でこちらを振り返った。


「私は貴女様方の結婚の儀も、平民並みの簡素さで執り行われる事に最初から最後まで反対だったのです!第一王子の結婚が、紙切れ一枚にサインで終わりなんてあり得ません!」

  

「みんなで離宮で祝ってくれたじゃないか」


「ああいうのはお祝いのうちに入らないのです!なんでこんな事になったのだと涙を堪えるのが大変だったと言うのに!今度は披露目の舞踏会でもこの有様!披露目の場だと言うのにヴァレリオ様が居ないのですよ!本来なら延期にする案件ですよ!」


 やっぱり普通は延期にするよねぇ。


「だけどさ、結婚の儀式の時にジャスミンが不服そうだったのが、私が王子の伴侶だっていう事だけでなく、王子への待遇も不服だったんだね、そこは気がつかなかったよ」

「私はピア様に不服なんてありません!」


 ジャスミンは慌てた様子で私を見上げると大声を上げた。

「それに、あんなにデロ甘のヴァレリオ王子も見たことがありません!」

 すると、準備を手伝ってくれていた侍女たちまでもが言い出した。


「そうですよ、あんな殿下、今まで見たことありませんでしたよ」

「愛する王子妃が出来ると、ヴァレリオ王子でもあんなになっちゃうんだ〜みたいな」

「たまに膝に乗っけてお菓子を食べさせていますよね〜」

「朝が弱いヴァレリオ様がニコニコ顔で歩いているんですよ?愛って凄いって思いましたもの!」


 思わず私は俯いた。

 ちょっと、色々と居た堪れないです。


「とにかく!ピア様は愛され王子妃を演じればそれでいいんです!」

「今日はお一人での参加ですけど、これから、お二人で参加することが多くなるでしょうし!ラブラブなところは今度見せつけてやればいいんです!」


 そんな事を言われながら送り出されたけれど、次は来ないような気がするのは私だけだろうか。



      ◇◇◇



「お兄さま!ピアが王子妃になったって本当の事なんですの?」


「本当だよ!本来なら今日の舞踏会でヴァレリオ王子と共に披露目をする予定でいたんだけど、王子は討伐に出てしまったものだから、今日は王子妃の顔見せだけの場となる予定なんだ」


「嘘でしょう!ピアよ?あのピアが王子妃なんて・・・」

「王妃様の感情は別として、王宮内での評判はかなり良いらしいよ。あの、我が儘勝手なエドアルド王子をお諌めになったらしくてね、影ではこっそり賞賛の声が上がっているらしい」


「まあ!エドアルド様を諌めるだなんて!あの娘はやっぱりどうしようもない!」

「ハハッハ、母親だから心配するのは良くわかるけど、エドアルド王子は王妃が甘やかし過ぎた面があるからね、これで少しは大人になってくれると良いのだけれど」


 柔和な笑みを浮かべていた伯父は、そうして真面目な顔付きとなって、母上と僕を見つめると言い出した。

「本来なら、王妃に嫌われているオルネラが王宮の舞踏会に顔を出すなんて事は出来ないんだけど、王子妃となったピア様のお披露目の場だからね、特別に出席しても良いということになっているのを忘れずに。くれぐれも、騒ぎを起こすような事だけはやめてくれよ」


 伯父は厳しい表情を浮かべて言い出した。


「父上のお陰で我が家の立場もだいぶ厳しい事になっているのは説明したと思うし、ジョヴァネッリ侯爵家やアルジェントロ伯爵家の事を考えれば、どういう対応を自分たちが取るべきかは、十分に理解していると思っているんだよ?それに、今日、もしも問題を起こすような事があった場合は、私たちは君たち親子とは完全に縁を切るということを前もって言っておくね」


「まあ!お兄さま!私たちが問題を起こすわけがないじゃありませんか!」


 母はコロコロと鈴を転がすように笑ったが、こんなに能天気で大丈夫なのかと母の頭を小突いて聞いてみたい。


 頭に来ることに、離縁された母と廃嫡になった僕が、王都にある母の生家でもあるジョヴァネッリ侯爵家を訪れたところ、門前払いをくらいそうになったのだ。


 王子妃の兄と生母であるという事を主張してなんとか屋敷に入ることは出来たけど、今まで散々下に見てきたピアのおかげで、なんとか貴族としての体裁が整えられている今の現状に不快感を感じずには居られない。


 ピアは我が家のみそっかすで、存在自体が忌み嫌われていたというのに、何の因果か王都でヴァレリオ王子に見染められて、王子妃なんていう立場に就いている。僕の代わりに王都に行ったから、そんな立派な立場に落ち着くことになったんだ。本当に感謝してもらいたいし、王子妃の兄や生母としての待遇を王家に求めなければならない。


 少なくともジョヴァネッリ侯爵家が僕らを敬うようになるくらいには、ピアを僕らの前で屈服させなければならないのだろうけれど、そこのあたりの匙加減が難しそうだ。


「ああ、王宮が見えてきたわ」


 うっとりとした声をあげる母は、社交界に出るのが随分と久しぶりらしい。アルジェントロ領は王都より馬車で十二日の距離にあるため、社交シーズンといえども、なかなか出ることは叶わなかったらしい。


「まあ!オルネラ様じゃない!」

「オルネラ様よ!」


 母は年齢を感じさせない美しさを持っているため、長年、社交界を離れていたとはいえ、貴婦人に取り囲まれるようにして、色々と質問を受けているようだった。


 どうやら劇で有名になっているという事もあって、虹色の髪の毛を持つ僕の周りにも、貴族の令嬢や令息が集まりだす。だけど、質問はアルジェントロ領の魔獣についてや、妹のピアについての事ばかり。

 僕はまだ、ピアが題材となった劇を観に行ってはいないのだが、よっぽど素晴らしい描かれ方をしているみたいだな。


「ああ、ピア嬢が登場するぞ」


 王家の登場を先触れする侍従の声に、皆が皆、期待の瞳となって、荘厳な作りの扉の方へと体の向きを変える。

 まず初めに、王妃をエスコートしたエドアルド王子が颯爽とした足取りで現れた。


 エドアルド王子がピアをエスコートするのではないかと噂にもなっていたが、元々仲が良いとは言えない弟殿下に、妻のエスコートをヴァレリオ王子は任すような事はしなかったようだ。


 そうしてピエトロ国王陛下にエスコートを受けて、虹色の髪の女性が現れたのではあるが、何と表現したら良いのだろう。


 スカートも袖もふわふわとしたプリンセスラインのドレスが流行している中、ピアがその身に纏うのはマーメイドスタイルのドレスであり、豊かな胸からほっそりとした腰までを深紅のドレス生地がぴたりと張り付くようにして、繊細な刺繍と宝石が飾り付けられ、腰から足元までのスカート部分は幾重にも重なるドレープとなって美しいラインを作り出している。


 深紅のドレスはヴァレリオ王子の髪色であり、虹色の髪を飾りつける漆黒の豪奢な髪飾りはヴァレリオ王子の瞳を表す。


 王家の色とされるのは赤髪と黒色の瞳と言われているが、ヴァレリオほど濃い色合いの者はそうそう生まれ出ない。始祖の色とも言われるドレスと髪飾りで現れたピアは、人々の視線を一気に虜にするだけの力があった。


「な・・な・・なんて生意気なの!」


 信じられない事に、母は、ゆったりと陛下のエスコートを受けて歩くピアを捕まえると、彼女の頬を殴りつけたのだ。


 そうして、自分の額を床に擦り付けるほど頭を下げながら、

「この者は王子妃などには相応しくない下賤の者!私が目を離したばかりにこのようなことになるだなんて!誠に申し訳なく・・申し訳なく思いますわ!」

悲痛な声をあげたのだった。

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