第22話

 母が私を殴りつけるのはいつものことだ。

 だがしかし、あまりにも場が悪い。

 普通、国王がエスコートしているのに、捕まえて頬を引っ叩くなんて暴挙に出るか?

 その後の母の謝罪の言葉が異様だったため、近衛兵も母を捕らえようかどうしようか迷っている様子。

 集まった貴族たちは息を飲みこみ、釘付けとなっている。


 こちらを振り返った王妃の口元に嘲るような笑みが浮かんでいるのが良く見えた。

 本来、母や兄は披露目の舞踏会に招待されない。私への虐待が王家の中で問題となっていたからだ。その母や兄が招待されているという事は、その裏に、王妃が絡んでいるという事は間違いようのない事実。


 王妃は、お茶会で堂々と毒を盛ったことにより、それなりにご自分の立場を自覚するようになったようだ。どうやら王妃は、ほとぼりが冷めるまで大人しくする事を選ばなかったらしい。母を使って私が王子妃には相応しくないと、堂々と宣言させる所に悪意を感じた。


 何せ、大事なエドアルド王子を離宮から土に包んで放り出したのは私だからな。気に食わない私は、即座に排除しようという事なのだろう。

 エドアルド王子の方はこうなる事を知らなかった様子で、呆然と床に這いつくばる私の母を見下ろしている。


 だがしかし、こちらも一応、防衛手段というものは用意しているんだよ。


 ピエトロ国王が締め切られた扉の方へ視線を送ると、扉が両開きに開き、軍服姿の集団が舞踏会の会場へと入ってくる。

 ビアージョ将軍が引き連れてきた十名の士官は恭しく跪くと、凛とした声が舞踏会場に響き渡った。


「ターラント共和国の兵士が国境より進軍を開始いたしました!」

「ヴァレリオ殿下の不在を狙ったものだと考えます!」

「敵を迎え撃つための指揮権の譲渡を願いたく参上いたしました」


 王国軍の指揮権発動は国王によるものとなる。

 戦場での指揮権は王からの譲渡が必要となる。


 恭しく跪くビアージョ将軍の肩に、王は腰から抜いた剣を当てた。

「指揮権をビアージョ・ブランビラに譲渡する。また、ヴァレリオ第一王子に代わり、王子妃であるピアに、敵軍殲滅への参加を命じる」

「承知いたしました」


 隣国ベスプレームはターラントの支配下となっている。つまりは、ベスプレーム側からの進軍か確認されたという事になる。

 突然の将軍の報告に、集まった貴族たちは驚きを隠せない様子で浮き足だったが、私は、淑女としてではなく、騎士としてその場に跪き、目の前の国王に忠誠を誓って立ち上がる。

頭を垂れる母も、呆然として目を見開く王妃もその場に取り残して、舞踏会場を後にする将軍の後へと続いた。


「な・・なぜ!女なんかを戦場に連れて行くんだ!何の力にもならないだろう!」


 後ろから兄の声がかかるが、無視をすることにした。


「ウーリー一匹すら殺すことが出来ず、アルジェントロ家を廃嫡されたお前が言うか」


 陛下の呆れたような声を背後に聴きながら、大きな扉が音もなく後方で閉まった。



       ◇◇◇



「ロムルス殿下によく似ていらっしゃるから王妃様はエドアルド様を溺愛されていて、ヴァレリオ様はピエトロ国王に似ていらっしゃるから、王妃様は憎悪されている。そんな今更な話をされて、エドアルド様、一体どうなさったんですか?」


 着替えを手伝う侍女が、屈託のない笑顔でそう答えたため、思わず唾を飲み込んだ。


 僕は今まで、兄上が役立たずだからこそ、王位には僕が就かなければならないのだと思い込んでいたのだが、実はそうではないという事を、ようやく理解し始めていた。


「そうですね、ヴァレリオ殿下が居なければ、この国は魔獣に滅ぼされていただろうなんて思う事は何度もありましたね」

 歴史の教師は苦笑いを浮かべながら言い出した。

「ヴァレリオ様は始祖の血をお持ちなのだと思います、ですので災害級の魔獣であれ、なんとかしてしまう。ですので、エドアルド様が、王妃様とヴァレリオ殿下、お二人が和解される架け橋となって頂ければとも思うのです」


 兄上が持つのは光魔法、僕が持つのは闇魔法。


「エドアルドの魔力は世界一なのだから!何の心配もいらないのよ!」


 母上はいつもそう言うけれど、その世界一の魔法は土魔法の前では何の効果も出なかった。膨大な魔力に押し包まれた時には、僕は死を意識した。


 僕が自分の死を意識したのはこの時が初めてだったけれど、六歳から魔獣討伐に連れ出された王子妃は、何度もこんな思いをしたのだろうか。


 だったら兄上は?王子なのに魔獣討伐に常に駆り出されていた兄上は、どれだけの回数、死を意識してきたわけ?


 第二王子ではなく、王子妃ピアへ殲滅戦への参加を父上が命じた時に、僕は自分の影の中へと潜り込んだ。

 そうして、今まで僕を取り囲んでいた母上や、伯父上、その他、高位の貴族たちには見向きもしないで、義理の姉の後を追いかける。


 そうして厩舎に辿り着いた時には、すでに騎士服へと着替えを済ませた義姉のピアは振り返って、

「おい!一体何処までついてくるつもりだ!」

怒りの声をあげた。

 影から抜け出した僕は子供みたいに声を荒げた。

「何処までって、何処までもだよ!」

「戦場は子供の遊び場じゃないんだぞ!」

 ピアの隣にいた騎士が怒鳴り声をあげる。

 だけど、その騎士を制したピアが僕に金色の瞳を向けて、静かな声で語りかけてきたんだ。


「人が目の前で死んでも悲鳴をあげるな、癇癪を起こすな、文句を言うな、勝手な行動を起こした場合には半殺しにする。それが許容できるなら、お前を戦場に連れて行ってやる」


 後にはビアージョ将軍がいたけど、何も言わずに出発の準備をしている。

 黙認しているという事だろうか。


「悲鳴はあげない!癇癪は起こさない!文句も言わない!僕は絶対に貴重な戦力になる!約束する!」

「それじゃあ、こっちに来い!」


 案内された場所には巨大な鳥型魔獣が羽を広げて頭を下げていた。


「今すぐ飛行によって戦地へと移動する!怯えて魔獣を暴れさせるなよ!邪魔なようだったら途中で落っことすからな!」


 義姉に引っ張り上げられながら、巨大な鳥の背中に取り付けられた特殊な鞍の上に僕は腰をおろすことになった。

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